学園内部はひっそりしている。

あたしが校舎から出た途端、どこかから発砲音が聞こえて、それに続く悲鳴、怒鳴り声、大勢の走り回る足音、全部聞き流して寮までの道のりを駆けた。

(そういえば、甲太郎からメール、貰ってたんだっけ)

この状況じゃ部屋に立ち寄る余裕なんて無いけれど―――あいつ、無事でいてくれているだろうか。

寮の中までレリックの兵士はまだ踏み込んでいないみたいだったから、素早く装備を整えて、裏口のドアを蹴破って外へ出た。

目立たないために自粛していただけで、本当はこの程度の施設、おもちゃみたいなもんだ。

逃げる手段も、潜伏場所も、それこそ、幾らでも確保できる。

鴉室さんも多分そうだろうと思うんだけれど、まあ、逃げそこなったっていうのは、能力不足ってより、レリックの襲来を知って興味が沸いちゃったからに違いない。

あたしも含めた、この業界の人間に唯一共通している事は、尽きる事ない貪欲な探究心。

そのせいで因果な商売に身を染めているんだから、ホント、呆れた物好きだよね。

(まあ、荒事はハンターの常ってね)

さすがに直で墓地に行くのは目立ちすぎるかもしれない。

もう少し暗くなって、状況が少しでも落ち着いてから、行動開始した方がいいだろう。

物陰や日陰を選んで移動して、あたしは、礼拝堂に潜入した。

こういう遮蔽物の少ない施設って、視界が利く分、警備が手薄になりがちなんだよね。

案の定、広い空間には兵士が一人だけ。

そっと接近して、背後から、ヘルメットとアーマーの隙間を狙って銃底を叩きつける。

「グッ」

短い呻き声と共に、兵隊はぐらりと傾いで、そのまま床とお友達になった。

昏倒だけじゃ手ぬるいから、ヘルメットを剥いで、麻酔薬を嗅がせておく。

「あたしがここにいる間、おとなしくしていてちょうだい」

装備の類は全部没収して、近くの戸棚に突っ込んでおいた。

派遣されてきた時期が早かった分、敷地や建造物内部の把握はあたしのほうが上だ。

端末とにらめっこしながら、教壇の裏側に座り込んで時期を待っていた。

(みんな、大丈夫かな)

八千穂さんや七瀬さん、夕薙君、黒塚君、元執行委員のみんなや、生徒会役員の面々。

うまいこと立ち回ってくれていると思うんだけど、特に、元執行委員や生徒会役員の面々なら、多分レリックと対等くらいに渡り合えるはずだ。

彼等は特別な装備がなくたって、肉体一つで戦うことのできる能力者たちだから。

信頼しているんだけれど、同じくらい心配もしている、だって、万が一って事もあるじゃない?

いくら強くても、訓練されている強さと、素人の強さじゃ、やっぱり格差があるだろうし。

(とにかく、今は、自分の事だけ考えないと)

甲太郎の姿を思い出して、少しだけ切なくなった。

今、どこにいるんだろう。

酷い目にあっていないといいな、無茶して、怪我したりとか。

―――心配、だな。

白岐さんも無事だろうか、今どうしているだろう。

こつ。

足音が響いた。

あたしの全身に緊張が走る。

こつ、こつ、こつ。

(近づいてくる)

足音を聞く限りじゃ、それほど大柄な人物じゃない。

歩き方にも品があるようだし、これって。

(兵士?)

「―――玖隆さん」

微かな声に、あたしは教壇からそっと顔を覗かせた。

「ここにいたのね」

「白岐さん?」

礼拝堂の中央に、神秘的な雰囲気をまとった白岐さんが立っていた。

周囲に警戒を払いながら、あたしはそろそろと影から這い出す。

白岐さんはゆっくり近づいてきた。

他に、人の気配はないみたい。

「白岐さん、怪我は」

「していないわ、有難う」

「う、ううん」

あたしは首を振る。

「貴方も大事無いみたいね、よかった」

「他のみんなは」

「それは、私にもわからない」

悲しそうな表情。

白岐さんは、そのままあたしをじっと見詰める。

「玖隆さん」

「何?」

「この後、貴方にとってよくない事が起きる」

「えッ」

唐突に、何の話だろう?

「これから遺跡に行くのでしょう?」

「そ、そうだけど」

白岐さんの表情がさらに青白く曇った。

あたしの手を取ると、目の奥を更に覗き込むように窺われる。

「貴方の敵に、けして、貴方の背を見せないように」

「えッ」

「私から言える事はそれだけ、全てが杞憂であるように、祈っているわ」

「白岐さん」

「私も、できる限りの事をするから」

頑張って。

そんな言葉を白岐さんの口からはじめて聞いた。

何をどう頑張るのかは分からなかったけれど―――あたしはとにかく頷き返していた。

「うん」

白岐さんはそっと微笑を浮かべる。

「さあ、そろそろ荒ぶる者達の気配が、学園の地下に集結しつつある」

「わかるの?」

「お行きなさい、玖隆さん」

そのまま手を離されて、あたしは「白岐さんも気をつけてね」って言いながら、踵を返して礼拝堂の出入り口に向かった。

外に出る直前、チラッと窺うと、白岐さんはまだ同じ場所に佇んでいた。

屋外はすっかり漆黒の闇に沈んで、空に星が幾つか瞬いている。

兵士の気配はどこにもない。

あたしは墓地への道を急ぐ。

(敵に背中を見せないように、だなんて)

そのままの意味なのか、それとも、何かを意図しているのか。

あたしにとって良くない事って、いったい何が起きるんだろう。

(甲太郎)

キュッと手を握り締める。

不安がちょっと強くなったみたいだ。

駆けていく途中、遠くからまた発砲音が聞こえたような気がした。

 

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