その後あたしの機嫌は何とか治まっていた。
あ、イチゴジュースのおかげさまなんだけど、他にも色々あって、正直に言えばそっちに気持ちが向いちゃっているってのが一番の理由だ。
「これをボクにくれるでしゅかー?!」
大きな体に見合わない、赤ちゃんみたいな仕草でやきそばパン一個に大喜びしていた男の子。
売店の前での事だ。やきそばパンが売り切れたって聞いて泣いて、彼が泣きそうになっていたから、たまたまそばにいたあたしは、ジュースのついでに今買ったばかりのそれを何となく手渡してあげた。
別に、同情したとかじゃなくって、ただ単純に「え?そうなの、じゃ、ハイこれ」って程度の気持ちだったんだけど、男の子は物凄く感謝したみたいだった。
でもこういうのって悪くないね、ちょっといい人になったみたいで。
あたしが何となく満足していたら、男の子は感謝ついでにセミナーにおいでって誘いをかけてきた。
は?
悪い心を吸い取ってあげるなんて、胡散臭いことまで言ってる。
えーと、じゃあ、もしかしてこの人は―――
(噂のタイゾーちゃん?)
ううん、想像してたのとちょっと違うかも?
もっとヤバいイメージがあったんだけど、彼からはそれっぽいものが殆ど感じられなかった。
言葉の端々に滲むのは、純粋な親切心。いい事をしてあげるんだっていう自信みたいなものも感じた。
何、この人?
にしても、エンゲル係数の高そうな人だなあと、タイゾーちゃんと思しき彼をあたしはしみじみ見上げて思う。
肥満数値とか、そういう問題以前に、彼は純粋な日本人じゃないんじゃなかろーか?
南国の方の血がどっかに混ざってる気がする。ご飯だけ食べてここまで太れるものなのかなあ?
正直言ってそれが一番のナゾだ。
「君はいいひとでしゅね、お名前は?」
いえいえ、名乗るほどのものじゃあございあせんと、直後にあたしは時代劇っぽくその場から退散したのだった。
まだ確証は無いけど、もし彼が噂のタイゾーちゃん本人だとしたら、下手に名前を明かすのはうまくないやり方だし、厄介ごとになったらそれこそ面倒だ。
校内で仕掛けてくるほど生徒会の人も馬鹿じゃないと思うけど、まさかってこともありうるからね。
―――でも本音を言えばこのフレーズをちょっと使ってみたかっただけだったりして。
この間見た江戸時代の捕り物帖とかいうやつ、勧善懲悪モノっていうのかな?ああいうのは。
なんにせよ面白くて結構あたし好み。物語は何でも最後はハッピーエンドで終わらなきゃ!
(でも確か、皆守と一緒に見たんだっけ)
ついでに膝枕させられてた事まで思い出して、またちょっとイライラする。
いかんいかん、そんなのはどうでもいいでしょうが!
でも、あの子をプリティって言う、舞草さんや他の女の子の気持ちがよくわかんないんだよねえ。
ぷにぷにして可愛いって、脂肪過多なだけじゃない。
飽食の時代とかよくいうけどさ、目の前にたくさんある、気持ちいいことばっかり取り込んでたら、その対価もとんでもないことになっちゃう。
与えられるものには、何であれそれに見合うだけの代償が必要であって、彼の場合は外見や精神年齢なんかにその辺りのひずみが出ているのかなーとか、なんとか。
偉そうかな?でも、あたしはいつだってそう考えてるもん。欲しいなら、頑張らなきゃ。
でもガリガリだから、あたしの場合はちょっと払いすぎの気もしないでもないけど。
オマケに最近は凄く不本意に支払わさせされている事もあるし。
「あれは払いじゃなくって強奪だよッ!」
握り締めた紙パックからビュッとピンクの液体が飛び出して、あたしはあたふたとパックを持ち替える。
ジュースのついた手を舐めてると、よおと背後から声をかけられた。
この声は。
「どうした玖隆、こぼしたのか?」
夕薙くん!!!
あたしは急にウキウキしてニッコリ笑いかけた。
紳士的で大柄な所があの人に似てる。
まあ、もっとも彼はもっとエキセントリックというか、破天荒な人なんだけどね。
「君は相変わらず元気がいいな」
相変わらずいい声だなあ、惚れ惚れしちゃう。
そういえば、声だけなら皆守の声も結構好みなんだよね。
(いやいや、アレは性格最低だから、問題外!)
―――素直に好きだって言い辛い、それだって皆守の馬鹿が全部悪いんだからッ
「それだけが取り柄ですから!」
胸を張るあたし(悲しい事に、張っても平らなんだよな、これが、さらし巻いてるせいだけじゃなくて)に笑顔して、大きな掌がポンポンと頭を叩いた。
「ハハハ、いい事だ」
うーん、やっぱりチビッコ扱いされちゃうなあ。小さすぎるのかなあ、あたし。
これでも日本人女児の年齢平均には届いてるはずなんだけど。
ジュースをズルズルすすっていると、夕薙君はそういえば君に一つ聞いておきたい事があったんだと、なんの前振りも無しに訊ねてきた。
「君は白岐をどう思う?」
「白岐さん?」
「そうだ」
んん?
どうってどういうことだろ。恋愛感情とかかな。
「夕薙君はどう思ってるの?」
何気無しに振ってみると、俺は興味があると夕薙君は真面目な顔で答えた。
―――えーと、それは、もしかして?
「好きなの?」
一瞬きょとんとして、それから苦笑いを浮かべられる。またあたしの頭をポンポン叩く。
「ダイレクトに訊いてくるな、君は、まあ、そういう風にとってもらっても構わないさ」
「えっ」
あたしは―――少なからず、ショックだった。はっきり言って。
そりゃ、好きな人は別にいるけどさ、でもそれって完全片思いであって、それで夕薙君はあたしの好みのタイプだから、これでも結構その、何というか。
(もっと仲良くなれたらいいなあとか、思ってたのに)
白岐さんが好きだとは知らなかった。
ガガーン。
正直ガガーンだ。
目の前がちょっと暗くなって、うっかり紙パックを落としそうになってしまった。
だから夕薙君の後の言葉はあんまりよく聞こえていなかった。
なんか、ちょっと宝捜し屋のアンテナがピコンと反応した箇所があったんだけど。
「じゃあな、君がいつか恋敵にならない事を祈っているよ」
同じ転校生同士、親睦を深めていこうじゃないか。
そう言い残して、片手を振って歩いていく。
ああ、あたしの一瞬の片思い、見事に玉砕。恋になる前に失恋しちゃった。
夕薙君の言う親睦っていうのは、結局男同士の友情ってことなんでしょう?
(あたし男の子じゃないもん)
皆守しか知らないけど、でも、本当は女の子だもん。
何であんな変態エロスケベカレー魔王があたしの秘密を知っていて、夕薙君が知らないのか。
悔しいけど、でもバラす事なんてできない。
だって仕事だし、任務だし、これ以上厄介ごとになったら困っちゃうから。
あの時屋上で出逢ったのが夕薙君だったらよかったのにと、都合のいい事を考えながら、残りのジュースをズルズル飲んで、飲みきって、その頃には広い背中は階段の向こうに見えなくなっていた。
夕薙君も皆守みたいに滅茶な注文つけてきたかなあ?
わかんないや、男の子の気持ちなんて。
でも、何となくだけど、夕薙君はそんなことしなかったように思う。希望込みの考えだけど。
「うーぎーッ」
あたしは手の中で、空の紙パックを握り締めると、振りかぶって窓の方に投げた。
残念な事に窓は開いていて、パックは放物線を描きながら青空の中に吸い込まれていった。
マナー違反なんて、細かい事はこの際無視無視!
この傷ついた乙女心と比べたら、些細な事でしょ、そんなもん。
「ショック」
呟いて、トボトボ歩き出した。
白岐さんに非は無いけれど、今だけ、なんだか彼女がとっても恨めしい。
―――女子の制服着て、髪が長かったら、夕薙君もこっちを見てくれたかもしんないなあとか、本ッ当に何の根拠も無いんだけどね。
でも自分のそんな姿を思い描いてみて、全然似合わなくて、やっぱりションボリするしかなかった。
せめて制服だけでも女の子のが良かったなあ、とか、何とか。あーあ。
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