決戦のあった日。

あたしたちは崩壊しつつある遺跡内部から、あの不思議な双子の力を借りて脱出する事ができた。

今にして思えば、長髄彦と太古の巫女が、頑張ったあたしたちにお返ししてくれたのかなーって、それはちょっと調子いい?

とにかく、解析不可能な高濃度エネルギー発生のお陰で、遺跡は完全に崩壊することなく留まり、弊害として起こりうる可能性のあった学園全体の地盤沈下による崩壊も防げた。

まだ確認はしていないけれど、遺跡に関しては静かなもんだし、多分、あそこに巣食っていた悪意たちも、全員天へと還れただろうと思う。

(あの子たちが一緒に連れて行ってくれたからね)

ブルーの光に包まれながら、幾つも昇っていった光球。

個別に認識できるイメージのようなものかもしれないけれど、でも本当に綺麗だったんだ。

あれは、皆の魂だと思うよ。

幾ら形を歪めても、本質そのものまで作り変えてしまう事はなかったんだ。

それが純粋に嬉しい。

一方、地上に無事生還できたあたしたちといえば、それはそれで大騒ぎだった。

生徒会の面々は、ホント、てんてこ舞いの大忙しで、埋葬という形を取って生け贄にされていた人々が、呪縛からの解放により息を吹き返したもんだから、病院への搬送を行ったり、騒動を聞きつけて駆けつけた警察官に事情を説明していたり。

戻った直後は熱狂的大歓迎を受けたんだけど、そればっかりってわけにもいかなかったんだ。

あたしは、あたしで、その―――色々あって、途中で意識を失っちゃったし。

今思い出しても、やっぱり赤くなる。

うう、なるべく早く忘れたいよ、あんな恥ずかしいこと。

「どうした?」

覗き込まれて、あたしは、甲太郎を見上げながら首を傾げた。

「怪我、まだ痛い?」

「―――ああ、いや」

やっぱり気まずそうに目を逸らされちゃった、実は、とんでもないことがあったんだ。

 

ひとしきり再会の喜びに浸っていた、事件はその時、やっぱりいつもどおり、唐突に勃発した。

あたしは双樹さんや八千穂さんたち、胸に覚えのある猛者からの、熱烈な歓迎コミコミ胸座布団おしくらまんじゅう攻撃を受けて、窒息寸前、っていうのは大げさかも知んないけど、結構深刻な具合でもにゃもにゃに揉み潰されまくっていた最中だった。

「せ、先輩方、不謹慎ですよ!」

状況をみかねたのか、夷澤君の大声。

確かに、皆の気持ちは嬉しいんだけど、この状態はちょっとだけ苦しい。

救いの神出現、甲太郎だって助けてくれようとしないのにって、あたしは谷間の影から夷澤君の姿を探す。

(あ、いた)

神経質な眼鏡の傍に、甲太郎も苦い顔して立ってた、あんちきしょう!

「なによ」

「文句あるの」

睨まれて、ちょっとたじろぐ夷澤君。

(まあ、ねえ?)

いかに天香の狂犬と謳われる彼も、こんなに大勢のレディ・ライオンたちに取り囲まれたとあっちゃ、流石に形無しだったみたい。

でも頑張れって内心旗を振っていたあたしの声援が届いたのか、口ごもりつつも懸命に「そんなつもりは」とか、「しかし相手は異性なんッスから、あんまり性的な行為に及ぶとそれってセクハラッスよ」とか、ファイティングスピリッツを絶やさないでいてくれた。

まあ、異性ってのは、百歩くらい譲って、仕方ナシとしよう。

(だって実際、そういうことになってるし)

その意気込みだぞ、頑張れ狂犬!

気付けば周囲のまんじゅう所有者の皆さんの意識が、生意気な後輩に半ば移行しつつあるのがわかったから、やっぱり心の中だけで更に手を振って応援する。

その時突然割り込んできた声!

「そうよ!」

ニュウッと飛び出すおっきい顔面、鬱陶しいそれは、紛れも無い朱堂君。

「あんたたち、恥ずかしいと思わないの?!」

興奮して唾を飛ばす様子を、夷澤君が物凄く迷惑そうに見てた。

「あたしだって、あたしだってッ―――」

何、あれ、何かこっち、見てる?

「ダーリンのこと!」

(はわ?!)

「ギュってしてあげたいのにー!」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、見事なジャンプ!さすが陸上部!

あたしといえば、あまりに唐突な行動に、ハンターにあるまじき程判断と反応が遅れたわけで。

「ダーリーン!」

思い切りよく抱きついてきた、朱堂君の、顔面が、胸に!

「―――ん?!」

しまった、って、思ったときには、あとの祭りだった。

服はボロボロ、ベストもビリビリの、ついでにすっかり緩みきっていたさらしも含めて、あたしの秘密を守ってくれるものは何も無いに等しかった。

呆然と様子を見ている周囲と同じくらい、固まったまま動かなかった朱堂君は、突然「んん?!」って大声を上げながら、ガバッて顔を上げると同時に、問答無用であたしのささやかなふくらみを鷲掴み!

凍りついたあたしの頬をさっと風が撫でて、気付くと、鬼のような形相の甲太郎が、豪快な踵落しを後頭部に決めていた。

撃沈する朱堂君。

しかして老兵は死なず。

今際の際に、トドメの一刺しを忘れなかった。

 

「あ、きら、くんッ、貴方って、貴方って、もしかしなくても、女の子?!」

 

―――それが、まさに、悪夢の始まりだった。

あの大騒ぎを思い出すと、今もちょっと目眩がしてくる。

申し合わせたみたいな「ええー!」の声と、同時に伸びてきた数多の腕!

それが、甲太郎をあっさり弾き飛ばして、あたしに掴みかかってくる!

「うわわッ」

問答無用で胸をさわさわ、お尻もさわさわ、そんでもってついでに、そこらじゅうさわさわ、モミモミ、むにゅむにゅと。

「ひゃああああ!」

「うそ!ホントだ」

「お、女の子だよ」

「こここ、これって、女の子の体ですッ」

「うわあ、うわあ!あーちゃん、あーちゃんって、そうだったの!」

「やわらかーい」

「ついてないッ」

「素敵ですぅ!」

(い、いやああああ?!)

たーすーけーてー!

あたし、柄にも泣く半泣きで、必死!

容赦ない確認行為が恥ずかしいやら怖いやらで、真っ赤になってじたばたしてたら、めげずに飛び込んできた甲太郎が腕を引っ張って輪の中から連れ出してくれた。

「こ、甲太郎ぅ」

やっぱりこういう時頼りになるよねッ

有難う、大好き、格好いい!

「大丈夫か?」

心配そうに顔を覗き込んでくれた。

あたし、思わずウルウル。

「ったくお前ら、いい加減に!」

目尻の涙を拭ってくれて、庇うように立ちはだかってくれた、でも、伏兵は思わぬところに潜んでいたのでした。

『みーなーかーみー』

今度は何?

地を這うような怨嗟の声。

振り向いたら―――ヒイ!

(なんなの、皆?!)

こちらでは、男の子たちがとんでもなく怖い顔で睨んでる?

(な、なな、なんですか、何で?)

あたしか?って思ったんだけど、違うや、こっちを見てないぞ?

(え、甲太郎?)

何で?

嘘ついていたあたしならともかく、こいつに腹を立てている理由がサッパリ見当つかない。

見上げたら甲太郎も迷惑そうに眉間を寄せてた、なんで、どうしてそうなるの?

(ひょっとして、グル?!)

女の子の輪からあたしを連れ出したから、けしかけられて―――って、そんなわけないか。

でも。

「あーちゃん」って、八千穂さんがニコニコしながらあたしを連れ戻すのと。

「殺す!」って殺気を漲らせた夷澤君がパンチを繰り出したのは、殆ど同時だった。

再びもみくちゃにされるあたしと、甲太郎は男軍団相手に大乱闘!

パンチやキックの嵐の最中、釘が飛んだり、鉛球が飛んだり、刃が閃いたりして、なんだかとんでもない。

(なんなのーッ)

女の子達の、リボンがどうとか、スカートがどうとか言う、可愛らしい話に混ざって、殺すとか、許さんとか卑怯者とか、穏やかで無い男の子達の怒号が、ぐるぐる、ぐるぐると。

打撲音、何かの破壊音、髪の毛を撫でられて、とりあえずお風呂に入って綺麗にしてあげないとね?

(ああ―――)

ついさっきまで死闘を潜り抜けて、いまようやく帰還したばかりのあたしには、最早限界でした。

(も、ダメだ)

ぷつん、て、糸が切れるみたいに。

ぐにゃり。

視界がふっと暗くなって、そのまま意識が飛んじゃった。

倒れる瞬間、遠目に、楽しそうな双樹さんの、ちょっとだけビックリしたような顔が見えた気がしたんだけれど。

 

―――気付いたら、あたしはベッドに寝かされていた。

見慣れた景色、自分の部屋、傍にいたのは白岐さんで、辺りに漂ういい匂い。

「この香りは、あの人からよ」

すぐに理解する。

そして、白岐さんは、あたしが気絶した後のこと、簡単に教えてくれたんだ。

皆守対男性バディ軍団の戦乱は、結局阿門君が終結させて、そのまま皆揃って事後処理にあたったらしい。

女の子はお手伝い、それで、ついでにあたしの傍にも交代で付き添うようにしてくれていたんだって。

気持ちは素直に嬉しいんだけど、でも。

(なんだかなあ)

正直トラウマになりかねない騒ぎだったぞ。

あたしの気持ちを見透かすみたいに、白岐さんはフワリと笑いながら、冷たい掌でおでこに触れたあと、もう大丈夫ねって部屋を出て行った。

一人きりになって、ようやく、ひと心地つけた感じで、あたしは結局翌日の25日もお部屋で休養を取りながら、協会への簡易報告なんかを済ませたのだった。

皆に会いにいったのは、更に翌日、26日になってから、その時には学園内もだいぶ静けさを取り戻していた。

 

(結局)

性別詐称まで判明しちゃって、でもこれは厳密に言えば任務終了後のことだから、まあペナルティにはならないだろうと―――信じたいのですが、どうなの協会。

怖いなあ。

しかも、結果として秘宝の回収には至らず(それは何とあの境さんが報告書と現品を提出してたんだ、彼はあたしより先に天香に潜入していたハンターだったんだって、なんか色々ビックリ、そしてかなりショック)遺跡は半壊、でも、あたしはそれをロストとして報告しておいた。

だって、もういいでしょう、ここは。

そっとしておいてあげたいって、それはハンターとしてなのか、あたしの個人的意見なのか、自分でもよくわかんないんだけどね。

でも、天香学園は、もう遺跡じゃなくなった。

ここはそんな場所でなくて、悲しい運命を閉じ込めた、出ることの叶わない牢獄だった。

けれど、鍵をぶっ壊して、あたしが無理矢理開いた扉から、みんな出て行っちゃったから、すでに檻としての意義すら失ってしまったんだ。

残されたのはただ、明日に羽ばたく若い翼が未来を選ぶための園、なんてね。

だから、少なくとも宝探し屋が『仕事』をする場所じゃない。

(あたし、間違ってないよね?)

うん、胸を張ってそう言える、だから、これ以上探索する必要も、報告しなきゃならないことも、何も無い。

薄いブルーの空を見上げながら、そんなことを思っていた。

気付くと隣で甲太郎がまだぶつくさ何か呟いている。

「ったく、あいつら」

「うん?」

「今思い出しても腹が立つ、お前のこと、騒ぎすぎだろうが」

「アハハ、まあ、確かに結構怖かったけど、でもねえ、ずっと男だと思っていた相手が、実は女の子でした、なんて急に言われたら、誰だってビックリだと思うよ」

「確かにそうかもしれないが」

「でも、何で甲太郎までとばっちり食らったんだろうね」

「ん?」

「嘘ついていたのあたしだけなのに、共謀してたなんて、一言もばらしていなかったでしょ?」

途端、投げやりなため息。

「お前って、ほんっと、能天気だよなあ」

頭の天辺を指先でワシワシ、それってどういう意味よ。

「その気楽な思考回路のコツを、今度レクチャーしてくれよ」

「気楽じゃないもん、色々あるんだから」

「精々仕事と、食うことと寝る事くらいだろうが」

「今は甲太郎の事が一番だもん」

「―――アホ」

「あのねえ、あたし、前から言ってやろうと思ってたんだけどね、甲太郎はそうやって、すぐ人のことを馬鹿にして」

「あかり」

声が耳たぶに触れる。

息が、ほっぺの産毛にさわさわしてる。

「なら、俺も―――」

「え?」

「俺も、前からお前に聞いて欲しかった話がある」

横目で見るけど、髪の毛しか見えない。

「ずっと、ずっと―――誰にも言えなかった話だ、俺の、昔話だよ」

聞いてくれるか?

囁いた甲太郎の声が、なんだかとっても切なかったから。

「うん」

頷いたら、笑って頬にキスされた。

見上げた瞳の中に、お日様の光がちょっとだけ映ってる。

深い黒色がほんの少しだけ、明るく輝くみたいだった。

前とは違う雰囲気の、優しい眼差しがじっと見詰め返してくれる。

甲太郎の昔話。

それはきっと、あの頃みたいな姿になった、辛い経緯なんだよね。

(不安だけど、でも)

話してくれることの方が、ずっと大きくて、いっぱい嬉しい。

手を伸ばして骨ばった指先に絡ませたら、やっぱりまだ感触は冷たくて、でもあったかい想いがそこから伝わりあうみたいだった。

 

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