これでもか、というほどの、盛大な音声がイヤフォン越しに響き渡る。
「僕は納得できない!」
鼓膜に残った余韻に顔をしかめて、一旦イヤフォンをはずし、ため息を漏らした。
「アル」
再び耳に嵌めなおすと、さっきとあまり変わらない音量の声が、相変わらず激しい調子でまくし立ててきた。
「君!君は、そんな指示を飲むというのか?」
「上層部から直々のお達しだ、逆らえないだろう、俺は」
「バカな!君は僕の息子だろう、どうしてもっとガッツをみせない!僕の息子ならば気概に溢れているはずだ、いいか晃、規則っていうのは破るためにあるんだ、君みたいに従順に従うばかりがいいってものでもないぞ、第一、指令だ、指示だと、他人の意見に振り回されてばかりいては、ろくな大人に育たない!」
「無茶苦茶だ、アル、落ち着いてくれよ」
「落ち着いているさッ、僕はいたって平静且つ理性的に話をしているんだッ、けれど、晃、僕は非常に怒っている!くだらない馬鹿者共の愚かな企みによって、僕の大事な一人息子に、悪い虫がつこうとしているッ」
「虫」
「そう、虫だッ、僕は君の専属になろうなどという不埒な輩なんて認めない、大体、どんな奴かは知らないが、僕の眼鏡に叶わない人間が、君の伴侶になるだなんて、我慢がならないッ」
「眼鏡も何も―――というより、アル、伴侶っていうのは語弊が」
「同じことだろう、ハンターとバディは心技一体不義三つ、夫婦みたいな関係だ、君の隣に据え置く女房は、今僕が躾けている最中だ、優秀で有能な、僕の可愛い一人息子に相応しいよう、そして、僕らのよき家族になるようにと」
最早、どの辺りに文句をつければいいのかまるでわからないと、玖隆は沈黙する。
「皆守君はいいぞ、彼こそ君に相応しい、なのに君は、そんな親心も知らず、どこの馬の骨とも知れない奴と、ただ命じられたというだけの理由で、勝手に契りを結ぶというんだなッ」
「いやまあ、確かに契約はするだろうが」
「もういい!」
本人は否定していたが、水代博士は明らかに、完全に激昂して我を失っていた。
端末の向こうでは、恐らく顔を真っ赤にして、唾を飛ばしているのだろう。
こうなると、たとえ彼の最愛の妻ですら手がつけられない。
息子は父親の性格を熟知していた。
「こうなったら、僕にも考えがある!」
「アル」
「覚悟していろ、晃、君に思い知らせてやるからな!」
「何を」
「僕の愛を、だ!」
ブッ。
通信は、荒々しい勢いで一方的に切られてしまった。
イヤフォンを外しつつ、玖隆は嵐の去った余韻に呆然としながら、父親の言葉を反芻する。
「愛、ねえ」
おかしな真似をしなければいいんだが―――
だが、間違いなく、水代は行動を起こすだろう。
玖隆は溜息を漏らして、改めて、騒ぎが大きくなりすぎない事だけを祈ることにした。
「アルフレート、落ち着け」
「ロバート!」
息子との通信終了からさほど間をおかずに、次に餌食になっていたのは、指示を与えた管理者だった。
ロバートは本部にある自らのデスクで、受話器を取った途端聞こえてきた、交換役の青ざめた声に、嫌な予感を覚えた直後、切り替わった音声から一方的にまくし立てられていた。
内容は勿論、子煩悩な父親からの、脅迫交じりの激しい抗議だ。
もっとも、ロバートはただ仲介役をしただけだから、文句は甚だお門違いと思う。
けれど窓口として、他に適任者はいないようだった。
「いいか、僕は伊達や酔狂でこんな話をしない、本気だ、間違いなく、冗談なんかじゃないぞ」
「いい加減にしないか、大人気ない」
「大人気ないのは君達の方じゃないかッ、大体、晃が優等生だからって、依存しすぎだろう、何が期待している、だ!」
「事実だ」
「ああそうだろうさ、何たって僕とカナの愛息子だからね、優秀なのも当然、だから君たちが期待するのも当然だ、けれど、それを晃に押し付けるなと、僕はそう言っているんだよ!」
「そんなことは、していない」
「それなら今度の話は何だ!」
一方的にと怒りをぶつける、水代博士の方が、現状においてはより一方的なのだが。
「僕に断りもなしに、ふざけるなッ」
「ふざけているのはお前のほうだ、アルフレート、大体、君の息子は今年で幾つになった?すでにどれほどの任務を成功させて、どれほどの功績を残していると思う?今更、彼に関して、どこの誰にお伺いを立てる必要があるというんだ」
「晃は僕の息子だ!」
「子離れができないのも大概にしろ」
「君に言われることじゃない!」
このままでは論点が摩り替わってしまう―――
ロバートは、眉間に寄せた皺を指先で擦りながら、ため息を漏らした。
「それで」
数十年来の友人も、水代の気質に関しては、よく理解していた。
「なら君は、いったい何を望むというんだ」
言っておくが、と、あらかじめ釘だけはさしておく。
「指令そのものに変更はきかないぞ、我々は確かに彼に関して大いに期待しているし、更なる活躍を望んでいるからな、上層部は今件を満場一致で可決している、今更白紙には戻せない」
「当然だ」
「今の君と話していると、まったく頭痛がしてくる」
「僕が望むこと、それは、ただ一つだけ」
そうして水代が告げた言葉―――
ロバートはほんの僅か絶句する。
「君」
「何だ」
「本気か?」
「僕は冗談は嫌いだよ」
「君は冗談しか言わないじゃないか、いや、違う、そうではなくて」
「一応本人の意思を優先させるつもりではあるけどね、晃に叱られたくはないし、でも、僕は息子を溺愛しているから、どこまで妥協できるか分からない」
「そんな」
「無茶じゃない」
「まだ何も言っていない」
深く、深く、ため息が漏れた。
「いいのか?」
「勿論」
「万が一の場合、責任は」
「それは全て僕の問題だ、君に心配される事じゃない」
「成る程、ならば、最後にもう一度だけ聞くが、本気なんだな?」
「くどい!」
「―――わかった」
これほど強く水代博士が推すというのであれば、ある程度の基準はクリアしているのだろう。
ロバートは眉間の皺を伸ばしながら、両目を閉じる。
「では、私の方から上層部に話をしてみよう、通れば、追って君に連絡を入れる、詳細に関してもその時説明する、それでいいか?」
「上出来だ」
再びゆっくり開いた両目が、受話器の向こうを睨み付けるように険を孕んでいた。
「フン、調子のいい」
「言っておくが、君達が悪いんだぞ、僕を怒らせるから」
「なら私からも、何度も言うようだがな、我々にそんなつもりも無ければ、既に成人した子供に口出ししてくる馬鹿な親もそういない、それに、意見が通らないようであれば今後一切協会に協力しない、なんて、ふざけた脅し文句を、よくもぬけぬけと言えたものだ」
「僕は自分の価値くらいわかっているのさ」
「まったく、君のその図太さが、彼に遺伝せず良かった」
「晃はカナに似て謙虚で善良だからね、もっとも、僕に似て紳士的でもあるけれど」
「もういい、その話は聞き飽きた、用件は済んだのだろう、ならば、切るぞ」
「くれぐれも宜しく頼んだよ、ロバート」
念を押す声に応えず、そのまま通話を終了させた。
受話器を戻してから、軽くため息を漏らす。
(アルフレートは何も変わらない)
現役時代からそうだった。
お陰で相棒とはよく喧嘩をしていたと聞いている。
好き放題言うけれど、そのどれもが正論であるから、結局殆どが通ってしまうのだ。
今度の意見も、極めて主観が著しいが、それでも、ある意味正しいとも思う。
玖隆は本部の決定に滅多に異を唱えない。
だからこそ重用されている節も、確かにある。
優秀且つ使い勝手がいいのだ、彼は。
(それをいいことに、本人の意思を無視して、相棒を持たせたとして―――)
果たしてそれが、直接成果に結びつくものなのだろうか。
何事にも例外というものは存在すると思うが、今回ばかりはロバート自身、違和感を拭いきれずにいた。
「マイナスの要素は、何もないのだ」
どのみち悪くない提案だろうと結論付けて、再び受話器に手を伸ばした。
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