「で」

寒さに身体を小さくして、鼻をすすりながら、隣に立つ皆守を見上げる。

「何でこんな事になってるんだよ」

「俺に聞くな」

真っ暗な夜の天香学園。

まあ、この風景は見慣れたものだし、特になんだって訳じゃない。

もっとずっと遅い時間にあたしは遺跡にもぐりに行ってるわけだし。

けど、問題はそこじゃなくて―――

「あ、メールだ」

端末に届いたメールを開封して、あたしはうーと唸り声を洩らす。

皆守の携帯からも着信音が聞こえてきて、実はそれってあたしのと同じなもんだから、あたしまで少しあたふたしてしまった。

画面を開いて中を読んで、皆守も同じように閉口しちゃってる。

メールの送り主は八千穂さん。皆守のも、あの反応からして多分同じメールが届いたんだろう。

―――遡って夕方、彼女に頼まれていた例の『相談』が、すべての事の発端だ。

「異星人が、女子寮を覗いてるみたいなのっ」

そんなハチャメチャな想像をする八千穂さんも八千穂さんだけど、彼女にうっかり知識の元を与えたのが七瀬さんだと知って、あたし達はますます鬱になった。

まさか、昼間の逆襲(の、つもりだったのかどうかはわかんないけど)をこんな形でされるとは。

なぜか一緒に呼び出されていた皆守なんかはいい加減にしてくれって適当に逃げようとしていたんだけど、八千穂さんの子供じみた挑発にうっかり乗って、結局あたし達は女子寮の見回りを言いつけられてしまった。

うーん、こんな所まで引っ張り出すだなんて、八千穂さん、皆守の事頼りにしてるんだなあ。

(あたしって、もしかしなくてもダシだったんだ、きっと)

すっかり巻き込まれてちょっと迷惑、と、それは少し先走りすぎだろうか。

とはいえ、いくら『怖いんだ』とバカにされたとはいえ、すんなり承諾した皆守にも実はちょっと驚きだったんだよね。

この二人って、無意識なだけで、実は結構いい関係なんじゃないだろうか?

皆守はあたしに構わず、もっと八千穂さんと仲良くすればいいのに。

「何だよ」

あたしの視線に気づいた皆守が、少し怪訝な顔で振り返った。

「別に」

あたしはプイとそっぽを向く。

とにかく今非常に不快な状況である事に変わりない。

だって寒いし、皆守なんかと二人っきりだし、昼間夕薙君と二人だったときとはまた種類の違うドキドキがある。

つまり何されるかわかんないっていう―――

「おい、玖隆」

皆守が、寒くないかとさりげなく傍に寄ってきた。

だから、近づかないでっての!

「寒くないですッ」

「嘘つけ、震えてるじゃねえか」

うっ

「お、俺はお前と違って皮下脂肪が少ないから、熱の放射が激しいんだッ」

「俺だって太ってねえよ、それにお前、体温高いじゃねえか」

いっつも抱き枕代わりに、と言いかけた口元を両手で塞いで、あたしは思い切り皆守を睨みつけてやった。

そんな事、外で普通に喋らないでよ!誰かに聞かれたらどうするのッ

皆守は、あたしの両手を下ろさせて、やれやれと後頭部をぼりぼり掻いた。

「で、どっちから見回るんだ、右か、左か?」

何その疲れた顔は。

むすっとしながら、あたしは右を指差した。

「右だな、じゃあ行くぞ」

ふい、と、手を差し出されて。

―――何だよ」

「手」

「だから、何よ」

「寒い、ほら、早くしろ」

あたしはむすっとその手を睨みつけて、暫らく迷って、やっとつないだ。

―――だって、寒かったんだもん。

皆守はなんだか少しホッとしていたみたいだった。

「行くぞ」

あたし達は並んで一緒に歩き出す。

こんな光景、誰かに見られたらきっと凄く変だと思われるだろうけど、規則の厳しいこの学園じゃ暗くなってから外を出歩いている人は殆どいない。

加えて、今夜は月の光も霞掛かってる、ぼんやりした夜の闇。

皆守の手は結構骨張っていて、そんなにあったかくないんだけど、あたしの手があったかいからなんだか少しだけホンワカしてる。

人肌の温もりってそんなに嫌いじゃないんだけど、こいつのだけはどうにも馴染めないよなあ。

まあ、これでも前よりは随分平気になっちゃったんだけどね。

もうかれこれ二週間近くアレコレあったし、さすがにあたしも怒ってばっかりじゃ疲れてきた。

それでも、不意に触られたりすると、まだ鳥肌が立つけれど。

「なあ、皆守?」

「ん」

ちょっと先を歩く皆守は、あたしを振り返らないで答える。

「皆守ってさ、八千穂さんのこととか、どう思ってるの?」

ぴたりと足が止まった。

「何だって?」

「好きなの?」

振り返った顔が、あんぐりと口を開く。

―――あれ?

「違うの?」

「というか、お前、何で急にそんなこと言い出すんだ」

「いや、だって」

うーんと唸るあたしと、同じようにううんと唸りながら、皆守はまた面倒臭そうに頭を掻いた。

「そういや、俺もお前に聞きたい事があったんだ」

「何?」

「昼の話だがな」

あたしははたと、ついうっかり口走った自分の言葉を思い出す。

―――アレ、どういう事なんだ?」

「どうって」

皆守はなんか変な顔をしていた。

端的に言うなら、ヤキモチ?

何となくそれっぽい感じがするんだけど。

でも理由が思いつかないから、多分違うと思う。

別にあたしが他に好きな人がいたって構わないじゃない、どうせ皆守なんて、適当な理屈をつけてあたしの事苛めてるだけの癖に。

(ううん、わかりづらい奴)

あたしはこめかみを人差し指でポリポリ掻いた。

「別に、皆守に話すような事じゃないし、放っておいてよ」

「いいから教えろ、好きな奴って、そりゃ、その―――今でも、なのか?」

はあ?

いきなり何を聞きだすんだ、こいつ。

変な顔したあたしに、皆守は口元のパイプを手に取って苛々と先端を揺らしている。

「さっさと答えろ、でないと、無理にでも言わせるぞ」

こいつの場合、それが口だけにならないから性質が悪い。

あたしはむっと顔をしかめて、少し逡巡して、観念すると渋々口を開いた。

―――なんだかすっかり言いなりだなあ、悔しい。

「好き、だよ、今も」

完全片思いだけど。

だって向こうはあたしの事なんて全然そんな風に見てくれてないし。

皆守は一瞬目を見開いて、それからますます複雑な表情を浮かべていた。

もうこうなっちゃうと何を考えてるのか、あたしにはサッパリわからない。

もしかしたら何にも考えてないのかも、こいつって、そういう所あるみたいだし。

「どんな奴なんだ」

「同じロゼッタの、ハンターだよ」

「歳は」

「年上」

「身長は、俺より上か」

妙な事気にするなあ。

「そうだよ、夕薙君より大きいよ」

そんでもって物凄いハンサム。少なくとも、あたしの人生で彼以上のハンサムって見た事がない。

「どこで知り合ったんだ」

「それは―――

言いかけて、あたしは口を閉じた。

いくらなんでもそれは聞きすぎ。あたしも、わざわざ話してあげるような筋合いは無いだろう。

「オイ」

焦れたような皆守に、あたしはじいっと睨みつける事で、意思を酌んでもらおうとした。

皆守はしばらく何か言いたそうな顔をしていたんだけど、そのうち手に持っていたパイプをガチンと歯で噛んで、ボリボリ頭を掻いてそっぽを向いてしまった。

つないだまんまのあたしの手を、キュッと握り締める。

「まあ、いい」

そのまま、また歩き出すから、あたしも後から付いて歩いた。

―――どうにも妙な感じだ。

色んな事が、全部うやむや。皆守が何を考えてるのかだって全然わかんない。

ただ空気だけが清んでいて、チカチカ瞬く星が綺麗だった。

あたしはぼんやりと彼の事とか思い描いてみたりする。

懐かしいなあ、会いたいなあ。

―――女の子達の嬌声が聞こえてきた。

気づけば、あたし達は女子寮の裏手に来ていた。

「ここ」

コンコンと、壁を叩いて中の物音に耳を澄ます。

本当だったら、この雰囲気の中にあたしもいたんだよね。

「日本のお風呂、浸かってみたかったなあ」

溜息をつくと、髪をクシャリと撫でられた。

見上げた皆守は月を眺めながら口元でアロマの煙を漂わせていた。

「イヒヒ」

んん?

妙な声に、あたし達はパッとそっちを振り返る。

「ええ眺めじゃのう、長生きはするもんじゃい」

って、あれは、堺さん?

「この、クソジジイッ」

皆守が舌打ちをして、あたしの前に割り込んだ。

背が低いから、こうなっちゃうとあたしの姿ってきっと堺さんからは見えない。夜だし。

皆守と境さんが言い争うのを聞きながら、あたしは目の前の皆守の後姿を見上げている。

こいつ、髪が真っ黒だし、制服も黒だから、こうしてると本当に影法師みたい。

あたしの髪の毛は染めてるわけじゃなくて、元々こげ茶色だから、ちょっと目立つんだよね。

間隔遺伝とか、そういう話らしい。おばあさまとおんなじ色なんだ。

「覗きはほどほどにするんじゃぞ?じゃ、またの」

堺さんは捨て台詞を残していってしまったみたいだった。

皆守が苛々とアロマの煙を吸引してる。痴漢仲間だと思われたのがよっぽど心外だったらしい。

―――まあ、あたしからしたら、皆守のほうがよっぽど悪質だと思うんだけどね。

「ったく、あのエロジジイが」

「堺さん、行っちゃったの?」

「ああ、まさか、あいつが異星人騒動の犯人じゃないだろうな」

それはありうるかも。

皆守がさりげなくまた手を掴むので、あたしはおとなしく従った。

やっぱりこうしてるだけでも結構違うもんだな。さっきよりちょっと暖かくなったし。

「さっさと見周りを終わらせて、寮に帰るとしようぜ」

あたし達は女子寮の脇道の方へと歩いていった。

 

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