―――寮での生活に慣れるのに、それほど時間はかからなかった。
もとより、高校時代は全寮制の環境で過ごしていたから、大体の仕組みというか、枠内限定のルールのようなものはおおよそ見当がつく。
国が違っても、ある程度法則性のある環境下において最も効率のいい方法というのはそれほど違いが無いから、ある程度経験があれば幾らでも応用は可能だ。
皆守の選んだ私立校は、それほどランクの高い教育を施している場所ではないけれど、主にフィールドワークに重点を置いた、珍しいタイプの学習方法を採用している。
古い歴史と伝統を持つ、格式高い学校でもあるから、生徒の半数ほどは校名に惹かれて入学してきた名門貴族や金持ちの倅や令嬢たちだ。
残りの半分は、マニア、とでも言えばいいのだろうか。
才能と情熱を持って決断してきた生徒たちは、あまり友好的ではなかった。
彼等は生身の友人を作る以上に、勉学を友として愛していたから。
そして金持ちの子供たちは、東洋の貧乏な留学生など鼻にもかけない。
自室で、机に向かって書き物をしていた手を休めて、こっそり買い込んだ煙草に火をつけてふかしながら、皆守はぼんやり思いを馳せていた。
ここにいる誰とも、自分は違う。
(天香にいたトトの奴もこんな気分だったのか)
ゆっくり昇る煙は、細く開いた窓の向こうに消えていく。
薄暗い部屋。
窓の向こうは暗闇で、時刻はそろそろ真夜中を過ぎる。
消灯時間はとっくに過ぎているから、卓上の明かりだけを頼りに勉強をしていた。
学ばねばならないことが多すぎて、破裂してしまいそうだ。
日常生活に適用できる程度の英語力ならば辛うじて持ち合わせているけれど、少しでも専門的な知識となると、まず言語から皆目わからない。
辞書を引いている間に、教授に呆れられて、周囲の生徒たちから笑われたりさげすまれたりするような日々が今日までずっと続いている。
馴染めたのは寮での生活だけ。
本来の目的である勉学や学校での日々には、何もかもまるで追いつけていない。
飛び込んでみて、皆守の前に、改めて容赦ない現実が突きつけられていた。
「俺はまだ何もできちゃいない」
多少は前進したかと思っていた。
けれど。
「まだ、何の力も持っていない」
煙草を咥える。
肺の奥深くまで煙を吸い込んで、吐き出すと、内側から少しずつ黒く染まっていくようだ。
左手薬指でキラリと光った輝きに、落とした視線がスッと細められる。
「お前は、ホントに凄かったんだなあ」
あの背中に追いつきたい一心で走り出してからどれくらい経つだろう。
(まだ、3年しか経っていない)
―――もう3年も経ってしまった。
何かが胸を締め付ける。
苦しくて、煙草の煙を吸い込んだ。
窓から忍び込む夜の気配が、体の端々から染みこんできそうで、急いで首を振ってペンを握り締める。
再び机に向かってみたけれど、憂鬱な気分は簡単に消えそうも無かった。
(今は、気にするな)
言い聞かせながら薬指に視線を走らせる。
リングの輝きを視界の端に捉えて、少しの安堵の後に、叫びだしてしまいそうな焦燥感がこみ上げてくる。
皆守は奥歯を噛み締めながら、書物の文字に意識を集中し直した。
鬱屈した雰囲気の中、部屋に、文字を書く音と、ページをめくる音だけが響いていた。
(次へ)