朝から妙な事になっていた。

みんな、ソワソワしてるから、訊いてみたらツチノコが出たんだって!

「えええええー!」

―――奇人変人揃いの天香学園だとは思っていたけれど、まさかこんなわけわからん噂までまかり通っちゃうわけ?

ちょっと偏差値が低すぎるんじゃないの?もしくは心がピュアピュアすぎるとか。

ここに皆守がいたら痛烈なツッコミをかますのだろうけど、生憎あたしはひとりで登校して来ていた。

朝ごはん食べたら、あいつの携帯電話が鳴って、そのままふらりと部屋を出ていっちゃったんだ。

何しにどこへ行ったんだか知らないけど、時々得体が知れないんだよね、皆守って。

教室に入ろうとしたら、八千穂さんが息急き込んで駆け寄ってきて、あたしの腕を捕まえた。

これは、もしや―――

「おはよ、あきらクンッ、ツチノコ出たって聞いた?」

(やっぱりね)

苦笑いのあたしに、八千穂さんはそのままグイグイ腕を引っ張って歩きながら、しきりにツチノコの話を聞かせてくれた。

昨日まで全然そんな話聞かなかったから、多分一晩で集めた知識なんだろうけど、それにしてもよく調べたなあと感心する事しきりだ。

七瀬さんあたりにお知恵を拝借したんだろうか。

(多分そうだろうね)

まあ、想像通りといえばそんな反応なんだけど、にしても相変わらずなんにでも首を突っ込む人だ。

「ね、ね、一緒にツチノコ捕まえようよ、あきらクンと一緒だったら心強いし」

そしてやっぱり無茶な事を言い出すし。

一度その気になっちゃったら人の話なんて聞く耳持たない彼女を説得できるとも思えなかったから、やれやれと溜息をついたあたしのちょっと後ろから、やめとけの声がした。

「あれ、皆守クン!」

あれ、ほんとだ、いつの間に来てたんだろ?

「そんなもん時間の無駄だ、大体、ツチノコなんているわけがない」

八千穂さんは皆守がこんな朝から教室にいる事が本当にビックリだったみたい。

目を丸くして話しかけながら、ちょっと嬉しそうな気配も感じ取って、あたしはぼへーっとその様子を眺めていた。

やっぱスキなんだろうなあ、男の趣味悪いよなあ。

「下の階で二年が騒いでたんで目が覚めたんだよ、まったく、寮の中で喧嘩なんかしやがって、外でやれっていうんだ」

いけしゃあしゃあとそんな事をいって、ちらりとあたしを見るので、プイとそっぽ向いてやった。

起きるだけは毎朝一緒に起きるんだもんね、その後皆守は二度寝しちゃう事が多いけど。

(でも、教室までちゃんと来るのは珍しいかなあ)

皆守クンも一緒にツチノコ探す?って尋ねた八千穂さんに、皆守は心底面倒臭そうにそんなヒマがあったら昼寝してるとこたえていた。

うーん、つれない奴だ。

「なあ、あきら?」

「え?あ、うん」

「何だ、俺と一緒に寝るか?ベッドから落ちても知らないぞ?」

ななな、どさくさに紛れて何言ってんの!

大体、落ちる落ちない以前に、あたしなんか毎晩抱き枕にされてるんだから落っこちようがないでしょうが!落ちるときはあんたも一緒じゃないの!

ガーッと赤くなったあたしに、皆守は楽しそうに口の端を吊り上げて笑う。

八千穂さんだけ不思議そうに首をかしげながら、皆守にツチノコを見た事があるかって聞いていた。

「ま、まあな」

―――微妙な反応。

「じゃ、どんな姿してた?」

「ツチノコだろ?えーと、そうだな、確か」

おもむろに立ち上がって黒板の前まで行くから、付いていったあたし達の目の前で、皆守はチョークで鬼の子みたいなのを書きなぐっていった。

えーと、これ、ツチノコ?

「なかなか凶悪な面構えだろ?」

ふてぶてしい中にドキドキを見抜いたあたしと、殆ど同じ様に感じ取ったらしい八千穂さんが満面の笑みでブーッとバッテンをしてみせる。

「残念でしたッ」

「何だよ」

「ツチノコっていうのは、ヘビみたいな形をしてるんだよ」

そうして八千穂さんも黒板に書きなぐっていく。

これは―――やっぱり、ツチノコ?

(び、微妙)

固まったあたしの前でいつの間にかにらみ合いが始まっていて、同時に振り返った二人がぐいっと顔を突き出してきた。

「おい、あきら、俺のほうがツチノコだろうが」

「ねえ、あきらクン、あたしのツチノコが本物だよねッ」

あたしはすっかり困惑して、それぞれをじいっと見た後で、黒板に近づいていって黒板消しを手に取った。

「あきら、俺のだよな?」

「あたしのだよね、ね?」

黒板の上に書きなぐられた無様な何か達を、あたしは一瞥して、一気に全部消してやった。

「こんなもんはどっちも却下」

「あ!」

「あーッ」

不満な二人の目の前で、あたしは新たにツチノコを描いていく。

「二人とも全然ダメ、いい?ツチノコっていうのは、こんな形で」

すらすらとチョークを走らせる。

こう見えても絵はちょっと得意というか、好きなんだよねー。

「頭が少し膨らんでいてね、胴は寸胴、頭部と体の間は少しくびれていて、それで」

昔、何かで読んだことあったもん。

協会でも時折UMAがらみの依頼とかあるし、チュパカブラのはく製くらいなら見たことあるし。

ハンターならこの程度の知識はきちんと仕入れておかないと。

「これが、ツチ」

完成した直後に、皆守が脇からあたしの描いたツチノコをざくざくと消していった。

「っあー!」

ちょっと、何すんのよ!

勢い込んで振り返ったあたしの耳元で、皆守は口の端をニヤリと吊り上げながら囁きかける。

「わかった、今晩は念入りにしてやるから、アレじゃ足りなかったんだな?」

「は?」

訳がわからなくて、振り返ると八千穂さんも何だか顔を真っ赤にして立っていた。

何?なんなのこの反応?

「え、えっとお、その、今のって―――あーちゃんの?」

「え?」

「まあ、近からず遠からず、ってとこだな」

「キャーッ」

八千穂、照れちゃうとか言って、そのまま自分の席まで走って行っちゃう。

あたしだけいまだに疑問符が頭の中一杯に浮かび上がっている。

「な、何?なんなの?」

訊いても、皆守はニヤニヤ笑って肩をポンと叩いただけだった。

「次、音楽だな、先に行くから遅れるなよ?」

「俺、なんかした?」

「さてな」

薄情者はそのままフラフラ教室から出ていっちゃった。

気づけば、八千穂さんの姿ももうない。あの勢いのまま飛び出していったのかな?

(ツチノコの絵、描いたくらいしかしてないのにッ)

困惑したまま、あたしは一人きり教室に取り残されて―――

「何なんだようッ」

グーを構えて呻いていたら、ゴメンの声が飛び込んできた。

くるりと振り返った、あたしの視線の先にいた人物。

―――えっ?

「おっ、お侍さん?」

ビックリして目をまん丸にしたあたしに、おんなじようにビックリしてお侍さんも硬直していた。

コレ、この人、時代劇で見たよ!テレビと同じだ!

でも髪の色が変!ちょんまげも結ってないし、なんで?

「あ、あの、あのそのえーとッ」

お侍さんとは何語で喋ったらいいんだろう。

あたしもござるとか、付けるべき?

一気に思考が渦巻きになったあたしに、呆然としていたお侍さんはハッと我に返ったみたいだった。

ゴホン、ゴホンと咳払いをして、佇まいを直す。

あれって着流しとかいうんだっけ、あれ?でも下が袴?じゃあ門下生?脇差は?

「お初にお目にかかる」

「は、はいッ」

「拙者、三之びいに世話になっておる真里野剣介と申す、つかぬ事をお伺いするが」

「何でございましょう」

―――お侍さんのお名前は、真里野君というのね。

あたしは思わずフラフラと、真里野君(真里野殿?)の傍に近づいていった。ほぼ、無意識で。

「お主の名は?」

怪訝な顔で睨まれて、直後にようやく近づきすぎだと気づく。

慌てて後ろに飛びのいて、あたしはぺこぺこと何度も下げた。

「あ、あの、すみません、ゴメンなさい!」

ヤバイ、お侍さんは切り捨てゴメンだから、切られる!

―――お主の名は?」

「はははい、あっしはその、玖隆あきらと申し上げたてまつる」

「何と!」

うわあ!

「ではお主がやはり、そうなのか」

あたしの爪先から頭のてっぺんまで見渡して、真里野殿は唸り声を上げた。

切り捨てゴメンは免れたのかな?

いやいや、まだ油断は禁物、でももしかしたら、案外話のわかるタイプのお侍さんなのかもしれない。

考えてたら視線がぶつかって、目の奥をじっと覗き込んで、真里野殿は唐突にギョッと目を向いた。そんでもって何だか変な顔をしてる。

急にあたふたして、咳払いなんかしちゃって、顔もちょっと赤いみたいだし。

(何事?)

今度はあたしが怪訝になってると、真里野殿は一生懸命首を振ってからまたちゃんとあたしに向き直った。

肩でもこってたのかな?

「う、噂によると、お主、随分と腕が立つようだな?」

「えっ」

「その腕に敬意を表し、拙者も正々堂々と素性を明かして進ぜよう」

訊いてないのに。

でもいっか、話したいなら聞いてあげよう。

真里野殿は自分の事を、生徒会執行委員だと名乗った。

あたしはまたまた度肝を抜かれる。

ボンテージの取手君といい、真里野殿といい、執行委員て、いや、生徒会って何事?

(そういやタイゾーちゃんも変だったしなあ、リカちゃんはお人形さんみたいだし、ゲイもいたし、本当に何なんだろう生徒会)

学園でも特にキテレツな人を集めた、おもしろ集団か何かなんですか?

でもそのわりには凶暴なんですけど、あ、パンダとかと一緒?

見た目のギャップに騙されない事が肝心とか、要はそういうことで。

他には仮面をつけた怪人とか、超能力者とか、喋る動物なんかもいるかもしれない、犬かな?

(個人的には隠密参謀がいてくれると嬉しいんだけど)

だって格好いいじゃない、そういう役どころって。あたし、時代劇では忍者が一番好みだし。

できれば声のいい、あたし好みのハンサムだったらもっといいんだけどなあ。

(そんでもってクールで、戦闘能力が高くって、でもちょっと変わり者だったりしたらかなりタイプかも)

ううん、燃える、想像するだけでドキドキする。

そんな人と恋に落ちちゃったら、え、もしかしてあたしたちって、敵同士の恋人?

いやーん、ロミオとジュリエット?古典恋愛じゃない、燃えるーッ

(障害が多いほど二人の恋は燃え上がるっていうしね)

いいなあ。

外見は日本人っぽくても、腰が細くて足が長くて、あの人みたいに格好いいといいなあ。

もうちょっと具体的に顔を想像してみようとして、浮かんだ姿にあたしはすぐムッとする。

―――何でそこで皆守が出てくるのよ。

「おぬしにその気がなければ、その気にさせるまでよ」

(えっ)

唐突に現実に引きずり戻されて、あたしははたと我に返る。

ヤバい、またやっちゃった!

いつもの癖で、真里野殿の話を全然聞いていなかった。んもーこれだから、あたしってば!

直後にどうしたのと声をかけられる。

ビックリして同時に振り返ったあたしたちを、ヒナ先生が教室の入り口から不思議そうに見ていた。

「おはよう、あきらくん」

「お、お早うございます、ヒナ先生!」

「ウフフ、今日も元気ね、そっちのあなたはB組の真里野君よね、どうしたの、二人とも、そんな所で」

「いや、これはその」

しどろもどろになった真里野殿を、あたしは横目でちらりと窺う。

「もう授業が始まってしまうわよ?」

「く、玖隆!」

「はい?」

「正々堂々と、この事は他言せぬよう、御免」

―――他言するも何も、聞いてなかったんですが。

ボケッとしているあたしを残して、真里野殿はそそくさと教室を出ていっちゃった。

「あきらくん?」

「あ、ハイ、すいません」

あたしも教科書を持って慌てて教室を出る。

んもー、さっきから色々曖昧だなあ。

真里野殿、何の話してたんだろ。八千穂さんはどうして教室を飛び出していっちゃったわけ?

「わけわからん、面倒臭いッ」

悩んでいるのも何だかどうでもよくなってきて、あたしはそのまま八千穂さんよろしく駆け出していた。

わかんない事は、考えません!

授業開始の鐘の音に、スピードアップして駆けて行くうち、細かいアレコレはすっかりあたしの頭の内側から払拭されてしまった。

 

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