※こちらは『SHAPE OF MY HEART』後の完全捏造九龍大人Verです
「5th-Encounter」
赤道直下の国家、エクアドル。
領土の半分を太平洋に、2つの国家と隣接するかの地に、今、玖隆は立っていた。
無駄なく引き締まった肌は浅黒く日焼けして、暫く理髪店に立ち寄っていない頭髪は後頭部中央辺りで適当に括られてあるが、取りこぼしがバラバラと頬や額に散っている。
それを煩わしそうに払いのけながら、滲む汗を拭い捨てた。
丈夫な布でできたナップザックの中に必要最低限の装備だけ詰め込んで、ブーツに、厚手のシャツとズボン、ズボンの裾はブーツの中に詰め込み、シャツは一番上のボタンだけ外して、他は全部留めてある。
袖を肘の辺りまで適当に折り曲げて、両手には丈夫な皮の手袋、身の丈ほどの植物を掻き分けながら、慎重に灼熱のジャングルの中を分け入っていく。
「―――あっちい」
暫く剃刀もあてていないから、まばらに伸びた髭がだらしない。
と、いうより風呂自体すでに数日ほど入っていないので、汗と泥にまみれた全身から熟成された香ばしい香りが漂っている。
「あー、クソ」
ジリジリと照りつける太陽を見上げて、唸りながら懐に手を突っ込むと、無造作に取り出した端末を操作して、GPS経由の正確な現在位置を表示した。
「そろそろ、だよなあ?」
「そうですね」
振り返った視線の先には、対照的に涼やかな表情をした男がひとり、立っていた。
片手に持った端末をパタンと閉じて、メガネの奥の神経質そうな瞳を眇める。
「依頼書の座標位置とも一致しています、目的地到達は間もないはずです」
「エネミーリサーチはどうだ」
「反応グリーン、今は問題ありません」
「Danke」
男は「Bitte schön」と丁寧に答えた。
彼の名前はコンラート、コードネーム「Crow」、書類によれば最近25歳になったばかりの宝探し屋だ。
178センチメートルある痩身の長身に、白い肌、北欧系の柔らかな金の髪は、玖隆と同じ条件で生活しているはずなのに、サラサラと繊細な事この上ない。
シャープな印象の面立ちに、丁寧な物腰と話し方は、もれなくインテリの証だろう。
実際、普段はデスクワーク中心に作業をおこなっているらしい。
日差しにあたるのを嫌がって、袖の長いシャツとパンツ、帽子をかぶり、やむを得ず露出している顔の皮膚だけが焼けて僅かに赤くなっている。
「もう少し歩いてみるか」
端末をパタンと閉じて、再び移動を開始した。
玖隆が分け開いた道を、コンラートがすぐ背後から続いて歩く。
ナイフで草を刈れば早いのだろうが、そんなことをすれば道程の痕跡を残すことになってしまう。
極力、足跡すら残さないよう、細心の注意を払わなければならない。
―――その必要があるからだ。
「プレヴァー」
呼び止められる前に、玖隆も足を止めていた。
何かの気配に、息を詰め、更に慎重に目の前のグリーンのカーテンをよけていく。
「みっけ」
精悍な容貌が、ニヤリといたずら坊主のような笑みを浮かべる。
即座に時間を確認するコンラートを置いて、玖隆は開けた石畳の上に踏み出していった。
隙間からまばらに丈の低い草が顔をのぞかせる、コケに覆われたその床は5メートル程先の洞穴へと続いている。
無数の蔦が絡まりあう、何かを象徴した一対の彫像、その間に―――
「現地到達、これより、探索活動に移行します」
いつの間にか隣に立っていたコンラートと二人、玖隆はぽっかりと大口を空けた古代遺跡を見上げていた。
「今度の依頼は、かなり難易度が高いと思われるわ」
一週間ほど前に遡る。
その日、玖隆はロゼッタ本部のマリアのデスクで、彼女の見事な脚線美を堪能していた。
「場所はエクアドル、エル・オリンテのアマゾン川源流に程近い地域にて、未発掘の遺跡の存在を確認、至急調査に向かわれたし」
聞いてるの?の声とともに、書類で頭を叩かれる。
「もう、いい年をして、貴方って本当に変わらないわね」
「俺のチャームポイントだよ、魅力的な女性は、あらゆる秘宝に勝る」
「ハイハイ、あなたの本分を忘れない程度にね、これ、依頼書と資料」
鼻歌交じりに目を通す姿を、敏腕の担当官は呆れ顔で眺めていた。
「コンラート?」
不意に書類から顔を上げて、怪訝な表情を浮かべた玖隆に、マリアは「そうよ」と頷き返した。
「今度の仕事で、同行するハンター、コードネームCrow、仲良くなさい」
「俺は、相棒はつけない主義だ」
「我々は必要のない事をハンターに要求したりしないわ」
フンと鼻を鳴らして、書類がデスクの上に乱雑に投げ置かれる。
「本部は毎度あれだけ苦労して提出している報告書を、まるで読んでいないとみえる」
「違うわよ」
マリアは見事なブロンドをかきあげながら、少し首を傾げるような仕草とともに、じっと玖隆を見詰め返す。
「彼の作業とあなたの作業は完全に分化している、彼は遺跡内部の調査及び物品の鑑定、あなたは想定される戦闘等諸事の請負担当、ルートを確保して、互いに協力し合い最深部を目指すこと」
「補佐って訳か」
「どちらが欠けてもこの依頼は達成できない」
「他のチームはどうした」
「ランキング総合1位のハンターにどうして依頼が来たと思う?」
「面倒だな」
「厄介ごとが趣味でしょう」
ため息交じりに項垂れて、玖隆は僅かに顔を上げると、神秘的なアイスブルーの瞳を覗き込んだ。
「訊いておきたい」
「どうぞ」
「そいつ、使えるのか?」
クスッと笑い声が漏れる。
「ラボでは人気者よ、洞察力、先見性、応用、発想、どれをとっても抜きん出ているって、所長の秘蔵っ子を無理言って引っ張り出してもらったんだから」
だから、何かあったら、ラボの人間全員から半永久的に祟られるわよ。
玖隆は苦笑いで手を振った。
「怖い、怖い」
「引き受けてくれるわね」
「そもそも俺に、美女の頼みごとを断るなんて真似ができるわけがない」
「本部にその通り報告しておくわ」
「勘弁してくれ」
再び書類を手にとって、しげしげと読み返してから、玖隆はもう1度ため息を漏らした。
「美貌の女史なら、なお良かったんだがなあ」
「それじゃあ仕事にならないでしょ」
「それもそうだ」
添付された写真を、指で弾く。
「同じ鳥同士、精々仲良くするか」
呟いた胸元に下げられたリング。
その輝きに瞳を細くして、マリアは優しい眼差しで、玖隆の様子を眺めていた。
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