寒風吹きすさぶ10月も半ば。
「今だけは、男の子でよかったと思うなあ」
隣であくびをかみ殺しながら、そりゃ良かったなと皆守が呟いた。
「俺はこの場に自分がいる事自体、すでに後悔しきりだぜ」
「ヒナセンセに見つかったんだろ?ご愁傷様」
「フン、うるせえよ」
皆守もあたしもジャージを着て、今は体育の授業の真っ最中。
男子は体育館でバスケットボール、女子は校庭でソフトボールだ。女の子の体操服は半袖のシャツとブルマ。この寒い中、みんなよく頑張るよね。若さって凄い。
「まあ、お前はあの中に同じ格好で混ざっても、どっちかわからないかもしれないな」
ぼそっと呟いた失礼な一言に、思い切り足を踏みつけてやった。
いってえと振り返った皆守に、お互い喧嘩上等だと睨みあっていると、授業終了のチャイムが体育館に鳴り響いた。
それと同じくらいのタイミングで悲鳴が聞こえて、あたし達は出入り口の方をくるりと振り返る。
運動場の中ほどに人だかりが出来ていた。
その合間から運び出されたのは―――八千穂さん?!
「え!」
見たところ意識が無い様子だ。
驚いていると、隣で皆守が舌打ちを洩らす。
「やっぱりこうなったか」
「どうしたんだろ?」
「バカ、昼前の事を忘れたのか?」
言われて思い出した。そういえば八千穂さん、ずっと元気がなかったんだっけ。
じゃあまさか、彼女が倒れたのって―――
「どうする、あきら、様子見に行くか?」
振り返ったあたしはうんと頷き返していた。
こうなっちゃった以上、彼女に何かよくない事が起っているのは明白だ。
そしてその原因が例の妙な集会に因っているなら。
「行かなくちゃ」
授業の事なんて一瞬で頭から吹っ飛んで、あたしはそのまま体育館を飛び出していた。
皆守もついてくる。
頬を切る風はやっぱり冷たいけど、今は全然気にならない。
タボダボしたジャージの裾を引きずるみたいにして、早く、早くとあたしは全速力で廊下を駆け抜けて行った。
そうして具合を見に行った八千穂さんは、かなりやつれていたけれど、それでも気丈に笑ってくれるもんだから、何だか少し泣ける。
こんな子が他にもいるのかと思うと、あたしの中で怒りの炎が灯るみたいだった。
(絶対ぶち壊しちゃる)
拳を握ったあたしの様子を見て、八千穂さんはタイゾーちゃんを責めないでとベッドの上で悲しそうにあたしのジャージの裾を掴んでいた。
「きっと、何か理由があってこんな事になっちゃったんだよ、本当に救われたがっているのはタイゾーちゃん自身だと思う、きっと」
「でもッ」
「ね、あきらクン、お願い、怒らないで、タイゾーちゃんのこと、嫌わないであげて」
―――この状況でそんな台詞言われたら、返す言葉がなくなっちゃうじゃない。
しょぼんとしたあたしの隣にさりげなく立ちながら、皆守がもうあの集団に関わるのは止めろと、まるであたしの代わりみたいに言った。
こいつは、ここに来た時友達思いだとかルイ先生に茶化されて、その理由をあたしに擦り付けてそっぽ向いてたんだっけ。
巻き込まれているとか何とか。その割には主体性を持って行動していると思うんだけど。
また困った顔をする八千穂さんに、様子を見ていたルイ先生がもう少し休みなさいと声をかけていた。
「君達はもう帰りたまえ、そろそろ下校の鐘が鳴る」
時計を振り返ると、帰りのHRも終わる頃だった。
まだ名残惜しい気持ちで一杯のあたしを、皆守が「行くぞ」とちらりと窺ってそっけなく背中を向ける。
冷たいなあ。せめてお前だけでも八千穂さんの傍にいてあげたらどうなの?
ルイ先生にまで同じ言葉をもう一度繰り返されて、あたしは皆守に続いて何となく浮かない顔のまま、保健室の外に出ていた。
直後にドアの傍に立っていた白岐さんの姿に気づいて、ちょっとビックリする。
彼女の謎かけめいた言葉に答えながら、あたしは自分がなんだか少し彼女を苦手に思っていることに気がついた。
(それって多分、夕薙君が原因だ)
この、美人で、髪が長くて真っ黒で、でも肌の色は透き通るみたいに真っ白で、傷なんて一つもなくて、神秘的な雰囲気を纏った、儚げな印象の『俺が守ってやらなきゃ』感を煽るような彼女の姿。
あたしはっていうとそりゃ肌の色はおばあちゃんと父さん譲りで白いけどさ、日焼けしてるし、傷だらけだし、おまけに髪なんか短くてピコンピコンよく跳ねまくってるし、ついでに言えば美人の部類でもない。
元気だけが取り柄なんて言って、自分で胸まで張っちゃった。
でも胸なんて全然なくて、素で少年っぽい外見。
自分で言うのもなんだけど、フェロモンがきっと足りないんだと思う。
身長が近いのと、痩せてるってことくらいしかあたし達に共通点は無い。
おまけにあたし、任務で男の子としてここにいるわけだから、少年そのものと認識されてるわけだし。
(あーもう、勝ち目なんて最初から全然無いじゃない、うう)
俗っぽいあたしは、純粋に八千穂さんの心配だけしに来た白岐さんを複雑な気持ちで見送った。
彼女は言うだけ言うと、満足したのか、それとも会う気がなくなっちゃったのか、そのまま保健室に入らずに歩いていってしまった。あ、下校時間が近かったからかな?
見送る背中で揺れる、キラキラとキューティクルの輝く、天使の輪が幾つもかぶさった黒くて長い髪。
細い足元。風が吹いたら、そのまま倒れちゃいそう。
あたしなんかきっと風に向かって突進してくようなイメージなんだろうなあ。
「神様って不公平だ」
「ん?」
皆守がちらりとこっちを見て、アロマを吹かしながらしきりに白岐さんがここにいたことに驚いていた。
「後で八千穂に教えてやったらきっと喜ぶぞ」
―――ハイハイ、こちらも仲のよろしい事で。
いいもん、あたしにだって好きな人くらいいるもん。こんな東洋の狭い範囲だけが世界じゃないもん。
(どうせそれに、仕事が終わったら即撤収予定だし)
そんな風に思ったら少しだけ胸が痛んで、でもその理由があたしにはよくわからなかった。
このひと月で友達は結構できたけれど、相変わらず厄介事はてんこ盛りだし、心の安息なんて全然得られてないんだから、未練なんて湧くはずがない。
あたしはすぐに、心の中で首を振る。
寂しいなんて錯覚だ。あたしは、お仕事をしに、ここへ来たのよ?
皆守が噂の倶楽部に顔を出してみないかと誘う。
気が紛れるならこの際何だっていいや。
八千穂さんだって喜ぶだろうし。
よかったねえ、こいつ、滅茶苦茶鈍いけど、ちゃんと貴女のこと心配してくれていますよー?
(アホらし、何すねてんのよ)
らしくない。
こんな自分は全然了見が狭くて気持ち悪い。嫌だ。
あたしは両方の頬を掌でパチンと挟んで、オウと答えて皆守を振り返っていた。
「八千穂殿の敵討ちでござるな?いざ共に参らん、皆守の介!」
「はあ?何だそりゃ」
「うるっさい、あんたが言い出したんでしょ?いいから、さっさと教室に戻って着替える!いつまでもジャージでいない!」
お前って、本当に脈絡無いなと呟いて、皆守は歩き出していた。
それはあんたでしょーが。
丸めた背中を何となく見上げながら、後に続くみたいにして一緒に歩き始めた。
何となく、何となくだけど、ちょっと寂しいような、センチメンタルな気分が湧いて出てきて、それは消そうとしてもどうしようもなくて、あたしは内心、こっそり困っていた。
(次へ)