地の底までも続いているかのような錯覚を思わせる長い段を降りていく。

スコープによって多少視界は利くが、それでも殆ど闇一色だ。

先を行くジョンの気配だけが伝わってくる。

「スナイプ」

見えたぞ、の声と共に、アーチ型の入り口を潜った。

先の広間より随分手狭だが、数十メートルほどの規模はある。

入ってきた箇所から見て正面に合計四つ、同じ形の出入り口が、漆黒の口腔を覗かせていた。

「分かれ道、だね」

「別行動を取るか」

「いいや、やめておいたほうがいいだろう」

それぞれの出入り口を調べ始めたジョンを見送って、皆守は、天井付近の壁に描かれた生き物に注目していた。

獅子の頭を持った、巨大な漆黒の鷲。

周囲に逆巻く烈風が巻き起こり、口には何かを咥えている。

「スナイプ」

振り返った皆守に、ジョンは、入り口のひとつを指差しながら、行こうと促してきた。

「何か判ったのか」

「恐らく」

「そうか」

―――先程から点を取られてばかりだ。

多少、面白くないとも思うが、それ以上に皆守は、身の内に込み上げてくる興奮を確かに感じていた。

水代と共に赴いた現場も、それは勿論興味深いものだった。

目に映るのは見た事の無い新しいものばかりであったし、知らないこと、意外な出来事が盛りだくさんで、多少の苦労などものとも思わないほど、常時楽しくて仕方なかった。

だが、現状はそれ以上だ。

かつて、そう、初めて探索した場所は、忘れもしない、学生時代、闇の底でもがいていたあの場所。

玖隆の背中を追うようにして、謎を解き、異形の存在と戦った。

けれどあれ以来、同様の状況に身を置く事は、一度もなかった。

(だが、今はどうだ)

皆守はただ一人きり。

状況はかつてと酷似している。

敵こそ現れてはいないけれど、先ほどの謎解きは、正直身震いしそうになった。

忘れかけていた何かが甦ってくるようだ。

玖隆と共にあったとき、感じていた何か。

今では見逃す事のできない、心の容積の大部分を占めるようになった、何か。

入り口の先は螺旋状の階段になっていた。

2人は着々と底に向かい降りていく。

この先には何が待っているのだろう、どのような状況が訪れるのだろうか。

はやる気持ちを抑えるように、慎重に段を踏みしめた。

長方形の出口が見えてきた。

「ここは」

箱のような部屋。

どこかシンとして、冷たく、他の場所と比較して、空気が濁っていない。

「風?」

ジョンの呟きを聞きながら、皆守は正面の壁に近づいていった。

巨大な魔物が描かれている。

四枚の翼を持った、獅子と鷲の混合物。

頭部から一本の角を生やし、蠍の尾を高々と掲げる。

禍々しい姿に背筋がゾッと凍りつくようだ。

周囲に出入り口のようなものは、入ってきた一箇所意外見当たらなかった。

口を開こうとして、鼻腔から空気を吸い込んだ瞬間。

―――違和感が皆守を襲った。

(何だ?)

慌てて周囲を見回して、部屋の四方の天井近い隅に開いた不自然な穴を確認する。

頬を風が撫ぜた。

ここは、すでに地下数百メートル程度に位置する、風など吹くはずが無い。

「スナイプ?」

振り返ったジョンの足元が、一瞬僅かにふらりとぐらついた。

皆守は驚き、何より、当の本人もハッとした表情を浮かべている。

(ヤバイッ)

咄嗟にシャツの襟を引き寄せて、口元を覆った。

ジョンの元へ駆け寄り、肩を支える。

ぶつかった視線同士で合図して、そのまま降りてきた階段を再び戻り始めた。

進むにつれ、息が上がり、それに伴いジョンの体がドンドン重くなっていく。

力が入らないせいだろう、足取りは重く、異常に呼吸が乱れている。

ようやく一つ前の部屋に辿り着いたところで―――

「うう、うッ」

ジョンが膝をついた。

「ジョン!」

部屋の隅に移動して、急いで容態を窺う。

眉間に皺を寄せ、顔色は悪く、全身から汗が噴出しているようだった。

「迂闊、だった」

震える指先で懐を探っている。

すぐに気付いて、皆守は、ジャケットからアンプルのセットを取り出してやった。

「すまない」

「待ってろ」

「―――わかるのか?」

皆守は応えず、調合を始めた。

ジョンの様子からいって、恐らく、あの部屋は、侵入すると同時に四方の穴から毒が噴出す仕組みになっていたのだろう。

暗くてよくは見えなかったが、あちこちに人の残骸のようなものが転がっていた気がする。

つまり、ワナだったのだ。

風に乗って散布された無味無臭の毒は、遅効性で神経に作用するものであるらしく、屋内で喋っていたジョンは皆守より毒のめぐりが早かった。

仕上がった解毒剤をジョンに処置しようとした時、皆守の視界が、僅かにぐらついた。

(クソッ)

手早く内服させてから、自分も手持ちのアンプルセットを開いて、同じ調合を行うと、仕上がった解毒剤を喉に流し込む。

少し動悸が早いようだった。

掌に汗が滲んでいる。

危なかった、と、本能が告げていた。

(死ぬところだった)

ジョンはグッタリと壁に寄りかかっている。

再び様子を窺ってから、皆守は立ち上がると、先程潜った入り口以外の箇所を調べ始めた。

(何か、手があれば)

このままジョンの容態が安定しないようであれば、脱出を考えるべきだろう。

けれど、何らかの手柄は立てておかないといけない。

皆守はグッと奥歯を噛み締めていた。

忘れていたわけではないが、人情と、エゴと、今二択を迫られている。

「スナイプ」

微かな声がした。

「スナイプ、僕なら、大丈夫だ」

滲む汗をぬぐって、振り返る。

闇の奥に座り込んでいた、ジョンが、顔を上げてこちらを見ていた。

「だから、君だけでも行ってくれ」

「ジョン」

「入る前にも話したけれど、ここを、レリックの奴等が嗅ぎつけたという情報が入っているんだ」

「だからどうした」

「奴等に秘宝を奪われたくない」

皆守はジョンを見詰めた。

作業途中だった腕を止めて、真っ直ぐ向き直る。

「頼む」

まだ随分と苦しそうにしている。

けれどその双眸に宿る、並々ならぬ決意の光。

闇の中でも確かに感じた。

知らず、掌が再び汗ばんでいた。

(これが)

ハンターなのか、と。

込み上げてくる。

―――かつて玖隆も同じ様な眼差しをしていた。

(クソッ)

調査を再開する皆守を見て、ジョンは崩れるように項垂れて、動かなくなる。

一瞬ちらと視界の端に捉えてから、自分の仕事に没頭した。

(何か、あるはずだ)

ジョンが気付いて、あの通路を選んだ何か。

(何だ)

少し入り込んだ暗闇の壁面を手探りで調べる。

心許ない照明で照らして、仕掛けの類がないか、くまなく目でなぞった。

凹凸のようなものが手に触れた。

照らしてみると、彫刻が施されてあった。

(これは)

雷を図案化したものだろう。

顔を上げて、続く先の闇を睨みつけて、一歩踏み出そうとする。

(待てよ)

瞬間、閃いた声によって、皆守は動作を止めていた。

別の通路に入り、同じ場所にあたりをつけて探る。

「―――ここにも、ある」

図柄が掘り込まれていた。

先程と同じ絵だ。

残り二箇所、念のためワナの通路も調べてみたが、やはり、同じ場所に同じものが掘り込まれてある。

皆守は呻き声を漏らした。

(いや、何かある)

こんなわかりづらい場所に、意味無く彫刻するわけ無いだろう。

(考えるんだ)

後頭部をかきむしり、無意識に懐を探る。

煙草は吸えないのだと思い出して、悔し紛れに手を引き抜こうとした際、硬質な感触が指先を掠めた。

「っつ!」

直後に目を見開き、引き出したそれは、最初の部屋で手に入れたまま、持ってきていたマルドゥクの像にはめ込まれていたレリーフであった。

閃いた皆守は、再び壁面の彫刻を全て調べる。

彫刻は、中央に雷の図柄が描かれた窪みになっていた。

窪みの形は一定では無い。

皆守は息を呑み、レリーフの形を調べて、それから―――ひとつだけ同じ形をしていた窪みにレリーフを嵌め込んだ。

微かに、本当に微かにだが、かちりと物音が聞こえた気がした。

即座に広間に戻り、ジョンの様子を窺う。

相変わらず壁際に蹲ったままの、彼の傍に近づこうとしたら、急に顔を上げてこちらを見る。

行け。

声は無く、唇の動きだけがそう告げていた。

皆守は立ち止まり、間を置いて踵を返すと、レリーフを嵌め込んだ通路の入り口を潜った。

目の前に続く闇を睨み付けながら、グッと腹の底に気合を入れなおし、意を決して段を下り始めた。

 

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