「うるせえ、女みたいな声で喚きやがって」
「そのオドオドした態度が気にいらねェんだよッ」
「こっち来いよ、オラァ!」
―――なんだ、あれ。
校舎の少し手前、木陰に紛れて、よく見えないんだけど。
「や、やめて、下さいッ」
数人の体格のいい大男と、彼等に取り囲まれている、多分、小柄な男の子?
近くを通り過ぎる人は誰も、教員ですらコソコソと気付かないフリして足早に去っていく。
男の子達の雰囲気は『仲良く楽しく』ってわけじゃない感じ。
(と、いうか、明らかにあの小さい子が因縁つけられてるよね)
一体何をしたんだか。
わからないけど、でも、力関係はどう見ても五分じゃない。
こういうの気に食わないなあ。
「先輩?」
あたしの目はいつの間にか、彼等に釘付けになっていた。
人の喧嘩に口出ししない主義なんだけどね―――弱いものいじめっていうなら、話は別だ。
乗り込んで行こうと息巻いた途端、肩を掴まれて、振り返ったあたしの脇をズンズンと夷澤君が通り過ぎていく。
「夷澤君?」
「先輩はそこで待っていてください」
迷いも無く近づいていく、夷澤君に気付いた男の子の一人が、振り返ってギョッと目を剥いた。
「おい、あれ、夷澤だよ」
「は?―――ゲッ、マジかよ」
「ボクシング部の狂犬、死神夷澤だ」
「あの、対戦相手を片っ端からマットの海に沈めてきたっていう」
「そいつら全員、いまだに病院のベッドの上らしいぜ」
「やべえ、っていうか、何の用だよ」
「知るかよ、けど目が」
夷澤君が立ち止まり「オイ」って低く呼びかける。
ここからじゃ背中しか見えないけど、何というか、殺気が漲ってるよねぇ。
(相当、すごんでるに違いない)
正面の男の子たちは、中には夷澤君より背の高い子もいたけれど、すっかり青ざめてすくみあがってる。
と、いうか。
(死神夷澤って)
あたしが呆れて眺めていたら、夷澤君が何か言ったらしく、男の子たちはビクリと体を震わせて、小さな男の子を差し出してから、一目散に逃げていった。
ううん、有名税っていうのかな、こういうの。
(便利だよねぇ)
あたしもこっちの世界で名前が知れ渡って、それだけで敵が逃げていってくれるようになると、助かるんだけどなあ。
―――まあこの際、女の子らしからぬ状況には、甘んじて目を瞑ろう。
夷澤君は男の子と一緒に戻ってきた。
「先輩、お待たせしました」
ニコニコ笑う姿からは、どんな風に脅かしたのか見当もつかない。
三歩くらい下がったところで立ち止まっている男の子に気付いて、振り返るとあたしのほうに小突いて押し出してきた。
「ほら、響、先輩に挨拶しろよッ」
「い、痛ッ」
「ちょっと、夷澤君」
あたしは慌てて、よろめいた体に腕を伸ばして支える。
「君、大丈夫?」
「あ、は、はい、あの」
「先輩」
隣からイライラした様子の夷澤君が割って入ってきた。
「こいつ、俺と同じクラスの響五葉です、ほら、響!」
「あ、は、はじめましてッ」
必死に頭を下げる様子が、どこか小動物めいている。
強制する夷澤君はその捕食者みたいだ。
あたしも、思わずつられてぎこちない挨拶を返してから、響君の顔を覗き込んだ。
「はじめまして、俺、玖隆あきらって言います」
「それは、知ってます」
え?
凄く小さな声。
(でも今確かに)
不意に、響君が上目遣いにじっとあたしを見詰め返してきた。
なんだろう、この雰囲気。
(ううーん?)
どうにも形容しがたい、例えるなら、どこかちょっと痛いような視線。
夷澤君からは見えていないみたいで、唐突に頭を掌で押さえるもんだから、響君の顔はまた俯いて見えなくなった。
「先輩、こいつ、いつもこんな風なんスよ」
「え?」
「ビクビクビクビクしてやがるから、あんなつまんねえ連中に絡まれて」
(ああ、そういう事か)
「おい、響ッ」
お前もっとしゃっきりしろよって、軽く脇腹を殴られて、響君はケホケホと咽る。
「夷澤君」
「いいんすよ、こいつが悪いんですから」
「でも」
ふらり。
華奢な足元がよろけるように脇に踏み出して、ほんのちょっとだけ上を向いた顔が、夷澤君に「ごめんね」って呟いた。
「あの、夷澤君」
「あ?」
「ありがとう」
今度はあたしのほうを向いて、軽く頭を下げて、そのまま歩いて行っちゃった。
残されたあたしは夷澤君と一緒にその背中を見送る。
冷たい北風が、あたしの頬や夷澤君の襟足を撫でて通り過ぎていく。
「―――あ、先輩!」
「え?」
「そろそろ行きましょう、このままじゃ、マジに遅刻ッスよ」
そうか。
時計を見て、めがねのフレームを直すような仕草をしたあとで、夷澤君と一緒にあたしも歩き出した。
そのあと、校舎まで、他愛もない話をして、階段で分かれる頃には、あたしは響君との出来事を綺麗サッパリ忘れていた。
(次へ)