「時間があまり無いようなので、手っ取り早く概要だけ、ご説明いたします」

かしこまったクラウスの喋くりを聞いたのが、今から多分30分前。

あたしは、緋色の絨毯を踏んで歩いている。

ゴーグルにベスト、火器に刀剣、それから探索用ツールの数々と、忘れちゃいけない旅の友H.A.N.T

「姉さんの仕事姿を見るのは久々だね」

どこかウキウキしているクラウスの声にウンザリしていたら、左様でございますなって、千貫さんまで一緒になって、もー!

「まあ、いいじゃない」

双樹さんの声。

「何を着ても似合う貴女だけど、その格好もとても愛らしいわ」

「うん、それに関しては同感だよ、あーちゃんって可愛格好いいよね」

「姉さん、褒められたよ」

「ハイハイ」

先頭を行く阿門君が足を止めたから、あたしたちも同じく立ち止まった。

「ここだ」

壁の飾をちょっといじると、その脇辺りの一部がスッとスライドして、奥から下りの階段が姿を現した。

うおお、隠し階段だ、燃える!

(じゃ、なくて)

なんだよ、と、ぶーたれたあたしを、阿門君が振り返って見ていた。

「ずるい、会長様は、それじゃなに?ここからいつでも遺跡に出入りできてたってわけ?」

「ああ」

「あたしが必死になって墓地から潜ってた時も?」

「そうだ」

「じゃあ、あの穴が埋まっちゃって、どうにかして中に入れないかって頑張ってたのも、知ってるの?」

「知っている」

「ずるい!イジワル!」

ウキーってなったあたしに、千貫さんが「まあまあ」って苦笑いで声をかけてきた。

「申し訳ありません玖隆様、ですが、坊ちゃまのお立場も御理解ください」

「それはまあ、そうだけどさあ」

でもどーにも割り切れない、やっぱりずるいと思う、ケチ。

「この話をしていたら、お前は屋敷に入り浸りになっていただろう?」

うっ。

阿門君は眉毛一本すら動かさない涼しい表情で、ほんのちょっとだけため息を吐いた。

「―――それでは、皆守の機嫌が悪くなる一方だ、アレの機嫌取りなど、御免被る」

「そうね、確かに、阿門様の仰るとおりだわ」

皆守って頑固だし、一度不機嫌になると、色々面倒なのよ。

二人そろってのお言葉に何にも言い返せなくって、あたしは黙り込むしかなかった。

おのれ皆守、元気になったら、ちょっとはヤキモチ妬きを直せって言ってやらなくちゃ。

クラウスが機嫌悪そうにメガネのフレームを押し上げてる。

「何かワクワクしちゃうね」って、八千穂さんが腕に抱きついてきた。

「あーちゃんと遺跡に潜るの久しぶり!私、頑張っちゃうからねッ」

「うん、あ、いや、それは程ほどにね」

「八千穂さん、貴女が頑張らなくても、大丈夫よ、私も一緒だから」

「双樹さんこそあーちゃんの足ひっぱんないでよね」

「あらあら」

「姉さん、モテモテだね」

―――このやり取り、少し前にも覚えがあるような。

「と、とにかく!」

振り返ると、阿門君が静かに頷き返してきた。

「こちらの詰めは任せよ、何かあれば、サポートしてやろう」

「アリガト、頼りにしてるよ」

「お任せください、玖隆様」

ようっし。

「そんじゃま!」

行きますか!

あたしと、八千穂さん、双樹さん、そして、クラウスは、揃って薄暗い階段を、奈落の底に向かって下り始めた。

 

 クラウスの持って来たロゼッタの調書は、かなり衝撃的な内容だった。

それはつまり、総括すると『天香遺跡内部に未調査の区画が存在する可能性がある』ってこと。

そんでもってそこに、いまだ人で無い何かの存在が認められるって、つまりはそういうことだった。

「そのような話、聞いた事が無い」

ひとしきり説明を受けた直後の阿門君の言葉だ。

墓守の長がこうなんだから、あたしなんかホント、マメがハトデッポウ喰らったような気分できょとんとしちゃって、まさに、ねみみみみみず、ん?あれ??

「しかし、数値が可能性を示唆している以上、見過ごすわけにもいきません」

喋るクラウスは学者の顔をしていた。

真面目な顔なんて滅多にしない不届き者の弟だけど、ちゃんとすれば、それなりに見栄えもする。

姉の目から見ても、確かにハンサムなんだよな、これが。

「協会からの依頼は二つ、状況の確認と調査、何もなければそれでよし、何かあるようであれば調査せよ、そういうことです」

「秘宝の回収は?」

「特に指示されてないよ、まあ、可能性だけで結果を求めるほどバカでは無いだろうからね」

うわ、人が所属している組織の上層部を、こいつ、なんて言い草だ。

「まあ、いいんじゃないかな」

暢気な声でそう言って、クラウスはいきなりソファの背凭れに背中を預けた。

「見たところ、この異常気象、それと、姉さんの深刻そうな表情、ちゃんと事件は起こっているじゃないか、可能性は飛躍的に跳ね上がったよ、ハンター様のお仕事だ」

「クラウス」

「安心してください、今回は僕も同伴するから、貴女の安全は保障されたに等しい、姉さん、楽しい調査になるといいね」

「何が」

「ねえ、所で姉さん?」

両腕を上にして、ぐいーっと体を伸ばしながら、悪気の無い声があたしに問いかける。

「皆守甲太郎の姿が見えないようだけれど?」

 

どうにも、動揺を隠し切れなくて、ほんのちょっと俯いただけのつもりだったのに、その場にいた全員があたしを覗き込んできて、正直困った。

後で聞いたら八千穂さん曰く『物凄く暗い顔に』なっていたらしい。

ヤだな、ハンターはポーカーフェイスが身上なのに。

八千穂さんと双樹さんに促されて、結局あたしは歯切れ悪く、今朝の出来事を説明するハメになった。

話し終わって皆を見たら、クラウス以外の全員が深刻な表情を浮かべていて、遺跡の再調査は満場一致で可決、あたしは協会に依頼了解の連絡を入れて、その間に生徒会の方でもどうするかの話し合いをしたらしい。

阿門君と夷澤君、鳳君が地上からのサポート係、八千穂さんと双樹さんがあたしと一緒の探索係。

依頼を持って来たクラウスは、協会から依頼を受けた正規のバディだから、勿論あたしと一緒。

追加バディの申請もあっさり通って、けど、どうやって遺跡に潜ろうって話になったら、阿門君がとんでもない告白をしてくれた。

阿門邸から天香遺跡に行けるんだって!

「嘘!」

仰天したのはあたしと八千穂さんの2人だけ。

まあ、多少考えれば察しのつきそうな話ではあるんだろうけれど―――いいや、あえて、そういう方向に目は向けないでおこう!阿門君、ズルイ!

(じゃあ何だ、あたしが毎回降下ツール使って命がけで降りてたのは、あそこからすでに戦いは始まっていたってわけ?)

ムキー、何だかとっても、憎らしいぞ!

散々悔しがるあたしに、その時初めて、阿門君がちょこっとだけ困ったような顔をしてみせた。

それで、なんか気が逸れて、結局あたしの怒りはうやむやにされちゃった。

まあいいんだけどね。

 

まだなのーの、八千穂さんの声を、もう何回くらい聞いただろう。

あたしもいい加減ウンザリしてきた、まだなの?

「姉さん」

「ん?」

「ドアだ」

闇の底に、重厚な造りのドア。

「面白いね、これは、古代の魔よけの文様かな?」

クラウスの声に成る程と思いながら、重たい石造りのドアを力一杯押した。

ゴリゴリ擦れる音と一緒に開けた、そこは、見覚えのある光景。

「うわ―――あ!」

大広間だ。

中央に大きな穴が開いている。

それを認めた瞬間、あたしの胸を鈍い痛みが走り抜けていた。

(甲太郎、絶対助けるからね)

あの穴の底には、今はもう何もいない。

いない、ハズだ。

端末を開いた。

八千穂さんはうわーうわーって言いながら、あちこち見て回っている。

クラウスも、仕事中のパパみたいな顔をして、ちょっとウキウキしながら、やっぱりあちこち探索してる。

血は争えないというか、まあ、あたしも初めてここに辿り着いた時は、多分同じ様な顔してたんだろうけれど。

双樹さんだけ、あたしのすぐ側で、なにやら思索に耽っていた。

「化人の反応ナシ」

「あら、そう」

「長髄彦の思念は残ってないみたいだから、やっぱり遺跡が問題じゃないのかなあ」

「まだわからないわ、あかりちゃん、とりあえず端から調べてみましょう」

「そうだね」

見落としとかあるかもしれない、あの頃は毎日手一杯で、気付けなかった何かが潜んでいるかも。

ちょっとの願いと共に、あたしは調査を開始する。

どのくらい調べて回っただろうか。

多分、20分とか、その程度しか経たなかった気がした。

埃まみれになっていたあたしを呼んだのは、クラウスの声だった。

「姉さん、ちょっといいかな!」

ボロボロの石室は、大声を出しただけでもパラパラと小石が降ってくる。

この間の一件で大分脆くなっているんだ、ここは、きちんと補修するか、埋めちゃわないと、地上部分が危ないな。

(まあ、阿門君が色々考えているんだろうけれど)

あたしはクラウスのところへ駆け寄っていく。

八千穂さんと双樹さんも来た。

クラウスは、階段の先の何にも無い壁をポンポンと叩いて、あたしに向かってニコッと笑いかけてくる。

「ここ、ね?」

「何?」

「変だよ」

あたしの体に、ピリッと電気みたいなものが駆け抜けた。

「変って」

「気付かなかったの?姉さんらしくも無い、だって変じゃないか」

ここだけ階段の先に何にも無いって、どういう事?

八千穂さんが「なあんだ」って声を上げた。

でも、あたしは知っている。

その程度を理由にするクラウスじゃない。

人間性はともかく、こいつは嫌味なくらい優秀なんだ、だから。

「この壁、妙に脆いんだよね」

コンコン、と叩いていた手をグーに握りなおして、クラウスは唐突に壁を力一杯殴りつける!

「きゃ!」

「アハハ、痛い痛い」

ニコニコ笑ってみせるけど、八千穂さんは唖然とした表情でクラウスを凝視していた。

双樹さんもビックリ顔。

あたしだけ、クラウスの殴った箇所をつぶさに観察して、そしてやっぱり、多分ビックリ顔になってたと思う。

ヒビ?

「ありえないでしょう?」

た、確かに。

八千穂さんも「ありえないよ」って呟いてる。

ううーん、多分、ニュアンスが違うな、これは。

あたしはクラウスの手を取って、とりあえず怪我の具合を確かめておいた。

相変わらず無茶するんだから、こういうトコばっかり似たもの姉弟でどうするの。

「大丈夫だよ、姉さん」

「バカだな、もうちょっとやり方ってモノがあるでしょ」

「今後は気をつけるよ」

どうだか。

簡単に手当てをしてから、改めて壁に向き直った。

ううん、試す価値アリ、だよね。

「みんな」

振り返ったあたしは、下がっててって全員に言った。

そして、取り出したツールの中から、火薬の入ったビンを取り出して、量に気を遣いながら、壁の端に落としていく。

これくらいかな?

「クラウス」

「どうぞ、姉さん」

薬液の染み込んだロープとライターを受け取って、あたしは慎重に仕掛けた。

「みんな、なるべく姿勢を低くして、頭を庇って!」

端に火をつけるとロープは勢いよく燃え上がり、そのまま壁際に零した火薬まで火が伝わっていく。

少しの間の後に。

(ドオン!)

鈍い音を立てて、壁の下のほうが吹っ飛ばされた。

その衝撃を受けて、壁全体が一気に崩れ落ちていく。

壁だと見えていたものは、塗りこめられた泥の板だった。

その向こう側には―――見慣れない風体のドアが一枚、姿を現していた。

「すッ」

ごおおおおい!と、八千穂さん。

「どうしてわかったの、ねえねえ、あーちゃん!」

「普通、人間の力で殴った程度で、石でできた壁にヒビが入ると思う?」

「てっきりクラウス君が物凄い力持ちなのかなって」

ハハハ。

「残念ながら、僕に超人的な力の持ち合わせはありませんよ」

「息がピッタリだったわね、さすが姉弟」

それは、どーも。

クラウスが振り返ってキラキラあたしを見詰めるのがイヤだ。

「姉さん」

「お仕事お仕事、未確認区画が見つかったんだから、早速調査開始するよ!」

「―――照れてるんだね」

「誰がだー!」

殴りかかろうとするあたしを、まあまあと八千穂さんが止めた。

「それより、早く行こ!私なんだかどきどきしてきちゃった」

「そうね、あかりちゃんとの共同戦線なんて、久しぶりで腕が鳴るわ」

2人とも。

「アリガト」

頼りにしてるよって言ったら、僕も頼りにしてくれていいですよって、首を突っ込んできたクラウスは無視の方向で。

「姉さん!」

「よし、じゃあ、行くよッ」

あたしは、黒光りする鉄製のドアを、ゆっくり押し開けていった。