カレー持っていってやったら、皆守はまたあたしの姿を舐めるように見回した後で、一言。
「女みたいじゃないか」って!
(この野郎!)
お前と双樹さんはあたしの性別が実は女だって知ってるでしょうがー!
(おのれ、皆守)
夕薙くんはコーヒー持っていったら、改めて「今日の玖隆は何だか可愛いな」って褒めてくれたのに!「男なのに可愛いなんて言ってしまって、気分を悪くしたらすまない」って紳士な一言まで付け加えて!
―――この差は一体どこから生まれてくるんだろう、精神的な余裕の違いなんだろうか。
気を取り直して、イベントが始まってからますます忙しくなった店内を、他の子達と一緒にアッチにパタパタ、コッチにパタパタ、賑やかな空気を読んで長居する人は少ないんだけど、その分回転が上がって忙しいよー!
食材も、この分だと思っていたより早く切れそう、そしたらまた皆守や夕薙くんの出番だ。
夕薙くんはともかく、皆守はさっさと仕入れでも何でもしにいって、店から出てけ。
おいしそうにカレーなんか食べちゃって、この野郎。
(でも、そういえば、うちのカレーは皆守が監修したんだっけ)
そして大人気、さっきから口コミでイベント関係無しにカレーだけ食べに来る人もいるくらい、でもあたしとしては何となくモヤッとするっていうか、素直に喜べないというか、まあ、皆守の『カレーだけは』おいしいんだけどね、それは本当の事だから、仕方なく認めてる。
「メイドさん、こっち、注文!」
「おねがいしまーす」
「お水下さい」
「ごめんなさい、スプーン落としちゃって」
ああもう、忙しいったら忙しい!そろそろ休憩時間にならないものか!
教室の後ろからは、相変わらず「ああーっ」とか「やった!」とか、色々な声が聞こえてくる。
稀に特賞が出ても、片っ端から運動部男子にダーツが命中するもんだから、お客様からも片っ端にごめんなさいコールの嵐。
でもそのうち―――遂に懸念が現実になったというか、これインチキじゃねぇかって声が聞こえてきた。
「何でさっきから特賞が野郎ばっかりなんだよ!」
「それは、お客さまが投げたダーツですから」
「もうこれ三回目なんだぞ、どんだけ食ったと思ってんだ!」
そんなにデートしたい相手がいるのか、ヒマだねぇ。
振り返ったらバッチリ目が合って、多分大学生くらいだろうか、男の人は急にあたしを指差して「あの子!」って声を上げた。
えーっと、どうみてもあたし?だよね、今指されてるのって。
「次、特賞当てたら、指定ルーレット無しであの子とデートさせろ!」
(は?)
はいい?
係の子達はポカーン、あたしもポカーン、他のお客もポカーン。
男の人だけ怖い顔して、インチキしたんだから当然だろうって、言ってることがメチャクチャだ。
確かにあのルーレットはないと思うけど、それだってレートの決定権が胴元にあるのは当然だし、参加者に与えられている権利は参加の有無のみであって、BETした以上、インチキだ何だと騒ぎ立てるのはお門違いってもんだ、そもそも結果をすり替えたってならともかく、単にレートが厳しいだけじゃインチキもへったくれもないじゃない。
(呆れた)
時々、こういうゴネて道理を蹴り飛ばそうって奴見かけるけど、ホント気分悪い。
あたしとしてはデートくらい、まあやむを得ないかなとも思うんだけど、こういう展開は釈然としないな。
だったらまだ皆守に連れ回される方がマシだ。
(って、別に皆守に連れまわされてもいいってワケじゃないぞ)
一人突っ込み、いや、遊んでる場合じゃないな。
男は「いいな?」って係の子に凄んで、係の子はしどろもどろ、もう!頑張ってよ!
「当然だろ、あんなルーレット、中るわけねぇじゃねえか」
「で、ですが、規則なので、デートの相手はルーレットで決まるっていう」
「だったら元からまっとうな勝負しろよ、ふざけやがって、高校生の分際でぼったりか?決めたからな、特賞当てたら指定ルーレット無しであの子とデート!お前らの規則なんか知ったことか」
だったらまあ、仕方ない、デートはしてもいいけれど、数分後にはどこかの空き教室でおねんねさせられる覚悟くらいしておきなさいよって、思っていたら、いきなりガタンって音がした。
席から立ち上がった皆守がアロマをぷかりとひと吹きして、騒いでいる男に近付いていく。
カレー食べ終わったのか。
食後のコーヒーがまだなのに。
「おい、アンタ」
男が振り返って、何だよって睨みつけた。
けど神経の図太い皆守はこの程度じゃ怯まないって知ってる、逆に、男を煽るみたいに暢気な顔でアロマをプカプカ付加して、面倒臭そうに溜息まで吐いてみせた。
(あーあ)
案の定、男は更に怒った顔して、お前一体何なんだって皆守に近付いていく。
「さっきアンタ言ったな?このルーレットがインチキだと」
「ああ」
「何故そう思う?」
「はあ?当然だろ、見ろよ、これ!こんな無茶苦茶な目があるか、こんなもん、当てさせる気がないとしか思えねえだろ!」
あ、一応勘付いてはいたんだ、その通りですよって言ったらこの人どんな反応するんだろう。
そう、確率を操るのも胴元の権利、参加の意思を表明したのは自分なんだから、後からアレコレ文句なんかつけちゃいけない。
皆守も呆れた様子でまた溜息を吐いていた。
「だったら」
「あ?」
「だったら、俺がダーツを投げる」
「はあ?」
「それで、お前が言うところの『当てさせる気のない目』とやらに見事中てることができたら、さっきまでの発言はただの言いがかりってことになるな?」
それってつまり、皆守もダーツ参加するってことなんだろうか。
参加者として?それとも、関係者として?
(関係者として投げたって、説得力もへったくれもないでしょ)
って事は参加者としてか?
そうなったら、確か特賞って、この男の人の拘ってる景品って、えーっと。
「何だと」
男と皆守のやり取りは静かに白熱してる。
「本当に中てさせる気がないんだとしたら、俺にだって中てられないだろ、お前の言うインチキとやらが確実に存在している証拠だ、だが、もし俺が中てられたら、それは他の奴等にも可能性があるってことの証明になる、つまりインチキがない証拠だ、まあ、あんたの腕が悪いって証明にもなっちまうかもな」
「何!」
また余計な一言を。
でも、皆守は肝心な事を条件に挙げていない。
それは―――皆守自身のダーツの腕前ってトコ。
あたしも知らないんだけど、もし、万一プロ級の腕前だったとしたら、その地点で結構なインチキ発生だと思うんだけど。
「だったらやってみろよ!」
やっぱりそうなるわけだ、これだから、頭に血が上ってる状態で交渉しちゃいけないんだよね。
「ふざけたことばかり言いやがって、お前が中てられるならな、俺だって出来て当然なんだよ!」
それ、言っちゃいますか。
やっぱり非常識な人は中身が足りないというか何というか、ひとしきり呆れているあたしの視線の先で、男からダーツを受け取った皆守がルーレットを回してくれと係の子に告げた。
「思い切り頼む、回転が緩かったなんて後からイチャモン付けられちゃ、堪らないからな」
係の子達は少し不安げな表情で、けれど勢い良くルーレットを回し始める。
殆ど文字なんか見えない速度で盤は回る回る!男がニヤニヤしながら皆守を見てる。
(やってやれ!皆守!)
思わず握りこぶしを作るあたし。
皆守はダーツの矢を投げて、回転の止まった盤上、針の刺さっていた位置は。
「特賞でーす!」
おおって周りから声がした。
それもそのはず、あまり遅くならないうちに投げるのが一応決まりとはいえ、皆多少は盤の状態が見えるようになってから、充分狙いをつけて投げていたけれど、皆守は殆ど何も見えないうちにサクッと投げてサクッと中てた、これは結構ポイント高いと思う。
「次だ、次!本番は次のルーレットだ!」
声を荒げる男の人。
この期に及んで往生際が悪いな、ルーレットが設置されると、皆守はまた勢い良く回してくれって係の子に言った。
口元には不敵な笑みが浮かんで、アロマのパイプを噛みながらダーツを構える格好は、ううーん、若干ダンディ?
(くそ、皆守が格好よく見える)
何事って思っていたら、目がちらってあたしを見た。
思わずあたし、スカートを握り締めちゃう。
そしたら多分他の誰にも分かんないくらいに「フッ」って笑って、構えた皆守がダーツを投げた!
中った場所は―――ああッ
「デート権確定!お相手は、当店一押しのメイドさん!あきら嬢でーす!」
おおおって沸き立つ店内、ストンと座り込む男の人。
振り返った皆守は、そのままつかつかとあたしの傍に近づいてきて―――
「行くぞ」
「えっ」
「当たりだ、特賞デート権、こいつは今日一日借りていくからな、真っ向から勝負して得た権利だ、文句ないだろ」
え、ええっとお!
「それとお前ら」
あたしの腕を掴みながら、振り返った皆守がルーレットの傍でポカンとしてる子達を指差す。
「さっき小耳に挟んだんだが、そろそろここにも生徒会の見回りがくるらしい、頃合なんじゃないか?」
顔を見合わせた皆、すぐ「ああ!」って、慌ててイベント終了を告げて、ゲーム道具一式を片付け始める。
順番待ちをしていた人達にはお詫びとしてドリンク一杯タダ券を贈呈。
アフターフォローまで忘れないなんて流石、冗談抜きでアイディア出した人はお店とかやったほうがいいんじゃないだろうか。
「さて、と」
アロマをプカプカ吹かして、皆守がぐいぐい腕を引っ張ってくる。
「行こうぜ」
「な、なんで俺が」
「ゲームの景品だ、当然だろう」
「そ、そんな話聞いてない、それに俺が抜けたら、店が」
「お前一人いなくたってどうとでもなるさ、元より景品にした地点で織り込み済みだろうよ」
「でも」
「俺だってちょっと顔出さなかっただけで問答無用で準備係なんか押し付けられたんだぞ、お前もクラスの決め事に従え、それとも俺以外をご希望か?」
いや、皆守がって言うより、別に誰とも―――夕薙くんか、双樹さん以外の誰とも、特別デートなんてしたくないんだけど。
皆守はあたしの顔を見て、フン、て鼻を鳴らすと、いいから早く来いなんて問答無用で歩き出した。
引っ張られていくあたし、抵抗しようかとも思ったんだけど、座り込んだ男の人がまだ未練たらしくこっちを見てるから、嫌がったりしたらまたゴチャゴチャしそうでグッとガマンする。
皆守は小さな声で「そうそう」ってどこか楽しげに言いながら、あたしを教室から連れ出した。
外に出ると、改めて、あっちこっちから視線がサクサクリ。
そうだった、今はメイドさんの格好してるんだっけ。
皆守が強引に腕を絡めてくるから、何だよって睨みあげたら、よくわかんない苦笑いが返ってきた。
「今日は折角女の格好してるんだから、女らしく振舞えよ」
「嫌だ、馬鹿にしてるの?」
「そんなんじゃない、ただ、こうやって校内出歩けないだろ、お前」
言われてみれば、確かにそうだ。
スカート穿いて天香の校舎内歩き回るなんて、多分二度と出来ない。
前にタイガーマスクやったときは遺跡だったもんね、あの場所も一応天香に属しているけど、厳密も何も間違いなく高校とは無関係だ。
あたしは改めて自分の姿を見下ろした。
フリルたっぷりの可愛いスカート、メイド服の胸元は本来の姿以上にふっくらしちゃって―――ちょっと切ないけど、でも、やっぱり楽しむべきだよね。
そうだよ、皆守如きで、この楽しい気持ちをおろそかにしちゃいけない!
フウって息を吐いて、気にしないって決めた。
今日だけは仲良くしてやろう、声は仕方ないとしても、顔さえ見なければいいんだ、多少腹も立たないでしょう!
このままじゃ歩き辛いからって、腕を抜いて、改めて、皆守の腕に掴まるような格好で、肩に頬を乗っけて「ねぇ」って言ったら何故か急にビクリって震えた、何で?
「皆守くん」
「何だよ」
「あきら、お腹すいちゃったな、何か食べたい、連れてって」
女らしくってこれくらいやればいいか?
皆守はアロマをスパスパ吹かして、オウとか何とかモニョモニョ言いながら、どことなくぎこちない足取りで歩き始めた。
何だコイツ。
気にせずベッタリ皆守の腕に抱きついて、体重預けて歩きながら、あたしは(ラクチンだなー)とか考えていた。
今、傍から見たあたしたちってどんな組み合わせに見えるんだろうね。
きっと馬鹿みたいに違いない、もしくは、何かの告知と思われるだろうか。
(ついでに喫茶店の紹介プレートでも下げてくればよかった)
皆守は急に口数が少なくなっちゃった。
ホント、わかんない奴。
(はーあ、夕薙くんにいい所見せ損ねた)
賑やかな校内はあちこち興味深くて、あたしはすぐ色々な考えなんか放り出しちゃって、文化祭を大いに楽しんで回った。
ただね、いくら景品になったからとはいえ、その。
(接客係のお仕事サボっちゃったことだけ、皆さん、ごめんなさい―――)
おまけアリ、蛇足蛇足。