「はああああー」

これで、何度目の溜息だろうと思う。

あの後皆守はご丁寧にも午後の授業にわざわざ(ここ、強調で)出席してきて、あたしに一緒に帰ろうなんて声をかけてきた。

内心ビクビクしているこっちの気も知らないで、あっちは食堂だ、こっちは寮だなんて白々しい顔で道案内するから、段々苛々して睨みつけてやったら鼻先で笑われてしまった。

「で?気になる男の一人でもいたか、転校生」

「俺は、男だから、男に興味なんてないよ」

「ああ、そういやそうだったな、悪い悪い」

ウガー!

もう絶対殺す、確実に息の根止めてやると内心ふつふつとマグマを燃え滾らせるあたしに、そんな事はお見通しだとでも言うような顔で、皆守は別れ際に「逃げんなよ」と捨て台詞まで残して―――

「ああーもう!」

頭を抱えてベッドにごろりと横になる。

あたしは、このまま時間が止まってしまえばいいだなんて、柄にもない事を考えたりする。

いっそのことあいつが来る前に探索に出ちゃおうか?

はたと思い立って、アサルトベストを取りに行こうと立ち上がった瞬間、コンコンとドアがノックされた。

「はうあッ」

き、来た!

恐る恐る近づいて、大きく息を吸ったり吐いたりして、それから覚悟を決めて、エイヤッと鍵を開いてノブを回した。

「よお」

開いたドアのその向こう、まだ制服姿の皆守が立っている。

「ちゃんと逃げずにいたな?」

「と、当然だろッ」

ジリジリしているあたしに、とりあえず中に入れろと顎なんかしゃくるので、本当に蹴り飛ばしてやりたくなる。なんなの、この横柄な態度!

部屋に入った皆守は、何にもないなとか呟きながら我が物顔で目の前を横切って、カーテンが閉まったままの窓にもたれた。

口元のパイプに、懐から取り出したオイルライターで火をつける。

「部屋でタバコは止めてもらえないかな、灰が落ちる」

「これはアロマだ」

そういう話じゃないでしょッ

あたしはドアを閉めて、ちゃんと施錠して、会話が外に漏れないように細心の注意を払った。

これ以上の面倒ごとは絶対に避けないと。

―――もっとも

目の前の皆守を見てると、暗鬱たる気配が胸に押し寄せてくる。

一番厄介そうなヤツにチェキ入れられちゃった気がしないでもないんですけどー

周りを見回して、調合用の小鉢が目に付いたから、仕方なくそれを灰皿にしてやることにした。

皆守のそばまで持っていって、突き出す。

その途端、逆に腕をつかまれた。

「ちょッ」

「へえ、男にしちゃ細い腕だ」

口元からパイプを離して、ニヤリと笑われる。

「は、離せよッ」

慌てて振りほどいた瞬間に小鉢が飛んで床に落ちちゃったけど、この際気にしない。割れてもないし。

あたしは正面からギッと皆守を睨みつけた。

どういうつもりか知らないけれど、脅すつもりなら受けて立つぞ!

「お前、男じゃないな?」

「な、何言ってんだよ、俺のどこが」

「胸、それと、腕」

そ、そんな、直接ダイレクトな。

顔を赤くしたあたしに、皆守はニヤニヤと反応を楽しんでいるようだった。

なんか、滅茶苦茶ムカつくんですけどッ

「で?実際の所どうなんだ、転校生―――いや、玖隆あきら」

「な、何が」

「お前は男なのか、違うのか?」

くうう、今更確認することでもないじゃない!そっちは確信バリバリで言ってるくせにッ

でも、そこまでわかっていても、やっぱりあたしも悪あがきをしたいわけで、唇を噛んで、散々迷って、結局最後に、小さな、本当に小さな声で、わかんないくらいの音量で答えた。

―――そ、うだよ、男じゃ、ないですよッ」

「ふうん」

(クッ)

―――思わずパンチ五秒前の拳を、グッと握り締める。

あたしの一大決心の末の告白を、たった「ふうん」で済ませるなんて!

皆守は、アロマを吹かしながら何か考えているみたいだった。

「ならお前、どうして男の格好なんかしてるんだよ」

うっ、それは。

「い、一身上の都合で」

言えない。

協会からの要請だなんて、絶対に、口が裂けたって言えません。

「なんだそりゃ、どんな一身上なんだよ」

「そ、それより、お前!」

あたしは慌てて話題を変えた。

今は、あたしがどうして男装の麗人を気取ってるのかってより、もっと早急にはっきりさせなきゃならない問題がある。

「どうするつもり、なんだよ」

「何が」

「俺の事だよ、バラすのか?」

そんな事になれば、間違いなく任務は失敗、ランキング順位降下は確実。

多分何らかのペナルティは食らうだろうし、この遺跡探索の担当からも外されちゃうだろう。

(そうなるくらいなら)

こいつを、皆守甲太郎の口を封じないと。

個人的な恨みは―――とりあえず無いけど、でも仕事のためだし、多少の犠牲は仕方ない。

不穏な考えのあたしを見透かしたように、皆守はアロマをひと吸いした後で、落ちてた小鉢を拾ってそれでパイプの火を消しながら、一緒に机の上に置いて、そうだなと呟いた。

「俺も一応この学園の人間だ、不穏分子をみすみす見逃すわけにはいかないだろうな」

「な、なら」

「ならなんだ?昼間の時言った殺すとやらを実践してみるか?」

フフンと笑って、あたしの正面に立つ。

こうして見上げていると、なんだかちょっと威圧的。

多分、身長差は15センチくらいじゃないんだろーか。

―――安心しな」

「え?」

「俺も、厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだ、お前の事は、黙っていてやる」

―――え?

今、なんて言った?

「ほ、本当、に?」

黙っててくれるの?

きょとんとするあたしに、皆守は急に優しげな笑みを浮かべて見せた。

う、なんなの、なんかちょっと、ちょっとだけだけど―――イイヒトっぽいじゃない、こいつ。

「まあ、誰にだって人に言えない秘密の一つ二つあるさ、俺にはそいつを人に話すような趣味はない、それだけの事だ」

「そ、れじゃ」

「一身上の都合なんだろ?知らなかったことにしてやる」

や、やった!助かった!

あたしは目をキラキラさせる。

本当に、本当にありがとう、皆守甲太郎君!

ちょっとでもあなたの人格を疑った、あたしを許してください!

「ありがとーう!」

思わず嬉しくてそのまま抱きついたあたしの、背中をポンポンと叩きながら、低い声が耳元で「ただし」とぼそっと呟いた。

ただし?

(はい?)

―――見返りも無しに黙ってろっていうのは、割に合わない」

へ?

「口止め料といこうじゃないか、玖隆あきら」

はいいい?!

ガーンと青ざめて硬直したあたしに、鼻先を近づけて、皆守は至近距離から顔を覗き込んでくる。

そ、それってやっぱり、アレだろうか?

―――お金とか、そういうことだろうか。

「あ、えーと、あの」

あたしは思わず視線をそらす。

こちとら駆け出しのトレジャーハンター、やる気はあってもお金はまだまだ全然持ち合わせがありません!

(ど、どーしよ)

マフィアやギャングより、ずーっと性質が悪い!

ドキドキしているあたしの肩を、皆守が急にグッと掴んだ。

「え?」

そのまま力いっぱい引きずり倒されて、わけもわからず仰向けになった背中が軽くバウンドする。

多分、ここはベッドの上。

部屋の電気はついたまま。

目の前には皆守の顔。それと、どこか熱っぽい息遣い。

呆然としていると、絡んだ視線の先がスッと細くなった。

「男じゃない、って事は、女って事だよな」

それは、そーですが。

というよりそれ以外ありえませんが。

「屋上ではあまりよくわからなかったが、さらしでも巻いてあるのか?」

ご、ご明察。

あの程度の間によくそれだけの判別がつきましたね。

―――っていうか、何するつもりですか?

「他は、どうしてるんだ、下着は男物なのか?」

「い、一応」

とりあえず形から入ったほうがなりきれるかなーとか、何とか。

「なるほど、な」

口元が、凄く、凄くいやな感じにニヤリと笑った。

えーと、なんだろう、この物凄い不安は。

まさか、もしやとは思うけど、もしかしなくてもこの状況は、やっぱり―――

「なら、ちょっと確かめさせてもらおうか」

「な、何を?」

フッとつりあがった唇が、そのまま近づいてきて、あたしは―――

「んんっ」

キス、された。

(嘘でしょー!)

舌が、舌が口の中に入ってくるうう!

っていうか、手が、手が、シャツの中に?

もう片方の手がズボンの前を開こうとしてる、これってまさか、まさかッ

「んっ」

もどかしい動きが、いつの間にか剥かれて露になった胸元のさらしをグイグイと外して。

ポロンと晒しモノになったあたしの胸を、ぎゅっと握った。

痛くて体がビクンと跳ねる。

キスが、ほどけて、滲んだ視界で皆守がフッと笑っていた。

「なるほど、確かに女だな」

「お、お前、どういうつもりで」

「言っただろ?口止め料だよ」

そそ、それって、こういうことなわけ?!

いくら仕事のためとはいえ、乙女の純潔、捧げるにしてはちょっと安すぎますってば!

「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしは」

「秘密、なんだろ?」

ぐっ。

「黙っててやるって言ってるんだ、おとなしくしてろ」

「だだだ、だからって!だからって!」

「心配するな」

またキス。

あたしは頭の中がくらくらして、もう何がなにやら、訳がわからない。

「俺は、上手いから」

何が?

「すぐによくしてやる、それこそ―――病み付きに、なっちまうぞ」

それってアロマの話じゃないの?

小皿の中で多分まだくすぶっているんだろう、ラベンダーの香りが、鼻先でかすかに香ったような気がしていた。

首筋に触れる髪の毛と、キスの感触。

ああなんか、これは、改めて考えなくても、ものすごーくヤバイ状況?

掌がそこらじゅうを這い回っていて、なんかいろんな事がうまく考えられなくなっていく。

ただわかるのは、乗っかられている圧迫感と、異様に熱い体温、鼓動、荒い吐息。

指先があちこち大事な部分をつまんだり擦ったり、かき混ぜたりして、あたしはあたしじゃないような鼻にかかった甘ったるい声が勝手にあふれ出して止まらない。

そのうち両足の付け根のほうを掴まれて、持ち上げられて、いきなり突き上げてきた物凄い痛みと、その後の腰が浮いちゃいそうな気持ちのいい何か。

ベッドのスプリングがギシギシ鳴って、どっちが上なのか下なのかわかんなくなって、部屋の中はそんなに熱くないはずなのに凄く汗をかいていて、それで、それで―――

―――フウ」

吐息が耳にかかった。

あたしはまだぼんやりと天井を見上げている。

こういうのを嵐の後の静けさって言うんだろうか。

体の芯がまだジンジンと熱くて、何が起こったのか、よくわからないような気分。

「玖隆」

知ってる声。

乗っかっていた体温が、むっくりと顔を上げた。

「よかったぜ、ご馳走さん」

キス、されて。

見る間にあたしは赤くなって、それから青ざめていた。

う、嘘、で、しょ?

「うっ」

慌てて逃げ出そうとして、腰から下で淀んでいた痛みに思わず声を洩らしていた。

皆守が同じようにソコを見て、急に怪訝な顔をした。

「お前―――初めて、だったのか?」

「なっ、何が!」

「いや」

起き上がって、身じろぎしているあたしを暫らく眺めて、そのままベッドを降りると腿の辺りまで脱いでいたズボンを履きなおしだした。

その時―――一瞬だけちらりと見えたとんでもないものに、あたしの動揺は恐怖に変わる。

やっぱり、そうなんだ。

あんまり唐突過ぎて、混乱してなすがままにされちゃったけど。

あたしってば、あたしってば、やっぱり―――

(美味しく頂かれちゃったんだ―――

呆然としてたら、そっと上着を被せられた。

あたしは―――わけもわからず、どうしようもないくらい、涙が全然止まんない。

なんで?どうして?なんでこんなことになってるの?

「玖隆」

ちょっとだけ髪に触れた指が、すぐに引っ込んでく。

「今日は出歩かないでゆっくり休めよ、約束は、ちゃんと守ってやるから」

そんな事のために、こんな目に遭わされたってわけ?

たかだか女だって秘密をばらさないでいてもらうためだけに―――セックスさせられちゃったの?

「じゃあな」

少し離れた場所から声と、バタンとドアの閉まる音。

信じられない。

ぎゅうっと身体を小さく丸くして、あたしは強く、強く唇を噛み締めていた。

ああ、神様仏様、どうかこれは夢だと信じさせてください。

パパ、ママ、ゴメン、仕事で身体を売るつもりは無かったんだけど。

「うううっ」

力を込めると内側から何かがトロトロとあふれ出してきた。

さっき奥の方で吐き出された何かだろうか?

思い出した感覚に、また涙がこみ上げてくる。

痛くて、熱くて、訳がわかんない。

こんなのってありなわけ?どーなってるの?

切なくて辛くて苦しくて、このまま一生固まっていたい気分だったけど、あたしは無理やり引き剥がすようにムクリと起き上がっていた。

握った手の甲でグイグイ涙を拭いて、大きく深呼吸を繰り返す。

「負けない」

小さく呟く。

何に負けないのか、全然わからなかったけど。

「負けないんだから」

鼻水をすすって、ベッドから降りた。

フラリとする足元を何とかしゃんとさせて、汚れた身体をシーツで拭いていく。

シーツには色々、気持ちの悪いものがくっついてた。血もついてる。これは、あたしのだ。

まだ新しいものだから勿体無いけど、洗って使いまわす気になんてなれない。

ゴミに出して、新しいのを買わないと。

改めて、しわくちゃになった制服を着なおして、水道で顔を洗った。

お風呂場は共同浴場でまさか行く事もできないから、後で水泳部のシャワールームを借りてこようと思う。

直前にリサーチしておいて本当によかった。用意周到なのも、宝捜し屋の常識だもの。

制約の多い状況だし、この際利用できるものは何でも有効活用させていただこう。

濡れた肌をタオルで拭いて、アサルトベストに弾薬を詰め込みながら、あたしは決意を固くしていた。

何がどうあっても、絶対に、天香遺跡を踏破してみせるッ

じゃないと、それこそ本気で割に合わない!

乙女の純潔、安くは無いんだからッ

相応の成果を必ずたたき出して見せてやるんだから!

「覚悟してろよォ、古代の叡智めェ!」

悔し紛れに吐き捨てて、あたしは体の痛みにそっぽ向きながら夢中で探索準備を続けた。

 

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