「ここが、屋上だよ」
さびた音と一緒にドアが開いて、急に差し込んできた光にあたしは目を細くする。
外に出て、周りをぐるっとみまわして、へえと一声。
「景色いいね、学園の殆ど全部、見渡せるんだ」
「そうだよ」
隣に立ったお団子頭の女の子―――八千穂明日香ちゃんが、うんと頷いた。
この子、多分転校生のあたしに気を使ってくれてるんだろうけど、昼休み早々あちこち案内なんかしてくれちゃって、凄くいい子だ。
内心ビクビクモノで教室に入ったあたしを、女の子だって見抜いた人はとりあえず一人もいなかったみたい。仕事的には成功なんだろうけど、ちょっと複雑な気分。
そりゃ『探索行動は隠密を基本とし』だし、正体がばれないに越したことは無いけどさ。
もっとこう、さあ、一応その、年頃の女の子なんだし、性別を偽っての潜入調査なんて多分無理、っていうか絶対ばれるってくらいに考えてた、あたしの立場が無いじゃない。
八千穂さんは四方を囲むフェンスに身体を乗り出しながら、あっちが温室で、あっちが学生寮、こっちは墓地とか、指差して教えてくれている。
ふむふむ、墓地ねェ―――
あたしの嗅覚がピクリと反応する。
普通、遺跡っていうのは大体二種類に分かれていて、古代の重要建造物か、個人の墓のどちらかだ。
協会の依頼メールには「学園」の「地下遺跡」って書かれてあった。
そして「墓地」は「地下」に鎮めるべき対象を埋めてある。
ということは?
「ちょっと怖いと思わない?」
「え?」
あ、ヤバイ、あんまり聞いてなかったかも。
「そ、そうだよね、怖いよね」
「だよねえ」
しきりに頷かれちゃって、なんだか少し悪いような気がしながら、あたしは苦笑いを浮かべていた。
考え事が過ぎると、周りの声が聞こえなくなっちゃうって、あたしの悪いクセね。
この後もっと突っ込まれたこと聞かれたらどうしようとか、考えてたらいきなり知らない声が聞こえてきた。
「ふぁーあ、うるせェな―――」
あたしたちは一瞬ぴっとなって、同時にそっちを振り返る。
駆け出した八千穂さんの後について、給水塔の裏側を覗き込むと、そこにだらりと伸し餅みたいに身体を投げ出して寝そべっている人がいた。
誰?この見るからにやる気なさそーな男の子は。
「あっ、皆守クン!」
「みなかみくん?」
制服姿の伸し餅が、フアアと大あくびしながら目を開いた。
口元に何か咥えている。
あれって、タバコじゃないみたいだけど、なんだろう。
「ったく、授業をふけて昼寝してりゃ、屋上で大声出しやがって、うるさくて寝られやしない」
「どうりで、授業中に姿が見えないと思ったら、朝からずっとここにいたの?」
「まあな」
(あれ、なんだろう、いい匂いだけど、ううん)
あたしはさっきからパイプの先からフワフワ漂ってくる香りが気になって仕方ない。
「うん?」
ジーッと見ていたら、みなかみくんがあたしの視線に気づいて何だって顔をした。
「あ、皆守クン、彼が今日転校してきたコだよ」
八千穂さんが丁寧に紹介してくれる。
「玖隆あきらクン、前は外国の学校にいたんだって」
「へえ」
―――なんっとも、どうでもいー返事ですのね。
『あかり』じゃ、変に思われるから、あたしは偽名を使ってる。
「玖隆クン、こっちが皆守甲太郎クン、あたしたちと同じ三年で、クラスメイトだよ」
「みなかみって、字がわかんないんだけど」
「皆を守るって書くの、それで、皆守」
皆を守る?この明らかにぜんっぜんそんなタイプに見えない、有事の際には一人だけケツまくって逃げそうなこの人が?
ハア、とあからさまに呆れてみせたあたしに、皆守君はむっとした様子でお前の名前の字もわかんねえよとぼやいていた。
確かにそれは頷ける。あたしも時々書けないもん。後で紙に書いてあげようかな?
「それより、なんだお前、これが気になるのかよ」
「え?」
皆守クンはパイプを指でつまんでゆらゆらと振って見せた。
その度に甘い匂いが香って、あたしはようやくそれがラベンダーだということに気づく。
別に、草花に造旨が深いって訳じゃなくて、エジプトに行く前に買った香水がラベンダーノートのヤツだっただけだ。
紙巻タイプの、嗅いで楽しむシガーアロマだろうか?
ホルダがシルバー製っぽくって、なんだかおしゃれで格好いい。
センスが少し中東っぽい。インドとか、その辺りの感じ。
まじまじと見ていると、その向こうで皆守君の口元が不意にニッと笑っていた。
「なんだよ、随分ご執心だな、ならためしに吸ってみるか?」
「え?」
あたしは顔を上げて、ちょっとだけビックリする。
そりゃー確かに興味はあるけどさ、出会ったばかりの、しかも、男の子の吸っていたパイプにいきなり口をつけるほどバリアフリーじゃないもん。
そう思ってはたと考え直す。
そっか、今あたし、男の子なんだ。
だからこの人も気安げなんだ。そっか、そうだよね。さすがに初対面の女の子にタバコ勧めたりしないよね。
「病み付きになっても知らないぜ、ほら」
少し腰を上げて、差し出してくるので、あたしはあわてて手を振りながらちょっとだけ後退りをした。
「いやッ、いいよ、大丈夫!」
「遠慮すんな」
「い、いやーほんとに、お気持ちだけで」
結構ですから!
そういおうとした途端、足元がもつれて、あたしは盛大にバランスを崩す。
「おわ?!あわわ!あわわわわ!」
「ちょ、ちょっと、玖隆クン!」
皆守君の目の前でぐらぐら、フラフラと大げさに揺れて、もうにっちもさっちも行かなくて、そのまま―――
「おわー!」
「うぉ?!」
ばたーん!!
「玖隆クン!」
八千穂さんの声が、聞こえたと思う。
一瞬世界がガクンとぶれて、体が風を切った。でも『気持ちいいー』なんて思う暇は勿論なくて、直後に暗転する風景と、ガツンという衝撃、アーンド、痛覚。
やっちゃった、まさかこんな場面ですっ転ぶなんて、玖隆あかり最大の不覚!
「―――あいててて」
スカートじゃなくて良かったなあとしみじみ思い返しながら、下敷きにしてしまった皆守君の顔を見上げた。
「あ、やー、その、アハハ、アハハハハ」
愛想笑いで誤魔化そうと思ったのに、皆守君は眠そうだった目を大きく見開いて、あたしを凝視している。
そんなに派手にぶつかってしまったんだろうか、あたし。
「ごご、ゴメンね、いやはや、出会って早々申し訳ない―――」
「お前」
「え?」
もにゅ。
(はい?)
今なんか、みょーな感触がしたんですけど。
もにゅもにゅ。
あらら?なんだろ、これは。
フッと下を見下ろすと、皆守君の手が妙な所を掴んでいる。
しっかりと押さえ込むようにして、あたしの胸の上に、これは、これは―――?!
「※○*△#×〜?!!」
青ざめたあたしは、言葉にならないなにかを叫んだ。
そのまま皆守君の襟首を引っつかんで、無理やり起こして引きずって走り出す。
「玖隆クン?皆守クン?!」
八千穂さんの慌てた声。
でも、そんなものに構っている余裕は無い!
ヤバイ、ヤバイ、やばいいいいいいい!
屋上の、丁度反対側まで駆けていって、がっしと肩に腕を回して引き寄せた。
顔を近づけるとまるで訳がわからないと混乱した瞳があたしを見返してくる。
「おいっ、何なんだアレは、一体―――どういう事だ、お前、男だろ?」
「黙れ、余計な事を言ったら、殺す」
「はあ?」
あたしは本気だ。
任務遂行のため、やむを得ずというなら、殺すとまではいかなくても、暫らく口をきけないようにしてやる。
ギラギラと睨みつけていると、皆守君は急にむっと表情を強ばらせた。
うわ、結構眼光が鋭い。
ちょっと気圧されそうになって、でもあたしだって必死だから負けずに彼の眼を睨み付けてやった。
「―――お前、一体何のつもりだ」
「アナタには関係ありません、みょーな事口走ったら、病院送りじゃ済まさないぞ」
「関係はある、俺はここの生徒だからな、おかしな奴がいたんじゃ、おちおち昼寝もしてられねェ」
「別に危害を加えるつもりは無い」
「今殺すって言ったじゃねえか」
「おかしな事を言ったらって言ったんだよ、とにかく、さっきの事は忘れなさいッ」
「フン」
アロマパイプの端をかじって、皆守君はすうと目を細くした。
「なら、詳しい説明を聞かせてもらおうか?」
「何でッ」
「当然だろ、訳もわからず黙ってろ、じゃあ、俺が落ち着いていられない」
「あた―――俺に害意は無いんだから、それでいいじゃないか!」
「どうだかな、それは、お前の説明次第で俺が決める」
くぬーっ、こいつはぁ!
やる気のない伸し餅人間じゃなかったのか!
っていうかどうしてどこの国でもこの手のアウトローは性質の悪いのばっかりなのッ
暫らく睨み合って、先にグッタリと肩を落としたのは―――あたしのほうだった。
仕方ない。
どのみち、ばれたのは自分の責任なんだし、こうなった以上腹をくくるしかない。
それに一応、説明すれば黙っているっぽい感じのことも言っているし。
―――こいつが、どこまで信用できる人間なのかは、とりあえず別として。
「わかったよ」
口を尖らせると、目の前の顔がふふんと勝ち誇ったように笑った。
くう、悔しいッ
「玖隆クン、皆守クン?何やってるの?」
心配そうな声。
しまった!八千穂さんのこと忘れてた!
慌ててバッと皆守君(君付けなんておこがましい、もうこんなヤツ呼び捨てで構わない)改め、皆守から離れて、ちゃんと立ったあたしはアハハと苦笑いを浮かべた。
「ごめんね八千穂さん、その、何というか、男同士の友情を暖めてたんだ、うん」
わ、我ながら苦しい言い訳ッ―――
隣で皆守は悠々とアロマの煙を立ち上らせている。おのれ、憎らしい。
「そうなの?」
振り向かれて、チラッとあたしを見て、ああそうだと頷き返した。
口元がこっちからみてしかわからないくらいに吊り上っていて、それが益々悔しさを増幅させる。
「そっか」
八千穂さんはニッコリ笑顔を浮かべた。
「二人はもうすっかり仲良しさんだね」
や、やめてえええと叫びたい気分をぐっとこらえて、あたしたちはニコニコと微妙な苦笑いを返していた。
現実は相当寒い光景だ。
「じゃ、玖隆、放課後、お前の部屋に行くから」
ぽんと肩を叩かれて、皆守は八千穂さんに見えないようにしながら「約束忘れんなよ」と一瞬瞳をキラリと光らせて、そのまま立ち去っていく。
あたしは―――このまま、ここに居座ってしまいたいような気分だった。
「一緒に遊ぶ約束とかしたの?」
「え、あ、う、うん」
「へえ、そうなんだ」
八千穂さんが殊の外ビックリしているのが気になったけれど、あたしは全然それどころじゃなかったから、ただ曖昧に頷くくらいしか出来なかった。
(もう、ホントに、どうしよ、どうしよ、どうしよーッ)
任務初日にして、ばれちゃいましただなんて、シャレになりませんってば!
(もぎゃー!あたしって、最悪ッ)
《探索作業中は隠密を第一とし》っていう、協会のハンター規則の一文が頭の中でぐるぐる回る。
全然隠密してないじゃん!
しかも、あっさり任務失敗してるし!
(いやいや、まてまて、まだあいつ一人きりなんだし、挽回の余地はある!多分!)
あたしは一人で落ち込んで、蘇って、またへこんでを繰り返して、そんな内心の葛藤を微塵も見せずにニコニコと八千穂さんに笑いかけていた。
ハンターは辛いよ、ホント。
「あ、ねえねえ、お昼ご飯一緒に食べようよ、あたしパン買ってあるから、半分分けたげるね」
今は貴方の優しさに涙が滲みそうです、八千穂さん―――
「パン、好き?」
「うんっ」
「へえ、そんなに好きなんだ」
違うって、そうじゃないってと内心突っ込みを入れながら、素直にありがとうと頷き返した。
とりあえず、早速学園内の探索及び調査を始めないと、それに、あの男、皆守甲太郎への言い訳も。
(どうやって言い訳するのよ、うう)
行こうといわれて歩き出して、隣の八千穂さんをちらりと窺ってから、あたしは誰にもわからないようにこっそりと溜息を漏らしていた。
(次へ)