甲太郎と一緒に歩く、夕映えの通学路。

お互い殆ど言葉もなくて、あたしは今夜の戦いにもっと集中しなくちゃいけないはずなのに、どこか気もそぞろだった。

思い返せば―――あの後。

七瀬さんに取り付いていた『何か』は、自身をアラハバキだと名乗っていた。

アラハバキ。

咄嗟には聞き覚えのない名前、後で調べておかないとって思う。

(フィルや迦奈にも連絡とっておいたほうがいいかもしれない)

アラハバキは鍵を探しているらしい。

七瀬さんに取り付いて、夜な夜な図書室を調べてまわっていたのも、全てはそのためだったみたいだ。

文献から手がかりを得ようとするなんて、もしかしたら鍵は物質じゃないのかな?

遺跡に関係のあるものには違いないんだろうけれど。

けれど、それ以上の事を聞きだす前に、神鳳君がアラハバキを鳴弦で追い払っちゃったから、詳しい事は何も分からずじまいだ。

あの人も案外自己中心的だよねぇ。

まあ、あたしを襲ったのは生徒会役員としての勤めだったのかもしれないけれど、とにかく話が自己完結しすぎだ、糸目だから瞳の様子もよくわかんないし。

(結局、一人で納得して、帰っちゃったんだもんねぇ)

あたしに遺跡に来る覚悟とかを訊いて、そりゃもうあっさりと。

ホントわけのわかんない人だ、ある意味一番扱いづらいかもしれない。

その後、目を覚ました七瀬さんは、自分のした事や図書室の状況に激しくショックを受けていて、ようやく動けるようになった八千穂さんと二人、一生懸命励ましたんだった。

最中に夕薙君も現れて、外の様子が元に戻っている事を教えてくれた。

正直、拍子抜けしたって豪快に笑っていたけれど、そんな様子を見てあたしも、つくづく胸を撫で下ろしていた。

やっぱり民間人にまかせっきりにするっていうのは、どうにも気持ちが落ち着かない。

訓練を受けている人間ならともかく、甲太郎にしたって、そりゃ凄く強いのは知っているけれどさ、でも、所詮は一般の学生さんなわけだ。

あたしとは、置かれている状況も立場も、覚悟だって全然違うはず。

信用していないわけじゃないけれど、一番危ない場面は、あたしが全部引き受けなきゃ。

夕薙君は先に図書室を出ていっちゃった。

あたしも、七瀬さんを八千穂さんに任せて、一人きり図書室を出て行こうとした。

別に夕薙君を追いかけたわけじゃなくて、今回の反省と今後の対策を練りたかったから―――だけど。

「あきら」

甲太郎に呼び止められて。

あたしたちはついさっきまで、屋上で二人きり、話をしていた。

「お前、ここを出た後の事って、何か考えているのか?」

「はあ?何言ってんの、あたしはハンターよ?仕事が終わったら、勿論、次の仕事に取り掛かるに決まってるでしょう」

「そうか」

甲太郎は笑っていたけれど。

(でも)

あたしは正直、苦しくてたまらなかった。

甲太郎と離れたくない。

今度の依頼が達成されれば、協会は次の任務をあたしによこすだろう。

ここではない、どこかへ。

それは勿論あたし自身が望む事だし、こんな仕事をしているんだから、割り切らなきゃいけない別れもあるだろうってくらい、理解も、覚悟も、しているつもりだけれど。

(別れたく、ないよ)

フェンスに凭れた甲太郎の横顔を見上げながら、何度も思った。

一緒にいたい。

理由なんてよくわからないけれど―――そもそも、そんな考え方をするなんて、本当にどうしちゃったのかなって思うんだけれど。

でも、自分の気持ちに嘘なんてつけない。

初めての『支払い』の時や、その後の怖かったり嫌だったりした気持ちも全部覚えているけれど―――今はもう違う。

これまでの出来事、全部ひっくるめて、あたしは甲太郎が嫌いじゃなくなってしまった。

それだけじゃないんだ、こいつを想う時に溢れ出してくる、あったかくって切ない気持ち。

こういうのなんて言うんだっけ?

あたしは多分、知っているはずなんだけれど。

「あきら」

振り返った甲太郎は、優しいキスをしてくれた。

あたしはそれだけで嬉しくなる。

(でも)

「この学園を出ることのできる日が本当に来るんだろうか」

「え?」

「ここを出て、どこに行くのかなんて考えるのは、久しぶりのような気がする」

お前にとって未来ってのは明るいもんなのか?

空を見上げる横顔が寂しくて、あたしは甲太郎の背中に腕を回していた。

「そうだよ」

掌でそうッと撫でながら、頭を肩にコツンと乗せる。

「この夕陽が沈んで、夜が来たって、暫くすればまた朝日が昇る、未来はいつでも明るいものなんだよ」

「―――不思議だな」

「何が?」

「お前の言葉だと、やけに素直に入ってくるよ」

振り返った甲太郎は笑っていた。

でも、あたしは息苦しいほど切ない。

甲太郎はどうして、時々、凄く寂しい顔をするんだろう。

普段の仕草の中に隠された、恐らくは、深い深い孤独の気配。

(あたしが、どうにかしてあげられる事なのかな、それは)

お互い言葉もなくオレンジ色に染まっていると、不意に甲太郎の手があたしの頭を軽く叩いて「そろそろ帰るぞ」って短く言った。

そういえばもう下校のチャイムも鳴り終わっている。

屋上から室内に戻って、階段を下りて、昇降口を出ても、あたしたちはずっと無言だった。

影だけがぴったり寄り添うようにして、後からついてくる。

あたしたちはこんなに近いのに、どこか遠い。

今更悟った。

甲太郎は隣にいるけれど、心の距離は離れているんだ。

(甲太郎)

そうっと見上げる。

彫りの深い横顔、綺麗。

何となく手を伸ばして、指先に触れてみたら、そのまま指を絡められて、あたしの心臓はまたダンスを踊りだす。

甲太郎は不思議だ。

酷く卑怯者で、乱暴で、それでいて、寂しくて、あったかい。

結んだ手からお互いの熱が伝わりあっていく。

気付けばもう寮の前だった。

あたしは何となく離れ難かったんだけれど、玄関の手前で甲太郎から先に手を離されちゃった。

慌てて見上げたら、黒曜石の瞳。

フッと笑いかけてくる。

「部屋までは、送っていってやるよ」

「中には入らないの?」

目が大きく開かれて、急に頬に赤みが増した。

「―――お前なあ」

なあに?

「そういうつもりが、あるのか?」

あるよ。

甲太郎は黙り込んで、あたしの頭にポンと手を置くと「わかった」とだけ言った。

あたしたちは一緒に玄関を抜けて、一緒に廊下を歩いて、一緒に―――あたしの部屋に、入っていった。

 

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