煮える鍋を裁く鍋奉行のあたしの座布団が、座るたんびに抱きついてくるんで、鬱陶しいったらありゃしない!
「んもー、ちゃんと座って、甲太郎は、そっち!」
渋々反対側に回って、受け皿を取ったな、よしよし。
「おッ、御奉行様、この銀だらはもう食えんのか?」
「いいよ」
「お前、ゴマとポン酢、どっちにするんだよ」
「ゴマポン」
「相変わらず欲張りな奴だな」
甲太郎がご飯を食べている姿を見るのが好き。
いっぱい食べてくれると、それだけで嬉しくなっちゃう。
「何だよ」
「お豆腐とってあげようか、食べる?」
「食べさせてくれるなら、食べる」
「箸じゃ持ち辛いなあ、お玉からダイレクトでも平気?」
「マジか」
あったかい部屋に笑い声が響いて、何だか凄く楽しいな。
今日はあたしの部屋で、甲太郎と一緒のお夕飯、内容は授業中に計画していた通り、鍋だ。
皆も誘おうって提案は、物凄く乱暴に却下された。
鍋は大勢でつついた方が絶対楽しいのに。
(でも、2人きりのお鍋も、これはこれでいいよね)
湯気の向こう側、しいたけをおいしそうに頬張る甲太郎の姿。
目の前にはぐつぐつ煮えたぎるカレー鍋―――やっぱり、誰も誘わなくて正解だったかも。
(自分が悪食で良かったって、今ほど思うときは無いよ)
甲太郎が無理矢理カレー粉を鍋に放り込んだ地点で、まともな鍋は諦めた。
白菜、しいたけ、にんじん、えのき、しらたき、春菊、銀だら、おとうふ、お肉、そういった鍋定番の具材が煮えているのが、カレー粉の溶けただし汁、っていうのが切ない、まあ、コレはコレでおいしいんだけどね。
「あかり」
「うん?」
ほら、って、うわ、甲太郎、箸上手!
お豆腐を食べさせてもらっちゃった、エヘヘ、「お前もこれくらいしてみろ」の言葉は頂きません。
「お玉からダイレクトで食えるかよ、ちょっとは考えろ、火傷するだろ」
「じゃあ、フウフウして食べさせてあげる」
「お玉でか」
「うん」
「まずお玉から離れろ、帰国子女ッたってなあ、郷に入っては何とやら、だぞ、不器用じゃねえんだから真面目にやれ、お前なら出来る」
「お箸で甲太郎にあーんってしてあげられるようになるって事?」
「おう」
バカ。
もくもく食べてたら、甲太郎が「ああそうだ」って呟いた。
「オイ」
「ん?」
「これ」
フイッて手渡された、それは、水色の封筒だった。
「なあに、これ」
「見ていいぞ」
見ていいぞ?なにそれ。
気になって封筒を裏返してみたら、丁寧な文字で書かれた『皆守 甲太郎様』の文字。
これって―――
「甲太郎」
「うん?」
「御実家と和解したの?」
「は?」
年が明けてすぐに、あたしは甲太郎を連れて、海外で飛び回っているパパとママに逢いにいった。
自主的にそうしようって決めたわけじゃなくて、パパから『絶対連れてくるように』って念を押されて、更にママにまで説得されちゃったから、なかばやむを得ず、の強制送還だったんだ。
(でも、あんまり思い出したくないよ)
ファーストコンタクトはともかく『大変だった』の一言に尽きる。
でも、最終的にパパは甲太郎を気に入ってくれたみたいで、これからがっちり仕込んでやるぞって意気込んでたっけ、ママは最初から最後までニコニコしてた。
他にも色々あるんだけど、まあ、とりあえずあたし達は公認でのお付き合いを許可された。
―――あたしの実家限定で。
(甲太郎には、色々あるんだなあ)
甲太郎の実家にもご挨拶に行きたいって言ったんだけど、それは絶対的に却下されて、その理由を甲太郎は、物凄く言いづらそうに、でもちゃんと説明してくれたから、あたしは理解しようって決めたんだ。
ついでに―――こいつがどうしてこんなにひねくれてるのか、ちょっとわかったような気もした。
(でもきっといつか、挨拶にいける日が来る)
未来は誰にも判らない、っていうのが、あたしの持論だ。
だから甲太郎のわだかまりも、御両親の心も、きっといつか解ける日が来るだろうって信じてる。
そうして、その日が来たら、あたしは両手に抱えきれないほどのお土産を持って、ご挨拶に伺うんだ。
甲太郎君にはお世話になっています、これからも宜しくお願いします、なんて―――台詞で。
(でも、案外早かった?)
甲太郎が思ってた程、状況は悪くなかった、とか?
「違うッ」
ビシ!
「あうッ」
おでこを叩かれた。
「どうしてそういう方向に行くんだ、女文字で書かれた封筒だぞ、普通判るだろ」
「え?」
「え、じゃない、ったく、どこまでボケなんだ、いい加減頭痛がしてくるぜ、早く、中の、出して読んでみろ」
言われなくてもそうします!
あたしはちょっとムッとしながら、丁寧に便箋を取り出した。
折り目が綺麗だなあ、それに何だろう、この香り、マリンノートとか、そういうタイプの匂いがする。
便箋に香水だなんて、結構なお洒落さんだ。
(あれ?)
不意に疑問に感じて、開いた便箋に目を通していくと、ようやくあたしは甲太郎の言葉の意味を理解することが出来た。
『皆守 甲太郎様
いつも見ていました
もっと貴方を知りたい―――お返事頂けないでしょうか
放課後、屋上で待っています
ずっとずっと、待っています』
「―――コレ」
「おう」
甲太郎は春菊をむしゃむしゃ食べている。
「甲太郎、コレって?」
「妬けたか」
「違う、そうじゃなくて」
ムッとした顔がこっちを睨む。
でもあたしは、そんな事より、ずっと気になることがある。
「この手紙」
「何だよ」
「ラブレター、だよね?」
「みたいだな」
(みたいだなって)
あたしはもう一度文面を、特に、最後の一行を読み返して、思わず窓を振り返っていた。
カーテンで遮られて外の様子は見えないけれど、相変わらず雪が降り続いているに違いない。
「ねえ」
「何だよ」
「それで?」
「あん?」
逢いに行ったのって聞こうとして、あたしはそのまま口を噤んだ。
だって甲太郎は屋上に行ってない。
あたしは知ってる。
今日は、6時間目の授業が終わって、そのまま一緒に買出しに出て、一緒に戻ってきて、一緒に支度して、今一緒に夕ご飯を食べてるんだもん、その間こいつはあたしの傍にベッタリで、一人でどこにも行ってないし、誰とも会っていない。
(じゃあ、この手紙を出した人は?)
まさか―――
「おい、バカッ」
怖い想像を浮かべていたあたしを、甲太郎の声が引っ張り戻す。
「あのな、常識で考えろ、今何時だ、そして何月だ、雪だって降ってんだぞ、まさか、本気で待ってる奴がいると思うか?」
「う、ううん?」
「何だその煮え切らない返事は、大体、お前だったらどうなんだよ」
「あたし?」
あたしだったら―――
そもそも手紙、書きません。
正々堂々、真っ向切って、タイマン勝負でスキって言います!
「そうじゃない、もしもの話だろッ」
おっと、そうだった。
何となく立ち上がって、あたしは窓辺に行くと、カーテンを引いた。
やっぱり、相変わらず凄い雪。
「―――途中で諦めて帰る、かなあ」
相当傷ついて、でも、察して、諦めると思う。
(甲太郎って、やっぱり酷い奴だ)
そうだろうって声がして、気配が近づいてきた。
「だから、お前が気にする事なんて何もねえんだよ」
(でも、選ぶ選ばないの決定権は甲太郎にもあるわけだし、こいつ一人を責められないか)
手紙の主を思うと胸がチクチクするけど、それこそ、余計なお世話ってヤツだろう、結局あたしに出来ることなんて無い訳だし。
だから代わりに、誤魔化すみたいに、口を尖らせておいた。
「手厳しいよね、つれないなあ」
「フン、お前もちょっとは俺を気遣ってみろ」
後ろからぎゅうって抱きしめられて、肩口に頭を乗っけられた、重い。
「―――ねえ、でも、甲太郎?」
「何だよ」
言っておくけどなあ、って、声。
「返事位してあげたらいいのにぃーとか、そういうのは聞かねえからな、めんどくせぇ、勝手にこんなもん押し付けて、しかも名前すら明かさないような奴に、払う礼儀は持ち合わせてない」
「そうじゃなくて」
いや、それでもちょっと薄情過ぎるんじゃないのとは思うけど。
「甲太郎でも、ラブレター貰えるんだね」
「何だと」
「こんなひねくれ者好きになるの、あたしくらいだろうなって思ってたから」
普通に驚いた。
甲太郎は急に黙っちゃった。
そのまま益々強く抱きついてきて、耳元でボソッと「そうだよ、お前は変なんだよ」って呟いてから、あたしの首から肩にかけての辺りに額をグリグリ押し付けてきた。
「どうしたの?」
「どうもしねえ」
「お鍋食べよっか?」
「ああ、そうだな、煮詰まっちまうな」
カーテンを閉める。
戻っていく甲太郎の背中を眺めていたら、急に―――妙な感覚が、あたしの全身をゾワゾワって駆け抜けていった。
(えッ)
何?
目を丸くして、咄嗟に体を抱きしめる。
今のは、何?
(外)
振り返ってカーテンを開こうとしたら、後ろから「何やってんだ」って声が聞こえてきた。
「寒いだろ、温度が逃げる、もう開けるな」
振り返って甲太郎を見詰めても、奴は感じなかったみたい。
不思議そうな顔をして、どうしたんだ、って逆に尋ねられた。
「ううん」
何でもない、と―――思うんだけど。
あたしを気にするそぶりの甲太郎は、でもすぐに元の場所に座りなおして、箸を取りながら早く食おうぜって呼びかけてきた。
そのまま暢気な顔でお鍋をつつきだしている。
あたしは暫く甲太郎を見て、一度だけ窓を振り返って、それとなく辺りの気配を探ってみてから、気を取り直して席へ戻っていった。
何だったんだろう、今の。
戻る途中でふと、片手に持ちっぱなしだった水色の封筒に視線が向く。
甲太郎宛のラブレター。
(ムッ)
あれれッ?
嫌だな、変な気分、今更だけど、あたしはそれを持ち主に返さないで、机の上にそっと伏せた。
ヤキモチだなんて認めないぞ、チクショー!
「あかりー、早くしないと全部食っちまうぞー」
銀ダラうまいなあって、コラ待て!
「その白菜と春菊としらたきと銀ダラはあたしのなのッ」
お前、欲張り過ぎだの声を聞きながら、急いで卓に戻った。
湯気に巻かれつつお箸を戦わせているうちに、妙な感じはどんどん薄れていく。
(気のせいだったのかな、さっきの)
寒かっただけ、とか?
甲太郎と一緒の食事も、お喋りも、凄く楽しくて、夕飯が終わる頃には『その』感覚はすっかりあたしの中から払拭されていた。
(続)