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「Last-Discovery」
目が覚めた。
どこかぼんやりしている目覚め。
比較的素早く意識が覚醒するあたしにしては、珍しい事だ。
暫くそのまま、天井を眺めていた。
あたしは今、仰向けに寝ている。
顎に触れるくらい掛け布団ですっぽり包まれて、柔らかくて暖かな感触に、もうちょっとまどろんでいたいような、そんな気分。
気配に、首だけで横を見たら、ベッドの上に両腕を組んで、その上に乗っかっている頭が見えた。
甲太郎だ。
その向こうに規則的に上下する肩と背中が見えて、どうやらベッドサイドに寄せた椅子か何かに腰掛けて、上半身の更に半分だけ、ベッドの端っこに乗っけて寝てるらしい。
(一晩中、見ていてくれたのかな?)
約束したとおり、あたしの目が覚めるまで、ずっと甲太郎は傍にいてくれた。
何だかくすぐったくて、少しだけ笑う。
掛け布団の下から腕を伸ばして、髪に触った。
少し固めの癖っ毛。
隙間に指を絡ませて、少ししっとりしている地肌に触ってみたり、色々してたら、ううんだか何だか、声が漏れた。
「あきら?」
むっくり起き上がった甲太郎の頭から、あたしはスルリと手を引き、掛け布団の下へ腕を引っ込める。
「―――起きたのか」
「うん」
「おはよう」
「うん」
起き抜けの、無防備な笑顔。
(大好き)
胸の奥からこみ上げてくる気持。
「気分はどうだ?」
髪を撫でる、その手の上に、あたしは自分の掌を重ねる。
「もう平気」
「そうか」
「甲太郎」
「ん?」
あたしは手を離して、そのまま、甲太郎の首に抱きつくように腕を回した。
一瞬目を丸くした表情が見えたけど、すぐにあたしの顎は甲太郎の肩に届いて、背中越しの景色に、そっと瞼を閉じた。
「アリガト」
大好き。
ようやく気付けた。
もう、あたしは、自分の気持を抑えられない。
湧き水のように溢れ出し、流れ出して、体中を巡り始めた、愛しい想い。
大好き、大好き、他の誰でもない、甲太郎のことが、あたしは世界で一番好き。
甲太郎は暫く固まっていたけれど、ゆっくり両腕で包み込まれて、優しく抱き返された。
たったそれだけのことなのに、たまらなく嬉しい。
少し強くしがみついたら、あやすように背中を叩いてくれる感触。
昨日の出来事が脳裏に蘇ってくる。
―――甲太郎が来てくれて、本当に、よかった。
もしも、あたしの決死の抵抗が不発に終わって、目的を達成されていたらと思うと、心底ゾッとする。
今も、こんな風にしていられなかったかもしれない。
能力に殆ど差はないと思うけれど、でも、やっぱり性別の壁は厚いんだ。
あたしはちゃんと女の子で、どんなに偽ったって、男の子になれっこない。
怖かった、本当に怖かったんだ。
思い出すと感触まで蘇ってくるようで、不安をかき消すように、ますます強く抱きしめた。
「あきら?」
耳に心地いい、甲太郎の声。
あたしのこと、ギュッと抱き返してくれる。
「―――すまない」
(え?)
どうして甲太郎が謝るんだろう。
「迂闊、だった、もう二度とお前をあんな目に遭わせない」
語尾が震えている。
「約束―――するから」
「うん」
きゅって握り締めた、シャツの背中。
また聞こえる、すまないの声。
謝ってくれなくていい。
それだけで、甲太郎の想いだけで、あたしにはもう十分。
触れ合っている体温が、優しい気持ちが、心に残る傷跡の一つ一つを癒してくれる。
甲太郎がくれるお薬。
それに甘えて、どのくらい、二人で抱き合っていただろうか。
少し体を離して、あわせて離れた甲太郎と、鼻先がくっつくくらいの距離でお互いの顔を確認した。
甲太郎、目がちょっと赤いみたい。
(寝不足、かな?)
「あきら」
きゅるるるるーッ、て。
きょとんとして、あたしは即座に赤くなって、甲太郎がフッと笑う。
「仕方ないな」
「ご、ごめん」
ああ、なんてこと、ムードぶち壊し。
取り繕いようもなくて俯いたら、髪をクシャって撫でられた。
「腹が減るのは悪い事じゃないさ、お前、埃だらけだし、丁度いい、飯食ったら風呂行くぞ」
「え?」
で、でも、今は。
急いで窺うと、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。
「昼間だよ?」
そう、こんな時間帯じゃ、プールのシャワールームだって使えない。
見上げた甲太郎はどこかイタズラっぽく笑っていた。
「今日は何月何日か、分かるか?」
えっと。
「12月、23日?」
「違う、24日だ、二学期終業式だよ」
二学期。
(そうか)
あたしの様子に甲太郎も気付いたようだった。
「殆どの奴等は年末年始の用事で帰省、居残り組みも、こんな時刻に寮になんか戻ってこないさ」
「明日から冬休み、だっけ?」
「ああ、そうだ」
冬休みって、変な感じ。
そもそもここにいる理由そのものが他の皆さんとまるで違うあたしなんかには、学校行事はまるで関係がない。
時計を見ると、お昼を大分過ぎていた。
「甲太郎は式典に参加しなかったの?」
「まあな」
「それって、あたしのせいだよね」
「俺が勝手にした事だ、気にするな」
相変わらずぶっきらぼうだけど、多分照れ隠しなんだろうと思う。
甲太郎は優しい、そんなところも好き。
面と向かってお礼を言ったら、不機嫌顔になりそうだったから、胸の中だけで留めておいた。
「俺も腹が減ったな」
また髪を撫でられて、甲太郎は椅子から立ち上がると、部屋に備え付けのキッチンへ歩いていく。
あたしは半身だけ起き上がって、ベッドの頭の方にある背凭れに、ドスンとよっかかっていた。
見れば、下着はパンツのみ、男物のシャツをパジャマ代わりに着せられて、あちこち手当てされている。
怪我そのものは大分治癒しているみたいだから、ひょっとしてこの部屋に来る前に、魂の部屋にでも立ち寄って、回復させてくれたんだろうか。
汚れて、埃まみれ、汗まみれ、血だらけのあたしを、構わず自分のベッドに寝かしてくれたんだ。
(ありがとう)
あたしは甲太郎に呼びかける。
「ゴメン」
「ああ?」
「ベッド、汚れちゃったね」
間を置いて聞こえてきた、呆れている笑い声。
「余計なこと考えずに寝ていろって、言っているだろう、せっかく俺が珍しく、お前を気遣ってやっているんだぞ、好意だけ有難く受け取っとけ」
「うん、そうだね」
「オイ、少しは遠慮しろよ」
冗談めいた言い回しに、思わず笑う。
甲太郎は何だかせわしなく動き回っているみたい。
やがて、油の音と、香ばしい匂いが漂ってきた。
あたしはこっそり、姿を覗き見した。
エプロンをつけてても、様になってるな。
スキ、大好き。
ドキドキが止まらない。
今のあたし、何だか物凄く幸せ。
キュッと掛け布団を握り締めて、そのまま、膝を曲げながら、鼻の上まで引っ張り上げると、小さくまとまった体を猫背にして、柔らかな表面にモフッと顔を押し付けて隠した。
そうでもしないと照れ臭かったから。
思いが甲太郎にばれちゃいそうだったから。
(どうしてこんなに時間がかかっちゃったんだろうね?)
今更、調子がいいのかもしれないけれど。
卵食べるかの声に、そのままうんと応えながら、あたしはぐるぐる、甲太郎のことばかり考えていた。
(次へ)