走って、走って、息が切れるくらい走り回って。

制服のあちこちがボロボロだった。

もちろん、アサルトベストも傷だらけ、ところどころ、布の切れ目から覗く肌も、血が滲み出している。

発砲して、刀剣を振り回して応戦するあたしと、腕を振りかざし襲ってくる喪部。

すでに結構体力消耗していたから、案外キツイ戦いだったけれど、でも、歯を食いしばって頑張った。

気力を奮い、闘争心を滾らせて、がむしゃらに遣り合った結果は―――

「くッ」

膝をつく喪部。

その姿めがけて、あたしは灼熱に燃える刀身を叩きつける。

「ぐああッ」

同時に巻き起こった炎と共に、鬼は壁際まで吹っ飛んでいった。

動かなくなるのを確認して、床に突き立てた剣の柄に、あたしは両手で凭れかかる。

肩で荒い息を繰り返して、気を抜いたら膝から崩れ落ちそうだ。

額の汗を拭い払った途端、端末から響き渡る警戒音声。

「う、嘘でしょ?」

背後に強烈な思念の存在を感じる。

切っ先を引き抜いて、振り返れば、そこには―――赤銅色の巨大な影が、ゆっくり姿を現しつつあった。

この部屋にも、化人がいたんだ。

(まあ、当たり前だよね、今までもいたんだもん)

苦笑いで剣を鞘に戻して、代わりに銃を手に取った。

違うのは、この部屋には生徒会の人間がいなかったってことだけ。

昨日戦ったのが生徒会副会長補佐の夷澤君だったから、順当で行けば、今日は副会長と戦っていたんだろうけれど。

(そういえば、まだ副会長にだけ会ったことなかったな)

色々推理を巡らせたりしていただけで、実際は未だ確認できていない。

あたし好みのハンサムだったらいいのにな、とか、バカな事を。

「甲太郎、だったりしてね」

どきんと胸が鳴った。

理由の判らない衝撃に、内心、不可解な不安がこみ上げてくる。

魔人の姿が完全に現れ出でた。

あたしは、軽く頭を振って、トリガーを引き絞る。

「うおおおおッ」

できればこれで最後にして欲しい!

叫び声に呼応するかのように、両腕を振り上げた魔人が、石室一杯に響く音量で猛り咆えた。

 

気絶、しそうだ。

最後の一発を撃ち込んで、消えていく影を見送るあたし。

フラフラして、足元すらおぼつかない。

ゴーグルを外すと、目の中に流れ込んできた血を拭い捨てて、短い間隔で呼吸を繰り返していた。

端末が敵影の消滅を告げる。

安心するのはまだ早いぞと、言い聞かせながらボロボロの体に鞭打った。

(また、怪我が増えたな)

どうせ傷だらけの体だけど、でも、ちょっと切ないかな。

苦笑いしながら、グッと足に力を込める。

今座り込んだら、暫く立ち上がれなくなっちゃいそうだ。

何とか、魂の部屋までは、どうにかしても絶対にたどり着かないと。

そこで少し休んで、回復したら地上に戻って。

(―――レリックは、もう引き上げたのかな)

状況は作戦失敗、それなら、長居すればするだけ、不利になる。

連絡網だけは丈夫なようだから、今頃泣きながらママのところに駆け出しているだろう。

「いい、気味」

フフフ。

ロゼッタのハンターの底力、思い知ったか。

向きを変えて、ゴーグルを被りなおそうとした、その途端。

(えッ)

何かが、背中を押した。

あたしはなす術もなく前のめりに倒れる。

(クッ)

どうにか受身だけは取って、石畳に横になったあたしの上に、覆いかぶさってくる影。

離れた場所に飛んでいった、ゴーグルが硬質な音を立てた。

「捕まえたよ」

両腕を掴まれて、無理矢理仰向けにさせられて、目の前に見えた姿は―――喪部!

(な、何で)

さっき倒したのに!

「フフフ、甘いね」

表情から思考を読み取られたのか、喪部はニヤリと笑っていた。

それでも、体のあちこちに傷が見える。

あたしを押さえつける力も、戦っていた時より随分弱い。

ダメージは確実に受けているんだ。

(でも)

死んでなかった、昏倒もしていなかった。

していたのかもしれないけれど、さっき魔人と戦っている間に、多少回復していたのか。

「潜在する能力は高くても、まだ経験不足、といったところかな、お嬢さん」

あたしは唇を噛む。

悔しい。

体の上に馬乗りになられているから、身動きが取れない。

何より、それだけの力が今のあたしにはすでに残されていない。

―――どうしよう。

「今なら」

頭の上で両方の手首を喪部が片手で押さえていて、空いているもう片方の手の爪が、あたしの喉を真一文字にゆっくりと撫でる。

「キミを殺す事も、容易だ」

喪部の言うとおりだった。

背筋がぞっと冷たくなって、思考が一瞬全停止する。

嫌だ。

死にたくない。

それだけは、絶対に、受け入れられない、受け入れたくない。

冷たい眼差しがニヤニヤと、今や勝ち誇った表情であたしを見下ろしていた。

その姿に死の気配を見出して、あたしは恐ろしくなる。

殺されるわけにはいかない。

何としても、ここから抜け出すんだ。

(でも、どうやって)

必死に考えをめぐらせるあたしの様子を楽しんでいるかのように、喪部はただ嘲笑を浮かべているだけだった。

悔しい。

悔しい、悔しい、悔しいッ。

―――死にたくない!

「キミ」

スルリと喉をなでられる。

「そんなに怖がらなくてもいいよ」

あたしは喪部を凝視している。

「とりあえず、今のボクにキミを殺すつもりはない」

(―――え?)

どういう、ことだろう。

「ボクはキミに言ったね、はたしてキミはボクが目をかけるほどの人間か、証明してみせてくれ、って」

パチン。

ホックが外された。

「合格だよ、玖隆」

ベストの前を、開かれていく。

「キミは、実に良く、ボクの問いかけに答えてくれた」

心臓の音がうるさいくらい早い。

全身から汗が噴出してくるみたいだ。

それは、石室内が暑いせいだけじゃない、あたしの奥の方から、言いようのない恐怖がこみ上げてくる。

「キミのような女を待っていた、ねえ、玖隆」

制服のボタンを全部外されて、ワイシャツが覗いた。

「いいや、あかり」

喪部が笑う。

あたしは息を呑んで、全身を硬直させた。

「調書を読んだよ、君は、実に優秀な女性だ」

爪の先が襟元に入り込んで、そのまま一気に下まで引き裂く。

シャツの前は全部破けて、さらしを巻いただけの、あたしの体が露にされた。

「賞賛に値する、ボクは、ずっと探していたんだ」

さらしの端が、解かれた。

「優秀なこのボクの遺伝子と交わるに相応しい」

何を、するつもりなんだろう。

「最高の女を」

解かれたさらしの下から、覗いた小さなふくらみ。

その先端に喪部が唇を近づけていく。

あたしは一瞬息を呑んで、直後に意図しなかった声が、喉から勝手に飛び出していた。

「ヒッ、やああぁぁぁッ」

体をひねって、必死で暴れる。

でも、そんなことくらいじゃ喪部はびくともしなくて、ぬるりとした感触が胸を舐めた。

「やめ、やめろ、やめろおおッ」

舐めてる、しゃぶってる。

「ヤダ、ヤダ、やめろ、やめろッ」

全身がガクガクしてる。

怖い。

殺されるのも怖いけれど、それと同じくらい、怖いことをされようとしている。

あたし、喪部にとんでもない事をされようとしている。

しっかり押さえつけられた両腕は、どんなに頑張っても動かせそうにない。

下半身は喪部の体が馬乗りになって拘束している。

時折体の内側を電気信号みたいに伝ってくる感覚と、荒い息遣い、唇の感触に、嘔吐しそうな嫌悪感がこみ上げてきて、目眩がした。

気を失ったら、ダメだ。

このまま、されるままになるわけにいかない。

喪部の片方の手が下着の中に潜り込んできて、大切な部分に指を這わせた。

「やッ」

そのまま、中に、入ってくる。

「嫌だ、やめろ、やめろッ」

乱暴にかき回されて、あたしの視界を濁らせているのが、果たして血なのか涙なのか、もうよくわかんない。

こんなに怖いのは、甲太郎に酷い事された時以来だ。

でも、あの時―――今ほど、最悪な気分だっただろうか。

喪部の荒い息遣いが首筋の辺りを這い回って、強引にキスされた。

舌を絡められて、息が苦しい、唇の端を何かが伝い落ちていく。

あたしは、もう殆ど抵抗らしい事もできなくなりつつあって、胸の辺りを弄られながら、下着の中で蠢く感触をただ受け止めていた。

このまま、最後までされちゃうのかな。

(怖い)

体中が震える。

(怖いよ)

何も考えられないくらい、怖くて、怖くて、堪らない。

(助けて)

情けないけれど、もう、あたしだけの力じゃ。

(助けて)

唇が引き剥がされて、水音が響いた。

急に下半身が外気にさらされる。

抱え上げられた感覚と、勝ち誇ったような喪部の顔。

「もっと誇ったらどうだい?」

あたしの目の端を、何かが伝って落ちる。

「キミはボクの子を孕むんだ、そして、優秀な遺伝子を生み出す器になる」

「ヤ、ダ」

「フフフ、何を拒む必要があるんだ、優秀な女は、優秀な男に抱かれてこそ、価値が出るんだろう?」

「あんたの子供なんか、生みたくない」

「それなら、いつも君の傍にいる、番犬の子供なら良かったのかな?」

甲太郎―――!

あたしの中で、何かが弾けた。

「ふッ」

ふざけるな。

覚悟を決めて、最後の力を両腕に漲らせる。

(お前なんかに)

グロテスクな塊が見えた。

それが、あたしの両足の付け根、女の子の大切な部分に先端を定めている。

そんなことさせない、あの塊、壊してやる。

(絶対に、こんな奴に好き勝手させない)

あたしの体も、心も、誰にも犯させない。

あたしは、あたしと―――甲太郎にだけ、この身の自由を許すんだから。

「フフ」

グッと押し当てられる感触と、くちゅ、っていう嫌な水音。

喪部が僅かに気を緩ませた瞬間を逃さず、あたしは一気に形勢逆転を狙う。

刹那―――

 

「オイ!」

 

怒鳴り声。

振り返った喪部が真横に吹き飛んでいた。

(えッ)

―――何?

腕を掴まれて、乱暴に引き起こされて、わけのわからないうちに見えた、一番逢いたかった人の姿。

「あきらッ」

甲太郎?

本当に?

甲太郎はあたしを力強く抱きしめてから、振り返ってどこかを睨みつけた。

同じ方向を見ると、立ち上がった喪部がヨロヨロしながら服装を整えている。

「やれやれ」

唇の端を伝う赤色をぬぐって、ため息を吐いた。

「最悪な場面で邪魔が入ったな、この貸しは高くつくよ?」

「当然だ」

地を這うような甲太郎の声。

「お前程度の命じゃ、到底贖いきれない」

「言うね、キミ」

「こいつに何をした」

「訊くまでもないだろ、僕らの偉大な一歩を踏み出そうとしていたところさ」

けど、今回はお預けのようだ。

つまらなそうに呟いた、喪部とあたしの視線がぶつかる。

「玖隆」

甲太郎の両腕が、痛いくらいあたしを抱きしめていた。

「残念だよ、けれど、これから機会はいくらでもあるだろうからね、キミはボクの遺伝子が認めた女だ、そう簡単に逃がしはしない」

「ふざけるなッ」

怒鳴ったのは甲太郎で、あたしはそんな気力も鳴く、黙って甲太郎の胸に埋もれている。

喪部は甲太郎をちらりと見ると、つまらなそうに溜息を吐いて、片腕を軽く上げた。

「それじゃ、またね、玖隆」

そのまま駆けていく。

石室の壁の向こうに見えなくなるまで、あたしたちは姿を見送っていた。

(うッ)

いきなり意識が濁る。

張り詰めていた糸が切れたみたいに、一気にガクンときて、力が入んない。

「あきらッ」

甲太郎の声、遠い。

ぼやけていく視界で、あたしは名前を呼んで、腕を伸ばしたように思いながら、そのまま一気に何も分からなくなってしまった。

 

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