それから、皆守はやたらめったら親切だった。
あたしは何だか悪魔に抓まれたような感じで、正直生きた心地がしない。
青天の経歴?鬼のかくはん?
自室のベッドにちょこんと腰を下ろしたまま、うろ覚えの日本語たちが頭の中を次々と飛び交う。
今、奴は部屋にいない。
あたしの制服をクリーニングに出しに行ってくれているんだ。
あたしはやっぱり代えの制服くらい必要だなあとか考えつつ、足をぶらぶら動かしていた。
やっぱり骨っぽいなあ。
でもイメージとしては、スプリンター系。バネ特化型だから、昔友達にウサギの足みたいだって言われた事もある。
天井を見上げて、ばったりと倒れる。
ボクサーパンツとワイシャツだけじゃちょっと寒くて、くしゃみをしてごろんと転がった。
「ズボンだけあっても仕方ないだろ、それもよこせ」
ついでに強引に剥かれたんだ。
あたしはもぞもぞとベッドにもぐりこもうとして、メールの着信音に動きを止める。
「皆守かなあ」
むっくり起き上がって、とりあえず暖房のスイッチを入れて、それからのんびりHANTの画面を開いた。
着信一件。
でも送信元は皆守じゃない。
(真里野殿?)
あの人電子メールなんて送れたんだ、ハイテク侍じゃないとか適当な事を呟きつつ、開封して直後にそのまま硬直していた。
こ、これって―――
それから暫らくして、皆守が戻ってきた。
「明日には仕上がるそうだ、お前、この際代えの制服一着くらい用意しておけよ」
あたしと同じような事考えてる。
あたしはウンとかムウとか気もそぞろな返事を返して、ベッドに座って膝に端末を乗せたまま、じいっとしている。
「どうした、あきら」
「ん、その、ちょっと困ったことになって」
「何だよ」
あたしは散々逡巡して、でもどうしようもないなと思い至って、やむを得ず端末を開くとさっきのメールを皆守にも読ませてやった。
文面を目で追って、直後にチッと舌打ちが漏れる。
「あの野郎、そうか、お前、そんな話になってたんだな?」
「う、うん」
皆守は隣にドスンと腰を下ろして、腕組みして何か考え込んでいるみたいだった。
あたしはその姿を見上げて、それからもう一度HANTの液晶画面に視線を落とす。
メールには、真里野殿から今夜の決闘を再確認する文章が綴られていた。
それと、人質を預かっているという話。
あたしが本当に来るかどうか、確信がないから、真里野殿は―――ヒナ先生を攫っていったらしい。
あれだけ散々『正々堂々』とか言ってたくせに、やり口が汚い。
そりゃ、あたしだっていざとなったらそれくらいやるかもしれないけどさ、でも本音を言えばあんまりズルはしたくないし、言うこととやる事が違う人間ってそもそも信用できないし嫌いだ。
あたし、卑怯者だけど、でも信念くらいはちゃんと持ち合わせているもの。
真里野殿はそのあたり、ちょっと違ったみたい。
昼間会って話をしているときには、そんな感じはしなかったんだけどなあ。
「おのれ、越後屋め」
ぼそっと呟いた声に気付いて、皆守がちらりとあたしを見ていた。
「―――まあ、こうなった以上どうしようもないだろ、行ってこい、あきら」
「え?」
そ、そりゃ、行きたいのは山々だけどさ。
「でも、制服クリーニングだよ?」
まさか部屋着で潜るわけにも行かないだろう。
あたしの部屋着って、スウェットだし。
私服は、ここに来る前に処分して、学園ではいつも学生服かソレのどちらかだ。
「皆守、制服貸してくれるの?」
「俺のじゃサイズが合わないだろう、上はともかく、下なんか絶対無理だぞ」
た、確かに。
こいつってばこう見えて腰の位置が高いから、足が結構長いんだ。
あたしが穿いたら三回くらい裾を折らなきゃならないかも、仕事中は姿格好なんて気にしないけれど、でも動きが鈍くなるのはできれば避けたい。
ウエスト自体の太さがそもそも全然違うし。
皆守はまたちょっと考えて、そうだと呟いていた。
直後に口元がニヤリとつりあがる。
何か、イヤーな予感がするんですが。
「まあ、俺に任せておけ、いい考えがある」
「何?」
「ちょっと待ってろ」
そのまま部屋を出て行った。
あたしは一人きり、とりあえずHANTの画面を閉じて、立ち上がってカーテンの隙間から外を覗いた。
何だかんだでもう夕方だ。
そろそろ潜らないと、7時までに奥の間までたどり着けない。
「とにかく、支度しないと」
ベッドの下から火器を引きずり出して、弾薬の確認とかをしていると、ドアがコンコンとノックされた。
「入るぜ、あきら」
現れた皆守は、紙袋を提げていた。
後ろ手に鍵をかけて、歩いてきてそれをあたしの目の前に置く。
これは、もしや?
「制服だ、知り合いから借りてきた」
「は、早かったねえ」
「まあな」
そのままベッドに腰を下ろしてアロマに火をつけなおして、一仕事終わらせた顔でやれやれと呟いていた。
あたしは、早速紙袋の中から取り出したものを広げて、うあっと硬直する。
「こ、これって」
ラベンダーが香る。
皆守は、ニヤニヤしながらこっちを見てる。
―――大きな襟、クリーム色の生地、ひらっとしたプリーツたっぷりの、こ、これは
「女子の制服じゃないの!」
振り返ったあたしに、皆守はしゃあしゃあと「そうだぜ」って答えた。
じゃ、なくて!
「あ、あたしに、コレをどうしろというのよ」
「着ろ」
「って、あんたねえ!」
制服から駄目押しみたいに、何かがぽろっと落っこちた。
女物の下着、ブラジャーとパンティ、あと、靴下、リボン。
(し、白、おまけに、フリフリ)
しかも多少シースルー、なんなの、コレ。
硬直したあたしを気にもせず、皆守はアロマの香りを楽しんでいる。
あたしは何だか急に力が抜けて、その場にフニャリと崩れ落ちていた。
そりゃ、着てみたいとは思っていましたけど、ねえ?
「あのねえ、皆守」
「何だよ」
「嫌がらせなら、もっと違うときにしてよ、今はそんな場合じゃないでしょ?」
「俺にそんなつもりは無い」
なら、なんなの?
皆守は不意に立ち上がって、あたしの机の引き出しを開け始めた。
あちこち探って、ようやく目当ての何かを取り出すと、振り返ってそれを投げてよこしてくる。
「ほら」
目の前にへたりと落ちた。
これは、虎のマスク?
「一緒にそれもかぶってりゃ、誰もお前だとは思わないさ」
バッ
「バカじゃないの?決闘叩きつけられたのは、あたしなんだよッ」
「だから、玖隆の仲間だとか、適当に名乗っておけばいいだろ?」
「そんな」
「この場合不可抗力なんだから、諦めろ」
―――それは確かに、そうなんですけど。
あたしは虎のマスクと、女子の制服を交互に眺める。
ううーん。
どうしたもんだろう。
本当にコレ、いけるんだろうか?
「時間」
皆守がボソリと呟く。
途端、あたしはハッと思い出して、慌てて時刻を確認した。
「ろ、6時!」
ヤバイ、本気でもう行かないと、間に合わなくなる!
「―――決まりだな」
死刑宣告のようなその声に、あたしはガクリと肩を落として、イヤイヤ制服を引き寄せた。
ちょっとワクワクしているみたいな、皆守の視線が鬱陶しい。
「あきら、ちゃんと下着も付けろよ?男物じゃかえって疑われるからな、さらしも」
「わかってるよッ」
あっちむいてろって言っても、どうせ聞かないんだろうなあ。
何だかもう半分くらいやけっぱちで、あたしはワイシャツを脱ぐと、さらしを解いて久し振りのブラジャーに腕を通していた。
(次へ)