今度のフロアは砂だらけだ。

遺跡に入って、最初に魂の部屋へ向かったあたしたちは、傷の完治を待ってから、探索活動を開始した。

「髪が砂だらけになっちゃうわ」

あたしも頭を振ると、パラパラ零れ落ちてくる乾いた砂粒。

「戻ったら、とりあえずシャワーよね」

「そうだね」

「あかりちゃんの体、洗わせて頂戴」

「えッ、い、いいよ、自分でできるよ!」

苦笑い、よし、もうすっかり元の調子だ。

「貴方に傷をつけた落とし前、たっぷりつけさせてやるわ」

双樹さんもやる気を出している。

狭い通路を何度も往復して、その間にたくさんの化人たちと交戦して、最後に辿り着いた場所は丹塗りの大きな門。

(甲太郎が一緒じゃない探索なんて、初めてだな)

不意に面影が過ぎる。

アイツはあたしが呼ぶ、呼ばないに関わらず、同伴が当たり前みたいに常に遺跡探索についてきた。

最近はこっちから連絡を入れていたから、今日の緊急事態には、さすがに気付かなかったんだろうな。

以前は、外で待ち構えていたりしたし、もしかしてってちょこっとだけ思っていたんだけれど。

(でも、甲太郎に頼ってるわけじゃない)

門扉に両手をかけて、押し開きながら思う。

こんな時間だし、眠っちゃったんだろうか。

―――目の前に広がったのは、薄暗い砂に埋もれた空間。

奥の扉の前に佇む黒尽くめの人影、いた、ファントムだ。

「愚かな奴だ」

あたしは双樹さんの手前に踏み出す。

「我が刃を受けてなお刃向うか、呪われた遺跡を追ってくるとは、この地が貴様の墓標となるだろう」

「鍵は、どうした」

「これのことか」

片手に持って掲げた桐の箱。

あの中に、遺跡の封印を解く『鍵』が入っているの?

「我はこの鍵を使い、墓の奥底に封印されし者を解放するのだ、邪魔はさせぬ」

「墓の底に、誰がいるって?」

「―――アラハバキ」

アラハバキ。

その名前をまた聞いた、遺跡の奥底であたしを待っていると言っていた、太古の神。

本当にそんなものが天香に眠っているんだろうか。

「これ以上、我に逆らうのであれば、死んでもらう」

ファントムが両手に嵌めた長くて鋭い爪を翳す。

あたしは、脇に下げたマシンガンを引き寄せて、銃口を構えた。

「ふざけないでよ、この変態、その気味の悪い仮面、引っぺがして踏み潰してやるッ」

「我はファントム、幻影を倒せるものなどいない」

「冗談!」

トリガーを引いて、灼熱の鉛球を撃ち出す。

「あんたは幻影なんかじゃない、生身の人間だ!」

戦闘が始まった。

あたしは銃を撃ち、刀剣をふるい、双樹さんはサポート。

マントを翻して切りつけてくるファントムの攻撃をよけながら、確実にダメージを与えていく。

銀の光が帯を引いて流れる。

あたしは背後にジャンプして、マシンガンを連射、振り下ろされた刃を、脇から抜き放った刀身で止める。

「クッ」

足払いをかけて、体勢を崩してやりながら、引き抜いた刃で一閃。

ファントムの仮面の端にヒビが入る。

「ぐ、グオオ!」

反応が大きい、どうやら効果アリみたい!

突き立てられる爪をギリギリで避けて、バックステップで間合いを取りながらマシンガン連射。

特に仮面に照準を合わせて、攻撃を続ける。

ファントムは弾丸を爪の表面で跳ね飛ばしながら、駆け寄ってきて大きなモーションで振りかぶった。

(やばッ)

「させないわ!」

双樹さんの声と共に、濛々と渦巻く何かがファントムの上半身を覆いつくす。

「な、何ッ」

即座に必死で払いのけようとする、その隙に、あたしは刀剣を正面に向かい垂直に構えた。

「はああああッ」

そのまま一気に、一刺し!

剣の切っ先が仮面の中央にガツンとぶつかり、点を穿つ。

「フオオ!」

そこから、ビシビシッとひびが広がりだした。

よろけて後退しながら、ファントムは顔面を押さえて、苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。

「う、か、仮面が―――クソ」

(えッ)

あたしは身構えたまま、急に聞き覚えのある声を漏らしたファントムをまじまじと見詰めていた。

仮面が崩れていく。

端からボロボロ砕け落ちていく、その奥に、知っている顔が露にされていく。

「この、鍵を使って、早く最後の封印を、ふう、いん、を」

言いながら体のあちこちを探っているけれど、どうやら見つからないらしい。

そういえば、さっきの桐箱はどこにいっちゃったんだろう、戦闘のどさくさに紛れて砂の中に埋もれたのかな。

「クッ、無、い、どういう、こと、だ、おのれ―――俺の、顔が!」

最後の欠片がカランと落ちた。

呆然と立ち尽くしている姿、それは。

「ここは、どこだ」

「夷澤?」

双樹さんがポツリと呟いていた。

メガネをかけていないせいで、夷澤君はあまりよく見えていないらしくて、眉間に皺を作りながら、辺りを呆然と眺めている。

「先輩、それに、双樹先輩も、何で」

「まさか、貴方がファントムだったの?」

「は?一体何を」

直後に体が、グラッと傾いだ。

「う、ぐ!」

頭を抱えながら、酷く苦しそうに。

「また、だ、何だこれは―――頭が割れる、ううッ、我は、違う、俺はッ」

膝をついて身悶える姿に、あたしは慌てて駆け寄った。

「夷澤君ッ」

「やめろ、俺は、オレはッ」

「夷澤君!」

「グ、ウ、うゥ、ウウゥゥゥッ」

ふと見れば、足元で砕けた仮面の欠片がシュウシュウと変な煙を昇らせている。

煙は夷澤君に巻きついているみたい。

―――もしかして、これが夷澤君に悪さをさせていた犯人?

「だ、ダメッ」

あたしは咄嗟に夷澤君を抱き寄せた。

腕の中で声が段々低く、強く、唸るようなものに変わっていくのを聞きながら、更にギュって強く押さえつける。

(このままじゃ、また!)

「あきら君、離れなさいッ」

双樹さんの声。

でも、放っておけないよ!

(どうしよう、どうすれば、何か、夷澤君の意識を覚醒させないと)

心を強く持てば霊に犯される事はないって、昔、従兄妹の姉さんから聞いたことがある。

咄嗟にアレコレ考えたんだけど、どれもイマイチ現実的じゃない。

ええい、なるようになれッ

ナイフで脇腹を刺すよりは、ずっと効率的な方法だ。

あたしは夷澤君を仰向かせる。

苦しげな表情と目が合って、有無を言わせず鼻をつまむと、そのまま唇を深く重ねた。

「ンむ!」

僅かに漏れた声。

このまま、窒息ギリギリまで追い込んで、ショック療法で正気に戻らせる!

―――そういえば以前、双樹さんの香りに昏倒しかけたとき、似たような行為で助けられた覚えがある。

もっとも、あの時は意識がぼんやりしていたせいもあって、殆ど何も覚えていないし、果たして本当にそうだったのか、いまいち確証が持てないんだけどね。

モガモガ言ってた夷澤君は、途中から暴れなくなって、代わりにあたしの制服をぎゅっと握り締めてきた。

多分、苦しいんだろうと思う、あたしも大分苦しい。

(そろそろ、いいかなっ)

夷澤君の姿勢が崩れ始めた、もう限界だろう。

あたしは鼻をつまんでいた指と、唇を、同時に勢いよく離しながら、ぷはって息を吐き出した。

夷澤君もゲホゲホ咽ている。

あんまり深く唇を合わせていたせいで、ちょっと唾が垂れちゃったみたい。

濡れた唇を手の甲でぐいっと拭きながら、急いで様子を窺った。

「せ、先輩」

顔を真っ赤に染めて、涙目の夷澤君。

でも、さっきまでの異様な雰囲気は―――消えている。

「よしッ」

安心したとたん力が抜けて、そのままぺたんと座り込んじゃった。

夷澤君は、まだ咽ながら、心臓の辺りをギューッと掴んで、ブルブル体を震わせている。

ちょっとショックが強すぎた、かな?

「あきら君ッ」

駆け寄ってきた双樹さんが、あたしと夷澤君の間に強引に割り込むと、あたしをギュムーッて抱きしめた。

「もう、心配させないで!貴方に何かあったら、どうするのよッ」

「え?」

「怪我がなくてよかった、私、本当に生きた心地がしなかったわ」

あ、そっか。

「ゴメンね」

アハハ。

苦笑い。

双樹さんに頭を撫でられながら、仮面の欠片に目を向けると、もうそれはただの陶器の塊にしか見えない。

「とりあえず一段落、だね」

少しだけ方の力を抜いたあたしに、双樹さんは困り顔の笑顔を向けてくる。

「また、貴方はこの学園に巣くう、闇のひとつを追い払ってくれたのね」

「そ、そんな大した事じゃないよ」

「ウフフ、とっても格好よかったわ、好きよ」

チュって。

頬にキスされて、嬉しいんだけど、今度はちゃんと落としておかないと。

いい子いい子されながら双樹さんの巨大な胸の谷間に埋もれていると、不意に、様子の違う厳しい声が「夷澤」って辺りに響いた。

「けれど、驚いたわ、貴方がファントムだったなんて」

「は?」

「でも、確かに、それなら色々と辻褄も合うのよね、けれど、まさか乗り移られていただなんて」

「いやあの、双樹さん、俺は」

「お黙り」

ヒッて夷澤君が固まる。

この体勢じゃ全然見えないけれど、視線の先は双樹さんに釘付けになっている、らしい。

双樹さん、一体どんな顔してるんだろう。

「厳罰必須よ、夷澤」

「お、俺はッ」

「貴方は生徒会を裏切り、何より私のあきら君に傷をつけた、この罪は重いわ、相応の処分を覚悟なさい」

「俺が、先輩に、怪我?」

「そうよ、暢気に体なんかのっとられている間に、毒を塗った爪でね、貴方が、ザックリと」

「そんなッ」

即座に夷澤君はあたしを振り返って、何か言おうとしたんだけれど、目が合った途端、今度は煙を吹きそうなくらいボンッと顔から首にかけての一帯が全部真っ赤に染まる。

「う、あ」

「とりあえず、言う事は?」

「はッ、そ、その、す、すいません、でしたッ」

「好きにしちゃっていいのよ?あきら君」

それとも私が手を下しましょうかって、どうやら本気の提案だったみたいだけれど、あたしは首を振って丁重にお断りしておいた。

「夷澤君は操られていただけだもん、仕方ないよ、ね?」

「は!うぅ」

「よかったわね、あきら君が優しくて、夷澤、精々感謝なさい」

「ハイ」

しおらしく項垂れるもんだから、なんだか少し印象が違う。

体をのっとられている間、普段の意識にも、何らかの影響が出ていたのかなあ。

(昼間、あんなに暴力的だったのも、そのせいなんだろうか)

夷澤君は相変わらず眉間に縦皺を作っていて、見咎めた双樹さんが「何睨んでるのよ」って容赦ないデコピンを食らわしていた。

「ち、違ッ、これは」

「お黙り、生意気よ、夷澤」

「だから、これは違ッ、痛ェッ、先輩いい加減に!」

随分和やかな光景だなあ。

「夷澤君」

「は?ハぅ!」

「具合、もう大丈夫?」

「あ、こここれくらいは、どう、どうとも」

「そう?」

「ハイもう、全然問題無いッスよ、そんな事より先輩、はは早くここから、で、出ま」

「あきら君!」

突然双樹さんが鋭い声を上げた。

あたしは即座に反応して、全身に緊張を漲らせながら、足元に転がっている仮面の欠片に視線を向ける。

(これはッ)

表面から滲み出していた黒い砂上のものが、突然勢いよく吹き上がって、空中に何かの形を造っていく。

それは、巨大な球状の肉塊、短い腕と、砲筒が数本生えた、正面に不気味な顔を持つ異形。

「気持ち悪い」

呟きながら立ち上がった。

あたしの隣で、双樹さんと、夷澤君も、それぞれ身構えている。

「あきら君、このフロアを守る化人よ」

うなずきながら新しいマガジンをマシンガンの中に突っ込む。

直後、問答無用で第二ラウンドの火蓋は切って落とされた。

 

次へ