お昼時。

でもあたしは非常に機嫌が悪い。

なぜかっていうと、よりによって皆守が、カレーパン買って来いってメールで呼び出してきたから。

あいつはあたしを使い勝手のいい召使かなんかだと思ってんのか?

凄く腹が立って、無視してやったら、ご丁寧に追加メールが送られてきた。

『ああ、腹が減って頭がぼうっとするぜ、余計な事口走っちまわなきゃいいんだが―――

ムキー!

そんな脅し文句ってアリ?

勢いでHANTを壊しそうになって、あたしはグッと堪えて、カレーパンを届けにわざわざ保健室まで出向いてやった。

他に、室内にいた取手君と瑞麗先生に変な顔されたけど、そのままコソコソとカーテンで区切られたベッドの一つを覗き込む。

「よお、玖隆、俺からのメール、読んでくれたんだな?」

あたしは無言で紙袋からカレーパンを取り出すと、そのまま皆守の顔面めがけてバシンと叩きつけて、シャッとカーテンを閉じた。

―――いってえ!お前、なあッ」

内側から聞こえてくる呻き声を無視して、そのまま「失礼しましたー」とさっさと保健室を後にした。

まったく、ちゃんと届けてやっただけでも感謝しておけ、バカ!

そのままの勢いで屋上まで登っていく。

ここと、温室が、天香学園であたしが一番気に入っているスポットだ。

どっちも静かだし、のんびり出来て凄くいい。

もっとも、屋上は皆守がいないとき限定の安らぎスポットなんだけどね。

蝶番の軋むドアを押し開けて、四角い枠の空の下―――に、誰か立ってた。

(あれれ?)

珍しい。

もしかしなくても、多分きっとあの不良が殆どここに入りびたりのせいなんだろうけど、アイツ以外の姿ってここではまず見かけないのに。

「あら?」

気配に気付いて、その人が振り返った。

燃えるように綺麗な赤毛の、それは―――おっそろしく美人のお姉さまだった。

出るとこが出て、引っ込むとこが引っ込んでる、理想的なナイスバディ。

あたしは思わず自分の胸を触りそうになる。

―――だって、標準サイズより更に小さい事くらい、自分でよくわかってるんだもん。

最近はさらしを巻いてるせいで、なんだかどんどん小さく、平たくなっていってる気がするし。

「あ、あの」

あたしが喋る前に、美人は暫らくあたしの姿を、それこそ頭のてっぺんからつま先まで見回した後で、ふうんと意味深な声を洩らしていた。

え、ええと、何だろ。

「あなた」

「は、ハイ」

「もしかして、転校生?」

「そうですけど」

「確か、うちの部員だったわよねえ、名前は―――

うちの、部員?

あたしは多少首をかしげながら、先に名乗った。

「玖隆あきら、です」

「そう、やっぱり、あなたがそうなのね」

お姉さまはふわりと髪をかき上げる。

いいなあ、美人はやっぱり余裕があるよね。

むっちむちの、制服からはみ出した太ももとか、脇腹(タトゥーが入ってる、格好いい!)とか、ナイスビューの胸元から漂ってくるフェロモンの量があたしとは全然違う。

あたしなんか痩せぎすでちっこくて、それこそ出なくちゃならない所がえぐれてて、あまつさえ服の下は怪我だらけで、だってハンターなんだもん。

―――まあ、ナイスバディのハンターはたくさんいますけどね。

(まったく、なのに何で、皆守はこんなのとしたがるんだか)

って、どえええ!

な、何考えてんだあたし!今のナシ、ナシッ

「ねえ、いつまでそこに立っているの?」

艶っぽい声で、ハッと我に返ったあたしは、そのままふらりと青空の下に踏み出していた。

後ろで扉が軋んで閉まる音を聞きながら、美女に向かって首を傾げる。

「あの」

「なあに?」

「さっき、うちの部員って言いましたよね?」

「ああ」

笑顔まで色っぽい彼女は、またウフフと笑った。

「ごめんなさい、自己紹介が遅れたわね、私は水泳部の部長、双樹咲重よ」

ぶ、部長さん!

あたしはその場に硬直していた。

だってだって、あたしってば一応水泳部だけど幽霊部員だし(男子って事になってるのにまさか女子の水着来て泳ぐわけに行かないでしょう?)夜中にその、コソコソシャワールーム拝借してるし、色々後ろ暗くていたたまれないんだもんッ

(あわわ)

双樹さんは高いヒールの踵をカツカツと鳴らして、傍まで歩いてきた。

目の前に立たれてわかったけど、あたしよりずっと背が高い。まるでモデルみたいだ。

「あなた、随分と痩せてるのね」

白くてしなやかな手が、スルリと肩から腕にかけて撫でる。

とっさに何も言えないあたしにかまわずに、うなじとか、髪の毛とか、あちこち触って、最後に頬から顎にかけてのラインを指先でスルリとなぞって、また微笑まれた。

「可愛い」

「は?」

「まるで女の子みたいね、あきらくん」

え、ええと、その、なんと答えたものやら。

(お、女の子なんですよ、実は)

―――まさかそんな事は言えないんだけどね。

双樹さんはあたしの頭をちょっと撫でて、脇をスルリとすり抜けていった。

すれ違い様にフワンと香る、甘い花の香り。

「玖隆?」

「は、はい」

「今度、あなたと一緒に泳いでみたいわ、部のほうにもぜひとも顔を出してちょうだい」

「はあ」

「うふふ、待ってるわよ?それじゃあね」

ギイイ、バタン、と。

ドアが閉まって、あたしはハーッと溜息を吐いていた。

「美人な人だったなあ」

柄にもなく緊張しちゃった。

ホント、おっそろしく蠱惑的で色っぽい人だった。

美少女っていう形容詞はあんまりイマイチ、双樹さんはもう立派な『美女』だろう。

あたしなんかとは大違いだなあと、今度は青色吐息が口から漏れる。

とぼとぼ給水等の傍まで歩いていって、ストンと腰を下ろすと、膝に乗っけた紙袋の中からお昼のあんパンとタマゴサンド、あと、いちごの紙パックジュースを取り出して、ストローを刺して一口ゴクンと飲んだ。

「あーあ」

きっとあれくらい胸があったら、潜入調査も大変だったろうなあ。

何たってさらしで誤魔化しきれないだろうし、それ以上に体型がすでに女らしさ爆発だから、いくら男物の制服を着たってコンマ数秒でばれるに違いない。

あたしは自分の胸や、お尻や、太ももを触ってみて、もう一回溜息を吐いた。

「男の子だよ、コレ」

発育途中だと頑張ってみても、あんなの見せられちゃったら、そんな事言えなくなっちゃうなあ。

うな垂れていちごジュースを飲む、今のあたしは誰が見たって間違いなく背が低くて骨っぽい男子高校生だろう。

そういえば昔、同僚の女の子に言われたことがあったっけ。

―――その、『女の子はエッチをすれば変わる』とか、何とか。

「うーッ」

首をぶるぶると振って、あたしはその考えを永久追放してやることにした。

そんなでたらめ、冗談じゃない!

だったら今頃あたしだって双樹さん並の美女になってるってーの!

「うわあ、何考えてるんだ!」

思わず声に出して叫んで、あたしは思い切りあんパンにかぶりついていた。

もう、いいッ

これ以上余計な事なんて考えるもんか、そうでなくてもここに来てから、悩みの種がなくならないっていうのに!

―――筋力とバネだったら、負けないんだけどなあ」

呟いてみて、それがなんだか切ない事に気づいて、あたしはジュルジュルと残り少ないジュースを吸い上げていた。

見上げた空はどこまでも真っ青で、あたしの気分も果てしなくブルー

(あーあ)

遠くで、お昼の終わりを告げる鐘の音が鳴っていた。

 

午後、帰りのHRが終わってすぐ、雛川先生が色々親切にしてくれたものだから、調子に乗ってスリーサイズとか聞いて、物凄く後悔していた。

だって上から855989って何事?

あたしなんて―――ごにょごにょ―――と、ともかく、ここの女の子は案外手強い。

椎名さんや白岐さんと戦っても勝てる気がしない、のだけど。

(あう)

ションボリしてたら男前の声が聞こえてきた。

こ、この声はッ

「よ、こんちわ、玖隆」

夕薙君!

「あまり先生を困らせるなよ?」

あたしより頭一個分以上は確実に大きな姿を見上げながら、あたしはボーっとがっしりした上腕筋や大胸筋に見とれる。

む、胸だけだったらあたしより凄くあるかも。

(ショック)

けど、そんなバカな事はとにかく、近くで見ると夕薙君はやっぱり格好いい。

まず声がいいし、それにこの体格、性格も申し分なし。

アダルトで、ちょっと陰のある感じがなんだか凄く好みのタイプだ。

夕薙君の傍だと、雛川先生がずっと小さくて可憐なお花みたいに見えちゃうよ。

まあ、それは結構違うんだけどね。

先生は二人とも早く帰るのよと、ちゃんと先生らしく一言言付けて教室を出て行った。

相変わらず熱心なイイヒトだ。

「正に、呪われた学園に咲いた一輪の花だな」

「うん」

あたしもそう思う。

彼女みたいな人がいるなら、この学園もまだ捨てたもんじゃない。

もっとも、他にも八千穂さんみたいないい子や、夕薙君みたいに格好いい人がいるんだから、案外いい所だよね。

―――皆守の事は、とりあえず他所においておくとして。

「だが、世の中にはああいう花を手折ろうとする愚かな連中もいる」

んん?

「そんな奴らは根絶やしにされるべき存在だ、そうは思わないか?」

あたしは夕薙君を見上げて、首を傾げる。

うーんと、ちょっと穏やかじゃない話ね、それって。

夕薙君は暫らくあたしを見て、苦笑しながら「そのうち君にもわかるさ」と頭をポンポンと叩いた。

あたしって、何だかんだでよく頭を叩かれるなあ。

コレってやっぱり小さいからなんだろうか。一応、160センチメートルはあるんだけど。

「変な事を聞いてすまない、それより、君はあの噂話を聞いたかな?」

「噂って?」

「ああ、何でもこの学園に伝わる怪談で、二番目の光る目というものだそうなんだが―――

夕薙君が話してくれたのは、今朝聞いた異星人話並に胡散臭い妙な話だった。

窓の外にいきなりあらわれた光る目が、人を焼き尽くすだなんて、そんなの本当にあると思う?

(まっさか)

でも、夕薙君は続けて、そうやって何人も生徒が消えているとも話してくれた。

「失踪の理由として生徒達が作った噂話というだけなら、どうという事は無いが―――この学園の多くはそれをただの噂話だと思っていないようだ」

そうして複雑そうに顔をしかめている。

「なあ、玖隆、この世に人を焼き殺す目など存在するわけないと思わないか?」

「うん」

まあ、ねえ。

でも、あたしは曖昧なままじゃ判断しないタイプの人間だし。

それはつまり、物事に対して確証がない限り、否定も肯定もしないってこと。

夕薙君は何が何でも信じたく無いような口ぶりだけど、あたしはそこまでオカルト否定派じゃない。

「君は、もう墓地には行ってみたか?」

―――んん?

「うん」

「そうか、何か怪しいものを見つけたか?」

「まあ、一応」

「そうか、実は俺も墓地へ行った時に奇妙な光景を目撃した」

ええっと。

っていうか何でそんな話を急に振られちゃったんだろ?

あたしは不意に、今朝の七瀬さんの一言を思い出していた。

―――まさか、夕薙君も、あたしの正体に半ば見当がついてる、とか?

(うあッ)

やっぱり―――ちょっと油断が過ぎるのかもしれない。皆守の事といい。

今の状況、プロの仕事としては落第点だよーッ

それでもまだ、数百人いるこの学園の中で、たった六人だけど、それでもこれまで以上に気をつけなければ。

またややこしいことになったら、ホント困るもんね。

他所事を考えてたせいで、その後の夕薙君の話は殆ど耳に入ってこなかった。

気づけば教室には夕日が差し込んでいて、直後に教室一杯に下校時刻を告げる鐘の音が鳴り響く。

今、ここにはあたしと夕薙君しかいない。

ちょっとドキドキするシチュエーションだけど、今のあたしはどうせ男の子だし、まかり間違ってもロマンティックな雰囲気にはなりようもないだろう。

(まあ、いいんだけどね)

それでもちょっとだけ悔しくて、内心チェッとか呟いてたら、険しい顔をした夕薙君が急にグッと両肩を手で掴んできた。

(えっ)

ビックリして目を見張るあたしに、背の高い彼が上から覗き込んでくる。

「いいか、玖隆」

「は、ハイ」

「生きてこの学園を出たければ、誰も信じるな」

「えっ」

夕薙君は不思議な気配をたたえた瞳であたしをじいっと見詰めて、不意に片手をぽんとあたしの頭に置くと、それじゃと呟いてそのまま教室を出いってしまった。

一人残されたあたしは、まだちょっとドキドキしたままさっきの言葉と夕薙君の顔を思い出している。

あれだけ大きい人に見下ろされると、結構な威圧感だった。

夕薙君って目は案外優しい感じなんだ。髪の毛硬そうだったな。

でも、最後のあの言葉は何だったんだろ?

生きてこの学園を出たければ、誰も信じるなって―――

(それって夕薙君のことも信じるなってことなんだろうか?)

はっきりいって訳がわからん。それなら、忠告する意味がないじゃない。

「んー、なんだか複雑だなあ」

でも考えてても仕方ないしと思い直して、あたしは自分の机に鞄を取りに行く。

放課後だし、そろそろ校舎を出ないとね。面倒ごとになる前に退散しなきゃ。

生徒会の人と喧嘩になるのは遺跡の中だけで十分だもん。

それに、放課後は八千穂さんと約束してるし。

(早く行こ)

鞄を片手に掴んで、あたしは、夕陽に追いたてられるようにして教室を後にした。

 

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