「あきら君ッ」
振り返った視線の先に、軽やかな足取りでかけてくる、匂い立つようなお姉さまのお姿。
「双樹さ」
「キャーッ」
あたし、またもやムギュッてとっ捕まった!
ホント毎度このパターンだよね、八千穂さんといい。
(うう、これはあたしへのあてつけですか?)
あたしが自分の胸に彼女たちを抱きしめたって、精々骨に額がゴチンとぶつかって終わりだっていうのに。
んもー!
(妬ましい、羨ましすぎるうううッ)
毎晩揉まれてる割には、ちっとも大きくなってくれないよね!
(って、何考えてんのあたしッ)
息苦しいのと恥ずかしいのとで、慌ててじたばた暴れたら、双樹さんは「あら」って言って放してくれた。
顔を覗き込まれて、耳まであっつくなっていたから、多分赤かったんじゃないかな。
双樹さんはニコッと笑って、あたしの髪の毛をそっと撫でてくれた。
「ウフ、可愛い」
「ど、どうも」
こういう場合、物凄く返事に困るよねえ。
まだまだナデナデされてる。
ううーん、ますます困った。
そうして、あたしが不意に気配に気付いて視線を逸らすと、双樹さんが走ってきた方向から更に続いて二人の人影が近づいて来ていた。
片方は―――生徒会長、阿門帝等君だ!
(うわ、何で?)
そんでもってその少し後についてきているのは、誰だろう。
糸目にロングヘアーの、隙の無い身のこなし、あからさまに只者じゃない感じがするけれど、アレって。
「転校生か」
すぐ傍まで来て、阿門君は立ち止まった。
直後に双樹さんがあたしの隣にするりと移動して、両肩に手を置きながら、ちょっとだけ寄りかかってくる。
「どうやら、俺の忠告はお前にとっては意味が無かったようだな」
忠告って―――ああ、そういえば、前にあった時なんか言われたっけ。
(でも、何だったっけ?)
あんまりまともに聞いてなかったから、よく覚えて無いや、ゴメン。
でも阿門君はそんな事お構いなしに、更に続けて俺の言った言葉を忘れたわけじゃないだろうとか、そんなことを訊いてきた。
あたし、内心ひっじょーにビクリとしていたんだけれど、女一匹ハンターの端くれ、これしきの事で動揺したそぶりなんか見せられません。
「もちろん、覚えているさ」
―――なんだか背中に妙な視線を感じますよ。
「だが聞く耳は持たないというわけか」
ラベンダーの香りが漂ってくる。
うう、何だか非常に嫌な感じ。
「悪いけど、俺にも目的があるんだ、忠告だけはありがたく受け取っておく」
「なるほど」
不意に糸目の人が口を開いた。
「思っていたより礼儀正しい転校生ですね」
「ウフフ、それがあきら君のいいところなのよ」
きゅっと抱き寄せられて、ヨロリとよろめいたあたしと双樹さんを交互に見ながら、糸目の人はやれやれって呆れた様子で呟いている。
だから、一体誰なんだってば。
「えーと?」
ちらりと横目で窺ったら、双樹さんはちょっとだけ困ったように微笑みながら、阿門君に視線を移した。
あたしも阿門君を見上げる。
やっぱり、こうしてみると、物凄く威圧感があるよね。
まあ、これしきでビビッたりなんてしてらんないけれど、やっぱり同い年なのかどうか微妙に疑惑が沸いてくる。
場馴れしている人間なんてたくさん知ってるけど、阿門君はどっちかっていうと老け込んでるイメージだ。
若年寄っていうのかな、長年の苦労が全身にしみこんじゃってる感じ。
まあ、何があったのか知らないけれど、ちょっとだけ同情しちゃうような、どうでもいいような。
「転校生よ」
「は、はい」
(イカンイカン、今度はちゃんと話を聞かなきゃ)
前と違って、周りにたくさん人がいるし。
さっきから妙にラベンダーの匂いがまとわりついてくるみたいだし。
皆守なんかが、まさかあたしの内心を読み取れてるだなんて、これっぽっちも思えないんだけれど。
「今日の夜会はお前にとっても特別なものになるだろう」
言われて思い当たる。
そういえば、夜会の招致は生徒会で、会場は学園敷地内にある阿門君の御屋敷だったっけ。
「お前が明確な目的を持った転校生ならば、必ず参加する事だ」
言われなくても。
あたしは胸を張る。
「勿論、そのつもりだよ」
阿門君は暫くあたしをじっと見据えて、それから口の端でちょっとだけ、本当にちょっとだけだったんだけど、フッて笑ったような気がした。
何だろ?
黒い姿はすぐに踵を返して歩いて行っちゃう。
糸目の人も一緒に歩き出していた。
結局、あの人の名前はわからずじまいだ。
「ではまた、今夜」
去り際にそれだけ残して、遠ざかっていく後姿を見送っていたあたしに、不意に双樹さんがギュって抱きついてきた。
「ウフフ、やっぱりあきら君は誰からも好かれちゃうのねえ」
は?
「可愛いからかしら?それとも、男の人の何かを刺激する匂いが漂っているのかしら?」
「な、何それ」
「ウフフ、冗談よ」
頬に頬をスリってくっつけられて、なんかホント、ぬいぐるみみたいな扱われ様だ。
双樹さんは、あたしの髪をもう一度だけスッと梳いて、じゃあねって言いながらさらりと離れた。
そのままスタスタ阿門君達と同じ方向へ歩き去っていく姿を、あたしはやっぱりボケッとして見送る。
何だったんだろうか、今の。
「あれが生徒会役員か」
急に声がして、振り返ると、夕薙君が腕組みしていた。
流石に貫禄が違うなとかいって、その傍で皆守と夷澤君は何だか不思議な表情をしている。
でも、皆守の方は、すぐいつもの調子で眠たそうな顔になって、気だるげなあくびを漏らしていた。
ううーん、よくわからないけれど、ちょっと気になるかも。
(でも、何で?)
わかんない。
わかんない事だらけで、だんだん気持ち悪くなってきた。
あたしは思い切って夕薙君に訊いてみる事にした。
だって、せめての糸目の人の事くらい知っておきたいもん。
阿門君と一緒になって行動していたってことは生徒会の人間だろうし、夕薙君は情報を持っているような口ぶりだったから。
「なあ、夕薙君」
「うん?」
皆守と夷澤君が、あたしを見る。
「さっきの人たちって、生徒会なのか?」
「何だ、玖隆は知らないのか」
てっきり知っているかと思ってたって、意外そうな顔をされて、あたしは少しだけへこたれる。
そりゃそうよね、天香学園には遊びに来たわけじゃないもの。
敵対勢力の構成員の事すらまともに調べられていないだなんて、潜入捜査はすでに失敗しているっていっても過言じゃないかも。
うう、プロ失格だ。
(だって)
と言いたいところだけど、自分に言い訳してもしょうがないなって、あたしは直後に非を認める。
知らないなら、調べればいいだけの事だ。
至らない点を挙げ連ねても意味が無い。
夕薙君が話し始めようとしたら、皆守が脇から割って入ってきた。
「阿門帝等は知っているな?」
「えっ」
「お前、前に話した事があるような口ぶりだったじゃないか」
「あ、うん」
そうだけど。
生徒会関連の話にはまるで興味が無いと思っていたのに、皆守は、珍しく饒舌になってあたしに説明をしてくれた。
「生徒会長の阿門、それと、奴の傍にいた糸目の男は生徒会書記担当、神鳳充」
(ああ、皆守も糸目の認識なんだ)
なんだかちょっとだけおかしいかも。
「弓道部の部長を兼任していて、ろくに授業に出ない割には、成績は学園一の秀才って話だ」
「へえ、そういう人、本当にいるんだ」
「イヤミだろう?」
「実力って言うんだよ、見えないところで努力してるんだよ、きっと」
「フン」
皆守はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「それからな―――お前に張り付いていた、あの赤い髪の女、あいつとも知り合いみたいだったな」
「え?あ、う、うん」
そのことに関しては―――経緯とか、詳しく話しづらいな。
まさか、プールで知り合って、それから色々お世話になっているだなんて、皆守にだって言いたくない。
こいつやお仕事のせいで女の子としてのあたしは苦労続きなんだもん、そのサポートを全面的にかってでてくれている、ある意味恩人なんだけど、それは二人だけの秘密だし。
「ほら、俺、水泳部だから」
微妙な言い訳で誤魔化したら、皆守はそれ以上訊こうとしないで、代わりにアロマをフウッと吹かしていた。
そして―――かなり、衝撃的なことを口にしたのだった。
「双樹咲重、あれは、生徒会書記担当だ」
「ええッ」
ちょ、ちょっと待った!
あたしは思わず目がテンになる。
えッ、えッ、一体、全体、どういうこと?
双樹さんが生徒会役員だなんて、そんな話聞いてないよ!
皆守はもう一度アロマを吹かしてから、簡単に双樹さんの説明を付け加える。
「まあ、同じ部員のお前に今更言う事でもないだろうが、アレで水泳部部長だっていうんだから驚きだな、見た目に骨抜きにされる奴も多いが、今も昔も阿門しか見えていないっていう厄介な女さ」
「えッ」
双樹さんって、阿門君のこと、好きだったの?
(うーわーあー!)
―――な、なんか、あらゆる衝撃が一度に飛び込んできて、脳みそがクワンクワンする。
(とりあえず)
阿門君、あれでも好かれたりしてたんだ。
(って、違―うッ)
双樹さんが生徒会役員だっていうのが、とにかくショックだった。
ううん、それくらいの事で嫌いになんて、まさかならないんだけどね。
こんなにたくさんお世話になった人を、早々簡単に見切りがつけられるわけがない。
でも。
(教えてくれても、良かったのに)
直後にあたしは今の意見を撤回した。
言えるわけなかったんだ。
だって、あたしは、不本意ながら、生徒会の皆さんとは敵対している状態だもん。
まあ、それが望みってわけじゃないんだけれど、天香遺跡に関わるっていう事は、結局そういうことなんだろう。
それなら、お互い、どうしようもない。
あたし達の関係とは別次元の話で、あたしは天香遺跡の探索を依頼されてこの場所に立っていて、それならどれほどの障害が待ち構えていようとも、全力で吹っ飛ばして前進あるのみ。
仕事に私情は挟まない、それが、優秀なハンターの心得だ。
(もしも―――)
双樹さんと戦う事になったら、それこそ、物凄く、嫌だけどさ。
ため息を漏らすあたしを、皆守がじっと見ている。
漂ってくるラベンダーの香りを何となく吸い込んでいたら、不意に夕薙君が「それで終わりか?」って尋ねていた。
「役員はまだ他にもいたと思ったが」
「ああ、そういえば、副会長補佐なんてふざけた役職の奴がいたな」
「ふざけたってのはどういう意味ですか!」
夷澤君がいきなり身を乗り出してくる。
ビックリして見上げたあたしの目の前で、詰め寄ってくる姿を皆守がニヤニヤ見下ろしていた。
傍では夕薙君が呆れたため息をついている。
な、何事?
「俺は、補佐役なんてつもりありませんよ!」
「へえ、どういう意味だ?」
「仕事もしない、席にもいない、まるで姿の見えないどっかのバカなんかより、十分立派に職務を努めていると思いますがッ」
「どっかのバカ、ね」
―――この口ぶりからして、まさか。
「俺は、補佐なんかじゃありません、副会長ですッ」
(夷澤君、そうだったんだ!)
またもやビックリして見ていたら、ひとしきり興奮してまくし立てた後で、夷澤君ははたとあたしを振り返って、急にばつの悪そうな顔でちょっとだけメガネの奥の表情を曇らせていた。
「あ、いや」
「夷澤君も生徒会の役員だったんだ」
「えーと、その、まあ」
「しかも、副会長だなんて」
直後にオイって声がして、あたしは皆守に強引に引き寄せられていた。
「間違えるな」
鼻先がくっつくくらい顔を近づけて、夷澤君がのあーっと奇声を上げる。
「こいつはただの補佐役だ、そんなたいそうな役職なんかじゃない」
えっと?
「いいえッ、俺が副会長みたいなもんです!」
いきなり腕が突っ込まれて、あたしと皆守は強引に引き剥がされた。
更に割って入ってくる夷澤君と皆守は激しく罵りあいを始めちゃって、何だかもう、何がなにやら、わけのわからない状況に、あたしは呆然と行く末を見守るくらいしかやることがない。
つまり、どういう事なんだろうか、これって。
(阿門君は会長、神鳳君が会計、双樹さんは書記、そんでもって、夷澤君が副会長、補佐?)
じゃあ、副会長って誰?
(ううーん)
気になるけど、すでに訊ける様な雰囲気じゃない。
相変わらず睨み合ったままの皆守と夷澤君に呆れ果てていたら、夕薙君があたしの肩をポンと叩きながら「行かないか」って誘ってくれた。
「うん」
あたしはすんなり頷いて、一緒に踵を返して歩いていく。
急がないと次の授業をジャージで受けることになっちゃうもんね。
(ただでさえ着替えが大変だっていうのに、これ以上付き合っていられないよ)
大分校舎に近づいた頃に、チラッと振り返ってみたけれど、二人はまだ同じ格好で睨み合いを続けていた。
こうしていると、ただ相性が悪いっていうだけが、衝突の原因じゃないみたい。
(似たもの同士、だからかなあ?)
まあ、どいでもいいや、ほっとこ。
あたしは夕薙君と世間話に花を咲かせながら、昇降口に入っていった。
(次へ)