2時間目終了のチャイムが鳴り終わった後で、甲太郎がようやく教室に姿を現した。
急いで駆け寄っていったら、端末から流れ出すメールの着信音。
送信元は鴉室さんの携帯電話だった。
甲太郎も隣から文章を読んで、そのまま、踵を返すと、廊下を物凄い勢いで走っていく。
「こッ、こうたろ!」
慌てて追いかけながら、呼びかけたんだけど、全然応答が無い。
そのまま、角を曲がり、階段を下りて、校舎の外に飛び出したあたしたちは、メールに書かれてあった指定の場所―――廃屋街に入っていくと、目印と、物陰で待っていた鴉室さんを見つけた。
「やあ、って、君は確か」
「オラァ!」
(ドゴッ)
有無を言わせぬ踵の一撃が、鴉室さんの脇腹にクリーンヒット!
吹っ飛ばされた姿を追いかけて、甲太郎は、まるでサッカーの選手のように、濛々と立ち上る埃の中に飛び込んでいく。
不穏な物音が散々響いて、その合間に「助けてくれ」だの「勘弁して」だの、泣き声のようなものが何度も混ざり、ようやく―――静かになった風景の、煙幕が薄れだした。
最初に見えてきたのは、肩で荒い息を繰り返している甲太郎の背中。
そして、足元にグッタリとうずくまっている鴉室さんの姿。
(うわ、随分ボロボロ)
あちこち青痣だらけで、呻き声を漏らしながら、ヨロリとあたしに顔を向ける。
「や、やあ、あきら君」
甲太郎が舌打ちしてから、片手の指元に移していたアロマパイプを咥えなおした。
それで、あたしはようやく、呆れながら傍に歩み寄っていったんだった。
「よくメールなんて送ってこられましたね」
「うッ」
すかさずかました先制攻撃に、鴉室さんの笑顔が引きつる。
当たり前だ、あたしは、夜会の日の出来事を、これっぽっちも忘れていない。
甲太郎と同じくらい殺伐とした雰囲気を漂わせて睨みをきかせると、鴉室さんは唐突に両手を合わせて、そのまま勢いよく土下座した。
「すまないッ、ほんの出来心だったんだ!」
「出来心で済めば」
警察はいらんと、甲太郎がまた軽く爪先を引っ掛ける。
グホッて言ってよろめいた鴉室さんは、不服気に甲太郎を睨んでから、よろよろと立ち上がって衣服の汚れを叩き落した。
この人って、案外、タフだなあ。
「いやあ、だってそれは、イテテ、君があんまりに可愛いもんだからさあ、おじさんちょっと味見を」
「オイ」
「おっと、怖い怖い、未遂だったんだからもう勘弁してくれよ」
あちこちさすりながら何度も頭を下げる鴉室さんに、あたしはそれで?と用件を促した。
鴉室さんからのメールは、何でも、遺跡に関してわかったことがあるとかないとか。
(まあ、提供元はともかく、情報は有難いからね)
信用する、しないは別として、今は少しでも多くの事を知りたい。
咳払いひとつして、鴉室さんはようやく話を始めた。
「あきら君、君、遺跡内部で黒い砂を見ただろう?」
「え?」
それは、もしかして、執行委員や役員を倒したとき、みんなの体から吹き出してきたアレのことだろうか。
鴉室さんが突き止めたのは、その『黒い砂』に関する興味深い伝承だった。
呪術や鍛冶に使われる、神聖なるモノの象徴だっていう話。
「それと、も一つ」
―――鴉室さんの正体の話。
「バチカンから撤退命令が下されてね、俺も、明日、明後日にはここを離れるから、君にだけは真実を告げておこうと思ってさ」
「バチカンって」
「そ、さすが女の子、察しがいいねえ」
いや、女の子関係ないと思うんだけど。
傍で甲太郎の目がギラリと光る。
気配を察知したらしい鴉室さんは、急に首をすくめると、苦笑いで誤魔化した。
「俺の正体はM+M機関のエージェント、ここには、妖魔反応ありと本部から御達しあっての潜入捜査だったのさ」
まあ、それなりに成果は上げられたから。
そう言って鴉室さんはしげしげとあたしを見詰める。
「それに、こんなにチャーミングで有能なハンターさんが調査に乗り出してきたんなら、俺はお役御免かなってね」
ガコン。
甲太郎が近くに転がっていた缶を蹴り飛ばした音だ、なんか、缶じゃないような音がしたな。
(それにしても)
こいつ、さっきからあたし以上に過剰反応してない?
(何でだろ?)
鴉室さんは背後をちらりと窺うと、全然隠していない小声で「怖いねえ」って囁きかけてくる。
「こんな獰猛なお目付け役が一緒なら、それこそ、俺達の出番はもうなさそうだな」
「俺、たち?」
「フッフッフ」
サングラスの奥で、イタズラめいた瞳がキラリと光る。
「さて、お兄さんの種明かしはコレで全部だ、驚いただろ、ん?」
「鴉室さん、達って?」
「んんッ」
唐突にヒゲ面がニュッと近づいてくるもんだから、あたしは思わず後退り。
「キス」
「へ?」
「お別れの挨拶代わりに、な、いーだろー?チュって」
「はあ?」
「キスしてくれたら教えて」
シュッと空気を切る音、続けて、脇の瓦礫に突っ込んでいく鴉室さんの姿。
(あー)
ガシャン、ガラガラガラーッと音を立てて、ガラクタの山がなだれ落ちていく。
中からふらりと姿を現した鴉室さんは、いよいよボロボロのヨレヨレで、這いずりだしてきた。
「君、マジでいい蹴り持ってるねえ」
甲太郎は相変わらず、怖い顔で仁王立ちしてる。
あたしも呆れて眺めていたら、二人してそんな顔するなようって、泣き言みたいに言われちゃった。
この人って本当に懲りない。
憂鬱そうにため息を漏らすと、急に苦笑いを浮かべながら、くるっとジャンパーの背中を向けられた。
「じゃあな、可愛いフロイライン、縁があったらまた会おう、アデュー」
片手をヒラヒラと振って。
(まったく)
ちょっとよろけながら歩いていく。
すっかり見えなくなってから、隣で甲太郎が大きくため息を漏らして振り返った。
「あきら」
「なに?」
「M+M機関っていうのは、一体なんだ」
「それはねえ」
簡単に説明してあげながら、改めて、そうだったのかあとつくづく思う。
鴉室さんが只者じゃないだろうって事、何となく気付いていたけれど、まさか、同業者だったとは。
(見抜けなかったなあ)
あたし、まだまだ甘い。
それに鴉室さんが最後に言っていた『俺達』っていうのが凄く気になっている。
誰かもう一人、M+M機関の人間がこの学園に潜り込んで入るって事だよね。
それって一体、誰だろう。
喪部じゃないことは確実だけど、他に、思い当たる節っていえば。
(あの人、かな?)
おぼろげに浮かぶ面影、けれど、まだただの直感で、確証はない。
とにかく、これからは警戒を強めておかないと。
全部を話してあげたわけじゃないけれど、甲太郎はそれなりに納得したみたいだった。
一段落着いて、さて、どうしようかって顔を見合わせたあたしたちは、とりあえずマミーズへ向かうことにして一緒に歩き出した。
(次へ)