「それで」

自分でも意図しない声。

それで、どうするの。

それだから、何だと言うの?

甲太郎は動かない。

真っ直ぐにあたしを見ている。

ゴーグルを外して、あたしも真っ直ぐに甲太郎の瞳を見詰め返している。

あたりに響くのはただ、炎の燃える気配。

微かに震え続けている石室の物音と、どこかで化人たちの漏らす邪悪な息遣い。

「俺がそうだと、気付いていたのか」

まさか。

でも―――そうだ、あたしは何回か夢想したはずだ。

生徒会副会長が、甲太郎だったらって。

殆ど根拠の無い空想、でも、それは現実になった。

真実だったと形容したほうが正しいかもしれない。

あたしと甲太郎は、今、遺跡に侵入したトレジャーハンターと、それを排除する墓守として対峙している。

甲太郎の瞳に映る、赤い火の欠片。

綺麗。

(大好き)

大好きな人。

かつて大嫌いで、それでも、今はかけがえのない、大切な人。

あたしを好きだと言ってくれた人。

何故、どうして、という気持ちは湧いてこなかった。

今目の前にあるもの全てが、あたしにとっての現実。

それなら逃避なんてしたくない、ただ、決然と立ち向かって、受け止めるのみ。

あたしはマシンガンに手をかける。

安全装置は止まったままだ。

「甲太郎が副会長だなんて知らなかった」

「そうか」

「随分偉い役職じゃない、どうして今まで黙っていたの?」

「俺の仕事は専ら裏方専門なんでな、それに」

甲太郎は一瞬、言い辛そうな表情を浮かべる。

「―――今は、休業中だった」

だったの形容するところは、過去という意味だ。

そう、とあたしは答える。

「ねえ、甲太郎」

「何だ」

ひょっとして、最初、あたしに乱暴して、その後も『支払い』を要求し続けた事も―――

「仕事、だったの?」

「違う」

間髪おかずに返ってきた。

甲太郎はちょっとだけ、あたしの知っている甲太郎の顔に戻っていた。

「そうじゃない―――いや、最初は、そうだった、お前が傷ついてここを去ればいいと、そうでなくても抑止くらいにはなるだろうと踏んで、やった」

あたしは少しだけ傷つく。

勿論、初めから愛情があったなんて、思わないけれど。

真実がいつだって良い事だけもたらすとは限らないから。

「けど、もう違う」

甲太郎は苦しげに、一言一句に力を込める。

「俺はただ、お前が欲しかった、随分前から、契約に便乗した事だけは、悪かったと思っている」

今、この胸に去来している想い。

あたしには甲太郎以外見えない、考えられない。

甲太郎の瞳、甲太郎の声、甲太郎の姿、甲太郎の存在。

嘘を吐かれていたって、騙されていたって―――

違う。

(そうじゃない)

甲太郎は、嘘なんかついていない。

騙してもいない。

ただ、言わなかっただけ。

そして今日まであたしを助けて、守り続けていてくれたことは真実。

愛していると言ってくれた、彼の言葉も、あたしは、信じる。

マシンガンから手を離した。

甲太郎がちょっとだけ瞳を見開いた。

「あきら」

バカな男。

本当に、どうしようもない。

どうしようもなくあたしは―――愛しい。

「そっか」

わざと軽い調子で言って、肩をすくめて見せた。

「じゃあ、いいや」

「あきら?」

「ムカついてたけど、許してあげる、今までの事も、大目に見てあげるわよ」

償ってはもらうけどね。

謝罪も当然、一生涯かけても、全然足りないんだから。

あたしは真っ直ぐ甲太郎と向かい合っていた。

随分スッキリした気分。

今、この胸に、迷いも、混乱も、ひとかけらも残っていない。

「それで、どうするの?」

不思議そうな甲太郎。

「やっぱり撃ち合う?殺しあう?」

嫌だけど―――甲太郎がそれを、望むなら。

今更、あたしにはどうだっていいような気持ちになっていた。

確かに秘宝も荒吐神も重要な問題だけれど、それ以上にあたしにとって重要なのは、あたしの心。

つまり、皆守甲太郎が好きだっていう、この想い。

大好きな人を踏み倒してまで叶えたい願いなんて、今のところ何もない。

世界だ何だって、それがどうしたっていうの?

あたしにできることなんてたかが知れている、あたしは、自分の手の届く範囲の大切な想いを守りたいだけ。

だから、甲太郎に委ねようと決めた。

無責任かもしれないけれど、そんなの構うもんか。

これくらいの責任は取ってもらうんだもん。

乙女の純情、もてあそんだ罪は重いぞ!

立ち尽くす甲太郎に、祈りと、願いと、ほんのちょっとの期待を混ぜ込んで、あたしは見詰めていた。

彼の決断を―――待っていた。

「俺は」

薄い唇が開く。

「俺は―――」

長い睫が半分下りた。

 

「そんなことを、望んでいない」

 

両腕が力なく垂れ下がる。

肩を落として、甲太郎は項垂れた。

「望んでいない、傷付けたくない、俺はお前を―――」

失いたくない。

途端にこみ上げてくる、あたしの内の想い。

「ははッ、はははッ」

自嘲めいた笑い声だった。

「最後の最後で、してやられたな」

今の甲太郎は、普段の傍若無人な態度からは想像もできないほど悄然としている。

すっかりしょぼくれた姿が痛い。

俯いたまま、声は続く。

「お前とは戦えない、分かっていたことじゃないか」

まるで自分に言い訳をするみたいに、甲太郎は自白を続けている。

「副会長失格だな、それに、今更調子がいいとは思うが、俺の事情にお前は関係ない」

あきら。

名前を呼ばれた。

今度はさっきまでとまた違う、どこか吹っ切れたような、潔い響き。

顔を上げた甲太郎の表情にも、思いつめた様子は残っていなかった。

「そういうわけだ、俺は、お前とは、撃ち合いも殺し合いもしない」

「甲太郎」

「俺は、とっくの昔にお前に完敗していたんだな、今更気付いた、笑ってくれて構わないぜ」

「じゃあ、お望みどおり、笑ってあげる」

「ああ、好きにしてくれ」

「あたしもね」

あたしも。

「うん?」

甲太郎を見る。

大好きな人を見詰めている。

あたしの顔に、口元に、自然と笑みがこみ上げてきちゃう。

(だって好きなんだもん)

この気持を抑えることなんて、とてもできないよ。

「あたしもね、好きだよ」

―――間を置いて、ギョッと開かれた双眸が、あたしを凝視していた。

「甲太郎のこと、その、愛してる」

貴方と同じくらい。

(ううん、それ以上だよ!)

あたしの愛は超重量級だもん。

思いの力だけでどんなことだって、乗り越えちゃうんだから!

甲太郎は、ぱかッ、と口を開いて、喉の奥まで見えそうだった。

「は?」

間抜けな顔。

ホント、何でこんな奴の事好きになっちゃったんだろうね?

恋は思案の外ってヤツだ、今回ばっかりは、あたしの表現もあたっているはず。

「は?」

もう一度聞き返された。

おかしいな、耳はいいはずなんだけれど。

「あたしも好きだって、言ったんだよ」

「誰を」

「甲太郎を」

「誰が」

「あたしが」

「何だって?」

んもー!

(うざったい!)

何度も言わせないでよ、段々照れ臭くなってくるじゃない!

「あたしが甲太郎のこと、好きだって、そう言ったのッ」

これでどうだ!

直後、あたしは―――物凄い勢いで駆け寄ってきた甲太郎に、力一杯抱きしめられていた。

「うわあ!」

ちょっと、ちょっと、苦しいッ

「ここ、甲太郎?」

「あきらッ」

ぎゅうううーって。

まるで縋りつくように、必死で、無我夢中で。

視界の端に見えた背中が震えているのに気がついた。

あたしは急に切なくなって、それと同じくらい胸が一杯になって。

同じくらい強く、甲太郎の体を抱きしめた。

「あきら」

耳元で囁く声。

愛しくて、たまらない。

ポンポンと背中を叩いてあげながら、なあにって答える。

「好きだ」

「うん」

「好きだ」

「あたしも、好き」

「ああ」

甲太郎、ひょっとして泣いているのかな?

抱きしめあって、触れ合っている部分から、優しいあったかな気持ちが流れ込んでくるみたい。

あたしからも届いているのかな、そうだったらいいな。

結び合って、溶け合って、まるでひとつの塊みたいになっていたあたし達の意識を現実に引き戻したのは、地の底から響いてきたような低い声だった。

 

「掟を破るつもりか、皆守」

 

二人して同時に振り返った視界の先。

炎の煌きを漆黒のコートの表面に反射させて、そこに立っていたのは、天香学園生徒会会長。

「阿門君」

厳しい眼差しが、あたしたちを見ていた。

 

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