―――そして、その後、皆守のご機嫌は落ちるとこまで落ちた。

まあ、別にアイツが浮かれていようが怒っていようが、凹んでようが、どうでもいいんだけどね。

ただ、その余波がこっちまで及ぶのがいただけない。

そしてまた原因は理解不能だった。

お互いコーヒーと紅茶を飲み終わる頃にはいくらか雰囲気も改善されて、カレー馬鹿の皆守が通ぶって薀蓄を垂れていた途中、呆れ気味に聞いていたあたしと、並んで歩く向こうから取手君がやってきた。

「やあ」

「取手君」

「良かった、君を探してたんだよ、あきら君」

「え、どうしたの?」

立ち止まったあたしの隣で、皆守も取手君をじっと見ている。

取手君はそんな皆守の事をチラッと気にしてから、あのねと話し始めた。

「君は、隣人倶楽部というのを知っているかい?」

「ああ、うん」

その名前はお昼にマミーズで舞草さんから聞いた。

クラスの女の子達も話をしていた、最近八千穂さんが通いつめている件のセミナーの主催元だ。

心が安らかになって、主催者の男の子がとっても可愛くて、おまけにダイエット効果まであるという―――まあ、最もダイエット効果は心理的なものというか、オマケなんだろうけど。

それに、どっちにしろあたしは大して興味が無い。

だって心安らかになんて、皆守がいなくならない限りここでのあたしにとっての平穏は訪れないだろうし、主催者の男の子が可愛かろうがなんだろうが、同い年じゃあ大して興味はわかない。

ハイティーンエイジャーなんて、ガキもいいところじゃない。特にここはごく普通の全寮制ハイスクールだし、そんな場所に素敵な男の子がいるわけもない。あ、夕薙君だけは別だけどね。

それと、ダイエット効果。

(これ以上えぐれたらどーしてくれるのよ)

舞草さんや八千穂さんみたいにあちこちムチムチだったらそういうことに気遣う余裕もあるんだろうけど、とにかくあたしはもうちょっとその、全体的にふっくらとしたいくらいなのだから、痩せちゃったら困る。断固困りまくる。

そのどうでもいい隣人倶楽部とかいう胡散臭い集団の事で、取手君はあたしに警告しに来てくれたみたいだった。

「汝の隣人を愛せ、彼はそう繰り返して、教祖のように啓蒙活動を続けているけれど、セミナーに参加している人たちは誰もどんどん痩せ衰えていっている、悪い心が吸い取られたおかげだと思って、みんな喜んで通いつめているらしいんだ」

「うわ、怖ッ」

「うん、そうだよね、僕もそう思うよ」

「何だ取手、お前は参加希望じゃないのか?」

皆守の余計な横槍に、取手君はなんともいえない表情で振り返ってちょっとだけ閉口した。

―――以前の僕ならそうしていたかもしれないね、でも、今は」

今度はあたしに優しく笑いかけてくれる。

「あきら君に、出会えたから」

「俺?」

「うん、そう、君が僕を救ってくれたから、僕はもう、大丈夫なんだ」

「そっかあ」

エヘヘ、そう言われると、何だかちょっと嬉しいなあ。

ニコニコ見詰めあうあたし達の横で、殺気めいた気配が生まれていた。あたしは当然無視をした。

「とにかくあきら君、君がこれ以上あの墓地の先へ進むつもりなら、十分気をつけたほうがいい」

「うん、取手君、ありがとう」

「わかってくれたなら、それでいいよ」

あたしより30センチ近く背の高い、まるで巨人みたいな取手君を、あたしはいっぱいいっぱいに見上げている。

取手君もこっちを見てる。

大きくても威圧感を感じさせないのは、取手君が凄く優しいからだよね。

いつでも心配性なくらいに気を使ってくれるから、時々ちょっと困って、結構嬉しい。

もしあたしにお兄ちゃんがいたらこんな感じだったのかなあ?

「僕が知っているのは今のところこれだけだけど、もし何かわかったらまた教えるから」

「有難う」

「それと、僕の力が必要になったときはいつでも呼んで欲しい」

あたしがうんと答えると、取手君は少しだけはにかんだように笑っていた。顔が赤い。

「それじゃあ、気をつけて、あきら君」

そっと伸びてきた手が何気なく髪に触れて、直後にハッと引っ込んだ。

きょとんとしたあたしは、ニコリと笑って今度は逆に取手君の手を取ると、ギュ、ギュと握手をする。

「あ、あきら君」

「色々とアリガト、取手君も何かあったら、俺に声をかけてね」

「う、うん」

取手君は顔を真っ赤に染めて、手を放した直後にチラッとだけ皆守のほうを見ると、いそいそと来た道を帰っていった。

何だか滅茶苦茶照れてたみたいだけど、言う割にはスキンシップ自体には慣れてないのかなあ?

でも、わざわざ今の事を言うためだけにあたしを探しに来てくれたのか。ううん、いい人。

見送ってたらいきなり後ろから髪をわしゃわしゃかき回された。

「うあッ」

あたしはすぐにバネ人形みたいに振り替える。

「皆守!何すんの!」

「うるさい、それより、今の話だがな」

苛々と咥えたパイプの端をかじる奴を睨みつけながら、あたしは手櫛で一生懸命に髪を整えた。

何でいきなりひどい事するかな、この気分屋め!

そりゃ、元々寝癖で跳ねまくりだけど、これ以上滅茶苦茶にされたら格好悪いでしょうがッ

皆守は憤慨するあたしの気持ちなんかどこ吹く風で、八千穂さんがどうとか話を始めた。

うー、本ッ当に素直じゃないなあ。

心配なら心配で、堂々としてあげればいいじゃない。

っていうか前訊いたとき違うみたいな事を言っておいて、それじゃあ何?もしかしてこいつ、自分の気持ちに気づいていないとか、そういうオチですか?

(ウザイ)

イチャコラなら二人きりのときにでもやってと、話半分で聞いていたら、唐突に黒塚君が飛び出してきた。

「それはこの地の石達があきら君を呼んでるからさ〜」

「うわあッ」

「黒塚、お前ッ」

黒塚君は皆守とあたしの間に強引に割り込んで、あたしの両手を取りながら、鼻がくっつきそうなほど至近距離まで顔を近づけてきた。

なんだかちょっと興奮気味?えーと、その、あたし石じゃないよ?

「僕にはわかるよ、君はこれを受け取るにふさわしい人物だ、さあ、君にこれをあげよう、あきら君」

ぎゅっと手に握らされて。

開いて見ると、そこには鍵が一つ。

「これは、僕が部長を務める、遺跡研究会の部室の鍵さ」

「石研の?」

「そうだよあきら君、これがあればあの神聖な場所にいつでも入れる、僕も、僕の子供達も、いつでも君を待っているからね、今度一人でおいでよ、日が暮れるまで、いや、暮れた後も、何なら夜が明けるまで、二人きりで石について大いに語り明かそうじゃ」

そこまでひと息に話していた黒塚君の、体が唐突に横様に飛んだ。

振り返ると片足を蹴り上げた姿勢のまま皆守が仁王立ちになっている。

その顔が、ギギギーッと擬音付き(みたいなイメージ)で、あたしを振り返った。

(ひええッ)

なななんか、その、これはちょっと―――怖いんですけどっ

(うっクソ、皆守ごとき、ビビってどうすんの!しっかりしなさいあたし!)

必死に奮い立たせようとしている最中、強引に腕をつかまれて―――

「行くぞ」

「え?で、でも、黒塚君が」

「黙れ、お前に選択権は無い、それとも黒塚とねんごろにやるつもりか、オイ?」

―――ヤクザだ。

ジャパニーズマフィアだ。

少なくとも皆守にはその素質がある。

グイグイと引きずられるように歩き出しながら、心配で振り返ったあたしの視界に、倒れていた黒塚君がよいしょおっと起き上がってまたねと手を振っていた。

(は?)

えーっと、もしかしてノーダメージだったわけ?

(た、タフだなあ)

皆守は多分、手加減したんだと―――信じたいんだけど、でも結構いい音したんだけどなあ。

今あたしを捕まえている手の力も、引っ張っていく腕力も、とんでもなく強いし。

そのまま廊下の端の人気の無いところまで連れて行かれて、奥まった場所に背中を押し付けるようにして立たせられると、両脇に付いた腕があたしの退路を完全に遮蔽した。

そのまま、今度は皆守があたしの鼻先に鼻をくっつけるようにして覗き込んでくる。

「お前なぁ!いい加減にしてくれよッ」

「な、何が」

「俺の身にもなれと言ってるんだ、ああクソ、こんな事言ってもどうせお前はわかっちゃないんだろうが」

「はい?」

まるで主旨が見えてこない。

それより暴虐無人な振る舞いに段々腹が立ってきた。

あたしは目の前のふてくされた瞳の奥を覗き込んで、こっちも怒ってますよオーラをみなぎらせていると、唐突に、噛み付くみたいなキスをされた。

「ンッ、フッ!」

唇を割って、無理やり舌が入り込んでくる。

「んふッ、ん、ンンッ」

ジタバタもがくあたしを抱きしめて拘束しながら、散々口の中をかき混ぜられて―――息が苦しくなってきた頃、ようやく濡れた音と一緒に唇を開放された。

皆守は同時に両手もパッと離して、用があるからもう行くと、くるりとこっちに背中を向けた。

「じゃあな」

「なっ、ば、バカ、皆守ッ」

「フン、自業自得と思い知れよ―――後でな、あきら」

「後なんてあるか、この大バカ野郎!」

うー!また変な事された!くそお!

色んな事が一気に頭の中をガーッと巡って、あたしはとりあえず黒塚君から受け取った石研の部室の鍵を握り締めたまま、皆守の背中にハイキックをお見舞いしていた。

うっと呻き声を洩らしたあとで、振り返らずに黒塚の所には絶対に一人で行くなよと捨て台詞を残しながら、皆守はそのままフラフラと歩いていく。

黒い生地の上にあたしの足跡がはっきりと残っていた。

なんでいきなりキスされなきゃならないのよ、バカ男。

あたしはぐしょぐしょに濡らされたされた唇を手の甲でぐいとぬぐった。

「おのれ、変態カレーマニアめ」

皆守はキスがうまい。

うまいくせに、時々こうやって『わざと』下手なキスをして、あたしの口を汚すんだ。

理由はよくわかんないんだけど、多分嫌がらせのつもりなんだろうと思う。悔しい。

入ってきた唾液を飲んじゃう事もあるし、毎度のことながら気持ち悪くて仕方ない。

実は今もそうだったから、胸がむかむかしていた。あーくそ、結構飲んじゃったなあ。

―――これは、何か口直しが必要です、早急に!

「売店に行こう」

鍵をポケットに突っ込みながら、あたしは誰ともなしに呟いていた。

可愛い紙パックのイチゴジュース。

あれを飲めば、このムカムカも収まってくれると思う。多分。

暴れたせいか、やたら動悸が早くなっているみたいだった。体もちょっと火照ってる。

うー、なんじゃこりゃ。

周りに誰もいなかったかどうか、確認して、ハアと溜息を吐いていた。

それもこれも何もかも全部あの乱暴者の皆守が悪いんだ。くそお。

(いつか、目にもの見せてやるッ)

わざと廊下を蹴りつけるみたいにして、何だかあたしまで乱暴者になった気分だった。

 

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