※こちらは『SHAPE OF MY HEART』後の完全捏造九龍大人Verです
「1st-Encounter」
お疲れさん、と肩を叩かれて、玖隆は振り返る。
ここは、ロゼッタ協会中東支部。
日焼けして、ぱさついた黒髪の下で、暗いグリーンの瞳が人懐っこい笑みを浮かべていた。
「どーも」
「有名人、今度はこっちで仕事か、収穫は」
「まあ、それなりに」
「お前さんの腕で『それなり』じゃ、こっちは『まだまだ』ってことになるな」
「おだてるなよ」
「フン、皮肉だよ、それよりどうした、万年報告遅滞者が、カミナリでも食らいに出てきたのか?」
「もうちょっと優しく接してくれないか、すでに散々落とされた後なんだ」
「自業自得だな、そこらの女ハンターにでもねだって慰めてもらったらどうだ?ランキング首位の人気者からのおねだりだ、胸といわず、股くらい、いくらだって開いてくれるぜ」
「ハハハ、でもなあ」
廊下で立ち話をしている、二人のすぐ傍のドアが開いて、見事なブロンドの美女が肩を怒らせて現れる。
「晃ッ」
「おっと」
玖隆は話し込んでいた相手に、軽く肩をすくめて見せた。
「俺は、正に今、その女性から苛められている最中なんだ」
相手は苦笑いで玖隆の肩を数回叩く。
女史から数発目のカミナリが落とされたのは、その直後だった。
「肝心な部分が殆どはしょられているじゃない、これは、報告書として認められません!」
玖隆晃の所属している『ロゼッタ協会』は、世界規模で展開している遺跡発掘及び探索、秘宝の保護を目的とする巨大組織だ。
腕に覚えのある『宝探し屋』を多数擁し、その育成にも携わり、他にもさまざまな活動を展開している同協会が発足当時から掲げている御題目は、秘宝の正当な継承と人類にとっての有効活用。
大して社会貢献もしていなくせに、と、玖隆はそれをいつも鼻先で笑い飛ばしている。
結局は誰も、自分のためだ。
ハンター諸氏と協会の利害が一致しているから、関係成立しているに過ぎない。
玖隆もまた自分のため―――望みを叶えるために、宝探し屋をやっている。
ロゼッタに所属しているのは、単純に便利だから、それだけだ。
まだ年齢的にもこなした仕事の総数的にも『駆け出し』の部類に入るけれど、それでも最初の仕事以来、常に任務を大成功で遂行し続けているので、協会が所属者全員に支給、携帯を義務付けている端末から勝手に吸い上げられた情報を、これまた勝手に評価されて、気付けば『知る人ぞ知るランキング上位の凄腕ハンター』として名を馳せるようになっていた。
やはり、二度目の仕事の成功が大きかったのだろうか。
各国の政財界の著名人とも、殆どが当時に伝手を持った。
(それはいいんだけどさ)
はあ、とため息を漏らす。
目の前のデスクに向かい、書類を睨みつけていた美貌の女史が、すかさず三角に吊り上げた目の端をキラリと光らせていた。
玖隆はすごすごと肩をすくめて、姿勢を正す振りをした。
人気者は休みなどないに等しい。
「なあ、マリア」
「何、晃」
「俺、休暇欲しいなあ」
「そんなもの貰ってどうするの」
「恋人に逢いに行く」
「嘘よ、どうせもう逢わないつもりなんでしょ、貴方みたいなタイプは、案外薄情なんだから」
玖隆は顔をしかめて、けれど返す言葉も無く笑うだけだ。
彼女と、もう1人。
玖隆がハンターになった直後から、専属の担当者がサポートにあたっている。
彼らは本部詰めのエリートだが、多忙を極める玖隆のために時折こうして現地まで赴くこともあった。
(その殆どが、俺を叱りに、な訳なんだけど)
父親の名前が有名だから、息子にも協会は過大な期待を抱いているのだろう。
それゆえの特例と玖隆も充分理解している。
そうでなければ、駆け出しのハンターに専属スタッフなどつけるものか、おかげで、何の手柄も無かった駆け出しの頃には、同僚や先輩ハンターからやっかみ絡みの嫌がらせをよく受けた。
それは今も実はあまり変わらないし、有名になってしまった今の方が以前より更に孤独だ。
ついさっきのように気安く声をかけてくれるハンターの方が珍しい。
もっとも、ハンター同士で仲睦まじくしている姿自体、滅多にお目にかかるものではなかったけれど。
「あーあ」
「今度は何?」
「俺って寂しい人種だなー」
「多くをねだるのは不毛よ、充実しているんでしょ」
「さっきから、君の横顔や紙の裏ばかり見えて、マリアの美貌が全然拝めない、楽しくない」
「我慢しなさい」
「男としては、切ないなあ」
「Boy、貴方じゃ10年早いわ、それよりここ、敵の総数はどれくらいだったの?」
「相変わらず手厳しい」
「晃」
「はいはい、えーっと、確か40、内半分がテロリスト、半分が現地の皆様方」
「サンプルは?」
「そんなもん取れるか、と言いたい所だけど、気持ちの悪い皆さんの皮膚組織は幾らか採取できたよ、現地民は一応数名から頭髪のみ、すでにラボに提出済みです」
「優秀ね」
「アリガト」
「テロリストの方は、彼等なの?」
「Ja」
「まったく、懲りない連中ね」
呆れ顔のマリアに苦笑しつつ、遺跡内部で襲い掛かってきたレリックドーンの兵士たちを思い出していた。
玖隆の行く先々に必ず姿を現して、妨害活動に余念が無い。
時折、仕事の邪魔と秘宝の奪取、どちらが本当の目的なのだろうと疑問に思ってしまうほどに、だ。
レリックの尖兵たちは玖隆を目の敵のようにしているけれど、それはこれまで散々痛めつけてやったせいだけでなく、そもそもの切欠は最初の仕事でついた因縁にあると思う。
加えて次の仕事で幹部の1人を『葬った』と誤認識されているらしく、真実は内部抗争絡みの裏切り行為による結末だったわけだが、結果として玖隆は完全に彼等から敵対者の烙印を押されてしまった。
恐らく、二度目の任務で横槍を入れてきた、レリック所属の喪部も一枚噛んでいるに違いない。
(光栄な事だ、けど、あいつも大概執念深いよなあ)
当時を思い返していた玖隆は、マリアの声で不意に現実に引き戻された。
「晃」
「うん?」
「それ」
指摘されて見下ろすと、首から下げたネックレスに通してあるリングに、いつの間にか指先が触れている。
苦笑いで手を膝に置く玖隆に、女史はようやくこちらを振り返ってくれた。
「貴方って、時々わからないわね」
「何が」
「大人なのか、子供なのか、そのリングに触れているときの貴方は、普段の貴方じゃないみたい」
「俺は口説かれているのかな?」
「フィアンセのいる人間を口説くほど、暇じゃないわ」
笑いながらお手上げのポーズを取って見せる、玖隆の姿にため息を漏らして、マリアは、デスクに向き直ると、ちらとこちらを横目で伺い、口元に淡い笑みを浮かべた。
「でも、前よりはずっといいわね」
「え?」
「そのリングが貴方を縛るものでなく、解き放つものになったから―――担当官として、これでも一応は気にしていたのよ?」
「マリア」
「プライベートの話は、貴方も私も好きじゃない、それに、貴方の過去にも、抱えている事情にも、我々は一切興味など無いし、関与するつもりもない」
「つれないね」
「けれど、それが貴方の力になるなら―――私は、とてもいいと思う」
女史は、まるで不出来な弟を見詰める姉のような、慈愛に満ちた表情を浮かべている。
恐らく当人自身は気付いていないだろうし、玖隆もそれでいいと思った。
「それは、仕事の、って話か?」
「ええ、そういうことにしておいて頂戴」
会えて話の中心を茶化して答えると、ブロンド美女はすぐ厳しい顔に戻って、不備の指摘を再開しだす。
玖隆は苦笑いで一つ一つ丁寧に答えながら、遠い空の下にいる恋人の姿を思い出していた。
(次へ)