遺跡に降り立つと、最初の大広間、中央の床の文様が、どういう仕組みか煌々と光を放っている。
近づいた途端、轟音とともに砕け落ちった石床。
思わず両腕でガードして、漸く様子を窺ったら、同じ場所に巨大な空洞が生まれていた。
淵から覗き込むと、底に赤く輝く炎が見える。
天香遺跡最深部、秘宝と化け物が待ち構えているはずの玄室。
温室で聞いた、白岐さんに乗り移っていた『巫女』の話が脳裏に蘇ってきた。
長髄彦、だっけ。
化け物に作り変えられた英雄が名乗っていた、本当の名前。
あたしもこの遺跡の調査、探索を開始するにあたって、日本の古い伝承や神話の類はあらかたおさらいしておいたから、その名称には覚えがあった。
神の末裔、日本人のルーツと神話の謳う神祖達と戦って、敗れた東方の異邦人。
今の名前は荒吐神というらしい。
何だか―――因縁めいたものを感じなくもないなって、ちょっとだけ思った。
本当の名前で呼ぶ人が殆ど誰もいないのは、今のあたしもおんなじだから。
見ると、穴の淵に脊柱によく似た形の梯子が、どうやら下まで続いているみたいだった。
丁度いいや、利用させてもらおう。
「甲太郎、アレにロープを固定して、地下まで一気に降りるよ」
わかった、の声。
今のあたしには随分遠い。
(どうして?)
ほんの数時間前、甲太郎はあたしのすぐ傍にいたはずなのに。
ロープを固定して、梯子を足場代わりに、あたしの次に甲太郎の順番で、奈落の底まで降りていった。
玄室は、だだっ広い空間で構成されていた。
周囲の壁面に大きな炎が燃え盛っている。
空間を満たす空気はどこか生臭くて、湿り気を帯びてまとわりつくようだ。
さっきからゾワゾワ、ゾワゾワと、不気味な気配が心を、肌を、ざわつかせる。
それは降りるほど強まって、床に立ったあたしは思わずブルッと身震いをひとつしていた。
これだけ大量の火があるのに―――寒い。
息苦しい。
背後で降り立った甲太郎が、周囲を見回して、ため息をひとつ漏らした。
「ついに、辿り着いちまったな」
あたしは首に提げていたゴーグルを装着して、マシンガンの銃身を引き寄せる。
動こうとしない甲太郎を残したまま、一人、広間の中央まで進んでいった。
そして。
「あきら」
名前を呼ばれる。
あたしは振り返る。
真っ黒い双眸が、なんとも悲しげにあたしを見ていた。
初めて見る、甲太郎の表情。
とても真剣で、深刻な眼差しが、ただひたすらあたしを―――見ている。
「遂にここまで辿り着いたな、おめでとう」
炎の燃える轟々という音と、あたしの心臓の音。
目の前の姿は、どこかあたしの知らない甲太郎だ。
ほんの少し、体が震えた。
「できれば辿り着いて欲しくなかったと、言いたいところなんだが」
お前は辿り着いただろうな。
痛々しい微笑。
「お前が優秀なのは、他の誰よりも、俺が一番よく知っているから」
いつも傍にいたから。
この場所で、一緒に色々な体験をして、感情を共有したり、喧嘩したり、泣いたり、笑ったり、心底憎いと思っていた頃もあったけれど。
「わかって、いたさ」
甲太郎。
「俺も、俺の仕事をさせてもらうことにしよう、あきら―――これが、多分最初で最後だ、聞いてくれるな?」
そして甲太郎は、明るい場所に出てきた。
さっきまでは梯子の影になって暗かった姿が、炎に照らされてハッキリと現れる。
「あきら」
とんでもなく優しい声。
けれど、浮かんでいるのは泣き出しそうな笑顔。
「好きだ」
あたしはその場に固まってしまう。
好き。
甲太郎もあたしのことが、好き。
耳の奥がジンジンしている、頭の芯が熱い。
何度もキスした、薄い唇。
そこから、同じ意味の言葉がもう一度紡がれる。
「愛している」
甲太郎が、甲太郎も、甲太郎、甲太郎!
(っつ!)
体の、内側からキューンとこみ上げてくる想い。
あたしは汗ばんだ両手を握り締めた。
あたしも好き。
甲太郎のことが、大好き。
ほんのり浮かべられた笑顔は、相変わらずムカつくくらい寂しげだった。
「今日で、お別れだ」
頭の中が真っ白く染まる。
「―――俺は生徒会副会長、皆守甲太郎」
急に引き締めた口元からこぼれた、無機質な音量。
「生徒会の掟に従い、侵入者を排除する」
言葉の意味を理解するのに、ほんの少しだけ時間がかかった。
(次へ)