Butler und Dienstmädchen Kaffeegeschäft

 

「それで、あかりちゃんのクラスは?」

しなやかな指があたしの髪をサラサラと撫でる。

水泳部シャワールームの更衣室で、さっきまでドライヤーを当ててくれていた双樹さんは、今はブラシで仕上げの真っ最中、あたしはペットの犬気分で大人しく鏡の前に腰掛けてる。

トリミング中ってこんな感じなんだろうなぁ、ママに髪を乾かされた記憶は、もう随分遠いや。

きたる10月28日、天香学園では文化祭が開催される予定。

閉鎖的な学校だから内部関係者限定のささやかな催しかと思いきや、外部からお客さんも呼び込んでの盛大なお祭り騒ぎ、まあ、生徒会が目を光らせている手前そんなに羽目は外せないんだけどね、大型の機材を運び込んだり、保健所に許可を取りに行ったりして、皆連日忙しそうに駆け回ってる。

今だけは学生の本分が勉強じゃなくても、先生達もお小言を控えているみたい。

「うちは執事メイド喫茶だよ」

「執事メイド喫茶?」

「うん」

簡単に説明すると、日本発カルチャーミックスで集客力アップ、売上に繋げるって狙いらしい。

本家本元の執事やメイドはイングランド発なんだけど、日本で普及している、同じ呼称を持つ職業はちょっと様子が違っていて、伝統やしきたり、格式や礼節なんかよりも、何だっけ?『モエ〜』とか『エロ〜』とか、そういうのに重きを置いた、いわゆるコスプレの一種として捉えられているらしい。

つまりが、見た目だけマネッ子したウェイター&ウェイトレス、っていう事。

まあ、そのウェイター、ウェイトレスの定義にしたって、殆ど原形留めてないんだけどね。

で、うちのクラスはただの喫茶店をやるだけでなく、給仕役、じゃない、接客係には、メイドか執事、どちらかの格好をさせるっていう事になったんだ。

配役は男女でそれぞれ割り振るわけじゃなくて、ある意味平等なくじ引き制。

平等の使いどころ間違ってるような気がしないでもないんだけど―――とにかく、これで執事の格好の女の子とか、メイドの格好の男の子とかも混ざったりで、より一層面白味が増すと、そういう事らしい。

まあ確かに、普通じゃ無いのがお祭りのいい所だもんねえ。

それで、あたしは接客係に任命された。

くじ引きもしました。

ちなみに八千穂さんと白岐さんは調理係、皆守は準備係。

皆面白がって接客とか調理とかに立候補したから、色々と面倒くさそうな準備係はジャンケンで負けた人か、出し物を決める会議をサボっていた人に押し付けられることになって、実際準備係は保健所に一時出展の許可を取りに行ったり、基材や諸材料を調達したり、店内設置を行なったりと、ほんとーうに!大変らしい。

ここのところ皆守は連日あたしの部屋に押しかけては、疲れただの腰が痛いだのってあちこち揉めだの擦れだの言ってくるもんだから、非常に迷惑してる。

プラスお支払いまであって、正直あたしまで疲労困憊だよ。

(でもそれも、明後日には解放される!)

今夜は、後はもう寝るだけだし(実際部屋から出てくるとき、皆守は半分寝かけてた)明日の夜さえ頑張れば、明後日は文化祭当日!

あたし達接客係の前準備はメニューの暗記とかその程度だけど、当日は忙しい予定だもんね、流石にその辺り酌んでもらって、体力温存に務めよう。

それに、他の子達はともかく、他ならぬあたしは学園行事にばかりかまけていられないし。

「それで?」

手入れの終わった髪をサラリと撫でられて、鏡越しに双樹さんと目が合った。

「あかりちゃんは、どちらを引き当てたのかしら、当然―――」

にこやかに微笑みながら言うもんだから、あたしもてっきり、胸を張って

「執事役だよ!」

って答えた途端、サッと双樹さんの目の色が変わった。

(え?)

何?この冷たい空気は?

突然、背後から抱きしめられるあたし!

しょ、正面じゃなくても、胸に圧迫されて、苦しい!

「ダメよ!」

(はい?)

「ああ、なんてこと、なんてことなの!そんなのダメに決まってるじゃない!ナンセンス過ぎるわ!」

な、何がナンセンスなんだろ。

「信っじられない、貴方のクラスのクジ係はダメね、使えない、私なら即クビにしてやるところよ」

クビって、っていうかクジ係はただクジを用意して、適当に混ぜて、箱の中に入れただけで、手の加えようがなかったと思うんだけど。

そしてそれ以前に、あたしにはまだ双樹さんが一体何をそんなに怒っているのか分からない。

「いいわ、何とかしましょう」

鏡に映った双樹さんの瞳には、かつてないほどの闘志が滾って見えた。

―――な、何だか分からないけれど、ちょっと怖い、かも。

「最高の文化祭にしましょう、これは貴方だけの問題じゃない、私の問題でもあるのよ」

「な、何の話?」

「私たちの文化祭のために、今こそ立ち上がるのよ!あかりちゃん!」

ひえええ〜?

あたしは混乱するばかりで、この地点ではまだ双樹さんの真意に気付けなかったんだ。

不覚。

そして文化祭当日、嫌な予感は現実として、あたしの前に現れた。

 

*****

 

 一昨日の地点でもっと抵抗しておくんだった。

あの後、あたしは双樹さんにおさわり上等!って感じで体を触りまくられて、流石に恥ずかしくなって抗議したら「大事なことなのよ」なんていつになく真剣に迫ってくるもんだから、うっかり呑まれちゃったら、成果が形になって現れた。

サイズピッタリの、フリルたっぷり特製メイド服。

執事メイド喫茶の衣装は、接客係に選ばれた生徒が各自基本の縫い方と生地だけ渡されて自力で作成するから(だからかなり縫製の怪しい衣装着てる子もいるけど)多少のアレンジは加えられているけど、ここまで原形をとどめていないと正直メチャクチャ目立ちます!

おまけに、気を遣ってくれたんだろう、ボリューム満点のシリコンパットが胸に縫いこまれてあって、はぁ。

―――名誉のために言っておきたい、これは椎名さんがあたしのためにたった一日で縫い上げれくれたもので、彼女はあたしが女だって知らない、つまり、男の子に着せるつもりで作られた衣装だっていうこと。

椎名さんに作成を依頼したのは双樹さん、胸囲は殆どサバ読まなくても問題なかったらしい、そーですよねー、しかしあの夜のおさわりにこんな目的があったなんて!普通気付くか!あんまりだよ〜!

あたしは双樹さんの一存で執事からメイドへと配役変更された。

クラスの子からは反対されなかったらしい、それってやっぱり有無を言わせぬセクシーで服従させたってこと?いいの?

あたしが作った執事服は無駄になるかと思いきや、それはそれで後ほど撮影会に使うんだって。

主催は勿論双樹さんと、製作者として立ち会いたいっていう椎名さん。

色々溜息が出ちゃうよ。

開店直前の教室内で、ぼんやり窓の外を眺めながらため息吐いてたら、ポンって肩を叩かれた。

振り返るとクラスの皆がニコニコしながら立っていた。

「そんなにしょげるなよ、玖隆!」

「そうよ、玖隆君、似合ってるわ!」

「本当、凄く似合ってる、絶対玖隆君にはメイド服のほうがいいと思ってたのよね!」

「それ、A組の椎名さんが作ったんでしょう?流石よね、あきら君の事、凄く良く分かってる!」

「うんうん、魅力が十二分に発揮されてる!」

「可愛いよ、玖隆君!」

「お前が女だったら、マジで付き合いたい!」

「てか女じゃなくてもこの際構わん!」

「くじ引きではどうなることかと思ったけど」

「メイド服、サイコーよね!」

「双樹様々だな!」

「これで、うちのクラスは学年でも総合でも売上げ1位、間違いナシよ!!」

「可愛いから!」

「提案した甲斐あった!」

「玖隆君、元気出して、今日のMVPは間違いなく玖隆君よ!」

所々聞き捨てならない言葉も混ざっていたような気がするんですが。

けどまあ、仕方ない、腐ってつまんなく過ごすより、いっそ受け入れちゃった方が楽しいだろう。

それに―――ホント言うとね?その、こういうフリルがたっぷりついた、ヒラヒラした格好するの、実はちょっと嬉しかったり、だってだって!今回の任務は事もあろうか男として派遣されちゃってさ!毎日男として生活してるんだもん!たまには頑張ってる見返りがあってもいいはず!!ハンターになった地点でフリルもレースもリボンも諦めたけど、だからって嫌いになったわけじゃないんだから!

(うぅ、くそ!)

「祭りは楽しんだもの勝ちか!このヤロー!」

握りこぶしを突き上げたあたしの周りで「おおー!」と歓声が上がって、パチパチ拍手の輪が広がった。

その時丁度スピーカーから流れ出す、文化祭開始五分前のアナウンス。

「あーちゃん!」

突如容赦ないハグ!

八千穂さん、コックさん用の結構締め付けキツイ制服着てるはずなのに、あたしのシリコンよりボリューミーってどういう事よ!ムキーッ!

「頑張ろうね、あーちゃん、あーちゃんがいれば、鬼に金棒だよっ」

「違うわ、八千穂さん、それを言うなら」

ムギュムギュされてるあたしの耳に、涼しげな白岐さんの声が聞こえてくる。

「玖隆あきらにメイド服、よ」

「そうだねっ」

意味が分からない。

「あーちゃん、本当にすっごく可愛い、何だか、このままどこかに連れ込んじゃいたいくらい」

はい?え!な、何するつもり?―――って「いやーん明日香のエッチ、バカバカ!」じゃないぞ!

そろそろ、息が、息が、死ぬっ

「八千穂さん」

「うん?」

「玖隆さん、痙攣しているみたいよ」

「え?―――うわ!きゃーッ、あ、あーちゃん!!」

た、助かった。

グッタリするあたしと、八千穂さんたちとの頭上で、校内放送が開始1分前を告げた。

「明日香!白岐さん!持ち場に戻って!」

「あ、はーい!」

「それじゃあね、玖隆さん」

「あーちゃんも頑張って!私たちも頑張ろうね、白岐さん!」

「ええ、行きましょう」

何だかすっかり仲良しだな、あの二人。

ふらつきながらもどうにか持ち直して、二人にまたねーって手を振って、フウ、ひと心地。

―――そういえば皆守と夕薙君の姿が見えないけど。

(準備係は食材調達も仕事だっけ、てことは追加注文分の確認にでも行ってるのかな?)

まあ、夕薙君には是非この機会にあたしの可愛い姿をご覧頂いて、認識に変化を促したい所なんだけど、皆守はどうでもいいや。

むしろいないほうが清々するってモンよ、うん。

(いたってどうせ、絡んで営業妨害してくるだけなんだから)

物臭のクセにねちっこいんだよね、アイツ。

あたしはパタパタとエプロンをはたいて、ちょっとよれちゃった衣装を整えた。

顔以外の体中に傷跡のあるあたしを気遣って、かなり露出の抑えた作りになっているんだけど、仕方ない部分は肌色の布、ほら、スケート選手の衣装なんかでよく使われているアレを着込んでる、まさにあたし専用メイド服。

でもあんまり上手に作ってあるから、妙にいやらしいというか、逆に目立つというか、まあ一番エッチぃのはこの胸なんだけど、弾力があって揉み応え抜群、いいなぁこれ、元からこのサイズだったらなあ。

「玖隆」

また肩を叩かれて、振り返ると今度はクラスの男子ばかりが、あたしに何ともいえない視線を向けていた。

「お前の気持ちは分かるがな」

「俺達にもやらせて欲しいとも思うけどな」

「けど、流石にそれはマズイだろ」

「後でさ、みんなで楽しもうぜ、な?」

「なんつーかその、今のお前がそういうことしてるとさ、その」

「わかっちゃいるんだが、モヤモヤするというか」

「違和感何処行ったというか」

「道を踏み外しそうというか」

はあ?

そして気付いた。

考え事の最中、事もあろうかシリコン製の胸をもにょもにょと揉んでいた自分に―――ぎゃああ!!

「ち、違!」

外から花火の鳴る音がして、天香学園文化祭、いよいよ開催!

男の子達はさっさと持ち場に歩いていっちゃった、からかっただけか、この野郎。

けど代わりに何故か八千穂さんがパタパタ駆け寄ってくる、もう開店してるっていうのにいいの?

「あーちゃん!」

あたしにそっと耳打ちしてきた。

「そういう事は、後でご褒美に、私のさせてあげるからっ」

「え?」

「だからお互い頑張ろうね!」

キャーなんて、小走りで戻っていく八千穂さんの顔がちょっと赤く見えるのは気のせい?

一体、貴方の何をどうしていいっていうのさー!

(もう、いい)

仕事しよう。

気を取り直して背筋を伸ばした。

元は女だけど普段はやんごとない事情で男のフリをしているあたしは、今日だけは、男のフリをしたまま女装して!っていうかええいめんどうだ、つまりいつも通りのあたしで過ごせるって事だよね、よし、やるぞ!

廊下の向こうにお客さんたちの姿が見え出すと、途端辺りが一層騒がしくなる。

あたしも執事メイド喫茶の入り口に立って、元気な声で「いらっしゃいませ、こちら、執事メイド喫茶でございまーす!」と呼び込みを始めた。

 

あかりの衣装の具体的なディティールはご想像にお任せします。