※こちらは『SHAPE OF MY HEART』後の完全捏造九龍大人Verです
「Encounter and departure」
ベルが鳴る。
毛布の隙間からニュッと腕が伸びて、辺りを無造作に探る。
やがて、ようやく目的の物を見つけ出して、掌が叩こうとして、それは棚の上から転がり落ちた。
悔しそうな呻き声。
相変わらずけたたましく鳴り続けるベルに、腕はがっくりと力を失って、けれど、ようやく諦めたように本体がむっくりと起き上がり、片足をベッドの外に踏み出した。
唸りつつ、片方の手で後頭部をバリバリと掻きながら、小さな目覚まし時計を拾い上げて、止める。
「寝た気がしないな」
久々に、柔らかなベッドで休んだからだろうか。
顔を上げると窓が少し開いていて、淡い緑色のカーテンが揺れていた。
家具の少ない、板張りの簡素な一室。
けれど掃除だけは丁寧に行き届いている。
毛布をよけてベッドの脇に立ち上がった玖隆は、Tシャツにトランクスのだらしない格好のまま、フラフラと窓辺へ近づいていく。
空は綺麗に晴れ上がっていた。
今何時だろうか、片手に掴んだままの目覚まし時計で確認すると、そろそろ昼だ。
「―――メシ、あるかな」
ぽつんと呟いて、そのまま部屋を出て行こうとして、ふと思いとどまり、クロゼットを振り返る。
「そういや、今日は1人じゃなかったか」
呟いてからふと微笑むと、玖隆はクロゼットの前に立ち、中開の扉の引き手に手をかけた。
*****
「それじゃ」
思わず声が大きくなってしまって、はたと口を閉じた、皆守を見て、水代は微笑んでいた。
何となく気まずくて目を逸らす。
うんうんと、勝手に何か納得しているような仕草を横目で伺って、まるで誰かさんみたいだと心の中で苦々しくぼやく。
「君がとても乗り気でいてくれるから、僕も嬉しい」
「いえその」
「まあ、確かに、悠久の時の息づく古代の叡智に真っ先に触れることができるなら、多少のリスクも何のその、というやつだ、僕にも覚えがあるよ、ああ、君が羨ましいなあ!」
「博士は現役じゃないですか」
「なんの、専らテント担当さ、ハンターと潜る事など、随分ご無沙汰だよ」
「そっちの依頼は無いんですか?」
「あるけど、断っている」
僕は息子とかつての相棒以外の人間に命を預けるつもりはない。
胸を張って見せる師に、弟子は苦笑を漏らした。
「そうですか」
「うん、まあ、君の依頼だったら受けてもいいけれど、君はバディだからな、バディ2人で遺跡に潜っても、それこそハンドルのない車で道に出るようなものだからね」
「確かに」
「うん?皆守君」
ポンと肩を叩かれる。
「何だか随分知った口調だね、君、まるですでに業界人みたいだよ」
ハハ、と苦笑いをして、皆守は返答をあやふやに誤魔化した。
水代はさして気にしていない様子だった。
「まあ、とにかくだ」
片手に持っていた資料を、ポンと皆守に手渡してくる。
「とりあえずこれだけは読んでおいてくれたまえ、じきに仔細も書面で届けられるだろう、結構な規模の遺跡だ、気を引き締めて取り掛かるんだぞ」
これが正式に受ける、君の初任務なんだから。
「それと」
水代は続ける。
「―――僕の息子の事、くれぐれも頼む、アレは僕に似て陽気で親しみが持てるけれど、本当はシャイで淋しがり屋なんだ、でもいい子だよ、僕が保障する、仲良くしてやっておくれ」
はい、と皆守は答えた。
数日前、ロゼッタ協会本部から正式に通達があって、バディ登録の済んだ専用端末が送られてきた。
コードネームは『Snipe』
数千キロを旅する渡り鳥。
かつて自分の見知っている形から、改良されたらしい新たな形態のH・A・N・Tの画面を開いて眺め、万感の思いと共に認証コードを読み込ませた。
玖隆と同じ、いや、ロゼッタに所属し、全ての遺跡と秘宝を愛する、愚かで愛すべき冒険者の証。
これは、その中でもただ一つきりの、皆守甲太郎専用端末。
(時間かかったよな)
天香学園の校舎の屋上で決意してから、今日に至るまでの間に、皆守はすっかり大人になってしまった。
背丈だって伸びたし、体重も増えた、毎日きちんと手入れをしているけれど、体毛や髭も以前より濃くなったように思う。
容姿や雰囲気にも、それなりに、貫禄のようなものがついてきたのではないだろうか。
ゾクリ、と背筋を興奮が駆け抜けていた。
これから訪れる未来、確かな予感に、目の前が僅かにクラクラする。
何よりもうすぐ―――逢えるのだ。
長かった。
本当に長かった。
左の薬指の付け根に触れる。
確かな感触が、そこに嵌められている。
(逢える)
目の前では水代博士が、ニコニコと微笑んでいた。
(逢えるんだ)
皆守は自然と頭を垂れ、礼をしていた。
(アイツに―――晃に、逢えるんだ)
そのための道のりを、開き、導いてくれた恩師。
そうとは知らずに教えを請うた、玖隆晃の実父。
「皆守君?」
「これからまだまだ、お世話になります」
今後玖隆と共に歩むのであれば、師弟という関係以上に。
「博士には、まだ教えていただきたいことがたくさんあります、それに」
「それに?」
「息子さんを任せていただけるのなら、尚更、です」
ハハハと笑い声が聞こえた。
皆守は顔を上げた。
「ふむ、何だか妙な気分だよ、まるで、あの子を嫁にくれと言われているような気分だ」
―――あながち間違っちゃいないと思う。
「まあ、皆守君にだったら、預けてもいいけどね、大丈夫だよ、皆守君、晃は元気で立派な成人男性だ、可愛い一人娘もいるし、だからそれなりに人柄も落ち着いている、君とはきっとうまくやっていけるさ」
「俺もそう思います」
「うん、僕は君のそういうところが好きだ、晃のバディになる以上、君は僕の息子も同然だから、父親として益々慕ってくれて構わないよ」
「はい」
「但し、馴れ合いはダメだぞ」
笑う皆守を見詰めて、水代は不意に、ポツリともらす。
「君のお父上も―――」
皆守の表情が、僅かに引き締まった。
大学の卒業式が済んですぐ、一度、日本に戻ったのだ。
水代博士と共に。
「いずれ、理解してくれる」
ポン、と肩を叩かれた。
家に着くなり、嫌悪と憎しみを露にして、ありったけの暴言を吐き散らした父親に対して、水代は真摯に怒ってくれたのだった。
そして、懸命に伝えてくれた。
皆守がどれほどの決意と情熱をもって、今日まで努力し、過ごしてきたのかを。
最初まるで聞くつもりのない様子だった父親も、最後には姿勢を正してくれた。
母はずっと泣くばかりだった。
それでも、やはり―――最後には、息子の顔をじっと見詰めてくれたのだった。
もう随分、そんな眼差しを受けたことが無かった。
向けられるのは侮蔑と諦観、そして後悔ばかりであって、愛情の一片もかつては存在しなかった。
帰りの機内で皆守は、年甲斐もなく涙してしまった。
水代は、ただ黙って頭を撫でてくれた。
まるで大人にする慰め方ではないけれど、その時の皆守は少年の頃に戻っていたから、十分過ぎるほどの思いに、また泣けた。
水代の視線を受けて、皆守は、はにかんだ笑顔を返す。
何だか少し照れ臭い。
「そう、なれるよう、努力します」
「うん」
満足げな表情に、もう一度礼を返す。
両親に対して、これほど大きな心境の変化を促してくれたのも、水代の存在あってこその事だ。
幾ら感謝を捧げても足りない。
その分も含めて、これまで以上に強く羽ばたきたいと思う。
(アイツと一緒に)
手にしていた資料に目を通すと、いよいよ想いがあふれ出してくるようだ。
静かに立ち去っていく水代の背中を少しだけ目で追って、皆守は、再び書面に視線を落とした。
(次へ)