「Endless waltz 9」
手を伸ばす。
わずかに触れる感触が皮膚を刺す。青臭い匂いが鼻をついた。
開いた掌で、土ごと草を握り締めて、そのまま首を横にして伏した。
もう、動けない。
体中がきしむように痛い。
震えているのは寒いからなのか、それとも他に理由があるのか、豊かにはよくわからなかった。
ただ、埃臭い土のにおいがする。
腐った落ち葉のにおいがする。
枯れた木、虫の死骸、目に映るものといったら、おぼろげにかすんで得体が知れない。
あたりは暗かった。
ああ、夜なんだなと思う。
世界自体に色などついていないのだから、本当のところはやっぱり不明だった。
途切れ途切れの息を、かろうじて吐き出しているのだ。
もう、長くない。
それくらいは判る。生き物なら皆同じように感じるはずだ。
「あー・・・あ・・・」
自嘲的な声と共に口の端を伝うものがあって、それは血液に違いない。
「こ・・・まで、だった・・・な」
神子と、定められて数年。
人としてはあまりに短い生涯だと思う。
けれど、よく考えればそんなことも無い。自分より早く逝った者は世の中にたくさんいるのだろうから、よくここまで頑張ったと逆に褒めてやるべきなのかもしれない。
けれど、もう、そんなことはどうでもよかった。
生暖かい大地の褥が、豊を受け入れる準備を始めていた。
だんだん輪郭がぼやけて、肉は腐り、分解されて、いずれ骨も砕けて帰るのだ。
この森の中に。
大気の中に。
それはひどく不安定な幸福だと思う。虚無かもしれない。
(どっちだっていいや、そんなにかわらないんだろうし)
そうだ。
この痛みからも、重すぎる重圧からも、ようやく解放される。
覚悟もなく決心させられて、それでもどうにか格好つける事ができた。それでいいじゃないか。
それほど自信があるわけでもないけれど、周りの期待には応えられたと思う。
不恰好なりに何とかここまでたどり着くことができた。
そして、ここで全てが終わる。
ただそれだけのことだった。
豊は目を閉じた。
思い出の中に、様々な姿が去来する。
懐かしい郷での日々、輝かしい青春時代、もう二度と会うことはない人々。
ひときわ輝く姿を見つけて、豊の口元が自然と綻ぶ。
(ああ、あいつは)
どうしているだろう?鎮守人として頑張っているかな?ひょっとして結婚したとか、引退して、今は平穏な人生を歩んでいるかもしれない。
思わず声に出して笑いが漏れた。
同時にたくさん血を吐いて、苦しくて拳を強く握り締めた。
腹の内側から裂けているらしい。間断なく続く激痛に意識が朦朧としてくる。
最後に。
「も・・・いちど・・・だけ」
会いたかったな。
「な・・・ぎ」
声は闇に溶けて消えた。
一声、木々の葉や月明かりを震わせて牡鹿の声が響いた。
そして。
それきりだった。
夜の帳の緞帳が、最後の幕引きとなった。
(了)