ルイ先生があたしに伝えたかった急用、それは、あたしが思っていた通りの内容だった。

鴉室さんが別れ際に話してくれた『俺達』の片割れ。

前にも言っていた学園内部の協力者。

それがルイ先生。

つまり、彼女もM+M機関から派遣されてきたエージェントだったというわけ。

あたしが協会から派遣されて来るよりも先に潜入していて、色々と調査を進めていたらしい。

ルイ先生はどういう風の吹き回しかわからないけれど、素性と、いくらかの情報の開示、そしてあたしに今後の覚悟を聞いたうえで、綺麗なブローチをプレゼントしてくれた。

「私にも撤収命令が下っていてね」

けれど、従うつもりはないみたい。

ちょっとイタズラめいた笑顔を浮かべて、フウッと紫煙を吐き出した。

「君たちと私たちは同業者だ、何より私は一個人として君に興味がある、才能溢れる可愛らしい宝探し屋に、ね」

やっぱり、あたしの素性も割れてたか。

鴉室さんが話したのかもしれないし、どっちにしろ結構不本意。

だってあたしは、そこまでの情報を仕入れていなかったから。

わざわざあたしにレリックの動向をリークしに来てくれたフィルも、二人の話には全然触れてこなかった。

知らなかったのか、それとも、今件に関しては問題無いと判断して、あえて話さなかったのか。

(わからないけれど)

ま、スッキリはしたかな。

世界の裏で派閥を争う、三つの大きな勢力。

その全部から調査員が派遣されてきたって事は、天香遺跡は想像以上に大きな獲物なんだろう。

あたしってば期待されているんだなあって、今更ながらにちょっとにんまり、調子いいかな?

でも、これだけコマが出揃ったって事は、パーティーの終わりもそろそろ近いのかもしれない。

もっとも、遺跡の中でまだ開いていない扉は残り三つだけだから、現状を鑑みて推測しているわけなんだけど。

(それに)

アラハバキとか言う、気味の悪い存在、あと、墨木君の一件以来姿を見かけていない、仮面の怪人。

双子の女の子たちや、白岐さんの秘密なんかもそう。

腕組みして唸っていたら、不意に体を触られた。

(え?)

顔を上げると、そのままさりげなく腕を解かれて、ルイ先生はあたしの胸やらお腹の辺りをあちこち触りまくってくる。

「せ、先生?」

「ふむ、玖隆」

「はい」

「男子寮での生活は、何かと不便だろう?」

(み!)

ピクンって硬直するけど、すぐに思い至る。

そういえば、鴉室さんはあたしが女だって知ってたんだっけ。

(協力者のルイ先生に話してる可能性も、高いよねぇ)

制服の前を開きなさいと、これまた唐突に言われて、あたしは結構、いや、かなりためらったんだけど、結局学生服も中のワイシャツも、前だけはだけて体の前面を先生の目の前に晒した。

さらしで締め付けた胸は、以前よりちょっと大きくなって、少し張っているような気もするんだけど。

―――希望込みの勘違い、かなあ?

「玖隆」

「はい」

「生理は」

「え?あ、アハハ、俺、いや、あたし、元々不順なんです」

ハンターになってからますますそう、数ヶ月間隔なんてザラだ。

お陰さまで助かってはいるけれど、女の子として、これってどうなのかな。

「ふーむ」

ルイ先生はあたしのお腹を何度も触って、もういいって言ってから椅子に腰掛けなおした。

「何ですか?」

さらしを撒きなおしてから、ボタンとフックを襟まできちっと留めて、あたしは先生に訊いてみる。

でもルイ先生は、まだよくわからないとか、言葉尻を濁しながら、微妙に話を逸らそうとする。

「あたし、何か病気ですか?」

「そうじゃない」

「じゃあ」

「少しばかり気の流れが気にかかっただけだ、大丈夫、悪いものじゃない、どうやら疲労がたまっているようだな」

さっきプレゼントしてくれたブローチに嵌められていた石にはヒーリング効果があるんだって。

それを持ち歩くといいって、アドバイスを受けて、あたしは押し出されるように保健室を後にした。

(なんだったんだろう、今の)

そういえば以前にも、白岐さんにお腹の辺りを見詰められたな。

あたし、どちらかといえば痩せすぎだと思うんだけど、お肉もはみ出していないし。

「気になるなあ」

お腹をさすりながら、とりあえず教室に向かおうと思って歩き出す。

廊下の途中でチャイムが鳴った。

どうやら、三時間目も終わっちゃったみたい。

階段を途中まで上りかけたところで、はたと思い出していた―――そういえば、あの男の子たち。

(ま、いいか)

誰か、発見してくれたでしょ、目立つ場所だし、教室から出てくる人が確実に何人かはいるはずだし。

あたしはそれよりももっと別の、甲太郎と夷澤君の事を、ぼんやりと考えていた。

一人でどこかに行っちゃった甲太郎。

普段はあんなに親切なのに、時々とんでもなく暴力的な夷澤君。

男の子って、よくわかんない。

他のみんなもそうだけど、ホント時々理解不明な場面がある。

それなのにあたし、すでに三ヶ月近くも『男子』としてよく頑張ってるよね。

最初はかなりミッションインポッシブル、絶対無理とか考えてたけど、案外できちゃうもんだし。

でも、それって多分、協力してくれる人がいたから、大分やりやすかったんだろうって思う。

何かと親切にしてくれる双樹さん。

着任当日に秘密がばれちゃった甲太郎。

まあ、甲太郎に関しては、ちゃっかり見返り要求なんてしてるから、手放しに感謝は言い辛いんだけどさ。

でもでも、あいつはあいつなりに、色々気遣ってくれたし、助けてくれた。

最初の印象は最悪だったけれど、今はもうそんなことない。

『支払い』だって全然平気、触られても、キスされても、むしろちょっと気持ちよく感じてる、かなぁ?

考えてたら、段々、ドキドキ、ソワソワ、鼓動が早くなって、体が火照ってくる。

(教室に居ないかな)

まだ少し気まずいような気もするけれど。

(でも、会いたいんだもん)

とんッと階段を上りきったところで、あらっと声をかけられる。

「ん?」

「あきらくん!」

少し前に立っていたのは、双樹さん。

目が合った途端パタパタッと駆け寄ってきて、とりあえずいつもの洗礼だ。

「こんなところで、貴方に逢えるなんてーッ」

「く、苦しいようッ」

もがもが。

ようやく解放されて、あたしはやっぱりケホケホと咽る。

双樹さんの胸は凶器だよね、多分、本気でいい武器になると思う。

(まあ、もう十分武器か)

羨ましい事ですね、はあ。

あたしのため息に構わず、双樹さんはスリッと体を押し付けながら、耳元で囁きかけてきた。

「私ね、今、あなたにメールを送ろうかと思っていたところなの」

「え?」

「ねえ、今夜、時間あるかしら?」

なんだろう、一体。

ちょっと窺うと、イタズラめいた微笑の奥に、どこか真剣なものを隠しているような気がする。

「どうしたの?」

「ウフフ、実は、今日プールで夜泳を楽しもうと思っているのだけれど」

一人きりじゃつまらないから、あなた一緒に泳がない?

あたしの瞳にキラキラと光が満ちていく。

プール!

「真夜中に泳ぐの、鍵を借りて、あたし以外誰もいないわ」

「で、でも」

「大丈夫よ、セキュリティは万全だから、侵入者があればすぐにわかる、それに、私の力を使えば、人払いなんて簡単よ」

そうか。

「でもッ」

「水着なら、あなたに似合うものを私が用意しておいてあげる」

「でも!」

「泳ぐのは、嫌い?」

そんなことないです。

あたしは首を振って、有難うって頷き返した。

実は、もう何度もシャワールームを借りに行く途中で、こっそり覗いて見てたんだ。

広くて設備の整ったプール、こんな場所で泳げたら、気持ちよさそうだなあって思っていた。

こう見えてあたし、自己最高記録は50キロだし、泳ぎにはかなり自信アリ。

ずっと引っかかっていた不安要素を全部双樹さんに取っ払ってもらっちゃったから、これはもう、返事はYESっきゃないでしょう。

「そう!」

またギュムッって抱きしめられる。

「嬉しいわ、ありがとう、貴方にそう言ってもらえて、本当に良かった」

時刻はあとでメールするわねって、真っ赤な唇が頬にキス。

そのまま、フワリと手放されて、双樹さんはヒールの踵をこつこつ鳴らしながら歩いていく。

感謝特大で背中を見送りながら、今夜の予定にあたしはすっかり舞い上がっていた。

 

―――教室に戻った直後、キスマークを見つけた八千穂さんにかなりの剣幕で怒られる、までは。

 

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