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10th-Discovery

 

 一通り書類に目を通した後、顔を上げた青年は、鼻先でフンと笑った。

「なかなか、興味深い対象じゃないか」

東洋系の外見に、痩身の体躯、けれど、衣服の上からではわかりづらいが、その肉体は無駄なく鍛えられている。

片手の紙束をもう片方の指先でぱちんと弾いて、今読んだ内容の一部を吟じるように読み上げる。

「玖隆あきら、年齢18歳、ロゼッタのスクールを首席で卒業、現在同組織内において最も将来を有望視されている新人ハンター、能力は未知数」

添付されていた写真をクリップから抜き取り、近くに持ってじっくり眺める。

被写体は、髪の短い、少年のような姿をしていた。

「成る程、成る程」

青年の唇の端がスッと持ち上がる。

長い前髪から片方だけ覗かせた、少し吊り目気味の瞳の奥に、嗜虐的な気配が浮かび上がった。

「可愛らしいお嬢さんじゃないか、磨けば光る玉だろう、それに」

もう一度、情報をつぶさに読み上げて、その笑みはいよいよ満ち足りたものへと変わっていった。

「とても、優秀だ」

再び写真に視線を移し、被写体の目線の位置と、自身の目の位置を合わせる。

「君ならば、その価値足りうるのか」

フフ。

微笑みは非情な冷たさを孕む。

セスナ機から覗く雲上の景色に瞳を馳せながら、青年の唇は密かな言葉を紡いでいた。

「名誉を与えてあげよう、玖隆あきらクン―――」

 

*****

 

 くしゃみをして、ついでに鼻を啜りながら、見上げた空はゆっくりと暮れ始めている。

あたしは桟から身を乗り出して、黒板消しを叩き合わせながら、濛々と舞い上がるチョークの粉と格闘していた。

「すいません、玖隆さん」

後ろから聞こえる七瀬さんの声。

振り返ると、まず本の山が見えて、その下に山を支える手と、スカート、細くて白い2本の足が見えた。

「うわ、だ、大丈夫?」

思わず手を止めて駆け寄ろうとしたんだけど、七瀬さんは「大丈夫ですよ」って笑いながら、なれた仕草で本を机の上に置く。

うーん、さすが、図書委員。

一仕事終えた七瀬さんは軽く息を吐くと、あたしの傍まで歩いてきた。

「そちらは、どうですか?」

「あ、うん、もう終わるよ」

最後の仕上げにパンパンと叩いて、綺麗になった黒板消しを見せる。

「ね?」

「うふふ、お疲れ様です」

不意に七瀬さんの目があたしの鼻の辺りに止まって、ポケットから取り出したハンカチで軽く拭いてくれた。

「チョークの粉がついてますよ、玖隆さん」

「え?あ、ごめんッ」

「えッ」

拭いてくれた直後で、七瀬さんもはたと動作を止めると、直後にビックリした顔をして、慌ててちょっと後に下がった。

「あ、す、すいませんッ、私こそ、いきなりこんな事」

「あ、ううん、俺は平気だけど」

ハンカチ、汚れちゃったよね?

あたしの言葉に七瀬さんは「気にしないで下さい」って俯きがちにそっぽを向いちゃう。

差し込む夕陽のせいで、あたしも、七瀬さんも、夕焼け色。

あたしたちは今、図書室にいる。

下校しようとしていた途中の廊下で、さっきみたいに本の山を持って歩く七瀬さんの姿を見かけて、声をかけたのが切欠だった。

どうしたのって話しかけたあたしに、七瀬さんはちょっと困った顔で図書室の整理をしているんですって答えた。

「その、最近―――よく、本棚が荒らされていて」

「えッ」

ビックリして詳しい話を聞かせてもらったら、何故か分からないのだけれど、この頃毎日のように、朝になると図書室がメチャクチャになっているらしい。

前日きちんと整頓して、ドアには施錠して帰っているにもかかわらず、だ。

鍵を開けて中に入り込んで、荒らしているんだとすれば、とんでもない乱暴者だけど、図書館限定っていうのが気にかかる。

今朝も、案の定本棚から散らばった本を片付けて、その内の乱雑な取り扱いのせいで破損した本の修理を七瀬さんは今までかかってしていたんだって。

(偉いなあ)

この人は、本当に本が好きなんだなって、正直感心させられた。

正確には書物に記されている『知識』そのものに関心があるんだろうけれど、その媒体となるものにまで愛情を注ぐ心がけが立派だ。

あたしも、装備一式の手入れとトレーニングだけは、ほぼ欠かさないもんね。

「大変だね」

「ええ、まあ」

「手伝おうか?」

「えッ」

そんな会話から今に至る。

本棚の整頓は門外漢にはよくわかんないから、あたしは七瀬さんの指示に従って、分類の手伝いや、屋内清掃に励んでいた。

黒板も綺麗にして、本棚もきちんと整えて、うん、これで完璧、パーフェクト。

七瀬さんも改めて図書室の中を見回して、満足げに頷いている。

「すっかり片付きましたね」

「そうだね」

「玖隆さん、有難うございました」

「いいよ、そんなの」

振り返った七瀬さんと、目を見合わせて、フフッと笑いあう。

こういうのいいなあ。

なんというか、連帯感と、達成感。

いつ感じてもいい気持ち。

何気なく見上げた時計の針の指す時刻に、あたしは「あっ」と声を上げた。

「七瀬さん、大変」

「え?」

「時間、時間!」

「―――ああッ、もうすぐ下校時刻」

バタバタと支度を整える七瀬さんに、あたしは声をかける。

「俺ッ、カバン教室!取ってそのまま帰るから、七瀬さんも気にしないで帰って!」

「えッ、そ、そうですか」

「うん、ごめんッ」

分かりました、の声を背中に聞きながら、図書室を慌てて飛び出した。

七瀬さんの「さようなら」の声が遠ざかっていく。

カバン、持って来ておけばよかったなあ。

階段の手すりにつかまって、勢いをつけて反対側の上り階段にジャンプで飛び乗って、そのまま廊下に飛び出した、その直後だった。

(―――あれ?)

3-Cの教室の前、開いた窓の桟に腕を乗せて、外の景色を眺めている、知らない男の子。

あたしは立ち止まる。

不意に風が吹いて、彼の長い前髪がふわりと揺れていた。

 

「やあ」

 

ゆっくりと、振り返った男の子と目が合った途端―――あたしの全身がぞわりと総毛立つ。

(えッ)

なんなの、この感じ?

見た目は普通の男の子なのに。

夕陽の差し込む廊下は、図書室と同じ様に辺り一面真っ赤に染まっていて、けれど彼の姿だけどこか暗い。

光の加減とかじゃなくて、うまく表現できないんだけれど、なんというか。

「君」

感覚が言葉の形を取る前に、男の子が話しかけてきた。

あたしはそれとなく身構えながら、平静を装って答える。

「何?」

「この学園の人、だよね?」

「そうだけど」

というか、ここにこうして、制服を着て立っている以上、それ以外ありえないと思うんだけど。

男の子はフッと笑っていた。

その瞳がどこか、こちらを探っているようで、あたしの警戒は益々強くなっていく。

3年生かい?」

「そうだよ」

「ひょっとして、このクラスの人?」

3-Cの教室を指差す。

あたしはコクンと頷いた。

どうにも、妙だ。

男の子はラフに着崩した服装に、シルバーのアクセサリーをたくさん身につけている。

指にもリングがたくさん嵌めてあって、その手で少し煩わしそうに前髪をかき上げた。

チラッと覗いたもう片方の目が、一瞬鋭く光った気がした。

あたしがじっと様子を窺っていると、男の子はまたフフッと笑って、こっちに向かって片方の足を一歩、踏み出してきた。

その途端。

「―――ん?」

学校中に響き渡る、下校時間を告げる音。

男の子の声が小さく「時間切れか」って呟く。

「もう少し話をしたかったけれど、仕方ない」

くるりと踵を返して、向けられた背中に、あたしは咄嗟に声をかけようとした。

けれどすぐに、男の子が横顔だけでこっちを見て。

「またすぐ会えるよ」

揶揄するような笑み。

立ち去っていく姿に、嫌悪感がゾワゾワと全身を駆け抜けていく。

(アイツ、変だ)

一体何者だろう?

またすぐ会えるって。

「どういうこと?」

ポツリと呟いた声が、夕暮の景色に溶けて消えた。

やっぱり追いかけたほうがよかったかな?

廊下の端に見えなくなった男の子に色々考えをめぐらせて、あたしはそのまま立ち尽くしていた。

音楽が完全に聞こえなくなって、それでもぼんやりと、開きっぱなしの窓から吹き込んでくる北風を、時々頬に感じながら―――

「あきら君ッ」

「え?」

あれ?

気が付いたら景色は殆ど夜の色に染まってる。

振り返った先に、懐中電灯を片手に持った双樹さんが、ビックリした顔でこっちを見ていた。

「どうしたの?」

そのまま駆け寄ってきて、とりあえずムギュッと。

(あー)

もう、これってお約束の類なのかもしれない。

何とか巨乳の重圧から逃れながら、ぷはっと顔を上げたあたしを見詰めて、いい子、いい子って双樹さんが頭を撫でてくれながら、心配そうな雰囲気で首を傾げた。

「こんなところにいつまでもいられたら、貴方を処罰しなくちゃならないじゃない、ダメよ、早く寮に戻りなさい」

「う、うん」

「どうしたの?何かあった?」

「ううん、その」

何でもないよ。

苦笑いで誤魔化した、この気持ちが双樹さんに伝わらない事を祈るばかりだ。

前回の一件以来、双樹さんはほぼ全面的にあたしの協力者として尽力してくれている。

それってあたしにとってはありがたいけれど、双樹さんからしてみれば、大好きな阿門君を裏切る事になっちゃうんだよね。

そこまでしてくれている人に、これ以上心配なんて、かけたくない。

(それに、まだあの男の子のこと、何かはっきり分かったわけじゃないし)

まあ、要警戒な事だけは間違いないだろうけれど。

双樹さんはあたしの目の奥をじっと見詰めて、不意に「そう」って笑ってくれた。

―――もしかしたら、ばれてるのかもしれないけれど。

「それなら、早く帰りましょう、寮まで私が送っていってあげるわ」

「へ、平気だよ、一人で帰れるよッ」

「あん、もう、何を言っているの?可愛い貴方を一人きり、暗い校舎の中を歩かせるなんて、できるわけないじゃない」

「え、で、でも」

「気にしなくていいの、さ、行きましょう」

ニコニコしながら片腕を背中に回されて、そのまま歩くように促される。

あたしは、ちょっと申し訳ない気分になりながら、双樹さんと一緒に歩き出していた。

 

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