なんだか知り合いの殆ど全員に、夜会の招待状が届いていたみたい。
椎名さんも、朱堂君も、肥後君も、真里野殿も、墨木君も、皆貰ったって話していた。
(まあ、全員元執行委員だから、そのせいって気がしなくもないんだけどね)
「次、玖隆、皆守、早く準備しろー」
先生の呼び声ではたと我に返る。
そうだった、今は体育の授業中。
女の子は陸上競技、男はサッカー。
2人一組で適当にペアになって、シューターとキーパーの練習をしている。
説明が終わると同時に皆守がペアを組もうって言ってきて、あたしはそれを了解した。
直後に周りの男の子たちがため息をついていたけど、何でかな?
体育の授業は、はっきり言ってちょっと得意だったりするけど、あんまり本気を出しすぎてもいけないから、加減にいつも苦労するんだよね。
ボール蹴るだけでも、目立っちゃいけないから、ワザとどん臭いフリをしてみたり。
うー、欲求不満になりそうだ!
(でもでも、今回の相手は皆守だもんねッ)
ホントのホントの事を言えば、こいつからのペアの申し出は、まさに渡りに船だったりする。
他の皆じゃ、更に余計な気まで使わなくちゃならないんだもん。
皆守は、あたしの天香での秘密の殆どを知っているから、その分やりやすいんだよね。
こういう状況になったときの対価を、払いすぎなほど搾取されているんだから、元はきちっと取らせていただかないとッ
「さて、じゃあ、早速始めるか」
まずお前から―――と言いかけた皆守の言葉は、途中で聞こえなくなった。
代わりにいきなり響いてきた「あーちゃん!」の呼び声と、思い切り、柔らかなものが顔面にムギュッて押し付けられている。
く、くるしいッ
「ム、ムゴゴ」
「えっへへ!順番待ちで暇だったから、応援しに来ちゃった!」
「ムゴーッ」
「嬉しい?ねえねえ、嬉しい?」
「―――八千穂、多分あきらは苦しがっているんだと思うぞ」
「え?」
直後にパッと放されて、ゲホゲホ咽こむあたしに、ごめんね、大丈夫って覗き込んでくる八千穂さんの姿。
だ、大丈夫ですけどね。
「八千穂さん、急には流石に、驚くよ」
「アハハ、ごめんごめん、ジャージ姿のあーちゃんも可愛かったから、つい」
ね?とか微笑まれて、いや「ね」とか言われてもねえ。
(相変わらず、猪突猛進な人だなあ)
またぐしゃぐしゃになった髪の毛を、まるでいい子いい子するみたいに撫でられて、相変わらずニコニコしている八千穂さんに、あたしと皆守のため息が重なる。
敵わないなあ。
「おい、八千穂、いいのか?」
「うん、だってあたしの順番まだだもん、あーちゃんの格好いいとこ、バッチリ見せてもらうからねッ」
「はあ」
「あ、皆守クンも頑張って」
「お前な、取ってつけたみたいに言うなよ」
「ウフフーッ、あーちゃん、皆守クンのことこてんぱんに伸してやってね、期待してるよッ」
皆守の舌打ちに、苦笑いで答えるあたし。
まあ―――そのつもりでは、いるんだけどね。
「よぉし!」
ゴール前に皆守が歩いていく。
まずはあたしから蹴れって事か。
背中をポンと叩いて、八千穂さんは、ちょっと離れた場所まで移動していった。
笛の音がピッて響く。
ダルダルに立っている姿の、それでも皆守からは、妙な気迫が漂っていた。
こいつ、まだバレてないつもりらしいけど、相当な実力を隠し持っているって事、すでに気付いちゃってるもんね。
(でもその力を遺跡探索の時には全然発揮してくれないんだよな)
ええい、憎らしい!
この一球に、いろんな思いを詰め込んでやるッ
「皆守甲太郎ッ」
あたしは皆守に、指先をびしりと突きつけた。
「覚悟!」
唇の端がつりあがって、不敵な笑みがニヤリと笑う。
やらいでかーッ
「てあッ」
あたしは、怒りと憎しみを込めた爪先を、思い切りボールに叩きつけた。
飛んでくボール。
周りからおおって歓声が聞こえた!
そんでもって―――
「ぐはッ」
「皆守クン!」
ゴールゲートの前で、ばったりと倒れる皆守の姿。
ポン、ポン、ポーンと、三つのボールがそれぞればらばらの方向に転がっていく。
あたしも含めて、その場にいた全員がぽかんとそのまま立ち尽くしていた。
――― 一体、何事?
「って、ててて」
ふらりと立ち上がった皆守が、思い切り不機嫌に怒鳴る。
「誰の蹴ったボールだ、この野郎!」
ポカンとしているあたしとは別に、右から一人、左から一人。
(あれれ?)
現れたのは、夕薙君と、夷澤君?
「いやー悪い悪い、まさか当たるとは思ってなかったんでな」
「すいません、俺としたことが、ちょっと足元が狂ったみたいで」
「大和、それに、夷澤、お前ら」
ギラリと睨みつける皆守の視線に、気にしてない様子で夕薙君は笑っている。
夷澤君はかえって挑発的な態度になっちゃって、フフンって皆守を睨み返していた。
どっちにしろメチャクチャだけど、とりあえずあたしは夕薙君の方へ走っていく。
「夕薙君ッ」
「やあ、玖隆、災難だったな」
ううん、皆守は天罰が下っただけだもん。
「すまない、邪魔をしたか」
「大丈夫、平気だよ」
「く、玖隆センパイ!」
振り返ったら夷澤君がペコリとお辞儀して、傍まで歩いてきた。
「こんにちは、センパイ」
「こんにちは」
「すいません、センパイの授業の邪魔するつもり、無かったんスけどね」
「いいよいいよ、別に、俺は怪我とかしてないし」
授業事態も大して興味ないし。
そりゃそうだと、傍から地獄の底みたいな声が響いてくる。
「お前等のボールが当たったのは、全部俺だからな」
皆守はジャージの埃を叩き落としながら、まだ凄く腹を立てていた。
怖い顔で睨むもんだから、夕薙君が怒るなよって苦笑いを浮かべる。
あたしも、まあ皆守の機嫌なんてどうだっていいんだけど、このままじゃどんなとばっちりが来るものかわかったもんじゃない。
(しょうがないなあ)
傍におって埃を払ってあげると、見上げた顔がむすっとしながら、何か言いたそうな顔であたしをじっと見てた。
「怪我した?」
「いいや」
「まだ痛い?」
「ああ、けど、平気だ」
「保健室は?」
「保健室?そういえば」
いつの間にか傍に着ていた八千穂さんが、アッと声を上げる。
「白岐さん、授業が始まる前に、気分が悪いって保健室に行ってるんだよ」
「白岐が?」
「うん」
―――反応の早い夕薙君に、今度はあたしがちょっとムッスリしちゃう。
いかんいかん!こういうの、嫌いなんだってばッ
(やきもちとか妬いたってしょうがいないでしょ、もうッ)
自分に活を入れなおして、顔をあげたら皆守とまた目が合った。
いつの間にか機嫌が直っていたみたい。
逆に変な顔してたから、何故かちょっとだけドキッとする。
―――あたしの心境、見透かされたのかな。
(いやいや、そんなわけないって)
あたし達がゴールポストの前でわいわいやっているうちに、授業はどんどこ先に進んでいたみたいだった。
白岐さんの事で夕薙君と話をしていた八千穂さんは、クラスメイトの他の女の子に呼ばれて走っていっちゃった。
陸上、順番が来たみたい。
あたしたちは先生から完全スルー、まあその気持ち、わからなくも無いけれど。
(だってこのメンツだもんねえ)
あたしはともかく、不健康優良児の皆守とか、明らかに手ごわそうな夕薙君とか、こっちも結構とんがってそうな夷澤君まで混じったこの状況に、声ってかけ辛いだろうな。
まあ、先生がそんなことじゃいかんと思うんだけどね。
「ところでセンパイ」
呼ばれてあたしは振り返る。
「何?」
夷澤君は、ジャージのポケットから携帯電話を取り出して、メール画面を見せてきた。
「コレ、先輩のところにも届いていますよね?」
えっと、これは―――もしかして。
「夜会の招待状か」
同じように覗き込んだ夕薙君が脇から話しかけてきた。
「俺も受け取っているぞ」
「ええッ、夕薙君も?」
何で?
あたしと一緒に遺跡探索している子達や、元々執行委員だった皆はともかく、夷澤君や夕薙君はどうして招待されたんだろ。
(やっぱり、皆守が言ってたみたいに、選考方法って謎かもしれない)
生徒会に楯突いてる人間が呼ばれるのかなとか、勝手に考えてたんだけど。
違うのかな。
あたしが頷き返すと、夷澤君は行くんですかって訊いてきた。
「一応、そのつもりだけど」
「やはりな、君ならそう答えるだろうと思っていたさ」
夕薙君に、あたしも行くのって訊いてみる。
「いや、俺は行かないよ」
「ええッ」
それ、物凄く残念かもしれない。
しょぼんとするあたしの隣で、ラベンダーの匂いがふんわり漂う。
「お前も行かないんだろう、甲太郎」
訊かれて、ビックリして振り返ったら、皆守はいつの間にかアロマのパイプを煙らせながら、煩わしそうに眉間に皺を寄せて短く「ああ」ってだけ答えていた。
こいつにまで届いてたのか―――いつの間に。
(まあ、皆守は来なくても全然構わないけれど)
夷澤君も、俺も行かないッスねとか言ってる。
ってことは、もしかして参加者って物凄く少ないのかな?
「じゃあ、行くのって俺だけなのかな」
何だか、急につまらない気分になってきたなあ。
ちょっと俯いたあたしの両肩と、頭に、それぞれひとっつずつ手が置かれていた。
ぽん、ぽん、ぽんって、触れた感触に見回すと、皆守と夕薙君と夷澤君は、それぞれ驚いたような顔でお互いを見合って、直後に皆守と夷澤君が険悪なムードを漂わせる。
夕薙君だけ苦笑いで、そのまま数回あたしの身体をポンポンって叩いた。
なんなの、コレ。
「まあ、この学園の支配者がわざわざ人を選んで開催する宴だ、君が行くだけの価値はあると思うぞ、玖隆」
「そうッスよ、センパイ、美味い料理も、質のいい音楽もありますから」
「まあ、お前みたいのは、暇つぶしに楽しめるんじゃないか、行ってこいよ」
「気が向いたら俺も行くかもしれないッスから」
「―――行かないんじゃなかったのか?」
また険悪に睨み合ってる。
皆守と夷澤君って、もしかしなくても、凄く相性が悪い?
そしてやっぱり、夕薙君が「まあまあ」ってとりなそうとした途端、校庭いっぱいにチャイムの音が鳴り響いていた。
あー。
(授業終わっちゃったよ)
校舎を見上げてから、クラスメイト達のほうを見たら、皆ボールの片付けも終わらせて、戻る最中みたいだった。
振り返ると、女の子たちも校舎に戻っていくみたい。
八千穂さんがこっちに気付いて、おおーいと手を振って見せてから、にっこり笑って走り去っていく。
もしかしたら、白岐さんのところに行くのかもしれない。
あたしは、相変わらず機嫌の悪い皆守と夷澤君、それに、夕薙君の間で呆れ果てていたら、向こうから声が聞こえてきた。
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