ファントムとかいう人がいるらしい。
詳しいことはよくわからないんだけど、最近その人が色々活躍してるんだって。
ファントム同盟なんて熱狂的なファンまでついて、ちょっとしたアイドル?
聞いた話だと衣装もマスクにマントを羽織って中世の貴族風らしいから、案外狙ってやってるのかもしれない。
でもあたしとしてはそんなわけわからん話より、ついに雛先生にまであたしの正体がばれちゃった事の方がよっぽど問題だ。
あ、正体っていっても、女の子だってことまではまだバレてませんよ?
知られちゃったのは、本業の宝捜し屋の方。
元執行委員は別としても、民間人ではこれで五人目、なんだか知らないうちに七瀬さんにまで勘付かれちゃってて、結構ショッキング。
やっぱりこの仕事が片付いたら、一度スクールに戻ってみっちりしごいてもらう必要あるかもしんない。
クラウスなんか話聞いたら怒るだろうなー。あの子ってば絶対的にカルシウムが足りないんだもん。
机に突っ伏して唸り声を上げていると、教室に戻ってきたクラス委員の子が黒板に大きく『自習』って書き始めた。
傍からひそひそ、噂話。
何でも次の授業の先生、チャイムが鳴っても女の子とお喋りしてたら、まとめて執行委員に『粛正』されちゃったんだって。
ひゃー、怖い怖い、生徒会ってやっぱり絶対危ないよねえ。
でもあの人たちって、学園の治安より墓守としての仕事優先な気がするんだけど、気のせいかなあ?
規則だなんだってうるさいのも、天香地下の秘密を守るためでしょ。恐らくは。
「あーちゃん、どしたの、元気ないねえ」
横から八千穂さんがヒョコッと覗き込んでくる。
「具合悪い?」
「ううん」
「ヤな事あった?」
「ううん」
「五月病?」
「もう11月だよ」
あははははーって、相変わらず元気いいですねえ。
そのおきらくパワーをちょっと分けて欲しいよ、はあ。
「ねえねえ、そういえばさ」
そのまますぐ脇のちょっとだけ開いてるスペースに腕を組んで、上に顎を乗っけて、八千穂さんはファントムの話をアレコレ聞かせてくれた。
彼女と舞草さんに訊けば学園内の最新情報は大体把握できちゃうから、まあ便利っていえば便利。
でも危ないからあんまり首突っ込んで欲しくないかなーとも思うんだよね、特に八千穂さんは、タイゾーちゃんのときのこともあるわけだし。
「あーちゃんはどう思う?」
「何が?」
「ファントム、誰かのイタズラかな、それとも正義の味方?ひょっとして本物の幻影とか」
「見たことないし、わからないよ、本物の幻影なんじゃないかな」
「まったまたー、そんなこと言っちゃって!」
でもどうでもいいなあ、それ。
適当に話を右から左に流していたら、いつの間にか傍に皆守がいた。
あたしの反対隣の机からちゃっかり椅子を失敬して腰掛けてる。持ち主の子は、ああ、前でお喋りしてるのか。
にしても今頃何しに来たんだか、もう四時間目ですよシャッチョウさん、お主もワルよのう。
「それにしても、生徒会の不当な処罰から生徒を守るファントムね、確かに最近の執行委員の暴走ぶりは目に余るものがあるからな」
「あれッ、珍しい、皆守クンがそんな風にいうなんて」
お話が盛り上がっているようで。
(楽しそうねー)
よかったねえ八千穂さん。皆守も、もうちょっと楽しそうな顔をしなさい。
ん?
その時ふと、あたしは教室の入り口からチラチラこっちを覗いている人影に気づいた。
あれって、真里野殿?
「って、ねえ、皆守クン、最近ちょっと変わったかなあって、あーちゃんもそう思わない?」
「思わない」
「えー」
つまらなそうな八千穂さんと、皆守のどこ行くんだの声も無視して、席を立ったあたしはそのまま教室の入り口まで歩いていった。
こっちに気づいた真里野殿は慌てた顔して廊下に引っ込んじゃったけど、ヒョコッて覗いたら、まだ少し離れた場所で立ちんぼしてあたしの事を待ってるみたいだった。なんだろ?
「真里野殿?」
「う、うぉっほん!お、応、玖隆、あいや、師匠」
師匠?
真里野殿はソワソワしながら、視線をあちこちに彷徨わせている。
あたしはテクテク傍まで歩いてって、顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「い、いや、かような場所で出会うとは、きき奇遇だな」
「はあ」
「し、しかし、今日はよい天気だな!」
「え?」
窓の外は雨。しかも一時間目から振りっぱなし。
あたしは真里野殿を振り返る。
「そう?」
「と、と、ときに、師匠ッ」
―――真里野殿は絶対に様子がおかしい。さっきから顔が赤いし、何より挙動不審だし。
あ、そうだ、そういえば彼はこの間の一件で執行委員から足を洗って、あたしの仕事を手伝ってくれるようになったんだよね。
剣術指南とかメチャ役立ってる、変な人だけど、剣の腕は確か。
同じ変人でも皆守よりは1000倍くらいましだ。その、エッチな事もしないし。
(ううーん、でもその判断基準は基準としてどうなの?)
やっぱりあたしもちょっと変なのかなあ、鈍いのかな?
人の振り子は風任せ?ううーん?違う?
「お主ッ」
「は、はいいッ」
い、いけない、またぼんやりしてた!
あたしのこれってどうにも性分だよね。直さないとダメかなあ。
何事かと思えば、真里野殿はあたしにちょっと顔を近づけて、コソコソッと囁いてきた。
「以前墓場にて、まだ執行委員であった拙者に差し向けられた刺客の女子、あ、あの方の名は、なんと申すのだ?」
は?
呆気に取られたあたしに、真里野殿はまた気まずそうに何度も咳をする。
「何でそんな事が知りたいの?」
「ばばば、バカを申すな、拙者、知りたいとは申しておらぬ!」
―――今言ったじゃん。
「たたた、ただ、拙者、その、あ、あれ程腕の立つ女子など初見ゆえ、も一度お逢いしたいと、あいや、お手合わせ願いたいと思っただけで不埒なことなど何も、あいや、そうではなくてだな、ただ純粋に剣の道を究めんと願うものとして、あの方にご指南いただければと」
必至であたふた、慌てふためいちゃって、顔なんかもう火を噴きそうで―――なるほど、真里野殿ってわかりやすいなあ。
つまり、そういうことなのですね?
この間遺跡で自分を足蹴にした、タイガーマスク少女ともう一度会いたいと、そういう話なわけだ。
(んんー)
こういうの、なんていうんだろうか。
マゾ?ドメスティックバイオレンス症候群?マスクマニア?いえいえ、ひょっとして、もしかして。
(これは、恋?)
おお!
あたし、思わず掌をポン!
真里野殿はびくってしてこっちを見た。
そっかそっか、そういうことなのか!
つまり、真里野殿、タイガーマスクにときめいちゃったわけなのだな!
(打ちのめされて思い知る愛?いやん、ドラマティック!)
ストイックというかなんというか、真里野殿らしい恋の仕方だよね、うーわー!
―――と。
そこまで勝手に一人で盛り上がって、ようやくあたしは『はた』と思い至っていた。
(―――って、アレ?)
真里野殿が遺跡で出会ったタイガーマスク女って、あれ?
確かあれって。
(制服汚されて、やむをえず、女子の制服で、虎のマスクで)
あたし、だったんだよね。素性はかろうじて誤魔化しきったけれど。
と、言う事は?
あれ、あれあれあれ?
「えー!」
思わず絶叫したあたしに、真里野殿はいよいよもってわけのわからない顔でこっちを見てる。
あたしは、その、頭の中がぐるぐる回って気づけば頬がカーッと火照ってた。
つ、つまり、その、真里野殿は、あの夜のあたしにもう一度会いたいんだよね?
それは、その、つまりなんだ、あ、あたしの事が、好きだと―――?
(嘘でしょ)
ひ、久し振りに告白されて、正直その、ビックリした。
いやいや、正確には告白されてないんだけど、本人が無自覚な分、ダメージは大きいわけで。
あたふた見上げたら、目が合った瞬間なぜか真里野殿はまた赤くなってた。うはあ!
あの夜の秘密はまだばれてないと思うけど、でもでも勘付かれたかも?
(勘弁してッ)
「し、師匠ッ、その」
はわー!
あたしはジャンプで後ろに下がった。
なんか奇声を上げたせいで周りがなんだなんだって騒がしくなってきたけれど、この際無視だ!
「ま、真里野殿」
「師匠、教えてもらえぬか?あの方の名は」
「それは、ノープロブレムですッ」
間違えたッ
「も、もとい、ノーコメントです、お答えできませんッ」
言えるわけないでしょ!
真里野殿は物凄くガッカリした顔をして、でも直後に全然諦め切れない視線ですがるようにあたしを見てる。
その、痛ましいが、申し訳ない。ごめんーッ
(で、でもでも、気持ちは嬉しいけれど)
ま、真里野殿は、正直その、ちょっと格好いいとは思うけど!
(お付き合いするのは、無理)
だってあたし好きな人いるし、真里野殿はお友達なんだもんッ
あたふたしてたら草履の足元がジリッと一歩近づいた。あたしはビクンってなる。
「な、何故」
「っつ、か、彼女が、そうして欲しいって、言ってたから」
「な、なんと、それは何故、いや、真の話か?」
「まま、真でござる」
「ならばあの方はこの学園の者なのか、否か、それならば」
「の、ノーコメントッ」
「師匠との関係はッ」
「ノーコメントです!」
ゼイゼイ、ハアハア。
にらみ合っていたら、真里野殿が急ににゅっと腕を伸ばしてきた。
「師匠!何故!」
ひああ!
ぴょんと横に飛んで逃げた途端、そのまま思い切り何かにぶつかった!
「うわッ」
「ひゃッ」
もつれた足元で、そのまま一緒にぐらりとよろめいて―――あれ、この展開いつかもあったような―――
「わああああー!」
バターン、と。
景気よく倒れたのにあんまり痛くなかった。
恐る恐る目を開くと、目の前に男子の制服。
(こ、これって)
いやーな予感にそろりそろりと顔を上げる。
「―――ッてェ」
真正面、鼻がくっつきそうなほどすぐ傍に―――
「てめえ、一体どこ見て!」
言いかけた口元がそのまま止まって、男の子は硬直していた。
眼鏡の下の頬の辺りから一気にカーって赤くなってくのがわかる。うわあ、近づきすぎッ
きっちりセットした髪の毛は、倒れたショックでちょっと乱れてる。
目元のきつい、神経質そうな男の子。
その上にペタリと乗っかってるあたし。丁度座布団にして、だから痛くなかったんだ。
(なるほど)
って、ちがーう!
あたしたちはお互いに唖然と固まってる。
―――また、やっちゃったよ。
至近距離でポカーンと見詰め合っていたら、あたしの襟をいきなり誰かがむんずと掴んだ。
「うわッ」
だ、誰?
「―――そこまでだ」
そのままにゅっと持ち上げられて、振り返れば皆守。
真里野殿はどうしたらいいのかわからない顔で傍に突っ立ってる。
あたしが押し倒した男の子は、直後にあわあわと立ち上がっていた。
「み、皆守センパイッ」
「悪いな、夷澤、うちのが迷惑かけた」
夷澤?
この子、夷澤って名前なんだ。
そんでもって皆守と知り合いなのか、先輩って、じゃ、年下?一年生か二年生?
(あ、襟の楔模様が二本だ)
へーえ。
―――っていうか。
(うちのって何さ!)
猫の子みたいに持ち上げられたまま、あたしは後ろ足で皆守を蹴った。
「って!」
ジロリ。
こっちを睨みつけてくる―――ん?な、何なのさ、その目つき。
(お、こって、る?)
今、皆守さん、何やら非常に剣呑な表情をなさっておられるのですが。
時々、よくわかんないんだけど、何か凄く気に入らない事があって、直後にあたしに性的嫌がらせをする時のような、いやーな雰囲気がビシビシ伝わってくる。怖い!
皆守は小さく舌打ち(最悪!こういうの絶対嫌!)して、あたしを隣に立たせると、強引に腕を掴んだ。
その間に夷澤君は制服の埃を手でパタパタ叩き落して、合い間にチラチラとあたしを見ている。
なんだろ、その視線も微妙に気になりますよ?
どこか探るみたいな、いやいや、まさか、気づかれたりとかはしてないでしょ!
皆守のときみたいに、その、揉まれちゃったわけじゃないし。
(ま、まさかねッ)
多分―――ありえないと、信じさせて、お願い神様!
「アンタ」
手櫛で髪を整えながら、夷澤君が遂にあたしに真っ直ぐ向き合った。
あたしは思わず皆守の影に隠れるみたいにヒュッと身を寄せる。
うあ、や、ヤダよう。
「転校生っスか?」
「は?」
「玖隆あきら、でしたよね、名前、確か」
そ、そーです、けど。
「どうなんスか?」
「あ、あの」
「―――ああ、そうだ、こいつの名前は玖隆あきらだ」
横から皆守が割り込みしてくる。
「へえ」
夷澤君はチラッと皆守を見て、改めてあたしをじろじろと見回して、ふうんとそっけなく呟いた。
何なの、その反応。
直後にバチって視線が合った途端、また少し顔が赤く染まって、ずれた眼鏡を直しながらフッと口元でニヒルな笑い方を滲ませる。
「なるほど、ね」
―――なるほどって、どーいうことですか?
きょとんとするあたしと、なんかまだわざとらしく目を反らしたままの夷澤君と、あと多分隣でムッスリしてるんだろう皆守と、そんでもっていきなり声が上がった。
「師匠ッ」
いけない、真里野殿忘れてた!
はたと気付けば辺りは結構な人だかり。
ああそうか、4時間目、自習でしたもんねえ、他のクラスはともかく、うちのクラスなんてほぼ全員観客になってるらしい。
八千穂さんは―――やっぱりいたか、やれやれ興味津々に見てるって黒塚君?あれれ、茂美ちゃん?
(ほ、他にも、知ってる顔がちらほらと)
―――も、もしかして、もしかしなくても、コレはッ
(ひええーッ、見世物になってる!)
たらりと冷や汗が背中を伝って、そしたらぐいっと腕を引っ張られて―――
「行くぞ」
真里野殿が何か言うより、夷澤君が声をかけようとするより、この状況に混乱してぐるぐるしていたあたしよりも早く、皆守は、あたしを引きずりながらさっさと歩きだしていた。
ボケッとしてる観衆の皆を通り越して、どんどこどっかに連れられていく。
「み、みな!」
呼びかけるあたしに、目の前の背中が声だけでコソッと。
「これ以上騒ぎになる前に、消えるぞ」
はあ。
廊下を抜けて、なに?何で?の嵐を遠くに聞きながら、階段を降りていく。
―――どこに行くのかな。
「皆守」
「とりあえず、少し早いがマミーズで飯にしよう」
そういうことですか。
あたしはもう色々ゴチャゴチャしすぎて、とりあえず肩の力を抜くと、溜息吐きながら皆守の手を剥がそうとした。
「アリガト、もう大丈夫だから」
一人で歩けますって意味だったんだけど。
「み、皆守?」
するりと離れた手が、今度は逆にあたしの手を取って、指を絡ませてくる。
「ちょっと、何だよこれ」
「うるさい」
キュッと手を握って、その先を降りてく。
あたしは目の前の皆守の背中とかもじゃもじゃした髪の毛とかをつくづく眺めた。
―――でもまあ、さっきは助けられちゃったしなあ。
(しょうがない、我慢しますか)
今だけ、特別なんだから。
二人きり、雨だれの音と靴音、あと少しだけ、遠くから人の声、鼻先にフワンとラベンダーが香ってきた。
最近思うんだけど、コレ、いい匂いだなあ。
つないだ掌から体温が伝わってきて、でもそれは前よりちょっとだけ嫌じゃなくなってる。
理由は、あたしにもよくわかんなかった。
(次へ)