女の子の手が、枯れ木みたいになっていた。
あの後音楽室で、皆守と一緒に見つけた子は、すっかり錯乱して本当に痛々しかった。
けど―――そんなことって実際に起こりうるんだろうか?
大体外皮を損なわず細胞の中から水分だけを吸い取るなんて、よっぽど高度な科学技術でもない限り不可能だと思う。しかも、手だけだなんて、まるで悪い魔法でもかけられたみたいだ。
保健室に運んではみたものの、正直そんなことじゃどうしょうもないって思ってる。
ただ、それ以上の事はあたしたちには出来ないから、後はこうやって状況整理して想像したり、心配したりするくらい。
ああもう、こういう状況ってもどかしくて苦手!
ジリジリしてるうちに授業が終わって、八千穂さんの友達の七瀬さんがわざわざ教室まであたしを訪ねてきてくれた。
何でも、話したい事があったらしい。
しかもその内容ってば、この天香学園にまつわるちょっとした、でも今の地点ではすごく有益な情報だった。
サンクス七瀬さん!何でそんな話してくれたのかわかんないし、微妙に気になるけど、サンクス!
今はどんな些細なことであろうと、とにかく情報が欲しいのだ。
おかげ様でこの天香学園地下に眠る遺跡―――天香遺跡のこと、ちょっとだけわかったような気がする。
古事記って、確か日本最古の古典文書だよね?早速取り寄せて、詳しく分析してみよう。
遺跡はそれと、何らかの関連性があるみたいだから。
ただ、実際の所となると、やっぱり自分で見てみなくちゃ何にもわからない。
早速今夜潜るつもりだった。もちろん、例の大穴から。
アレが絶対遺跡に繋がってるなんて言い切れないけど、現状では確率100パーにかなり近い、と思う。
まあ、憶測だけじゃやっぱり何にもいえないんだけどねー
でもあたしの宝捜し屋のアンテナがビリビリしていることだけは確かだ。
ううん、こういう状況、燃えちゃうなあ!
七瀬さんが教室を出て行った後で、あたしも、帰りの支度も終わったから、さて帰るぞと教室を出た所でバチコーンと正面衝突をかましてしまった。
「った!」
「おいコラ、危ねえなあ!ったく、お前はうっかりが身上なのか?」
「み、みなッ」
「うるさい、それはもう聞き飽きた」
ガシッと腕を捕まえられて、あたしの逃走は阻止された。
ううっと唸りながら見上げると、相変わらず眠そうな顔がのんびりあたしを眺めている。
「オイ、一緒に寮まで帰ろうぜ、それとも八千穂と帰るのか」
「八千穂さんは部活だよ」
「ああ、そうだったな」
こいつ、知ってて聞いたな!
相変わらずの嫌味な態度に、またイライラとさせられる。
「なら、帰宅部の俺に付き合え、帰るぞ」
「嫌だ、何でお前なんかと」
「いちいち噛み付く奴だな、いいから帰るぞ、ホラ」
ぐいっと腕を引っ張られて、あたしはやむを得ず、渋々歩き出した。
こんな奴と一緒に下校する趣味なんて全然持ち合わせてないけれど、どーせ振り払ったって逃がしてもらえないんだろう。握ってる力加減が、はっきりそう宣言してる。
「歩きにくいよ、離せッ」
ぶんっと振り払って、少し距離を取った。
「逃げないから、掴むな」
あたしの姿をチラッと見て、口元がやれやれと呟いた。
くそ、皆守甲太郎!
あたしはアンタにいちいち呆れられる筋合いないんですけど!
(不本意ながら)一緒に廊下を歩いて、(不本意ながら)昇降口を抜けて、(不本意ながら)校舎の外に出た所で、何でもない顔して一緒に夕飯食いにいくかなんて言うもんだから、返事の代わりに思い切り睨みつけてやった。
皆守は疲れた顔をしている。
「お前ってホント、可愛げがねえよな」
「そんなもん、男に求める方がどうかしてる」
「ハイハイ、お前は十分男らしいよ、玖隆」
「うるっさいバカ、お前だけには言われたくないっ」
急に向こうから聞こえてくる、今度は男の子の叫び声。
何?また何か事件なの?
この学校っていつもこんなに不穏なわけ?
振り返った視線の先に、今日保健室で知り合った取手君の走ってくる姿が見えた。
なんだかひどく動揺して、青白い肌が更に青く染まっている。
まるで逃げてるみたいだけど、でも、何から?
少なくとも夕焼け色の景色の中には、取手君の姿しか見えない。
「どうしたんだ取手、何かあったのか?」
あたしたちを見つけて、急にビックリした顔をして立ち止まった取手君に、皆守が尋ねた。
けど、取手君はひどく疲れた顔をして、何でもないよと首を振っただけ。
え、なんなんだろ?
さっきのあの慌てぶりは、あたしの目の錯覚だったんだろうか。
「あれ、皆で何してんの?」
明るい声と一緒に、テニスウェア姿の八千穂さんがぴょっこり姿を現した。
あたしは少しホッとしながら、彼女の穿いてるスコートをなんと無しに眺めてしまう。
―――いいなあ。
「こんなところに集まって、何をしているんだ」
「カウンセラー、何で、お前らが一緒に」
養護教諭の劉先生まで姿を現して、辺りは急ににぎやかになってしまった。
まあ、皆守と二人でギスギスしているよりずっといいけれど。
八千穂さんと、劉先生と、皆守は、三人で化け物がどうだの、なんとも不穏な会話で盛り上がっている。
「だって、墓地探索に向けて、準備とか色々あるし」
八千穂さんの口からその一言が飛び出した途端、あたしはおもわずギョッとして彼女を見詰めてしまった。
あたしの本職をあっさり皆守にばらしちゃったり、もしかしなくても、この子って結構口が軽いのかも―――
(これから、個人的な話はなるべく八千穂さんにはしないようにしよう)
胸の中で硬く決意して、ねえ、そうだよねと楽しげに話題を振ってきた彼女に曖昧な笑顔で相槌を打った。
ねえじゃないってのー!
隣からチクチクと視線が飛んでくる。
多分、奴だろうと思って横目でちらりと窺ったら、皆守だけがあたしの気持ちに気づいたようだった。
また周りにわからないようにニヤリと笑って見せるので、あたしは悔しくて堪らない。
お前が気づいたって仕方ないんだってば!もう!
「君達、墓地にいくのかい?」
取手君が急に怪訝な顔をして、あたしを覗き込んできた。
横で皆守がピクリと眉を動かしている。
「夜の森は暗くて危ないよ、奥に何が潜んでいるかわからないし、あそこに足を踏み入れるのは止めた方がいい」
しっかり目を見てそういうから、雰囲気に圧されて思わず頷き返してしまった。
飲み込まれやすいあたし。
「う、うん、アリガト」
「そう言ってもらえるなら、言ってよかったよ」
取手クンはちょっとだけホッとしたようだった。
結構優しいいい人なのかも。少なくとも誰かさんよりは何億光年分くらいマシだ。
「ありがと、取手クン、心配してくれるのは嬉しいけど」
八千穂さんは逆にちょっと不満げだった。
ううん、ホント、こういうのをトラブルメーカーって言うんだろうなあ。
こっちなんて民間人に正体ばれちゃって、すっかりブルー入ってるっていうのに。
好奇心タヌキ鍋?あれ、なんだっけ、ねこいらずだっけか?
うまい言葉があった気がするんだけど。
直後に取手君が、頭が痛いと呟いてしゃがみ込んだから、あたしのくだらない考えはすぐに吹っ飛んでしまった。物凄く強烈に痛いらしくて、おでこに脂汗が浮かんでいた。
心配して手を貸そうとしてくれた劉先生を断って、代わりに意味深な言葉を残してフラフラと寮の方角に歩いていく。
(大丈夫かな?)
心配だったけど、それ以上に最後の一言が気になっていた。
僕の過去を話してもいいって、どういう意味なんだろう?
―――それからすぐ後で、あたしの疑問はあっさり払拭されてしまった。
劉先生がためらいがちに、深刻な表情で話してくれた、取手君の過去。
それはあたしにも少なからず関係のある―――天香学園の墓地まつわる悲しい思い出の話だった。
取手クンのお姉さんは死んでしまって、けどその記憶は取手君からなくなっているらしい。
そして、墓地というキーワードにひどく過敏に反応するということ。
無くしたものと、死者を葬る場所。
気持ちの悪い符号だと思う。しかも、その墓地はもしかしたら地下遺跡の入り口かもしれないんだ。
(やだなあ)
―――なんだかちょっと、背筋が冷たくなるみたい。
怖いとか、そういう感情じゃないんだけど、やっぱり正体不明なものって苦手だ。
なんだかモヤモヤして、気持ち悪くてイライラする。不安と興味を足して、焦燥感で割った感じ。
でもそれがそのままやる気に直結したりするから、あたしって厄介なんだよねえ。
結局の所、トラブルとかって大好物なんだ。だからこその宝捜し屋家業なのだし。
(あーあ)
あたしが、あたし自身のことで半分くらい呆れ返ってた最中、皆守が急に硬い表情を八千穂さんに向けていた。
「俺は、お前の勘だけで振り回されるのはゴメンだからな」
やる気になっていた彼女が憤慨して口を尖らせるのを見ながら、ちらりとあたしに視線を向ける。
「過去に傷なんて、誰だって負ってるもんだ、そんなものは誰の力も借りずに自分ひとりで乗り越えていくべきことだろう?」
それは、確かに正論かもしれないけど、ちょっと寂しい考え方だ。
一人じゃ乗り切れない傷だってあるだろうし、そんなとき、誰かに頼ったっていいんじゃないだろうか。
甘えるのだって一つの自己防衛手段だ。そうしたいなら、そうしたって、誰にも文句なんて言われる筋合いない。
「そんな事は一概に言えないよ」
答えながら、そういえば初めてこいつと建設的な会話をしてるなーとかちょっと考えてた。
やっぱり口は利きたくないけど、今の真面目な顔はちょっとだけ好き、かもしんない。
あくまで好感が持てるというだけであって、それ以上ではないのだけど!
「なら聞くが、お前はこの先も取手みたいな人間を助けていくつもりなのかよ」
「そんなことはできないけど」
「だったら、余計なクビを突っ込まない事だ」
なんだァ?
何でこいつはこんなに焦れてるんだろ?
結構粘着気質気味なのは何となくで感じてるんだけど、この食いつきのよさははっきり言って異常。
まるで無理にでも納得させようって勢い。
でも、何で?
(うーん、けど)
そっちがその気なら、あたしにだって考えがある。
大体、そんな薄情なことばかり言っていられるか!
人生はギブアンドテイク、ラブアンドピースなんだからッ
「ヤだ」
キッパリと言い放った。
「お前がなんて言おうが、俺は行く、傷を乗り越えるのが取手の事情なら、手助けするのはこっちの勝手だ、それこそ、皆守なんかにとやかく口出しされる筋合いなんてない」
ぎりっとパイプの端をかじって、皆守はグシャグシャと後頭部をかき回した。
イライラが全身から立ち上ってるみたい。思わず身じろぎしそうになるほど、鋭い眼光があたしを射抜く。
「ああ、そうかよ、なら勝手にしろ、ただし、俺を巻き込むなッ」
プイとそっぽを向いて、そのまま乱暴な歩き方で寮の方角へ行ってしまった。
ラッキー、これで一緒に帰らずにすんだって、全然関係ないところであたしはこっそり小躍りする。
ホント、現金で申し訳ない。アハハ。
八千穂さんがその背中を心配そうに見詰めながら、どうしたんだろうってぽつりと呟いていた。
(んんー?)
あれれ?この切ない表情、もしかして、もしかして―――
(八千穂さんって、あのバカの事が好きなんだろうか?)
ただのクラスメイトにしては、そういえば随分なつっこいよねえ。元々そういうタイプだけど。
他の女子のたちが恐々遠巻きに見てるアウトロー皆守に、気負うことなく飛びついてってる、って事は、やっぱりそういうことなわけ?
(あの、皆守を?)
考えてみれば、どことなく、いつも気にかけてるような雰囲気があるし、本当にもしかしたらもしかするんじゃなかろうか?
(でも)
だとしたら―――男の趣味が悪すぎる。
あたしはこっそり苦笑いをする。
八千穂さんは、もしかしたらあいつの本性を知らないのかもしれない。
友達としてはその辺り、はっきり教えておいてあげた方がいいのかもしれないけれど、面倒事はヤだから放っておこうって、あっさり結論付けちゃった。
だってだって!触らぬ皆守にたたりなし。
それに、うまくいったらハッピーなんだろうから、わざわざ野暮な横槍することもないでしょ?
そもそも、その本性を知ることとなった『経緯』なんて、詳しく突っ込まれたら、こっちのほうがピンチだし、次いで更なる秘密までばれてしまったら、話しになんないよ。
なんせ八千穂さんは口が軽いから―――
(ヤダヤダ!そんなの絶対にお断り!)
気持ちを本人に確認したわけでも無いし、おせっかいは火傷の元だって、あたしはそれ以上考えるのをやめた。
まあ、化けの皮はいつか剥れちゃうもんだからね。
「って、あー!」
いきなり叫び声を上げたあたしに、八千穂さんと劉先生がビックリした顔でこっちを見ていた。
そういえば、そういえばあたし!
―――今夜また、皆守が部屋に来るんだった!
「玖隆クン?」
うわっと、いけない!
「あ、や、やー、その、見たいテレビがもうすぐ始まっちゃうの、思い出したんだ」
相変わらず苦しい言い訳、トホホ。
「そっか、じゃあ、急いで帰らないとね!」
八千穂さんは素直に信用してくれたようだった。
ううん、いい子だなあ、こうなると口が軽いのもやっぱり愛嬌として見逃すべきなんだろーか。
「フフ、なるほどな」
意味深な笑い方をして、劉先生は探るような目であたしを見ている。
もしかして、全然関係ないことで叫んだって、バレてる?
「ゴメンね八千穂さん、先生も、それじゃ、また明日」
「またね!」
「気をつけてお帰り、それじゃ、また」
転がるように駆け出しながら、胸のドキドキが収まんない。
うー
うー
どうしよう
どうしようどうしよう、本当に本当にどうしよう!
二人の姿が見えなくなるところまで走って、念のため物陰に隠れて、思い切り大きな溜息を吐いた。
「あいつ、本気なのかな」
蘇ってくる生々しい思い出。
途端、体の芯がずくんと疼く。
うう、思い出すのもイヤ。考えるも、恐ろしくってたまらない。
「どーしよ」
トホホ。
泣いちゃいそうだった。ううん、女一匹、こんな所で泣くわけにはいかない。
―――でもやっぱり、部屋に戻らないと駄目なんだろうなあ。
仕事道具は全部部屋だし、まさか放っぽり出して逃げるわけにも行かないし。
頭をガリガリ掻きながら、あたしはウウと呻き声を上げる。
願わくば―――そう、本当に願わくば、あのまま機嫌を悪くした皆守が、二度と関わってきませんよーにッ
喧嘩別れみたいになっちゃったし、その可能性って大きいんじゃないだろうか?
(うん)
目をつぶって固まりながら、あたしは呪文みたいに同じ言葉を繰り返した。
「大丈夫、大丈夫、きっと来ない、大丈夫、大丈夫、大丈夫―――」
暫らくしてようやくちょっと落ち着いた所で、両手で頬をぱちんと挟んで自分に気合を入れなおす。
「いよっし、帰るぞーッ」
でも戻る場所は勿論、女子寮じゃなくて、男子寮だ。
途端にちょっとグッタリしながら、それでも、踏み出す爪先に力を込めた。
(女の子として潜入してたらこんな苦労は無かったのに、情報局のバカーッ)
そうだ、今回の情報漏えい、これとあわせてチャラにしてもらおう。
それだけの害は、すでに充分被っている。
「おのれー」
部屋に戻ったら何をしよう、装備は何をもっていこうとか考えながら、あたしの足はどんどんスピードを上げていった。
ガタガタのエンジンが精一杯空回りしてるみたいな―――根拠のない気合だけ一杯に膨らませて。
(次へ)