昇降口についたら、外の雨は止んでいた。
夕陽が差し込んでくる。
玄関を抜けたところで、ちょっとだけその―――皆守の事が、気になったりもしたんだけど。
(いいやッ、あたしは帰るんだからッ)
そのままズンズン歩き出そうとして、またふと足を止める。
あの後、あたしは真里野殿と、そして、なんと生徒会長の阿門帝等に遭遇した。
真里野殿は昼前にあんな事があって渡せなかったからって、わざわざ探してまで、武道場の鍵を預けにきてくれたらしい。
ホントはまだ昼間の事を引きずってるような雰囲気だったんだけど、たまには剣の鍛錬にでも来いとか言うだけで帰ってくれて、正直安心したというか。
やはり真里野殿は潔いですな、あの方は真の武士でござる。
(早くタイガーマスクなんて忘れたらいいのに)
でもまさか素性を明かすわけにも行かないし、ホント、申し訳ない。
ごめんなさい真里野殿、あたしたち、いいお友達でいましょう?
で、昇降口の近くまで来たら、また声をかけられた―――それが、生徒会長、阿門帝等。
阿門君って呼ぶのはちょっとためらわれる雰囲気だけど、まあいいよね、恐れっていうのはそういう形式的なことから起こったりするもん。
ここは、あえて阿門君と呼ばせていただこう。
それでもって阿門君との遭遇はもう完全にアクシデントの類だった。
だって向こうから出向いてくるなんて、予想すらしてなかった!完全に不意打ちだった。
「校則で定められた下校の時間はとうに過ぎているぞ、転校生」
そんな台詞で呼び止められて、振り返ったら黒いコートに黒い学生服、黒髪はお団子にして、でも肌色が透けるみたいに真っ白で、目つきの鋭い、胡散臭い大男が立っていた。
きょとんとしたあたしに、また表情一つ変えずに淡々と話しかけてくる。
「こうして顔をあわせるのは初めてだな、玖隆あきら、俺の名は阿門帝等」
「はあ」
「この天香学園の生徒会長を務めている」
「っええ!」
ビックリしたせいで、後の記憶がうろ覚え。
いや、大事な話ならちゃんと聞いた(と思うよ?)でも、とりあえず警告しに来ただけみたいだったし、だからいつもの癖が発動しちゃったみたい。
適当にああとかうんとか答えて、阿門くんは言うだけ言ったら満足したのかコートの裾を翻して歩いていっちゃった。
どう見ても同じ年齢とは思えない、下手したら夕薙君より年上に見えるかもしれない。
老け顔じゃなかったんだけどなあ、やっぱり、あの雰囲気のせいだろうか。
まああたしも一般の枠からは多分飛び出してると思うんだけど、でもあそこまで酷くないだろうし。
―――ひ、酷いのかな、変?
(うう、そんなことありません、あたしは可愛い女の子ッ)
―――でも今は男の子。
「うー」
とにかく帰ることにして、そして今に至る。
立ち止まった足をまた踏み出しながら、今日一日の整理をとりあえず付けとこうかなとか、アレコレ考え出した、その直後だった。
「遅い!」
どこからともなく怒鳴り声。
あたしはハッと立ち止まる。
「下校の鐘はとうに鳴り響いたゾ!貴様の行いは、神聖なる学園の生徒として言語道断でアルッ」
よって!
カチャリと、何処かから覚えのある音が聞こえた。
あたしは殆ど反射的に声のした方角を割り出していた。
それと同時に体が自動的に反対方向へ駆け出す準備を始める。
「貴様を生徒会の法の下に処罰スルッ」
途端、地面を蹴り上げて走り出した、あたしの元いた辺りでチュンと砂煙が舞い上がる。
「クッ、小賢しい真似をッ」
そのまま走ってく軌跡を追うようにして、一発、二発、三発!
「ウッ」
片方の腕に焼けるような痛みが走って、思わず足取りが少し遅くなる。
「あきら!」
いきなり大声で呼ばれて、振り返ったら校舎から真っ青な顔した皆守がこっちに走ってくるのが見えた。
ば、バカ!今来たらッ
「他にもまだいたのカ?」
―――やっぱりッ
「大丈夫か、あきら!」
「皆守ッ」
また何処かから聴こえてくる、銃を構える物音に、慌てて駆け寄って皆守の手を捕まえた。
「あきら?」
「話、後!急いでッ」
そのまま一緒に走り出すと、また立て続けにバン、バンと発砲音が響く。
あたしと皆守はそのまま一気に物陰まで走る。
隠れた所で、皆守が吐き捨てるように毒づいた。
「クソ、あの銃一体何発弾が入ってやがるんだッ」
「皆守、怪我は?」
「大丈夫だ、それよりお前」
言いかけて、急に怪訝な顔で見つめられた。
「あッ」
あたしはつい無意識で押さえていた左腕を慌てて離す。
「こ、これは、その」
「―――バカ、怪我してるのはそっちじゃねえか」
舌打ちして、皆守が手を伸ばす。
「見せてみろ」
「い、いいよ、大丈夫」
「いいから、早く見せろッ」
その時。
「どうしタ、もう逃げないのカ?言っておくが玉切れを狙おうとしても無駄でアルッ、自分にはあらゆる鉛成分から弾丸を生成する力があるのでアルッ」
力?
ってことは、生徒会、執行委員?
「地獄の弾丸が貴様等をどこまでも追い詰め、必ずや正義の鉄槌を下すのダ!」
ジンジン痛む腕を握り締めて、あたしはついイラッとして物陰から飛び出していた。
「あきら!」
「うるさい!何が正義だ、物陰から人を狙撃するような卑怯者が、正義なんて気安く名乗るな!」
クッと呻き声がして、少し離れた茂みの中からミリタリー風の男の子が立ち上がった。
(な、なにアレ)
ガスマスクに、防弾ベスト、手にしているのはエアガンみたいだけど、オリジナルにカスタマイズされた結構威力の高そうな逸品。
あれってもしかして、さっきの男の子を撃った銃かな?
「自分は、3年D組の墨木砲介でアル」
―――アレ、この声って。
皆守が隣に駆け寄ってくる。
無茶しやがってとか何とか、ボソッと聞こえたけれど、あたしは墨木君を睨み続けていた。
「処分を下す前に、名を聞いておこう」
「3年C組、玖隆あきらだよッ」
「玖隆?―――その声、貴殿は、昼間の」
彼も、ようやく気付いたみたいだった。
そう、お昼に暗がりの中で怯えていた、あの時姿を見られなかったあの子。
墨木君と同じ声。つまり、あの時の彼は、墨木君だったって事。
縁は異なもの味なもの、わかんないよね、何がどう関係してくるなんて。
あ、このことわざは大丈夫です、この前の放送回の時代劇でちゃんと覚えたんだから。
墨木君は少し戸惑ったみたいだけど、やっぱり銃を構えなおして、相手が転校生ならなおのこと、とさっきより息巻いているみたいだった。
「あの場所は、何人たりとも土足で踏み入る事は叶わぬ聖地でアルッ、わかったら返事はァッ」
あたしが言い返すより先に、皆守が一歩前に踏み出していた。
「お前が最近評判の暴走執行委員か」
「み、皆守ッ」
危ないって慌てて引き戻そうとした、あたしを片腕が遮る。
え、な、何で?ッていうか、こいつ―――どうして全然怖がっていないの?
「お前は本当に、自分のしている事が正しいと思っているのか?」
「自分は」
睨み合う墨木君と皆守の脇から、あたしは、いつの間にか皆守をじっと見ていた。
こいつ、前から思ってたけど、やっぱりなんかちょっと変だ。
だってこの場面なら、普通は怖がったり何とか逃げようとしたりするでしょ?いくら模造品とはいえ、相手は銃を構えているわけだし。
でも皆守からは全くそんな雰囲気は感じられない。
むしろ、墨木君を激しく咎めるような、なんていうのかな、苛立ちとか、そんなものを感じる。
口元のアロマパイプからふわりふわりとラベンダーの香りが漂って、それだけはいつもと変わらないのに、今の皆守はあたしの知らない皆守だ。
何だか急に嫌な気分がこみ上げてくる。
言い合ううちに、墨木君がいきなり取り乱したように叫んでいた。
あたしははっとして振り返る。
「そんな目で!そんな目で!―――見るナアアアァァッ!」
皆守の舌打ち、銃口は―――
「危ない、あきらッ」
バン、って音がして、殆ど同時にあたしは押し倒されて地面に突っ伏していた。
上から皆守の呻き声が聞こえてくる。
え?
う、うそッ
「はああッ」
ジャキンッて金属音がひらめいて、今度は何かが壊れる音。
慌てて見上げたあたしの視線の先、墨木君のほぼ正面で、真里野殿が脇差を戻している。
「また、つまらぬものを切ってしまった」
「真里野殿!」
どうやら―――真里野殿は墨木君の銃を真っ二つに切り落としたらしい。
足元に黒い金属片が転がってる。
(そ、そんなことよりッ)
慌てて視線を戻すと、顔をしかめた皆守がヨロリと起き上がるところだった。
脇腹を押さえているから、あたしはそのまま飛びつくみたいにして制服の前を開く。
「あきら、大丈夫か」
「バカッ」
―――撃たれたんじゃなくて、掠っただけだ。
でも服は破けて、Tシャツに血が滲んでる。患部は火傷と裂傷だった。
これくらいなら急いで手当てすれば痕は残らないはず。
あたしはまだ何か話している真里野殿と墨木君を振り返る。
墨木君は急に苦しそうにガスマスクの正面を押さえて、そのままどこかへ走り去っていった。
元同僚として、真里野殿が説得してくれたのかな?
直後に草履の足元がぎゅっとターンして慌ててこっちに駆けて来る。
「師匠、それに、皆守殿ッ」
あたしは皆守を支えながら立ち上がった。
「無事かッ」
「あー、なんとも無い、気にするな」
皆守はジャケットで怪我を隠しながら、アロマを咥えた口元をニッと吊り上げてみせた。
真里野殿が今度はこっちを心配そうに見るから、あたしもなんとも無いよって笑いかける。
「そうか、ならば、良かった」
「墨木君は?」
「―――あの者は、自身の正義の何たるかに惑っているようであった」
急に遠い目をして、真里野殿はぽつりと呟く。
「まるで、かつての拙者のように、な」
「そっか」
「師匠」
「うん?」
今度はあたしの目を真っ直ぐに見て、伸びてきた手が、あたしの手を掴んでいた。
「あの者も、恐らくは闇の虜囚、自らの心に捕らわれておる、如何様な事を師匠にお頼みするのは甚だ筋違いかも知れぬが」
どうか、彼の闇を払ってやって欲しい。
真里野殿の真摯な瞳に、あたしも思わず見詰め返す。
―――別に、ここへは人助けに来たわけでも、あたしは正義のヒーローでもなんでもないんだけどね。
けど。
(お仕事に関係があるなら、話は別ですから)
そうだよ、仕事だもん。
真里野殿のときも、墨木君の事だって、全部『お仕事』
なら、仕方ないじゃない。これってトレジャーハンターの領分だよね。
「うん」
真里野殿は少し安心したみたいだった。
御免と言って去っていく、その背中が見えなくなった頃、皆守がヨロリとあたしに凭れかかってきた。
「み、皆守?」
「悪い、結構痛いな、これ」
ハハハと力なく笑う顔を見上げて、あたしは腕を肩に担ぐと、そのまま一緒にフラフラ歩き出していた。
あたしも左腕が痛むし、とにかく寮に帰って手当てしよう。
重いかって皆守が囁きかけてくる。
「重いよ」
「そうか」
「でも」
「うん?」
「―――大怪我じゃなくて、良かった」
小さい声だったのに、皆守はまたちょっとだけ笑う。
「ったく、俺とした事が、迂闊だったぜ」
「バカだからじゃないの?」
「何だと」
「民間人の癖に、素手で銃と対峙するなんて、バカのする事だよ、最低」
「お前な」
その時ふと、頭上で声がした。
高らかな笑い声。
あたしと皆守は咄嗟に上を見上げる、そこに―――
「やはり生き残ったか、転校生よ」
夕闇迫る校舎。
殆どシルエットになりかけた鉄筋5階建ての、最上階。オレンジの光を浴びて立っている。
(マスクに、マント、それに中世風の洋服?)
手には長くて鋭い鍵爪を装備して、アレってまさか。
「ファントム?」
―――今日はやっぱり厄日だ。
阿門君には出くわすし、あたしも皆守も撃たれちゃうし、それに、この状況であんなのに遭遇するなんて。
「思っていた通りだ、お前こそが我の正体を知るに相応しい、我はファントム」
ファントムは高みから悠々とあたしたちを見下ろしていた。
あたしは皆守を庇うように体の向きを変える。
普段はともかく、怪我人だったら話は別だもん。こいつにこれ以上無理はさせらんない。
「あきら」
どこか気にするような声を無視して、ファントムを睨みつけた。
英雄だろうが幻だろうが、なんであろうが、立ちはだかるなら、ぶっ飛ばす!
でも奴は降りてくる気配も無く、ここ最近の色々な事件の裏で自分が糸を引いていたみたいな話を始めた。
じゃあ、タイゾーちゃんや、真里野殿の人質の一件、今回の墨木君も、こいつが唆したってわけ?
(最低)
こいつ、クズだ。
少なくともあたしにとってはクズ同然、それ以下かも。
そりゃあたしだって誰かを利用したりもするけどさ、でもコンプレックスを突っついて、そこに便乗してなんて、やり方が汚い。そういうの大嫌い。
英雄だなんて笑わせてくれる。こういう奴らには手加減なんてしない。全力で潰してやる。
ギラギラ睨むあたしを鼻先で笑いながら、ファントムは自分に手を貸せとか言ってきた。
ふざけんな!
「そんなの絶対お断り、ファンの子にでもあたったら?」
「フン、だが今までお前のしてきた事は、結果的には同じことでは無いのか」
「調子に乗るな、このクズ、変態、俺は依頼は受けても、命令は受け付けませんッ」
「―――まあ、いい」
鍵爪を一瞬夕陽に煌めかせて、ファントムは、我は鍵を探さねばならんとか言っていた。
鍵?
どこの鍵を探しているんだろう?
「忌々しい墓守共の相手はお前に任せるとしよう、これを使うがいい」
そうして空からあたしの足元に落ちてきた、これも、鍵。
「校舎の鍵だ、それを使い、学園の夜を暴くがいい」
顔を上げると、屋上でマントが大きくひらめいた。
「また会おう、闇に魅入られし人の子よ」
そして、一瞬何が起こったんだか良くわからなかったんだけど―――気づいたときにはファントムの姿はもうどこにもいなくなっていた。
あたしは暫し呆然として、皆守を支えたまましゃがみ込むと、鍵を拾う。
「あれがファントムか」
皆守は、あの仮面どこかで見たことあるがとかなんとか、何かしきりに考え込んでいるみたい。
あたしももう限界、とにかくいったん引き上げて、怪我の治療と考えをまとめなおさないと、このままじゃ頭の中がオーバーロードしちゃいそう。
精神的にも大分疲れたし。
「よいしょっと」
背負いなおすと、皆守が悪いなって呟いた。
「貸しね」
「何?」
「支払い一回分、これでチャラだよ」
「ふざけるな、その前にお前は俺に庇われているんだぞ、差し引いてもむしろ俺のほうが貸しだ」
「な、何それッ」
振り返って見た皆守は、痛そうにしていたけれど、それでも笑ってた。
あたしは何故だかホッとした。
なんでだろ、理由はよくわかんないんだけど。
「庇ってなんて、言ってない」
「俺だって支えてくれだなんて言ってないぜ」
「何だと、じゃあ、捨てて帰るよ?」
「したけりゃ、そうしろよ」
「もー、こんなときくらい勘弁してくれとか言えないの?可愛くないッ」
「フン、男が可愛くてどうする、そんなことより貸しだぞ、支払い一回、いや、二回か」
「何で増えるんだよッ」
「庇った分と、巻き込まれた分、ったく、お前と一緒にいると命が幾つあっても足りないぜ」
「じゃ、放っておけよ」
「それができたら苦労はしない」
ん?
最後の一言、それ、どういう意味?
でも皆守はそれ以上何も言おうとも、こっちを見ようともしなかったから、あたしは諦めて、なるべく人目を避けて寮まで帰っていった。
学園をオレンジ色に染め上げる夕陽が、まるで血の色みたいに反射して辺りを輝かせていた。
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