すでに大分進んだ。

数値で見ると、深度約800メートル。

かなりの深さだ。

その間、細く曲がりくねった通路を昇降しながら、幾つもの部屋を踏破し、仕掛けを解いて、トラップを潜り抜けた。

「恐らく、ここが」

コンラートの声と共に開いた扉の先には、これまでで最も巨大な空間だった。

しんと静まり返った、埃くさい空気の中、トーチで照らしてみると、中央に祭壇が設えてある。

「着いたな」

玖隆は早速灯台を探し出すと、これまでと同じ様に布を巻いて、次々に火を灯していった。

俄かに明るくなった屋内には、紅蓮に輝く鬣を生やしたヘビ、そして多くの首級と、荒ぶる炎の文様が壁全体に描かれている。

「どうやらここは、何か儀式をおこなうための施設だったらしいな」

「ええ、恐らくは」

早速調査に取り掛かったコンラートを一瞥して、玖隆はようやく道程の半分ほどたどり着いたなと、僅かに肩を撫で下ろしていた。

首から下げている、二つのチェーン。

ジャマなアイスコープを外し、片方のチェーンだけを襟の中から難儀して引っ張り出して、トップのロケットの蓋をパチンと開く。

物音に気付いたコンラートが振り返った。

「プラヴァー?」

「ん?ああ、気にするな、お守りみたいなもんだから」

「いつも身に着けているんですか?」

「違う、こっちは時々だ、あんまり首に物を巻いておくと物騒だからな」

「何故?」

「さて」

「今、こっち、と言いましたね?」

玖隆はようやくロケットの中から視線を外すと、コンラートに向かってニッと笑いかける。

「俺なんかより、もっと魅力的なものがそこらじゅうに転がってるだろうが」

僅かな間をおいて、再びくるりと背が向けられた。

ロケットの蓋を閉じる前に、中身にキスをして、骨ばった指先が再びそれを丁寧にシャツの内側に仕舞いこんだ。

祭壇を見上げて、調査に余念の無いコンラートの姿を眺めてから、不意にもう一度襟に指を突っ込んで、今度はもう一本のチェーンを引っ張り出してみる。

(そういや)

すでにどれくらい経ったのだろうか―――

フッと脳裏に浮かぶ面影は、さすがに、ぼやけて正確な表情まで思い出せない。

けれど記憶に残っている、愛しい姿。

運命の女神と、翼の片割れを持っている男、そして、最愛の女性。

チェーンに下げられているリングは一つきりだけれど、そこには幾つもの思い出が詰め込まれている。

欠けた文字の残りに想いを馳せながら、シャツの中に戻した。

彼は、元気にやっているだろうか。

(らしくない)

首を振って、辺りを見回した。

今は仕事の事だけ考えていればいい。

あの男には可能性がある、今頃は、きっと大きな翼を手に入れて、自由を謳歌しているに違いない。

この場所にたどり着くまでに一度も戦闘にはならなかったが、一通り銃の残弾数を確認して、刀剣の具合を見ておいた。

この手の作業はすでに癖だ、そうでなければ生き残り続けることなどできはしない。

ため息をついて、手持ち無沙汰に辺りの景色を眺めながら、自分なりに調査の真似事でもしてみようかと思った、その時だった。

「プラヴァー!」

突然の大声に、脊髄反射で振り返る。

いつの間にか祭壇に登っていたコンラートが片腕を振り回していた。

「来てください、早く!」

「どうしたッ」

大股に駆け抜けると、長い両足はほんの数歩で目的の場所まで到達してしまう。

隣に立った玖隆に、コンラートは会心の笑みで手の中のものを差し出してきた。

「これは」

白手袋を嵌めた両手の上に、鎮座ましましている奇妙な物体。

「恐らくは、インティ伝説の神、太陽神インティを象った彫像でしょう」

「インカ帝国のか?」

「はい」

透明に煌く、約20センチほどの大きさの像は、どうやらクリスタルで作られたものであるようだった。

内側に赤く光る何かを内包している。

「非常に興味深い出土品ですよ、これは」

「祭壇に祭られてあったのか?」

「はい」

コンラートの双眸は夢見るようにキラキラと輝いていた。

こんな男でも、このような表情をするものなのかと、玖隆は少々興味深く様子を窺ってしまった。

けれど、当人はたぎる情熱と好奇心でそれどころではないらしく、熱弁を振るい続けている。

「ナスカ文明の壁画で彩られた神殿に、太陽神インティの像、ナスカもインカも、同じアンデス文明の一派ですが、全く違う時代に存在しています、流布地域も、エル・オリンテに至るのはインカ帝国が成立してからだ、恐らく、この遺跡には二つの文明を結び付ける何かが隠されているのでしょう」

「面白い推論じゃないか」

「推論じゃありませんよ、現実です、この遺跡が何よりの証拠です」

周囲をぐるりと見渡して、玖隆は成る程と頷いていた。

「確かに、そうかもしれないな」

「でしょう?」

「だが、地中深く太陽神を祭るだなんて、どういう意味があるんだろうな」

「それを調べるのが、僕らの仕事です」

「じゃあ、すぐに調査の続きを」

ゴゴゴ、と、低い地鳴りのような音がする。

これまでに潜り抜けたさまざまな危地のおかげで、すっかり神経過敏になってしまったコンラートがビクリと体を硬くした。

彼の手の中で、クリスタルの彫像は怪しい輝きを放ち続けている。

玖隆はスコープを装備しなおしながら、祭壇の下を眺めた。

「太陽神の神殿、ね」

音は徐々に大きくなるようだ。

コンラートは慌てて、彫像を厚手の布に包み、自分の荷物の中へそっと仕舞いこんだ。

何か、巨大なものが近づいてくる気配、そして―――

 

どおん、と。

床を破り飛び出してきたもの、それは。

 

「な、何だッ」

仰天するコンラートを背後に庇いながら、玖隆は脇によけていたアサルトマシンガンを引き寄せる。

「やっぱり、こう来なくちゃな!」

 

目の前に現れたのは、燃え盛る炎の鬣を蓄えた、巨大な一尾の蛇。

全身をぬめるように輝く真紅の鱗で覆われて、口からは細長い舌と共に時々炎を吐き出している。

とっくに安全装置のはずしてある銃身を構えながら、玖隆は後ろで引きつっているだろうコンラートに一つだけ忠告しておいた。

「自分の身だけ守れ、他の事は、一切構うなよ!」

石室いっぱいに蛇の咆哮が轟いたのは、その直後だった。

 

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