それから、同じ様なフロアをもう2部屋通った。

レリーフから連なる階段の先の部屋では、瞳から雷を発するマルドゥークの姿。

天井に描かれていたそれを見て、四つ開いた通路を探り、そのうちの1つに瞳の中に雷の描かれた彫刻を見つけて、連なる闇を潜り抜けた。

次の部屋では、耳から雷を発するマルドゥークの姿。

通路には、耳と雷の掘り込まれた箇所が1つだけあった。

今度の通路は途中まで下りで、そこから長い通路が続き、どうやら上昇しているようであった。

端末を用いて調べてみると、確かに深度を示す数値が若くなっている。

(どこまで続くんだ)

視界の闇が段々薄くなっていく。

目が慣れてきたのだろうか。

(いや―――)

違う。

通路を抜けた。

目の前に開けたのは、暗く濁った水を湛えた水路に囲まれた、祭壇のある空間だった。

「ここ、が」

はっとして端末を開く。

空気汚染やプラズマの類は検出されていない。

周囲を見渡すと、壁面に描かれた神々の姿。

(これは、バビロニア神話の、ティアマトとマルドゥークの戦い?)

最初のフロアで石像を見つけて、ここまで、件の神に関連するものばかりであったから、おそらく間違いないだろう。

ここは、マルドゥークを祭った神殿だ。

おぞましい魔物たちを引き連れて、毒を吐き、とぐろを巻く、七首の怪物ティアマト。

件の神は混沌の母であり、砕かれたその身によって天地が作られたのだと伝承は伝える。

女神を殺したのは若き神、マルドゥーク。

バビロニア神話において主神であり、その手に雷を携え、四つの風を操る猛しい戦神。

皆守は水路を突っ切って正面の祭壇まで続く道を歩く。

遠目に、嫌な予感はしていたのだが、近づいて改めて理解した。

「くそ」

声が漏れる。

静寂の空間に、それは空しく反響して、やたら耳に響くようであった。

壇上にぽっかりと開いた虚空。

何かはめ込まれていたらしい形跡。

そう―――ここは。

「すでに、盗掘されていたんだ」

誰の仕業かはわからない。

レリックかもしれないし、違うかもしれない。

とにかく―――ここに、秘宝は存在しない。

それ以上でも以下でもなく、現状が全てであった。

歴史の闇に葬り去られた神殿。

訪れるものも無く、その痕跡も無かったはずの、けれど、ここに収められていたはずの何かは、確実に失われてしまった。

皆守は呆然と立ち尽くしたまま、暫く動く事ができなかった。

何のために。

何の意味があって。

(死ぬ思いまで、したっていうんだ)

ここまで辿り着く途中、不安ながら、それ以上に、高揚した気分であった。

残してきたジョンは勿論心配であったけれど、本音を言えば探究心が勝っていた。

何より、ここで成果を上げる事ができれば、自分は晴れて彼と見える事ができる。

遂に、漸く、胸を張って共に羽ばたいていける。

(あいつと、晃と)

―――そのはずだった、なのに。

「なんだよ、これ」

呻く。

「何なんだよ」

台座を蹴りつける。

本来ならばまかり間違っても行わない暴挙だ。

「何なんだよ、畜生!」

怒鳴り声が響く。

悔しくて、空しさと情けなさで、張り裂けそうだった。

皆守はその場にどっかと腰を下ろして、頭を抱え込み、グッと目を閉じた。

畜生、畜生。

(このまま帰るのか?)

何の成果も上げられず、何も発見できず。

(ここが何を祭っていたか判ったところで、そんなもん)

くだらないと呻いた。

呻きながら―――ふと、閃いていた。

「そうだ」

立ち上がる。

端末を開いて、ツールを取り出す。

「確かに、くだらないんだ」

そう、くだらなすぎる。

もしも、この台座に納められていた秘宝が、この遺跡のメインであるならば―――くだらなすぎる。

何のためにあんなにも禍々しい入り口だったんだ。

何のために、まかり間違えば即死しかねないトラップなど仕掛けたんだ。

そして、やけにぬるい手ごたえを感じた2部屋。

当時の人間なら誰でも気付くだろう程度の謎掛けしかなかった理由は、一体何だ。

屋内を歩き回る。

あらゆるところを調査した。

しつこいほど念入りに、思考をフル回転させて、思いつく限りのアクションを起こしてみた。

そして―――見つけた。

さまざまな神の姿が描かれた壁面に、ぽっかり空いた不自然な空白。

端末で詳細を測定し、確信を得る。

(よし)

懐から火薬の入った小瓶を取り出した。

慎重に、床と壁のつなぎ目辺りに適量をこぼして、瓶を戻してから、今度は愛用のライターを出した。

周囲を見回しても使えそうなものが見つけられなかったので、シャツの袖を引きちぎり、アルコールを浸して丸め、火をつけると同時に放り投げる。

即座に頭を抱えて伏せた。

響く爆音。

崩れ落ちる壁。

濛々と立ち込めた煙の向こう側、口元をシャツの襟で押さえながら立ち上がれば、ぽっかりと虚ろな空洞が覗いている。

水音のようなものが、聞こえた気がした。

それと、微かに―――異様な気配。

背筋が泡立ち、身震いをして、そのまま、引き寄せられるように瓦礫の山を越える。

そこは、巨大な空洞だった。

微かに風も吹いているようだ。

一応、端末で再度測定してみたが、害になりそうなものは検出されなかった。

ただ、微弱なプラズマ波が発生しているようで、それだけが少し気懸かりだった。

(ここは、一体)

視線の先にこんもりと詰まれた木片、枯葉、角が尖ったままの大小さまざまな石。

「鳥の、巣?」

足元に合った羽を拾い上げる。

それは、地上最大の鳥類、ダチョウの羽よりも随分大きいようだった。

何かが脳裏を過ぎる。

ここで見た、やたら記憶に引っかかっている『何か』

嫌な予感に足を止めて、それから頭上を見上げると―――巣の向こうに台座のようなものが見えた。

壇上に並べられた二枚の石版。

確認のため近づこうとした、その時。

 

「待て」

 

呼び止める声。

そして。

 

「ご苦労だったな」

振り返った皆守の視線の先にいたのは、銃を構えた武装集団だった。

 

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