「残暑お見舞い申し上げます」
祭囃子、明りの影、提灯、浴衣、人いきれ、夜の気配。
色と音を伴って感じる真夏の風物詩に、豊は先ほどからすっかり心奪われている。
あちらだ、こちらだと下駄の音も軽やかに走り回るのを、見惚れつつ、半ば呆れて、薙は誘われるままについて歩いた。
気付けばそこは屋台の並びの随分端のほうに差し掛かっている。
豊が不意に足を止めた。
「鳥居だ」
見れば、突き当たりに丹塗りの大鳥居が構えている。
周囲の人工灯を吸い込んで尚そこはひっそりと薄暗く、奥の境内に至ってはわずかに輪郭が判るばかりだ。
豊はくるりと振り返っておもむろに微笑んだ。
「行ってみよっか?」
「ああ」
さしあたって思うところもなかったので同意すると、なら早く行こうと豊は下駄の音を響かせて軽快に歩き出した。薙はやはり同じように後からついていく。こうしているとまるで彼の保護者になったような気分で、それは悪い感情ではなかったから薙は微かに笑った。豊は気付いていない。
境内に踏み込むと、途端に祭りの喧騒は遠のく。
彼方から聞こえてくる囃子はまるで遠い思い出の中にいるようだ。
カラコロと石畳を進み、鈴の下がった賽銭箱の前で豊が上を向いてわあとかああとか声を洩らした。
「何だ」
薙も隣に立つ。
「いつ見ても、この鈴って大きいよなあ」
見上げるとくすんだ色の塊が二つ、錦の綱の上に取り付けられている。綱自体風化して、それらは夜の闇に溶けていた。
パンパンと拍手を叩いて賽銭を放るので、薙は呆れ顔で豊を見た。
「おい君、それは順序が逆だろう」
「え?」
古くは平安の世にまで遡るほどの歴史を持つ天照郷で暮しているくせに、こういったことには無頓着な彼にわずかに溜息が漏れる。
「神社の詣で方は二拝、二拍手、一拝だ、手水の水で手を洗い、賽銭を投げて、鈴を鳴らしてから行う」
「へえ、飛河って案外博学なんだな」
「君がものを知らな過ぎるだけだ」
豊は笑ってごまかした。
「まあ、ついでだし、いいよそんな難しいことは」
薙とて信心があるわけではない。ただ、天照郷を調べたついでに手に入れただけの知識だ。
豊の暮している世界をもっとよく知りたい。
そんなつまらないことに砕身する自分はどうかしていると思う。この浴衣も、こんな場所までフラフラついて来てしまったのも、考えてみれば何もかもがいつもの自分とかけ離れている。
飛河こっちこっちと呼ばれて、振り返ると豊が奥を指差して言った。
「向こうにも小さい鳥居がある、何が奉ってあるんだろうな、行ってみよ!」
全く、本来の目的を忘れているんじゃないか?
再び呆れ顔でその背中を追いかけた。
鳥居をくぐり、奥の方に小さな社を見つけて、ああやっぱり狐がいると声がする。
その、白いうなじに月の光が反射している。
うっすら透けるような肌の色が淡く輝いて、とても綺麗だと思った。
薙は遥か天空を見上げた。
枝の合間から満月がこちらを見ている。
振り返った先は木立ちに遮られて、祭りも遠い彼方のものだった。
ここにあるのは、豊と、自分と、月ばかりだ。
薙は手を伸ばす。
先ほどから何度も押し込めていた衝動を、叶えるために豊を捕まえる。
「え」
浴衣の裾を掴んで、くいと引き寄せた。
腕の中に背中から倒れこんでくる。その体を、しっかりと抱きとめた。
「ひ、飛河?」
わずかばかり動揺しながらも、豊はきょとんとしていた。
手に持ったままの金魚の袋を器用に外して、近くの小枝に引っ掛ける。
「これは、邪魔だ」
両脇から腕を差し込んで、浴衣の合わせにするりとその先を這い込ませた。
「ちょ、ちょっと飛河、こんな」
豊は、今度は明らかに狼狽した。慌てて細い指が腕を掴む。
「神様の前だよ?何考えて」
「ついで、だろ、なら気にすることは無い」
耳元で囁くと、柔らかな肢体がビクリと震えた。
少年だからやはり骨張っているけれど、豊の肌は柔らかい。頬に触れる髪も、ほんの少しばかりためらうような仕草も、全てしなやかで、薙の中枢を刺激する。
頬に口づけた。
首筋に、うなじに、触れるだけのキスを繰り返す。
「飛河、ちょ、ちょっと」
豊を抱く腕に、薙はギュッと力を込めた。
「嫌か?」
そんなはずは無い。わかっている。
「や、じゃあ―――ない、けど」
予想通りの答えに、満足して微笑んだ。首筋に唇で触れると豊はでも、と言う。
「ここじゃ、やっぱり・・・あッ」
素肌に触れていた手が、胸の突起を優しくつまむ。
「ひ、飛河、飛河!」
「静かに」
囁いて、薙の指先は先端を転がした。するすると何度もさすり、擦り、くすぐって、時々摘み上げる。
その合間もキスの洗礼はとめどなく繰り返されていて、豊の声はやがて鼻にかかった甘いものへと変わっていく。
「はあっ」
大きく息が漏れた。上気した肌が、唇が、とても綺麗だ。
滑らかな表面に口づけて、舌先でするすると滑り降りた先、乱れた合わせの合間から除く鎖骨に吸い付く。
あン、と豊が鳴く。
「飛河・・・そんなことしたら、痕が」
「これは印だ、豊」
「な、に」
いきなり名前で呼ばれたので戸惑ったのだろう。それとも別の意味だったのか。
薙は構わず耳朶を軽く噛む。
「僕のものだという、目印をつけている、君は」
人目を引くから、と、最後の言葉は胸の奥で囁いた。
実際同じような目で彼を見ている輩を薙は何人も知っていたが、本人が無自覚ならばそれに越したことは無い。気付かれないように、悪い虫がつかないように、細心の注意を払って警護するものそう嫌じゃない。
むしろ望んで行っているような部分すらあるのだから、始末に終えないと思う。
(でも、君は)
僕のものだ。
物事に執着できない自分が唯一つ執着する存在。この腕の中にある何もかも、渡せない。絶対、誰にも。
豊の素肌に触れるたび、薙の心は大きく震える。
心地よい感触はわずかにしっとり汗ばんで、よく馴染んだ。
キスを、頬にして、肩に抱き込んで、少し首を伸ばして唇に触れた。
片腕で背中を支えるようにすると、豊の手が薙の袂を掴む。
そうしてギュッと引き寄せられるので、動きのままに更に深く唇を重ねた。
合間から舌を差し込んで、胸元でイタズラに指を遊ばせながら、舌先を絡ませあう。
キスの合間に顔を覗き込むと、豊はクスリと笑顔を見せた。
「無信心にもほどがあるよ」
「これはただの飾りだ、そもそも神などという存在は世界のどこにもありはしない」
「そんなこと言ってると、お稲荷様が祟るぞ」
祟るなら。薙は薄く笑う。
「もうとっくに祟られてるさ、僕は天照と袂を別った月読の者、天魔を屠る異形の者なのだから」
豊が急に腕を伸ばして抱きついてきた。
何かと思えばぎゅうとしがみつくようにして、そんなことないよと小さな声が云う。
「祟られたりなんかしないよ、薙は、だって俺がいるから」
「君が?」
忘れたの?
少し体を離して、顔が見える距離で鳶色の瞳がかすかに笑う。
「俺は天津の神子なんだ、神子様のお言葉は神の意思、だから、薙は祟られない」
いつのまにか名前で呼ばれていたことに気付いて、薙は微笑んだ。
「それは、効きそうだな」
「でしょう?」
鼻先をくっつけるようにしてくすくすと笑いあった。
こんな姿、二人きりの時でもなければ見ることなんてできない。
薙が豊を独占したいと思うのと同じように、豊も想っている。
この笑顔も、優しい声も、温かな感触も、全部俺のもの。俺だけのもの。
祭囃子が聞こえた。
二人は、どちらからともなく唇を重ねた。
「本当は」
余韻に薙の声が響く。
「君を抱いてしまいたい、だが」
いいよ、と笑う豊に、薙はやはり困り顔で微笑む。
「けれど、生憎、僕は今、君の苦痛を和らげるようなものを持ち合わせていないんだ」
ローションとまでは言わなくても、何か代用品でもあればよかったのだけれど。
精液を使うのは少しだけ抵抗がある。まあ、代わりにならないこともないけれど、屋外でそこまでやるのはためらわれた。豊を傷つけたくない。
「俺は」
潤んだ瞳の豊が、下から見詰めて呟いた。
「そんなこと、気にしない、よ?」
「豊?」
浴衣からするりと抜け出した足が、薙の足に絡みついてくる。
「今夜はお祭りなんだし、特別」
「何が―――」
言い切る前に唇を重ねられて。
薙は一瞬見開いた瞳を、ゆるゆると静かに閉じていった。
月が、見ている。
互いの呼吸が夜の闇に淫らに絡み合っていた。
指先がするすると豊の体を伝い、いささか性急に、浴衣の裾から差し込んだ先の箇所に触れて手の中に包み込む。
「あっ」
豊の全身がビクリと震えた。
「な、薙、何」
「ローションの代わりを、僕のでも構わないんだが」
君は、他人のものを愛撫するのになれていないだろう?
耳元で囁かれて赤くなる。
掌が、ゆるゆると豊の局部を抜き始めた。
「あっ、あ、ン、ん」
薙の肩口で、甘い吐息が絶え間なく零れ落ちる。
もどかしそうに腰を振りながら、与えられる刺激に豊はうっとりと瞳を閉じている。
薙は、その首筋や横顔に時折キスを繰り返しながら、ゆっくりと彼の高揚を促していった。
「あっ、ちょ、薙、俺、そ、そろそろ」
ヤバイ、と息を呑む音と共に聞こえて、膨張した肉の感触をもてあそびながら薙は囁くように答えた。
「いいよ、このまま出して」
「で、でもそれじゃ、汚れ」
「そんなこと、今更構わないだろう?」
わずかな逡巡の末、こくんと頷く茶色の髪にうっとりと瞳を細くする。
擦り上げる動きの速度を上げると、豊はあっけなく絶頂を迎えてしまった。
付着した体液でぬるついた指先を、更にその奥へと部位を探るようにしてまさぐる。
「君も手伝え」
言われて豊は恥ずかしそうに浴衣の裾を捲り上げた。
薙は、抱きしめたまま飛鳥にキスをして、目当ての部分にぬめりを擦り込んでいく。
ついばむような口付けの合間に、甘い吐息が何度も漏れた。
「あ、アン、はあ、はあ・・・」
豊は肩で苦しそうに息をして、慣らされていく感触に耐えているようだった。
薙は時折口づけを繰り返しながら、彼自身の精をまた同じようにして擦り込み続けた。
そうして何度も念入りに施して、大分緩くなった頃合を見計らい、指先をゆっくり引き抜いた。
「薙」
「何だ」
豊の瞳はトロンと上気している。
「神様が見てる、な」
「君は天津の神子だから平気だと、今言ったじゃないか」
何だ、本気にしたのと言って豊は微笑を浮かべる。
片足を取って、腕を支えに持ち上げると危うくバランスを崩しそうになった彼が胸の中に倒れこんできた。
その姿を抱きとめて、再び立ち上がりながら薙は豊の浴衣の後ろを捲り上げる。
いきり立った局部を掴むと、目当ての場所に先端を定めた。
「豊」
名前を呼んだのは、挿入の合図だった。
豊は肩口でコクンと頷いた。
ぐ、と差し込むと、しがみついてくる掌に力が入る。
「や、あ、あ、あ、アアッ、アアンッ」
最後は揺すりながら押し上げて、根元まで入りきると薙は大仰に息を吐き出しながら豊の背中をするすると撫でた。
「平気か?」
「ん」
コクン、けなげに茶色の髪が視界の端で揺れる。
薙は、ゆっくりと律動を開始した。
中を慣らすように揺さぶり、ゆるゆると小刻みに突き上げる。
だんだんと彼の様子が落ち着いてくるのを見計らって、本格的に動き始めた。
片足を脇に抱え込むようにして、背中をもう片方の腕で支えながら喘ぐ肢体を上下に揺する。
「アッ、アッ、なぎ、ナギッ」
豊は必死にしがみつきながら何度も名前を呼んだ。
浴衣越しに食い込んでくる爪が少しだけ痛い。
溺れている彼をつなぎとめるように肩口に顔をうずめて、薙はその横顔を眺めながら何度もキスを繰り返した。
「豊、豊・・・」
うわごとのように、夢中で互いの名前を呼び合った。
蒸し暑い夏の夜風がさらけ出した部分をそよそよと撫でていく。
熱を帯びて火照った肌には丁度心地よかった。
夢中で求め合う合間に、祭囃子が聞こえたような気がした。
「ナギ、ナギいっ・・・オレ、もう、もう・・・」
うん。薙は耳元で囁きかける。
「わかっている・・・構わない、いっても、いい」
「んっ、んっ」
コクコクと頷いて、強く抱きついてくるので薙は動作の速度を更に速めた。
グイグイと突き上げて、濡れた音が辺りの茂みにこだまする。豊の鳴き声が、いっそう切なく甘く叫んだ。
「ああっ、アッ・・・あ、ああ・・・」
かくんと、力の抜けるのを確認するように、薙もその奥深くで放っていた。
足を下ろしてやるとグッタリ倒れこむ重量を両腕で抱きとめて、そのまま二三歩あとずさる。
質量がずるりと豊の内側から抜け出た。熱くぬるついた体液が、とろりとあふれ出すのを感じる。
丁度、手ごろな太さの幹が背中にトンと当たった。
薙はそのまま体を預けて、荒い呼吸を繰り返している愛しい姿を見つめた。
「豊」
汗ばんだ額に張り付いた前髪をそっと除ける。
ゆるゆると開かれた鳶色の瞳が、薙を見つけて柔らかな笑みに染まる。
「お祭り、まだ見に行くか?」
もういいよと薙は答えた。豊は笑って、そうだなと頷いた。
「疲れただろう、帰るか?」
「ん・・・でも」
もうちょっとだけ、こうさせて。
肩先に顔をうずめて、豊がねだる。
「薙?」
「ん」
髪を撫でてやると、くすぐったい笑い声がこぼれた。
そのままぼんやりと見上げた空にはまだ月が浮かんでいた。
星の影すら見当たらない、真夏の夜空で、金環はますます存在を誇示するようだった。
(月が見ている、か)
祭囃子はまだ続いていた。
心地よい気だるさに満たされながら、ぼんやりと悪くないと思う。
浴衣も、祭りも、参拝も、悪くない。
よこしまな感は否めないけれど、少なくとも充実したひと時だった。
無駄なんかなかったじゃないか。
うっすら微笑むと、豊が囁いた。
「薙」
「どうした」
「俺も、楽しかった」
「・・・そうか」
枝の合間に引っ掛けられた金魚の水袋が、光を反射してちらちらと煌いている。
中で泳ぐ赤い金魚も、腕の中の豊も、何もかもが薙を満たしてくれる。
夏の、ぬるい風すらいいと思えた。
にぎやかな雰囲気がこの心地よさと混ざり合って、夜を静かに彩っていた。
(了)