―――ロゼッタ協会北欧支部。
廊下を歩いていた玖隆は、背後から呼び止められていた。
「晃!」
振り返ると見事なブロンドが駆け寄ってくる。
「マリア」
やあ、と片腕を上げながら、更にその後ろに続いていた長身の男性の姿を見つけて、改めて笑顔で二人を迎えた。
「アーサーまで一緒なのか、お揃いでどうしたんだ」
「久しぶりだね、晃」
サラサラした鳶色の髪の下の、淡いグリーンの瞳をスッと細くして、アーサーが微笑み返してくる。
手前で丁度玖隆の正面に立ったマリアは、腕を組みながら軽くため息を漏らしていた。
「どうした、じゃないでしょう?まったく、私たちが本部から出てくるといえば、貴方に用があるからに決まっているじゃないの」
「へえ、わざわざどうも」
「晃、アンナさんは元気?」
「ああ、至って変わりなく、綺麗で優しい俺のディーヴァだよ」
マリアとアーサーは少しだけ顔を見合わせて苦笑する。
「お惚気はそこまでにして頂戴、惚けたままだと次の仕事で命を落とすわよ」
「けど、君、幸せそうだね」
「勿論さ、マリア、俺はこう見えて新婚なんだぜ?ちょっとは汲んで欲しいもんだね」
「その新婦を悲しませることの無いように、私は忠告をしてあげているのよ」
「有難うございます、貴方のお言葉、ありがたく頂戴しておきます」
「次の仕事の依頼よ」
持っていた封筒をマリアから手渡されて、玖隆は中の書類を取り出すと、簡単に文面に目を通していく。
「出頭初日から早速だけれど、すぐ着任できるわね?」
「メキシコ、ペルーか、遠いな」
「アンナさんの事が気懸かり?」
ふと顔を上げて、アーサーを見上げた。
「いいや」
玖隆は笑う。
二人には、ついこの間の結婚式にも参列してもらった。
何とか都合をつけて駆けつけてくれた自分の両親と、同僚二人、そして、アンナの祖父。
たったそれだけの人数で行われた、ささやかな式典。
花嫁姿のアンナの姿は、いつでもハッキリと思い出せる。
二人で暮らし始めたばかりの家に、アンナを一人きり残してきた。
それが、全く気懸かりの無い事とは、言えない。
「俺は渡り鳥だから」
再び書類に目を通しながら、どこか遠い声で玖隆は独り言のように続ける。
「じっとしていられないんだ、ただ一人の止まり木に、いつまでもとまり続けていられるわけじゃない」
「そう」
「アンナもそれは分かってくれていると思う」
それこそ、身勝手な思い込みでしかないのかもしれないけれど。
―――そうして捨ててきた想いも、あるけれど。
「飛ぶ鳥は、翼を無くしたらおしまいだ」
読み終わった書類を封筒に戻して、玖隆は二人に笑顔を向けた。
「了解、依頼成立だ、必要なものに関しては後で連絡を入れるから、可能な限り速やかに用意して欲しい」
「わかったわ」
「うん」
「正式な文章の類も後で端末から送信しておくよ、すぐ現地に向かう、サポートよろしくお願いします」
「了解、あなたに秘宝の加護を」
「頑張って、晃」
「有難う」
踵を返して、行こうとして、ふと立ち止まった玖隆は首だけ振り返った。
「そうだ」
見送る二人の、アーサーに視線を止めて、ウィンクする。
「もし、俺と同じ速さで飛べる鳥がいたなら」
「えッ」
「そいつとなら、きっと一緒にいられるよ、俺みたいな奴でもさ、多分」
再び前を向いて歩き出す。
今度こそ、背中は振り返らなかった。
遠ざかっていく姿に、マリアが軽く嘆息していた。
「相変わらず薄情な男ね」
「そうかな」
「女の私から見れば、十分薄情だわ」
「君だって、男の俺から見れば随分とつれないよ」
「それは口説いているの?」
「まさか、でも」
見送ったまま、アーサーの目がスッと眇められる。
「難しいものだね、晃は、運命の女神に恋をしているから」
ブロンドがくるりと向きを変えて、来た方向を歩き出すので、大きな姿も名残惜しむような雰囲気を帯びたまま後に続いた。
「どのみち」
ヒールの音に混ざって、マリアの声がかすかに響く。
「彼に追いつけるような翼を持っているのは、恐らく、同じように運命に恋をした人間だけよ」
何も答えずに、アーサーは微かに微笑んでいた。
そんな人が現れてくれたらいいのに。
そう、祈らずにいられない自分と、たぶん同じように考えているだろう、同僚の後姿を眺めながら。
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