メソポタミア地方、イラクの首都バクダート。

そこから更に南下した先、古くはバビロニアと呼ばれた地域に、その遺跡は存在していた。

かつてマーシアラブと呼ばれる先住民族たちが暮らしていた、緑豊かな湿地帯、イラクマーシ。

文明の発祥地とも、聖書のヘヴンとはこの地のこととも謳われる、二つの大河に囲まれた肥沃な大地は、1990年代、当時の施政者によって、強制排水の憂き目にあった。

その結果、緑は枯れ、地は干上がり、数多の生物が死に追いやられ、先住民族たちも移住を余儀なくされたという。

現在、幾つかの他国家による善意の復興活動により、湿地帯は少しずつ回復しているというが、失われてしまった命などは取り戻しようもないだろう。

遺跡は恐らく、BC300年代、アレクサンドロス大王時代に建造されたものと推察されていた。

件の王が崩御した後、広大な国家を統治する後継者争いの最中、何らかの理由により入り口が崩壊、その後度重なる河川の氾濫により土砂に埋もれ、更に、湿原の深い緑が建造物そのものを永きに渡り隠し続けていたらしい。

それが、数千年の時を経て、再び人の手により引き起こされた災害の副産物的に発見されるとは、まったく皮肉としか言い様がない。

干ばつした大地から柱の一部が発見されて、それが、遺跡そのものの存在判明に繋がったのだと、資料には記されていた。

皆守はフンと鼻を鳴らす。

(こういうのは予定調和的というべきなのか、いや―――人の手により造られたものの定めか)

そのどちらも違うと、モニタから顔を上げて、電源を待機状態に落とす。

所詮、どれも、人間と呼称される悪智恵ばかり発達した生物の、エゴイスティックな妄想に過ぎないのだろう。

溜め息に気付いて、どうしたのと振り返った男の顔を見た途端、ますます嫌気がこみ上げてきた。

「君、さっきからずっと不機嫌そうだね」

困り顔の英国人。

立ち居振る舞いは紳士的で、流暢な英国語を喋る。

『ジョン』と名乗られたが、それがコードネームなのか偽名であるのか、判断はつけられなかった。

(本名だっていうオチは、多分ナシだろう)

素性を明かすことの危険性など、こちら側の人間なら熟知しているだろう。

まして、ジョンは、正規ID持ちの紛れも無いロゼッタ協会認定トレジャーハンター。

事前に水代から伝えられた情報によれば、新人だが結構な数の依頼を成功させているらしい。

―――もっとも、今はただの大学生でしかない皆守などは比較にも上らないかもしれないが。

協会が推してきた、玖隆の相棒候補というのが、この男だった。

金の髪にブルーの瞳、人のよさそうな雰囲気。

どこから見ても明らかな優等生タイプ、おまけに、気性も随分いい。

先ほどから酷くそっけない態度を取り続けている皆守に、怒りもせず、しかして無視するでもなく、どうにかして友好的に接しようと努力している様子が透けて見えているからだ。

もっともこちらはそんな誠意に応える義理も理由も無いので、相変わらずソッポを向いたままなのだが。

(晃絡みとあっちゃ、尚更だ)

憎らしい事に、自分はジョンに嫉妬しているのだろうと、皆守は内心に察しがついていた。

こちらの事は、水代博士推薦の、同じ『プラヴァー』相棒候補とでも聞いているのだろうか。

それとも、ただの仕事仲間と知らされているのか。

最初の挨拶は「ハロー」で、「優秀な技師と聞いています、どうぞよろしく」だった。

皆守はおざなりに挨拶をして、差し出された手は結ばなかった。

(当たり前だろう)

こんな奴に。

―――今までどれほどの思いで、彼の背中を追い続けてきたと思っている。

イライラを押し殺して、それ以上に今にも手の届きそうな喜びと期待感に、押し潰されてしまいそうだ。

玖隆に逢える。

もうすぐ、彼を捕まえる。

(そのための試練だというのなら、喜んで受けてやろうじゃないか)

夕暮のキスを思い出すと腹の底が酷くざわついた、もう大分風化した思い出だけれど。

アイツの隣は、誰にも譲らない。

再び視線を逸らした皆守に、今度はジョンが軽いため息を漏らした様子だった。

「そういえば」

車窓の景色が流れていく。

空港でジョンと合流して、そこから協会の派遣した案内人の運転するジープに乗り込み、すでに数時間。

跳ね馬の背のような車内で、随分尻が痛い。

「まだ、名前を聞いていなかった」

咥え煙草の先の煙が、気流に乗って吹き飛んでいった。

「君、と呼ぶのもやり辛いから、なんと呼べばいいか教えてもらえないかな?」

皆守は煙草を指に移したところで、ふと思い至った。

(そういえば)

自分は、コードネームのようなものを持っていない。

そもそもの活動自体が水代名義の助手としての扱いであったから、名乗る必要自体が無かった。

何か、と考えて、おもむろに口を開いた。

Snipe

「スナイプ、なるほど」

クスリと忍び笑いが聞こえる。

「君も渡り鳥か」

見透かされたようで、少し気分が悪い。

「そうだ」とだけ答えて、再び煙草を咥えなおした。

スナイプは鴫。

プラヴァーは千鳥。

どちらも、生涯に数千キロを旅する、チドリ目の旅鳥。

同じ速さで、同じだけの距離を羽ばたける翼―――それだけを願って、思えば随分遠くまで来たものだと、今更ながらに実感した。

再会を果たしたら、言いたいこと、言わなきゃならないこと、聞きたいこと、それに、したいことが山ほどある。

(そもそも、アリアって何だよ)

つけたばかりの煙草なのに、思わず端を噛み潰してしまった。

仕方なく胸ポケットから取り出した簡易灰皿に吸殻を突っ込んで、新しいものを咥えなおす。

水代が一時的に権利譲渡して貸与してくれた端末と、ハンドガンが一丁、それに、細々としたツールや弾薬の類の詰まったナップザック。

アースグリーンカラーのシャツと、丈夫な綿のパンツ、色はくすんだブラウン。

裾をブーツの中に突っ込み、シャツもパンツの中にしまってベルトを通してある。

首元が絞まっているのは嫌いだから、ボタンは上二つまで開いて開襟にしてあるが、場所柄肌の露出を極力控えたほうが良いので、袖は長く、手には指の空いた皮の手袋を装備していた。

そうなるとリングを嵌めておけないので、チェーンに通して首からかけてある。

現在の皆守の姿だ。

ジョンも、同じ様な格好をしているけれど、彼の獲物はサブマシンガンにナイフだ。

アラブ地方でよく見かける外見の、これといって特徴の無い成人男性である案内人が、ハンドルを切る。

外の景色は次々と移り変わっていった。

空港から繁華街、居住地を抜け、やがて、ワイルドな緑の大地を突っ切っていく。

空の青を切り分けていく鳥の姿に目を奪われていたら、ジープが停車した。

ここから先は、車では進入不可能だと、案内人が二人に下りるように指示する。

下車した途端、ジープは方向転換をして、来た道を土煙と共に去っていってしまった。

呆気に取られた皆守の傍で、ジョンは端末を開くと、何事か確認し、行こうと促してきた。

「ここからは徒歩だ、協会から詳しい道順がGPS経由で送られてきている、恐らく機密保持のために、案内人もここまでと指定されているんだろうね」

「そうか」

「まあ、きな臭い話も、聞いているから」

「何?」

「レリックだよ」

ジョンは丈の高い草の中に踏み出していく。

半歩遅れて、皆守も歩き出しながら、緊張が一気に高まったようだった。

 

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