※こちらは『SHAPE OF MY HEART』後の完全捏造九龍大人Verです

4th-Encounter

 

 窓の外は曇っている。

屋内は適度に空調が聞いていて、過ごしやすい空間のはずなのに、湿気を吸い込んで重くなった髪を骨ばった手が煩わしげに払いのけた。

紫煙を漂わせながら、ぼんやり視線を泳がせている皆守の背後に、白い腕がぬっと伸びて、そのまま絡み付いてくる。

「コウタロウ」

漢字など読めるはずもないから、ローマ字読みの音をただ発声しているだけなのだろう。

ブロンドの少女は緩く笑っている。

「ねえ、今は何時?」

「3時だ」

「そう」

また、講義をサボっちゃったわね。

気だるげな仕草が、そのまま背中に圧し掛かってきた。

「ねえ、貴方、また香水変えたでしょ」

「ああ」

「ダメよ、私のあげたのをちゃんとつけて」

「ああ」

「服だってそう、他の子のセンスなんてサイテーよ、私のプレゼントしたものを着て」

「ああ」

「靴も買ってあげる」

「ああ」

「他に、欲しいものがあったら何でも言って、全部私が買ってあげるから」

皆守は煙草をふかす。

まだ吸い始めたばかりのそれを、細い指先がスッと取り上げて、ベッドサイドの棚の上に置かれた灰皿に押し付けながら無造作に消してしまった。

「これも、ダメ」

手持ち無沙汰になってしまって、仕方なく、そのまま少女に視線を向ける。

「私の選んだ銘柄じゃないと、ダメ」

ねえ、と少女が抱きついてきた。

「コウタロウはお金が要るんでしょう?留学生は色々と大変だろうし、まして、貴方の家は資産家ではないようですものね」

視界の端に映るブロンドより、皆守はその先の壁を眺めていた。

寮は少し古い建物で、内装もくすんだ色味に変色しているはずなのだけれど、この部屋の装飾は華やかで明るい雰囲気に変えられている。

寮則では、生徒の寮室内改装は禁じられていた。

「だから、私が、貴方に色々としてあげる」

少女の唇が、耳元で囁く。

「貴方はそれなりにハンサムだし、何よりアレが上手なんですもの」

ウフフ。

窓の外の曇り空は、今にも降り出してしまいそうだ。

「だから、貴方は私だけのモノでないとダメ、可愛がってあげるから、ちゃんといい子にするのよ」

「ああ」

ぽつり、と、ガラスの表面を雫が叩く音がした。

少女は一人で満足したように、密やかな笑い声を漏らしながら、胸元に指を這わせてきた。

そのまま伝って降りていく感触と、頚動脈の辺りに触れた唇に、静かに目を閉じる。

雨が降り出した―――

少女の手に促されて触れた乳房を義務的に愛撫しつつ、どこか遠い雨音を、皆守はぼんやり聞いていた。

 

廊下を歩くと否が応でも目立ってしまう。

それは、皆守がこの大学には珍しい東洋人の留学生だというだけが、近頃の理由ではなくなっていた。

以前と比較して、生活は一変してしまった。

髪も服も、常に一流のコーディネイトを施されて、持っている小物類も全てブランドもの、香水は数十種類、携帯電話は5つ、贈り主は全部違う。

アルバイトもやめてしまって、大学と寮をただ往復する日々。

けれど、講義に出る時間は大幅に減っている。

―――皆守の飼い主の、少女や少年たちに長時間拘束されているせいだ。

彼等は誰も、財閥や名家の嫡男息女で、勉強する事が目的なのでなく、ただこの大学を卒業したという『箔』が欲しいだけの暇人ばかり。

卒業できる程度のラインは維持させながら、後は遊び暮らす日々。

特別な主義主張や、明確な目的がなくても、銀の匙をくわえて生まれた彼等には、すでにそれなりの未来が約束されているからだった。

望まれたほどの成果を上げられなくても、周囲が幾らでも取り繕ってくれるのだろう。

中庭での一件を切欠に、皆守は、そんな人種に半ば飼われるような生活を続けていた。

快楽に目がなく、退屈を嫌う彼女や彼からしてみれば、暇潰し程度の感覚で、東洋種の珍しい人形を着せ替えたり道具代わりにしたり、持ち歩いたりして楽しんでいるらしい。

皆守に望まれているのは、それだけ、他は何もない。

人格も、能力も問われていない。

自分本位の了見で、勝手に満足して、勝手に施してくれる。

お陰で働かずに済むようにはなったけれど、学力は低下の一途を辿り続けていた。

一体何のためにここへ来たのか。

けれど、時折蘇ってくる理性をあっけなく突き崩してしまうほど、現実は容赦がなかった。

(所詮)

逆らう術など、とっくの昔に失ってしまった。

半ば目的を失いかけて、流されるように暮らしている。

(こんなもんさ)

暗い色の瞳に、すでに以前の輝きはない。

(俺はこの程度の男なんだよ)

―――リングは自室の机の引き出しの、一番奥に仕舞い込んだままだ。

 

ベッドの中、眠る少女の隣で中空を眺めつつ、さっき消された吸いさしに火をつけなおしてひと吸いすると、胸の奥が滲むように痛かった。

 

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