寮に続く舗装路を歩いていたら、途中で黒塚君に会った。

あ、昇降口出た後で、とりあえずUターンしてトイレには行ってきましたよ。

その後また外に出たら、辺りをうろついている姿を見つけたんだ。

訳を聞いたら、石と話し込んでいて、すっかり授業を忘れてたんだって。

あんまり黒塚君らしい回答に、思わず笑っちゃった。

黒塚君はあたしに、今日見つけたばかりっていう石のお披露目をしてくれたんだけど、説明してもらって驚いた。

だって、それって、隕鉄だったんだもん!

隕鉄っていうのは、要は隕石の事で、宇宙から地球の引力に惹かれて落っこちてきた鉱物の塊の事。

黒塚君はしゃれっ気たっぷりに天使とかいってたけど、確かに、地球上には存在しない成分が含まれていたり、落下の際に生じたと思われる微量の磁力を帯びていたり、とかく飽きることなく検分できる魅力的な対象の一つだって、協会のラボにいる友達から聞いたことがある。

謎めいた、不思議な石。

こういうのあたしも大好きだから、ついつい夢中になって話に聞き入っちゃった。

黒塚君の科学的見解とか、知識の深さとか、とにかく勉強になるんだよね。

それに、なんといっても面白いし。

君はとても素養があるねって言って、黒塚君はあたしの手を握ったり、肩を抱いたり、背中に腕を回したりして、とにかくぴったりくっついて喋り続けた。

元々ちょっと変な人だから、あたしもその辺りあんまり気にしないで喋り続けていたら、いつの間にかチャイムの音が聞こえてきて、時刻は12時丁度、お昼だ。

「じゃあ、俺、そろそろ行くよ」

「そうかい?」

「うん、色々と有難う、楽しかった」

何となくガッカリ風味の黒塚君に、それとなく夜会の事を聞いてみたら、案の定招待状が届いていたらしい。

「でも僕は行かないよ」

まあ、その反応も予測の範囲内だったから、そのままあたしは黒塚君と別れて、反対の方向へ歩き始めた。

なんだかもう寮に帰るって気分ですらなくなって、昼休みだし、屋上にでも上ろうかなって考えてる。

購買に寄って、サンドイッチといちごのジュースを買って、階段を上りきって、分厚いドアを開いたら、寒々とした冬の空よりも先に、たなびく緋色の髪が視界の中に飛び込んできた。

 

「あきら君」

 

振り返った姿に、思わず足を止める。

いつもならここで駆け寄られて抱きしめられるんだけれど、今日はちょっと様子が違うみたい。

あたしも、外に出て、そのまま後ろ手にドアを閉じながら、真っ直ぐ瞳を見詰め返した。

双樹さんは困り顔にちょっとだけ笑みを浮かべて、「あかりちゃん」ってもう一度あたしを呼びなおす。

「双樹さん」

「奇遇ね、今、あなたの事を考えていたのよ」

「そ、そっか」

なんだかドギマギしちゃって、うまく喋れないな。

思わず黙り込んだら、双樹さんは綺麗な髪の毛をふわりとかき上げて、そのままヒールの踵を鳴らしながら、いつもよりずっとゆっくり近づいてきた。

正面に立たれると、いい匂いの香水がふわんと香る。

「あかりちゃん」

白くて綺麗な双樹さんの顔が、コクンって傾げられる。

「ごめんね?」

「えッ」

吹く北風に、あたしの茶色いくせっ毛と、双樹さんの手入れの行き届いた赤い髪が、同じように揺れていた。

「あたしの事、多分、皆守甲太郎辺りから聞いてしまったのでしょう?」

どうしてわかったんだろう―――

ちょっとビックリするあたしに、双樹さんはますます寂しげな表情で微笑んでいた。

「やっぱり」

「あっ、で、でも!」

「本当にゴメンなさい、あかりちゃん」

伸びてきた指先が、そっと頬を撫でていく。

「嘘をつくつもりは無かったの、隠すつもりは―――多少、あったかもしれない、でも」

「い、いいんだよ!そんなのッ」

思わず大声が出ちゃって、双樹さんは目を大きく見開いていた。

あたしも、そんなつもり無かったんだけど、ええい、この際だから言っちゃえ!

そのままの勢いで身を乗り出して、双樹さんの目の奥をじっと見詰めた。

「誰だって、秘密の一つや二つあるよ、それに、双樹さんは双樹さんでしょ?」

「えッ」

「あたし、嘘吐かれたとか、裏切られたとか、そんな風になんて思ってないもの、双樹さんのこと、今でも大好きだもんッ」

そう―――なんだ。

驚いたけど、確かに凄く驚いたんだけど、でも皆守から双樹さんの話を聞いたとき、そんな事よりあたしは双樹さんとの関係が悪くなっちゃわないかって、そんなことばっかり考えてた。

だって、双樹さんは、この学園で唯一、あたしの秘密を知っていて、手助けしてくれた女の人。

何も言わずに、あれこれ手を差し伸べてくれた人。

そんな人を、いきなり嫌いになんてなれるわけが無い。

「あたし、その程度のことで、双樹さんのこと、嫌いになんてなれないよ」

そりゃ、生徒会役員だっていうなら、いつかは戦う日が来るのかもしれないけれど―――

「双樹さんにはいっぱい、いっぱい助けてもらったもの、今更、全部無かったことになんて出来ない、あたしそこまで調子よくないもん、してくれた嬉しいこと全部、忘れたりしないものッ」

「あかりちゃん」

「双樹さんがどう思っているのか、私にはわからないよ―――でもね」

双樹さんは黙ってる。

あたしはまだまだ、言い足りないことがお腹の中でぐるぐる渦を巻いていて、それを言葉にするだけでいっぱいいっぱいだった。

届かないかもしれないけれど、でも、ちゃんと知っておいて欲しいから。

好きな人のためなら、頑張れるだけ、頑張りたいから。

「あたし、双樹さんのこと、好きだよ」

今のあたしの気持ち、全部言葉に出して伝えたい。

「双樹さんは、きっとあたしの目的とか知ってるんだよね、だから―――もしかしたら、あたしのこと」

(ダメだ)

これ以上は、怖くて言えない。

(でもッ)

あたしは一生懸命、双樹さんの瞳を見詰め続ける。

くじけそう、でも、頑張る!

「―――あたしは、それでも、双樹さんが好きだよ、嫌いになんてなれない、ずっとずっと、これからも」

「あかりちゃんッ」

突然視界が真っ暗になって、あたしは物凄い勢いでムギューッて抱きしめられていた。

(い、息が!)

「ああッ、貴方って、何て!」

双樹さんの両腕は、あたしの肩から上をがっちり押さえ込んで、その豊満な胸との間でぎゅうぎゅうプレスする。

あたしは口と鼻を押さえつけられて、息が全くできません!

(ひいーッ)

「そうね、ごめんなさい、あかりちゃん、私、独り善がりだったわ」

「ムググ」

「勝手に想像して、勝手に傷ついて、それこそ酷いわよね、これじゃ貴女の事、本当に騙していたみたいじゃない」

「ムググッ」

「私、あなたに嫌われたくなかったの、だって、私も、貴方の事凄く好きだから」

「ムググーッ」

「有難うあかりちゃん、そう言ってもらえて、本当に嬉しい―――」

「ムグーッ」

「私も貴女の事大好きよ!あかりちゃん!」

ぎゅうううッ

(ぎゃああああーッ)

ふぁッ―――い、意識が―――

(遠のいていく―――)

「キャー?!」

薄暗くなっていく意識の向こう、あかりちゃん、あかりちゃんって、呼ぶ声が何度も響いた。

ゆすられている内にだんだん意識がはっきりしてきて、あたしは「ハッ」って目を開く。

鼻がくっつきそうなほど傍にある、双樹さんの心配そうな顔。

「ああ、良かった!」

ごめんなさいの声と一緒にもう一度抱きしめられて、ようやく状況が飲み込めてきた。

ああ、そうか、あたし、酸欠で吹っ飛びかけたのか。

(あは、アハハ)

双樹さんの胸って、ある意味凶器だ。

(怖い)

それ以上に羨ましいんだけど。

「いいよ、大丈夫、もう平気」

抱きしめてくる体を押して、離れながら自分で立とうとして、まだふらつくあたしの両手を、双樹さんはそっと取ると、給水等の脇までつれて行ってくれた。

横にさせられて、頭を双樹さんの膝の上に乗っけられる。

「これくらいはさせて頂戴」

柔らい感触と、いい匂いに、あたしはちょっとドキドキしながら、双樹さんを見上げていた。

胸の陰から見える顔は、さっきまでと違って優しい笑顔だ。

困ってもいないし、哀しい気配もない。

「ねえ、双樹さん」

「なあに?」

「有難う」

ウフフって聞こえて、指先があたしの髪を撫でてくれた。

何かが解決したわけじゃないけれど、あたしの中で変わらないことが一つある。

それは、双樹さんは友達だって事。

彼女が生徒会の人なら、多分―――ううん、いずれきっと、戦う事になるんだろうけれど、それでも今はこうしていたいって思う。

いいじゃない。

甘かろうが、何だろうが、それがなんだっていうの、あたしが決めたんだから、それでいいんだ。

(双樹さんは、双樹さんだもん)

あたしは両目を閉じていた。

優しい掌が、まだゆっくり髪の毛を撫で続けていて、風は冷たいけれど、でもあったかい。

小さな「ありがとう」の声に、ついちょっと微笑みながら、あたしは心地よい喜びに身体を委ねていた。

 

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