教室に戻るまでの間、夕薙君に、前に想像した隠密参謀の話をしてみた。

あたし好みのハンサムだったらいいなとか、その辺の個人的希望は話さなかったけれどね。

ただ、もしかしたら一般生徒に紛れてあちこち探っているのかもって言ったら、玖隆は鋭いなって褒められちゃった。

「君の恋人になる奴は、大変だな」

えッ

(な、何でそんな話になるのかな)

ちょっとドキドキしながら理由を聞いたら、洞察力が鋭いから浮気なんて出来ないだろうって、うーん、それはどういう風に受け取ったらいいんだろう。

まあ、確かに洞察力はハンターの必須事項だけれど、でもあたしのって殆どカンみたいなものだから、当たりハズレが激しいんだよね。

案外、的を得ていることもあるんだけれど、外すときは思いっきりダメだから、あんまりあてにならない。

着替え終わって、そしたら急に夕薙君は「少し目眩がする」って言い出して、教室を出て行っちゃった。

入れ替わりで戻ってきた皆守が、不機嫌そうに着替えを済ませて、ジャージをロッカーに放り込んだところで次の授業開始のチャイム。

皆守は乱暴に椅子に腰掛けて、教科書も開かないで机に突っ伏する。

横目で見てたら、どうやらそのまま寝るつもりみたい。

(はあ)

しょうがない奴。

先生もほったらかしだし。

なんだか少しイヤで、あたしはさりげなく、ばれないようにノートを破いて、飛行機を折って、先生が背中を向けている間に皆守に向けて飛ばしてやった。

機体は見事ターゲットにヒット!

ふふん、ハンターの腕前、見たかッ

皆守は、むっくり起き上がって、飛行機を見て、あたしのほうを振り返ったけど、直後にあたしは黒板に向き直ったから、後の事はよくわからない。

ただ、少ししてガタガタ聞こえてきて、チラッと見たらノートと教科書が机の上に広がっていた。

神風特攻隊は、少しは効果あったのかな。

ノートには『ちゃんと授業受けなさい、卒業できなくなるぞ!』って内側に書いておいたんだけど。

(まあ、多分あんまり気にしてないんだろうけどさ)

それでも、授業を受ける気になったんだから、多少は成功だって、思っても構わないよね。

授業はつつがなく終了して、チャイムの音、挨拶をして、それから皆守が傍まで歩いてきた。

オイって呼ばれて、見上げたら、眠そうなあくびの後で、あたしの飛ばした飛行機の先で頭をこつんと小突かれる。

「こんなもん飛ばしてる暇があったらな、お前こそ真面目に授業を受けろ」

「あれ、それどうしたの?」

隣から八千穂さんが身を乗り出してきた。

あたしは、適当に返事をして、そのまま席を立って教室から出て行こうとした。

特に用事があったわけじゃなくて、ちょっとその、トイレだったわけなんだけど。

「待て」

俺も行くっていって、皆守がついてきた。

「どこに行くんだ」

「と、トイレ」

ついてこないでって小声で講義したら、大和はどうしたって逆に聞き返された。

「多分、保健室だよ、目眩がするって」

「フン、奴らしいな、いつも肝心なところで姿を消しやがる―――」

なあ、あきら。

急に肩を抱き寄せられた。

「何だよ」

「人を信じるっていうのは、どういう事だ?」

「は?」

思わず立ち止まって見上げたあたしに、皆守も同じように真っ直ぐ見詰め返してくる。

その目が珍しく真剣で、なんだかちょっと目が逸らせない。

(えーと?)

「たとえば」

こうやって改めて眺めると、皆守って睫が長いんだ。

まあ、目が覚めたときは大概間近にあるから、見慣れた顔ではあるんだけど、時々ハッとさせられる。

日本人の割には、彫も深いし、目鼻立ちもはっきりしてる。

多分大陸の血が多少混ざってるんじゃないかな。

そういえば前にパパから聞いたことがある。

現在存在する日本人の殆どは、朝鮮や中国、モンゴル高原なんかの血が混ざりこんでいるんだって。

大陸との交流海路ができた辺りから、すでに結構な数の人間の行き来があったらしいんだけど、近年、食生活の変化から、混血の特徴が目立つようになってきているらしい。

まあ、どうせトンデモ系の知識だとは思うんだけど、もしかしたら純血の日本人って、純血の日本猫くらい希少価値が上がってるんじゃないかな。

でも、それをいったらそもそもの人種の純血定義自体、かなり曖昧なんだけれどね。

(それはさておき)

こうしていると、ついうっかり―――その、余計な事まで考えそうになって悪い。

たとえば。

「お前は、俺の事を―――信用してるのか?」

「うん」

(あれ?)

って!

「のああああッ」

思わず仰天してのけぞるあたし。

皆守も、凄くビックリしたように、目を丸くしてまじまじとあたしを見てる。

(ちょ、ちょ、ちょっと、待った!)

あたし、今、なんて言った?!

肩に回されたままの腕を力いっぱい弾き飛ばしてから、ちょっと待った、今のナシ、間違い、気のせいって、叫びつつ、そのまま走り出していた。

自分でもわけがわからない。

多分、よそ事なんか考えてたせいなんだって―――思いたいんだけど!

(でも、でもッ)

アレはちょっとナシなんじゃないの?

(ひいいーッ)

皆守は追いかけてこない。

あたしの両足はブレーキが壊れちゃったみたいで、とにかくメチャクチャに走り続けていたら、いつの間にか昇降口の手前にたどり着いていた。

我に返った直後に響き渡る、授業開始のチャイムの音。

「ああッ」

呆然と立ち尽くすしかなかった。

一体どうしちゃったんだろう―――

今日は変な日だ。

妙なパーティーの招待状は貰っちゃうし、双樹さんは生徒会役員だったし、皆守には変な事言っちゃうし。「ああもう」

(あたしってば)

思わずしゃがみ込みたくなっちゃう。

しゃがみ込んじゃおう。

授業中だもん、どうせこんなところ誰も来ないよね。

適当に、柱の影に行って小さくうずくまってたら、すいませんって声が降ってきた。

見上げると、黒い髪に褐色の肌の男の子が、あたしを覗き込んでる。

「アノ、ドウカシマシタカ?」

(あれ?)

この人、見覚えあるよ?

確か―――今朝の。

「トト君?」

途端、トト君は目をまん丸に見開いて、「ハイ、ソウデス」って、今度ははにかんだ笑顔を浮かべた。

なんだか急に幼いな。

それに、ちょっと気弱なイメージかも。

(でも悪い人じゃないみたい)

「アノ、貴方、玖隆サン、デスヨネ?」

「あ、うん」

「コンナ所デ、ドウカシタンデスカ?」

「え?」

あいや、なんでもないよって立ち上がりながら、あたしは改めてトト君と向き合っていた。

彼も背が高い。

あたしのまわりって、あたしより大きい人ばっかりだけど、トト君に関しては中東の血だから、まあ納得できるかな。

(でも、何であたしのことを知ってたんだろう)

こっちは今日までトト君のこと知らなかったのに。

まさか―――いらんうわさが蔓延しているんじゃなかろうか。

(そういえばこの間の真里野殿との一件、かなり目立っちゃったもんなあ)

他にも、アレやコレや、何だかんだで、もしかしたら案外目立っちゃってる?

(ふ、不本意ッ)

微妙にへこたれていたら、またどうしましたかって訊かれた。

い、いかん、いかん。

トト君はじっとあたしを見てる。

「何でもないよ!それよりトト君は、どこから来たのかな」

「ア、ハイ、エジプトデス」

「へえ、いいね、コシャリ美味しいよね、ネフェルティティのランプ持ってるよ」

「ワッラーヒ?!」

いきなりアラビア語で叫ばれて、あたしはトト君に両手をがっしと掴まれていた。

「エジプト、ボクノ故郷、トテモイイトコ!ボクノ名前、エジプトノ神様ト同ジ!」

ひょっとしてジェフティのことかな。

日本名ではトト神、トキの頭と人の身体を持つ、エジプトの神様の一柱だ。

「父サン、ツケテクレマシタ」

「うん」

「トテモ賢イ、時ノ神様、コノ名前、ボクノ誇リデス」

「そっか」

それは素敵なことだね。

あたしの本当の名前も、パパがつけてくれたんだけど、凄くいい名前で気に入ってる。

トト君はそのままの勢いで、なんだか色々な話をしてくれた。

あたしは―――その、例によって例の如く、実は結構聞き逃していたんだけど、時々アンテナがピコピコ反応する部分があって、それだけは何となく耳の中に残ってた。

えーと、タケミカズチノミコトがどうとか、国取りがどうとか、かな?

「コレハ、決シテ消エヌ人ノ業デハナイデスカ?」

「えッ」

慌てて、その、おぼろげに覚えているキーワードから、何とか答えを出してみる。

「そんな事はないよ、それでも、人は、誰かを愛する事が出来る」

「アナタハソレスラモ愛ストイウノデスカ?」

「うん」

―――あんまりよくわかってないけど。

トト君はまたあたしの目をじっと見詰めて、それから凄く寂しそうな顔をすると、あたしの両手を離して、俯きがちに「ラーアアリフ」って首を振った。

急に背中を向けて、とぼとぼ去って行く後姿を見送る。

一体なんだったんだろう。

(トト君、悩みでもあるのかな)

ホント全然、わけがわかりません!

アクシデントで授業を受け損なったあたしと違って、トト君は理由があったみたいだったけど、それって何だったんだろう。

まさか、あたしに会いに来たってわけじゃないだろうし。

(しかもあの話ってなんだったわけ?)

「―――わからん」

またこんがらがってきたみたいで、へこむにしても場所を変えようって、あたしはふらりと歩き出していた。

もうすでに教室に戻れるような気分じゃない。

皆守の顔も、今はまだ、あんまりまともに見れそうもないし。

「うーッ」

なんかそれって凄く悔しいかも。

(べ、別に、怖気づいてるとか、そういうわけじゃないんですからねッ)

「たまには落ち着いて、仕事だけに集中させてよ」

置きっぱなしのカバンは、今日はもう諦める事にして、昇降口から外に出ると、11月の冷たい風があたしの頬をヒュウって撫でて抜けていった。

 

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