二人の男は全速力で遺跡内部を駆けている。

石造りの建造物全体を揺さぶるような震動と共に追いかけてくる、灼熱色の蛇。

時折振り返って弾丸を撃ち込んでは、時間稼ぎをして先を急いだ。

今の陣形は遺跡の際奥を目指していたときと逆だ。

コンラートが荷物を抱えて先に走り、トーチを掲げた玖隆がしんがりについている。

「くそッ」

懐から取り出した手榴弾のピンを咥えて引き抜き、そのまま背後の空間めがけて投げつける。

「折角の歴史的発見が台無しだ、クロウ、泣いてないか?」

「そんな暇ありませんッ」

「ヤツが少しでも文明ってものを理解してくれる知能があってくれたらよかったんだがなあ」

「返す返す残念ですッ」

「言うようになったじゃないか、カラス君!」

爆発と共に蛇が吼えた。

「こっちですッ」

時折端末で現在位置を確認しながら、コンラートは的確にナビゲートを行ってくれる。

どうやら道すがら、情報を端末入力して簡易地図を作成していたらしい。

関心と感謝を同時に抱きながら、スコープをレーダーに切り替えて、玖隆は照明と迎撃役に努めていた。

「なかなかしつこいじゃないか」

蛇の吐いた炎が、すぐ傍まで迫る。

寸で逃れて鉛弾を撃ち込んだ。

轟く絶叫。

けれどまたすぐ石畳の上を追尾してくる蛇の腹の鱗の擦れる音がする。

猛然と段を蹴上り、部屋を抜けて、疾走を続けた二人はこの場所が地下で酸素が薄いせいもあってか、徐々に限界を感じつつあった。

不意に―――

涼やかな風が、頬を撫でて抜けていく。

「クロウ!」

「はいっ」

二人は確信を持って、最後の力を振り絞り、走った。

キラリ。

前方に何か見える。

「これで最後だ、腹いっぱい食えよ、そら!」

振り返った玖隆は、迫りくる蛇の姿にありったけの爆薬を投げつけ、最後にトーチを放り投げた。

炎が放物線を描きながら飛んでいく。

直後、ピカッと瞬いた光が引き金となって大爆発が巻き起こり、激しい熱風と衝撃が背後に押し寄せてくる。

「うわあああッ」

風圧に巻き込まれて、二人は5メートル程度前方の石畳の上に吹き飛ばされた。

即座に起き上がって確認すると、周囲は見覚えのある蔦の絡まりあった通路、その先に、ぽっかり開いた岩穴と、夜の闇に染まった外界の風景が見える。

「出口だ!」

コンラートが駆け出した。

玖隆も後に続く。

息詰るような狭い石道から飛び出し、亜熱帯雨林の大気に満ちる湿り気を帯びた空気を胸いっぱい吸い込もうとした、途端―――

「伏せろッ」

即座に飛び掛られて、コンラートは思い切り地面に鼻先を強打していた。

直後に鳴り響く発砲音の後。

圧し掛かった玖隆は上半身だけ起き上がり、懐から抜き取って構えたハンドガンのトリガーを引く。

くぐもった声と何かが倒れる気配、再び巻き起こる弾丸の嵐、仰天しているコンラートは、わけもわからず手を引かれて、玖隆共々岩陰に転がり込むと、反対側で岩の表面が砕ける音が幾つも響いた。

「い、一体!」

「レリックのハイエナどもだ、おそらく、俺達の後を尾行して、遺跡から戻るのを待っていたんだろうさ」

「横取り狙い、ですか」

「ったく、毎度毎度」

一難去ってまた一難とはこのことだ。

身構える玖隆の隣で、すっかり消耗したコンラートが、荷物を抱えたまま、荒い呼吸を繰り返している。

「やれやれ、ちょっとはお気使い願えないもんかね」

端末を開いて、状況確認のためのエネミーリサーチモードに切り替えると、不意に玖隆の動作が止まった。

画面を睨みつけるようにして、唇を引き絞り、眉間に皺を寄せている。

「プレヴァー?」

気付いたコンラートが隣からそっと表情を窺うと、無精髭の伸びた口元には―――ニヤリと、意地の悪い笑みが滲んでいた。

「なあ、クロウ」

「何ですか」

「インティは太陽の神、そうだよな?」

「はい」

「蛇は首級を供物に与えられ、太陽の神により封じられていた」

現在時刻を確認する。

大気の状況と、緯度と経度から算出した予測数値を脳内で組み合わせて、玖隆は―――博打を打とうと思いたっていた。

(もし、俺の仮説が正しければ)

しかし、何と悪趣味な作戦だろう。

改めてこの道の、因果の深さに辟易させられる。

覚悟はハンターの金科玉条だと腹を括って、相変わらず激しい銃声と、深遠から微かに響いてくる物音に耳を澄ませた。

「まあ、依頼は成功するだろうさ」

「え?」

「おい、クロウ、お前にひとつだけ覚悟を訊いておくぞ」

「はい」

「祭壇に祭ってあった、クリスタルの彫像」

玖隆はコンラートがいまだ大切に抱えている荷物を指差す。

「そいつと、俺達の命、天秤にかけたらどちらが上だ?」

コンラートの双眸が、驚いた様子で見開かれていた。

僅かな間に恐らく膨大な量の逡巡と葛藤があったのだろう、コンラートは僅かに俯き、そして「彫像、と言いたいところですが」と、困り顔で微笑んだ。

玖隆はニッコリ笑い返すと、ハンドガンを構えて、再び周囲の状況をじっと窺った。

発砲音が止んで、不意に、男の怒号が闇に響く。

「宝探し屋ども、出てきやがれ!」

諦めて降伏しろと、更に声は続けていた。

「てめえらの事はとっくに調べがついているんだ、ロゼッタの渡り鳥、コード0999ploverといえば知らない人間はいない、特Aクラスで手配されている悪名高いハンターの仕事内容くらいこっちは常時把握済みだぜ」

岩陰で玖隆は苦笑いを浮かべる。

「暇な奴等だ」

「彼らの言葉は真実でしょうか」

「まさか、俺がそれほど間抜けに見えるか?」

アイスコープの内側から、コンラートに向けてウィンクをした。

「まあ、有名なのは認めるけれどね」

コンラートは気付かなかっただろう。

レリックドーンはまだ何かわめき続けている。

ズルズルと、這いずるような物音が、徐々に大きくなっていく。

(そろそろか)

―――凄惨な場面が展開されるだろう。

玖隆の顔から笑みが消えた。

「コンラート」

唐突に名前で呼ばれたコンラートは、怪訝な表情でじっと見詰め返す。

「不安だったら耳を塞げ、目も瞑っていろ、後は俺が引き受ける」

「いえ」

微かでも意思を感じさせる声だった。

危地を共に潜り抜けて、彼も肝が据わったのかもしれない。

視線を交わすと、後はただ、互いに頷き返しただけだった。

何かをかき分け、踏み越えてくる物音と共に、数人の気配と足音が近づいてきた。

「宝探し屋!」

別の男の声だ。

「さあ、遺跡で何を見つけてきたんだ、こちらによこしてもらおうか」

「歴戦の猛者が、随分と臆病に成り下がっちまったもんだなあ!」

「いつまでその岩っころの裏に隠れているつもりだ、ハンターさんよぉ」

「中で弾を使い果たしちまったのか」

「鉛弾なら幾らでもあるぜ、何なら少し分けてやろうか?」

「お前さんのどてっぱらに風穴を開けて帰りゃあ、上層部の人間も俺たちを認めてくれるだろうよ」

「ついでに首もとって帰るか、何たって、ここはインカ帝国の首都の置かれていた土地だ、勇者への褒章は首級だろう?」

「違いないぜ、ハハハ!」

コンラートがあからさまに表情をしかめる。

不愉快そうな様子に、玖隆は内心苦笑いを漏らしていた。

(インカ帝国は法律で人身御供の類を厳しく禁じていた、首級は、ナスカだぜ)

彼等は相変わらず、秘宝そのものの持つ価値にしか興味がないらしい。

気の毒なもんだと哀れんだ、その時だった。

ずるり。

「うん?」

足音のひとつが止まる。

「―――アレは何だ?」

声につられるようにして、全員の足が止まっていた。

玖隆は神経を張り詰め、コンラートは全身を硬直させる。

「遺跡から出てくるぞ」

「何だあれは」

「炎?」

「いや、待て、あれは―――」

「ヒッ」

「わ、あああ?!」

驚愕する声と、蛇特有の威嚇音。

周囲の大気の温度が僅かに上昇して、視界が松明でも灯したかのように明るく照らされた。

「へ、蛇だ」

「くそ、遺跡の番人か?」

「くそ、殺せ、早く殺っちまえ」

「撃て、撃―――」

男の声が唐突に消える。

かわりに、何かが引きちぎられるような音が、数名の絶叫と共に夜闇を震わせていた。

「く、首ッ」

「首があっ」

鳴り響く発砲音。

騒然と逃げ惑う足音と、怒号、絶叫の嵐。

玖隆は薄明るい景色を睨みつけながら、いつでも応戦できるように、ハンドガンのグリップを握り締めていた。

隣では青ざめた表情のコンラートが、荷物に片手を差し入れて、奥歯を噛み締め震えを堪えている。

「ひいいいッ」

「逃げろ、撤収だ、てっしゅ」

引き千切り、咀嚼する音、何かが噴出す気配、生臭い匂いと、途絶えてゆく人の声、物音。

「うわああああ!」

「ひい、いいいいッ」

「や、やめろ、近づくな、ああ、ああああッ」

最後の叫びはほんの一瞬、上がりかけたと同時に、消えてしまった。

噛み砕き嚥下する音が闇の中で響いていた。

そして―――

ずる、ずるずると。

物音が近づいてくる。

風に混じって伝わる、むせ返るような血の臭い。

周囲が一段と明るく照らし出されて、体感温度が更に上昇したように思えた。

玖隆はスコープを外し、そろそろと顔を仰向けていく。

ぼとり。

垂れ落ちた赤に、息を呑んだ。

蛇だ。

牙に千切れた肉片をぶら下げている。

シュウシュウと吐く呼気にあわせて、生臭い臭いが鼻をついた。

あれだけ攻撃したはずなのに、赤く輝く鱗のどこにも、その痕跡すら見当たらず、爛々とした輝きを湛えた双眸は邪悪な気配を漂わせながら、岩陰の二人を見下ろしている。

「コンラート」

そっと片腕を伸ばした。

僅かにためらって、掌に、硬質な感触が渡される。

気付いた蛇が即座に鎌首を擡げて、威嚇するように口腔内を見せ付けた。

内側には人の頭部部品の幾つかが飲み込みきれずに残っていた。

「お前さんにくれてやるのは、つくづく勿体無いが」

そのまま、クリスタルの像をゆっくりと掲げる。

炎の鬣がいよいよ赤く燃え上がり、蛇の全身に怒りの赤が漲っていく。

双眸が強烈な殺気を伴って、玖隆を凝視していた。

「始末書一枚で済むなら安いもんだ」

受け取れよ、と、咽の奥に狙いを定める。

彫像を投げつけようとした、まさにその瞬間。

突如、蛇が咆哮を上げ―――

「なッ」

彫像を握り締めたまま、玖隆は大きく瞠目する。

天空を仰いだ巨体は、カッと口を開き、まるで悶絶するかのように身をくねらせた。

密林の樹木の間を貫いて、一筋の陽光が、蛇の背中を照らし出していた。

絶叫が大地と大気を震わせる。

光のあたった部分は煙を上げながら、どんどん色を失い始めていた。

いや、存在自体がまるで、陽炎のように不確かなものへと転化を始めているのだ。

朝日が天空への階を昇っていくのに対比して、蛇の全身は見る間に霞み、やがて、向こう側の景色が透けて覗きだした。

口から吐き出す炎も熱を失い、双眸は淀み、今際の叫びを儚く残して―――蛇は、跡形もなく消えてなくなってしまった。

やけにあっさりとした最後の余韻に呆然としている玖隆とコンラートの頬を、朝の清浄な涼風がスッと撫でていく。

黄金の陽光が辺りを燦々と照らし出していた。

何事もなかったかのように密林は平穏を取り戻し、鳥や、獣の鳴き声、草木の擦れあう音などが段々認識されてきた。

「コンラート」

「はい」

「ミッションコンプリート、だよな?」

「―――はい」

二人は同時にため息をついて、そのまま、その場にグッタリと四肢を投げ出していた。

玖隆はハンドガンを懐に戻してから、その手で顔面の汚れを拭い、腕ごと放り出して瞳を閉じる。

片手に掴んだ彫像の重みが、やけに現実的に感じられた。

「お疲れ様でした」

「おう」

「こうなる事が、判っていたんですか?」

瞳を開くと、疲れた表情のコンラートがこちらを眺めている。

玖隆は起き上がりながら、ニヤリと笑って首を振った。

「いいや」

「そうですか」

「怒らないのか」

「―――貴方には、ほとほと、愛想がつきました」

グッタリした様子のまま、玖隆の手から彫像を奪い取って、コンラートは丁寧に布で包み始めた。

のっそりと立ち上がり、周囲を窺えば、首のない死体が遺跡の前に数体。

「結果として、あんたらに助けられたわけだ、礼を言うぜ、レリックの構成員諸氏」

僅かに目礼を捧げる。

「プラヴァー」

「何だよ」

「すぐ、本部に向かいましょう、ジャングルの外に回収のヘリを要請しました」

「お前、タフだな」

「いいえ」

ふらつきながら立ち上がったコンラートは首を振った。

意図的に死体を見ないようにしているらしい。

荷物を脇に抱えて、今は汚れて見る影もなくなってしまった金の髪を煩わしそうに払いのける。

「僕は決めました、今後、一切、どのようなことがあっても、バディ要請には応じません」

「オイオイ」

「もう金輪際、こんな仕事はお断りだ」

「言ってくれるな」

「貴方には、それが本分なのでしょう?」

玖隆は苦笑いを浮かべながら、ボサボサの後頭部をボリボリと掻く。

「まあ、そう言われちゃ、返す言葉がないが」

「僕の本分はラボの中です、学者は、本の中に埋もれているほうが、よほど性にあっている」

「だが、お前さんはなかなか、いいバディになれると思うぜ?」

「それこそ、やめてくれ、ですよ」

端末を取り出して、座標確認を済ませると、そのまま、歩き出したコンラートの後に続いた。

「玖隆さん」

「うん?」

先に回った玖隆が、今度はナイフで草を刈りながら進んでいく。

「貴方のような人には、同じ速度で羽ばたける翼が、きっと必要なんですよ」

「翼?」

「専属バディを持たれた方がいい」

へえ、と呟く声と共に、ナイフで正面の蔦を切って捨てる。

「ラボの学者ではとてもあなたの手伝いなどできない、それこそ、気が変になってしまいます、僕は同僚をそんな目に合わせたくありません」

「お前は正気のままだろうが」

「今はまだ、貴方を殴り殺すわけにはいきませんからね」

玖隆は黙り込んだ。

草を刈る音だけが、一瞬止まる。

「貴方には、専属バディが必要です」

「俺は、相棒は持たない主義だよ」

「貴方ほどのランクのハンターが、そんなことをいつまで言っていられると思うんですか?」

1人身は気楽なんだがなあ」

「けれど、このままではあなたの手伝いのできる人間は、誰もいなくなりますよ」

「―――君はダメなのか?」

「丁重にお断りさせていただきます」

「やれやれ」

嫌われたもんだと呟いて、玖隆はまた草を薙いだ。

やはり、こうやって進む方が断然効率がいい。

ザックザックと軽快な連続音にあわせて、そうだな、そうかもなと、再び声を漏らしていた。

「確かに、今度みたいな事も、まあ、あるだろうからなあ」

コンラートは答えない。

ちらと様子を窺ってみれば、どうやら口を利く気力すら、ついに果ててしまったらしい。

(これでは確かに、遺跡探索は無理、か)

苦笑いがもれる。

今度の一件、ラボの所長には間違いなくカミナリを落とされるだろう。

それに、虎の子の研究員がこれでは、他の人間など知れている。

玖隆にとっては死活問題であるし、何より、回される依頼に制限がかけられてしまう。

「専属、ねえ」

かつての父と、玖隆の憬れたハンターのような関係を構築できる、学者兼任の技師。

(まあ、可能性として、悪くないかもしれないな)

生い茂った樹木の隙間から差し込んできた光に、瞳を眇めて上方を見上げた。

合流地点までまだ残り数百メートルあまり。

疲労困憊した肉体に鞭打って、目の前の草を再び薙ぎ払いながら、玖隆は深い溜息を漏らしていた。

 

次へ