ここは何というか、今までと全然違う趣向の区画だ。

入ってすぐの広間に変な碑文が立ってた。

訓練場って、どういうこと?

そもそも何の訓練?戦闘訓練場?

(何でそんなもんが必要なのよ)

謎だ。

色々謎だ。

今まで見た事の無い仕掛けが目白押しで、これはちょっと、皆守には申し訳ないんだけど、その、かなり。

(―――面白いぞう!)

あたしはバチバチ火花を散らす電気剣を振り回して、でかい化人をなぎ倒す!

「姉さん凄い、やったねッ」

響く拍手が鬱陶しい!

(って、八千穂さんまで一緒になってー!)

「もう、やめてよッ」

振り返ってむすっとしてたら、クラウスが近づいてきた。

「剣を」

はい。

シャツの中から、透き通った青色の石を通したネックレスを取り出す。

その石をクラウスが剣に翳すと、刀身を伝う電流が強くなった。

「できたよ」

「アリガト」

「さっきからやってる、それ、凄いねえ」

何度見ても凄いねえって、八千穂さんの声だ。

あたしだって凄いねえって思うよ。

―――あたしの、ママ方の家系は、古くから伝わる神様か何かの血流を汲んでるとかで、ママとクラウスにはこんな妙な力が宿ってる。

普通男の子には顕現しない力らしいんだけど、何故かこいつは使えるんだよねぇ。

そんでもって肝心の女の子のあたしには何も無いという、この皮肉ぶり、神様一体どーなってんのよ。

(もう)

だって絶対的に便利じゃない、これって。

この力があれば、あたしのハンターランクもグングン上昇していくと思うんだけど―――欲望の邪念が能力の発露をジャマしている、とか、まさかね。

(ハハハ、まさか、まさか)

だってママは能力を上手に利用してるもん。

従兄妹の姉さんもそうだし、それに、一番強い力を持ってる、従兄さんは男の人じゃない!

あたしだけ別格って事は無いはずだ、うん、多分、無い、はず―――段々切なくなってきたぞ。

(まあいっか)

クラウスを遣えばいいだけだもんね、オホホ〜、便利便利♪

「姉さんに遣われるなら本望だよ」

「だから、そういうのやめてって、言ってるでしょ!」

なあにって聞いてきた、八千穂さんに説明してあげる。

クラウスはちょこっとだけ人の気持ちも読めるみたいなんだ、感情が読み取れるって、その程度らしいんだけど。

「うわあ!益々凄いねえ」

「有難うございます」

「あたしからしたら、気持ち悪いだけだよ」

「そんな!」

ぷいってそっぽ向いて、通路の先のドアを開けに進んだ。

今度は一体どんな訓練が待ち構えているんだろう!

 

「ねえ、貴方」

意気揚々と先頭を行くハンターから少し離れた場所で、白魚のような手がしなやかに肩に触れる。

振り返ったクラウスに、双樹はフワリと微笑みかけた。

「随分、お姉さんの事、好きみたいね」

その言葉を受けて、上品な笑みが端正な顔に浮かび上がる。

「ええ、勿論」

「素直ね」

「好きでしょう?」

食えない男だわ、と、双樹は胸の内で苦笑いをした。

「あかりちゃん、ここへ来てから色々と大変だったのよ」

「大まかの事情は知らされています、でも、悲運を幸運へと換えてしまう能力が、あの人の最強の武器だ」

「確かにそうね」

「当人は母方の能力がまるで自分には伝わっていないと思い込んでいるみたいですけどね、うちで一番強い力の持ち主は、彼女だ、その証拠に、最大の不幸は、いつだって彼女を避けていく」

「幸運が能力?」

「はい」

その歳で貴方みたいな男の人は貴重だわ。

双樹の言葉にクラウスはただ微笑んだだけだった。

「姉さんがこちら側を選んでしまって、僕らは随分遠く離れた、昔はいつも一緒だったのに」

一緒にお風呂も入ったのに。

クラウスは遠い目で、姉の後姿を眺めている。

「だから、僕と父以外に、姉さんと一緒にお風呂に入った男が現れたなんて、信じたくなかった」

「僕だってもう一緒に入れてもらえないんですよ」と、憤慨するクラウスの真意は伺いきれない。

双樹は暫く独り言に付き合おうと決めた。

「今件を引き受けた最大の理由は彼女に逢う事、前の機会は逃しましたから」

「そういえば、あかりちゃんは皆守と一緒に、御両親に逢いに行ったそうね」

「父も母も彼を気に入っています、ただ、僕はまだ当人を見ていないからなんとも言えないけれど」

でも、わかってはいるんです。

「姉さんが選んだ男だから」

―――間違いは無い、そうに違いないと。

クラウスの言葉に、傍らの赤い唇は僅かに微笑を浮かべる。

「けれど、僕はまだ、皆守甲太郎なんて男は知らないし、嫌いです」

「まあ、ヤキモチなの?」

「当然でしょう、姉は僕がいつかプロポーズする予定だった女性だ、見ず知らずの男に横取りされて、怨まずにいられるはずが無い」

「困ったわね、血縁での婚姻は法律に反するのよ」

「くだらない取り決めです、僕と姉さんの前では無意味だ」

「仕方の無い弟さんだこと、お姉さんも、さぞかし手を焼いているのでしょう」

「愛されている証拠です」

フフ、と笑いあう。

前を行くハンターが盛大にくしゃみをした。

「それで」

双樹はクラウスを振り返ると、その目の奥を覗き込んで問いかけた。

「どうして私に、そんな話をしてくれたの?」

眼鏡の奥の碧眼が、スッと眇められる。

「貴女の聞きたかった話じゃないですか」

双樹は正面に向き直ると、コロコロと柔らかい声を立てて笑った。

「あなた、本当に人の心が読めるのね」

「まさか、単なる洞察の賜物ですよ、誰かの気持ちなんて、誰にもわかるものじゃない」

「そうかしら」

「本音は本人だって見逃すくらいだ、他人にわかるはずもないでしょう」

「そうね」

「ただまあ、僕なりの納得はできたつもりですが」

振り返ったハンターが刀剣を振り回して「早く歩け」と声を上げた。

すぐ側の少女がハンターの腕を取ったので、双樹は少しムッとして、去り際にクラウスにウィンクを残しながら、小走りに駆けていく。

「―――自分の事を一番よくわかっていないのは、多分貴女自身だ、姉さん」

誰もが惹かれてやまない、強い輝き。

その力に引き寄せられるようにして、彼もまた、足を急がせた。

 

「こんな所でマダムバタフライに出くわすなんて」

八千穂さんとヒソヒソ話をして、あたしは改めて、目の前の大きな扉の前で胸を張る。

脇の石碑には、闘技場、って書かれてた。

その言葉の意味するところはただ一つ。

(―――ここに、親玉がいる)

多分、わかんないけど。

訓練場に入ってから出くわした沢山の化人、そのどれもが、半端ない力を持っていた。

遺跡の他の区画で交戦した敵とは比べ物にならない戦闘能力。

あたしも、八千穂さんと双樹さんも、そして勿論クラウスも、結構な傷だらけ具合。

もっとも、一番酷いのは先頭切って戦っていたあたしで、次点でクラウス、八千穂さんと双樹さんは、まあ、それなりにって感じ、女の子だからね。

(って、あたしも女の子だけどね)

ええい、今更持ち出すポイントかッ。

それに―――もしかしたら、ここに。

(甲太郎を捕まえている何かが、いるかもしれない)

全部あたしの勘。

かも、とか、だろう、とか、グダグダしてるの性に合わない!

早く確認したくって、あたしは扉に手をかけた。

「姉さん」

「クラウス、期待してるんだから、ちゃんとお姉ちゃんを助けなさいよ」

「勿論、全身全霊を懸けるよ」

「そんなもん懸けないでいい、危なくなったら逃げなさい、無理はしない、でも、協力は惜しまない」

「了解」

「あたしも頑張るよ、あーちゃん!」

「ええ、怪我をしないように気をつけるわ」

八千穂さんはちょっと双樹さんを睨んだけど、あたしはその心遣いが嬉しかった。

だから「ありがと、みんな、ヨロシクね」って言って、両腕に力を込める。

扉がゆっくりと開かれていった。