温室は、屋上と並んで、天香学園ナイススポットの一つだ。
あと廃屋街なんかも結構気に入ってるんだけど、そういえばこの間、墨木君とサバイバルごっこしたっけ。
墨木君は、前の一件以来、執行委員を辞任して、あたしのお手伝いをしてくれるようになった。
取手君や椎名さん、朱堂君に肥後君、真里野殿に引き続きの展開だ。
やっぱり、特殊技能を持ってる人が一緒にいてくれると、心強いよね。
特に、真里野殿と墨木君の手助けが、非常にありがたい。
2人とも剣術にガン技能って戦闘に特化したスキルを持ってるし、オマケに半ばその道のスペシャリストめいてるから、教わる事がとても多い。
あ、椎名さんと一緒に爆弾作ったり、肥後君にハッキングの極意を教わったりもしてるんだ。
朱堂君は専ら(頼んでないけど)追いかけっこで足腰のトレーニングを積んでもらっている。
取手くんは、戦術技能はないけれど、彼の音楽関連の造詣とか、技術とか、学んだり、癒されたり。
でも、妙な力を持ってなくったって、他のバディも皆凄いんだよね。
八千穂さんの殺人スマッシュは、何度見てもため息が出ちゃう。
アレと打ち合う人間がこの世の中には何人もいるっていうんだから、衝撃的事実だ。
テニスプレイヤーの見方が変わった感があるな、うん。
黒塚君や七瀬さんの図書館みたいな知識量も凄いし、ヒナ先生もアレで結構戦闘もいける口だったし、舞草さんは疲れているとき、いっつも美味しいおべんと食べさせてもらってる。
(皆、感謝してます)
本当にありがたい。
あたしってば恵まれているのねって、つくづく思う。
そんなことを夕方ごろまでぼんやり考えながら、綺麗に植え分けられた植物を観賞して回っていた。
ここは、やっぱり緑が多いから、空気が濃くて気持ちいい。
深呼吸したら不意に皆守の事を思い出していた。
「アイツは―――」
今のところ、殆ど何の役にも立ってないよね。
いや、たまに攻撃逸らしてくれたりとかするんだけど、眠かったとか言い訳するし。
(それなら眠かったんだろうし)
好意的になんて、取ってやらないもん。
おまけに、案外攻撃力が高いみたいなのに、一度も発揮してくれた事がない。
咲きかけの彼岸花がたくさんある。
こっちの花壇はラベンダーだ。
綺麗だな。
そういえば、最近いつも身近にラベンダーの香りがあるから、この花の匂いにはかなり敏感になった気がする。
ラベンダーの香りポケットは、特に花に多いけど、茎や葉っぱにもあるんだよね。
少しこすって指についた匂いを嗅いでみたら、慣れ親しんだ気配が鼻腔の奥まで伝わってきた。
いい匂い。
端末を取り出して、時刻を確認して、あたしは振り返った。
「よし」
さて―――じゃあ、ちょっと墓地まで行ってきましょうか。
「あきら君、こっちこっち」
木陰に佇む胡散臭いヒゲ男の手招きに、あたしはうんざりとしかめっ面を浮かべていた。
前の一件以来、鴉室さんに対する心象は最悪だ。
「おおっと、そういう怖い顔をしない、しない、メール読んでくれたんだろ?」
「読みましたけど」
「君の手助けが是非必要なんだ、ここ、墓地の事でね」
そう、そうなのだ。
夷澤君と別れた直後、メールを送ってきたのは鴉室さんだった。
『絶対会える!』なんてわけのわからない件名の割には、内容は結構シリアスな話。
なんでも、墓地に関するある仮説を検証したいから、その手伝いをしてくれって、そういう事らしい。
まあ、天香の墓地は地下遺跡に通じる出入口もあることだし、あたしにとっても悪い話じゃないって踏んだから、こんな時間まで待って、わざわざ出向いてきたんだけどね。
鴉室さんは簡単に説明を始めた。
それは、今日、十一月二十二日に関しての意味と、その夜に行われる夜会に関しての推測。
そして、更に展開させて、『墓地』という名称と場所に関する『意味』
「ともかく、この学園にまつわる謎は常識や現代科学だけでは解明しきれないのは確かだ、君だって疑問に思っていたんじゃないのか?」
「はい、まあ」
「爆発、銃声、消える人々、そして、立ち入りが厳重に禁じられている墓地、どれも学園というカテゴリー内に一般的に含まれるようなものじゃない」
確かに。
その辺りも含めて、鴉室さんは墓石の一つを掘り返してみようって、大胆な行動に出るつもりらしい。
あたし、あんまり信心深くないけど、でも流石に墓を暴くっていうのはちょっとためらっちゃうなあ。
(トレジャーハンティングは、墓荒らしとは違うもん)
よくそんな風に罵られたりはするけどさ。
協会の目的は、秘宝本来の役目を全うさせることであって、消して私利私欲のために盗掘してるわけじゃない。
どっかのテロリスト集団みたいなこと考えてないもん。
まあ、目的のために手段を選ばないって部分は似てるのかもしれないけど。
考えてる間に鴉室さんはさっさと行動開始していた。
あたしも、仕方ないから後についてく。
ええい、ここまで来たらやるしかないよね、墓の一つや二つ、どーんと暴いてやろうじゃないの!
半分くらい薄暗くなった空に、星が瞬いていた。
一つの墓石の傍であたしを待たせて、鴉室さんは掘る物を探しに行ってしまった。
―――ちょっと寒いかも。
(夜会って何時からやるんだっけ)
端末を開いて、メールを確認している間に、片手にシャベル一本だけ下げて、鴉室さんが戻ってくる。
「これしかなかった」
心持ちしょぼんとしながら掘り始める。
まあ、一本のシャベルじゃ手伝いようがないからねえ。
あたしは近くで眺めていることにした。
ああ、やっぱり寒いなあ。
夜会に行く前に、シャワーでも浴びておきたいな。
「あきら君」
暫く黙々と掘り続けていた、鴉室さんが手を止めて、情けない顔でこっちを振り返った。
「何ですか?」
「非常に言い辛いんだが、ちょっと交代してみるつもりはないかな?」
「ありません」
「あっそ」
やっぱりねとか呟いて、また作業続行する。
こんな時間に、こんな場所まで出向いただけでも十分でしょ。
(パーティーの前に、制服汚したくないもん)
コレのほかって、遺跡探索用の一着だけで、そっちは結構擦り切れてボロボロなんだもん。
以前、真里野殿と戦ったときの一件で、反省したあたしは学校用にもう一着制服を新調したんだった。
いやー、これが案外高くてね。
精々数ヶ月しかいないような場所で、出費がかさむのもどうかと思ったんだけど。
(でも、他の部分で経費節減してるから)
日用雑貨も、衣類も、必要最低限しか持っていない。
女の子なのに何事って思うけど、あたしは普通じゃないから、まあ仕方ないでしょ。
フリルやレースは、ハンターになった地点で諦めた。
生理だって何ヶ月も来ない事が多い。
まあ、これは関係ないかな。
とにかく、もう殆ど女の子じゃなくなりつつあるんだけど、でもせめて身なりだけはちゃんとしておきたいから、泣く泣くって感じで購入したんだ。
その、一張羅で来ているから、正直こんな湿った場所にあんまり居たくないんだけど。
(うん?)
気付いたら、周囲はうっすら霞かかって、鴉室さんの足元には結構深い穴が広がってるみたいだった。
「なァ、あきら君」
鴉室さんは額の汗を拭ってる。
「何ですか?」
「お互い、詮索されたくない身分だってのは、十分承知してるつもりだけどさ」
―――何の話だろう?
「実は俺、結構興味津々なんだぜ」
喋ってるけど、手元だけ、止まらずに地面を掘り続けてる。
「君が一体何者なのか―――あきら君は?俺に興味とかないの?」
貧乏探偵っていうのは世を忍ぶ仮の姿で、実は、とか。
(何くだらない事言ってるんだろう)
この人、宇宙探偵とか、正直大分子供っぽい。
外見年齢と精神年齢の矛盾もハナハナしいってかんじ。
ハナタダシイ?とにかく、興味なんて全然ないもん。
まあ、探偵が仮の姿って、ちょっとロックフォード氏みたいで格好いいけどね。
でもロックフォード氏はジェントルマンだし、鴉室さんはそもそも探偵としてもどうかと思うし。
(そっか)
よくよく考えたら、この人、殆ど得体が知れないんだ。
急に気になって、でも返事をしないでいたら、鴉室さんはまた何か情けない声で呟いてザクザク足元にスコップを刺し込んでは掘り返し続けた。
ガツン。
不意に、今までとちょっと違う音が聞こえて、あたしは首を伸ばす。
「おっと、どうやらようやく目的のもんが出たようだぜ」
スコップの先で丁寧に土をどかし始めたから、傍まで行って穴の中を覗き込んだ。
最後は掌で払って、現れたのはピラミッドの中にでも埋葬されていそうな形の棺。
これ、どう見ても人型、だよねぇ?
「あきら君、手伝ってくれ」
少し周りを大きく掘られた、足場を適当に確保して、二人で棺の蓋を開く。
「っつ!」
「うわッ」
思わず、二人一緒に声を上げてた。
棺の中に収められていたもの―――それは、どうみても、防腐加工を施された人の死骸、らしきもの。
いわゆる、ミイラだ。
「おいおいおい―――こいつは聞いていた話と随分違うんじゃないか?」
「聞いていた話?」
「ああ、君も知ってるだろ、所持品を埋めてって、アレだよ」
そういえば、前に誰かから、そんな話を聞いたことがあるような。
「確か」
あたしは鴉室さんを見上げる。
「彼らの力に襲われたものは、精気を吸い取られるって話があったな」
「はい」
「ミイラってのはもともと死体を保存するための方法だ、生物の中には過酷な状況を生き抜くために―――」
そのあと、ひとしきりブツブツ呟いて、それは気になる内容だったから、流石にあたしも全部聞いていた。
つまり、このミイラって、もしかしたら生徒会の誰かに襲われた被害者かもしれないって事なんだ。
しかも、まだ死んでいなくて、こうして『何か』のための供物にその生命力や魂なんかを捧げられている可能性が高いって事。
鴉室さんは「もっと強大な何かを封じるための?」とか言ってたけど、それって遺跡の際奥に眠っているはずの『秘宝』と、もしかしたら関係があるのかな?
(だとしたら)
薄々、勘付いてはいたけれど、これってかなり大きい仕事だ。
ホント今更なんだけど、でもその辺りの情報を協会は掴んでなかったのかなあ。
しかも、こんな新米ハンターなんかを派遣するだなんて、期待されてるのか、なめてるのか。
(人手不足かもしれない)
事実確認するために、ミイラの包帯まで解くのかと思ったんだけど、鴉室さんはもういいって言って、また棺の蓋を一緒に閉じた。
これが案外重たくて、重労働なんだよねえ。
最後の隙間を潰しながら、見えなくなっていくミイラの姿に、あたしはちょっとだけ胸が痛む。
もしも、まだ生きていて、こんな状態にされているんだとしたら―――
(イヤだよね、凄く)
何だか辛くて、でも今のあたしには何もできない。
俯いていたら、ポンと肩を叩かれた。
見上げたら、鴉室さんがニッて笑いかけてくる。
「君がそんな顔する事はないさ」
「はい」
「けど、ううん、可愛いなあ、ちゃんとそういう反応もするんだな」
―――は?
鴉室さんは、ニコニコ笑いながら可愛い、可愛いって、あたしの髪の毛を撫でている。
あたしはわけがわからない気分で、呆然と目の前のヒゲ面を眺め続けていた。
(この人、一体なんなの?)
不意に、ひょいって棺を跨いで、強引に隣に立ってくる。
狭い墓穴の中で、体が密着して、怪訝に見上げたあたしに、鴉室さんの唇が「んむーッ」って近づいてきた。
(は、はあ?!)
慌てて身をひねって逃げようとしたら、バランスが崩れて、ああッ
「うわッ」
「おおっ」
つられて鴉室さんまでよろめいて、ゆらゆら、どすんって、気付けば一緒に穴の底。
「ううーッ」
い、一張羅の制服に、泥が!
(うわあッ)
急いで起き上がるつもりだったんだけど―――
「あきら君」
「ちょ、ちょっと、どいてください!」
あたしの上に鴉室さんが乗っかってて、身動きが取れないッ
鴉室さんは、丁度シルエットになってて表情がよく見えないんだけど、目だけ何だか異様な光を湛えていた。
「君、やっぱり華奢だな」
これは、ちょっと―――
(て、手が、腰の辺り、さすってる?)
「いい匂いもするし、香水?いや、コロンか?ひょっとしてシャンプーの匂いかな?」
(制服の裾に、妙な感触が)
「色が白いね、あきら君―――いや、あきらちゃん、かな?」
(えッ)
ギョッとしたあたしに、鴉室さんはニンヤリ笑って見せる。
「おじさんの情報収集力を嘗めてもらっちゃ困る、君の事、少し調べさせてもらったよ」
「な、何」
「さて、どうしてくれようか」
(どうしてって!)
「いっつも君の傍で怖い顔している番犬もいない事だし、こんな場所にどうせ誰も来ないし―――そうだな、いたずらしちゃおっかな」
(なッ)
なんですとー?!
あたしは一瞬訳がわからなくなって、頭の中が真っ白になって、でもすぐハッと我に返った。
鴉室さんの手が、制服の、シャツの更にしたまでもぐりこんできて、さらしの上から胸の辺りを触ってる。
その、ちょっと揉まれているような感じもして、あたしは慌てて圧し掛かる重みを押し退けようとした。
「ちょ、や、やめろ、やめろってば、変態!何するつもりだッ」
「女の子がそんな言葉遣いっていうのは、おじさん好かないなあ」
「そういう話をしていません、うわ、バカ、どこ触ってる!」
「やっぱり柔らかいね、女の子だからかな?」
ひいいーッ
「やめろ!」
ヒゲが、顎の辺りにあたって、首筋をチュウチュウ吸われてる。
気付いたら片方の手がズボンのボタンとファスナーを開いて、手が、手が!
「やッ」
ゆ、指が!
「ヤメ、やめてよッ、ヤダ!」
「いい加減、観念しなさい」
「やーッ」
両手でぐいぐい肩を押しても、そもそもの体格が違いすぎるから、ここまでがっちり押さえ込まれたらアウトだ。
じたばた暴れる足の間、股の付け根を、指先がつつーっとなぞって、下着の中にするんと潜り込んできた。
(う)
嘘ッ
「やだあああああッ」
「そこにいるのは誰だ!」
ぴたり。
鴉室さんとあたしは、殆ど同時に動作を止めた。
「―――何をしておるッ」
もう一度、威嚇している、しわがれた怖い声。
あたしの、上下の下着の中から、するーっと手が抜け出していく。
恐る恐る起き上がった鴉室さんが、穴の中から霞の向こうに目を凝らす。
「ヤバイッ」
立ち上がろうとして、あたしを見て、残念そうな、困った顔で、眉間を寄せる。
あたしは正直、生きた心地がしない。
「あきら君、残念だけど、続きは今度な」
君も早く逃げろよ。
そう言って、ひょいっと穴から飛び出して、一目散に駆けだした。
(な、何ーッ)
あっけに取られちゃったけど、あたしもねっころがってる場合じゃない!
穴から外を覗いたら、鴉室さんの姿はもう見えなくなっていた。
(早ッ)
腹も立つけど、それ以上に、ホッとした。
半ば脱げかけた制服を整えつつ、あたふたと立ち上がろうとしたけれど―――力が入らなくて、途中でぺたんと棺の上に腰を下ろしていた。
ああ、中の人、ごめんなさい。
(なんで?)
どう頑張っても両足は動いてくれなくて、その代わり、何故だか胸の奥に、苦しいような、痛いような気分がこみ上げてくる。
唐突に感じる、頬を伝う何かの気配。
「あ、あれ」
触ってみたら、濡れてる。
あたし、泣いてる?
呆然としてたら、足音と一緒にカンテラの光が近づいてきた。
霞の向こうに枯れ木みたいな手が見えて、襤褸を纏った墓守のおじいさんが姿を現す。
「玖隆あきら―――」
声は厳しかったんだけど、カンテラであたしの顔を照らした直後、見えたおじいさんの表情は、何だかいつもと様子が違う。
あたしも、すでに訳がわかんない気分で、座り込んだままおじいさんを見上げている。
涙が止まんなくて、制服もよれよれで、泥まみれの、おまけに首筋にキスマークまでつけられちゃって、あたし多分今物凄い事になってるんだろうな。
しゃくりあげてたら、お爺さんはすぐどこかに行っちゃった。
その間に何とか穴から這い出して、ようやく立てて、歩き出そうとしていたら、おじいさんが戻ってきた。
「―――えッ」
無言で差し出された、これは、男子の制服?
「あの」
「持って行け」
「で、でも」
「その格好では何かと都合が悪いだろう、とりあえず、上だけでも着て行くといい」
とにかく、言われたとおり着替えたら、ジャケットは前に借りた事のある皆守のより更にダボダボだ。
大きすぎて制服があたしを着てる感じがする。
お爺さんはそれからすぐ、あとの処理は自分がするから、君は早く部屋に戻れって、妙に若々しい言葉遣いであたしを追い立てた。
「もうここへは来るな―――お前が棺に納まる姿など、見たくないからな」
あたしは、ろくに返事もできず、よろよろと寮への道を辿り始める。
何だか色々、最悪だ。
まだあちこち、触られた感触が残ってるし、夜会に着ていくつもりだった普段用の制服も泥まみれになっちゃった。
ああもう、どうすればいいんだろう。
(ダメだ、泣きそう)
ちょっと鼻をすすったら、ますます涙がこぼれそうで、あたしはそれを一生懸命我慢して走った。
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