時々見かけてはいたけれど、こうして正面玄関に立つと、改めてしみじみ思うなあ。

「でかーい!」

すぐ傍で、でかいとは何事だって皆守がぼやいてる。

あたしは、気にせず階段をズンズン昇った。

たのもーッとばかりにドアを開くと、これまた豪勢なエントランス!

「うっわリッチ!」

「こんばんは」

途中から左右に分岐して伸びて行く、いわゆるお屋敷なんかでよく見かける、広くて赤い絨毯の敷かれた階段の手前に、おじいさんがメイドさんを一人控えさせて立っていた。

あれ、この人って。

「千貫さん?」

「はい」

首を傾げるあたしに、気持ちをすぐ察してくれたらしくて、千貫さんは丁寧にお辞儀をすると、改めて自己紹介をしてくれた。

実は、バー九龍でのお仕事のほうがサブで、メインはここ、阿門家にお使えする執事だったんだって!

またもや初耳!

「坊ちゃまはあきらさんが来られるのを、大変楽しみにしておられましたよ」

(それってどういう意味だろう)

勘繰っちゃうけど、でも楽しみにされていたっていうのは、悪い気分じゃないよね。

双樹さんに続いてまたもや阿門君、ううん、生徒会がらみでビックリさせられたけど、千貫さんはバーで会う時と同じようにニコニコしてるから、あたしはすんなり事実を受け入れていた。

やっぱり、今がどうあれ、それ以前に構築された人間関係っていうのは、そう簡単に覆せるもんじゃない。

あたし、二人のこと大好きだもん。

千貫さんは皆守を見て、ちょっとビックリした顔をしてから、丁寧にお辞儀をしていた。

やっぱり無気力で有名なこいつがこんな華やかな場所に出向いてきたから、驚いてるのかな。

「夜会は仮面舞踏会でございます」

傍に控えていたメイドさんが、あたしと、皆守に、おでこから鼻の上まで覆い隠すような白い陶器の仮面を差し出してくる。

「皆様には日頃の確執も立場も忘れ、楽しんで頂くための趣向でございます、あきらさんも、今宵ばかりは心ゆくまで楽しんでいってください」

そっか。

あたしはようやく思い至った。

阿門君の執事をしているって事は、千貫さんはあたしの正体を知っているんだ。

ついじっと見詰めたら、千貫さんは優しくニッコリ笑いかけてくれる。

あたしもすぐに笑い返して、そうだなって思い直す。

やっぱり、千貫さんは千貫さんだ。

双樹さんが双樹さんだったように、いつかは敵対しちゃうかもしれないけれど、今は友達なんだ。

早速仮面をつけようとした矢先、向こうから声が上がる。

「あきら君ッ」

驚いて振り返った途端。

「キャーッ」

真っ赤なドレス姿が駆け寄ってきて、唐突に視界が真っ暗になる。

何かを顔面にギューって押し付けられて、やっぱり息ができない!

(こ、この展開、本日三度目のような)

「嬉しい!やっぱりちゃんと来てくれたのね」

「ムグムグ!」

今度はすぐパッと手放されて、覗き込んできた双樹さんは、瞳をキラキラ輝かせながら凄く嬉しそうに微笑んでる。

「待っていたのよ、さあ、早く行きましょう」

「う、うん、あの」

「なあに?」

あたしは―――思わずその、双樹さんの格好をまじまじと見詰めていた。

綺麗な、赤いドレス、靴も新品だし、髪の毛も素敵な形に結い上げられている。

パーティーに相応しい正装だ。

(でも)

あたしの格好って。

ちょっと恥ずかしくて、つい俯いたら、双樹さんが急に腕を引っ張った。

「あかりちゃん」

私にいいアイディアがあるの。

耳元で囁かれて、見上げたあたしに「行きましょ」って、そのままズンズン歩き出す。

あたしは、半ば引きずられるような格好で、強引に連行されていった。

 

 

「―――可愛らしい方ですね」

初老の男が、眼鏡の下の瞳を細くしながら、真っ赤なドレスの女に連れて行かれる、小柄な少年を見送っている。

彼は気のないそぶりで紫煙を立ち上らせながら、同じように、その姿が見えなくなるまで少年を見詰めていた。

「貴方が、本日いらしてくださるとは、思いもよりませんでした」

「俺もそのつもりはなかった」

「では、如何なされたのですか?」

彼は答えない。

「―――あの、お嬢さんのお陰ですかな?」

「やはり、知っていたか」

「ふふ、老いたとはいえ未だ現役を名乗らせて頂いております、それに、あのような可愛らしいお姿を見間違えるはずもありません」

「あいつが聞いたら喜ぶぜ」

「秘密なのでしょう?」

「ああ、そうだ」

花の香りが漂う。

初老の男は、彼をじっと見詰めている。

「今宵は、存分にお楽しみくださいませ」

「フン、楽しむ、ね」

「お方様もお喜びになられるでしょう」

「俺は、全くもって楽しくないぜ」

仮面をつけて、懐から取り出した整髪料で軽く髪を撫で付けて、制服の前を閉じれば、普段のラフな印象は消えて、凛々しさすら漂うようだ。

「じゃあな」

多少、背筋を正して歩いて行く、その背中に初老の男は優しく微笑みかけていた。

 

 

「さあ、行きましょう」

「で、でも」

大丈夫よって双樹さんは笑いかけてくれるけど、こっちは全然そう思えない。

久しぶりのヒールに、ちょっとよろめきかけて、でもすぐバランスを取り直せるのは日々の鍛錬の賜物だ。

耳元でリボンが揺れてる。

ハイウェストベルトの、正面にはやっぱりリボンがついていて―――

「ふ、双樹さん、流石にやっぱり、ドレスなんて」

「ウフフ、本当に大丈夫よ、貴女って案外心配性ね、それに」

それに?

「今夜は仮面舞踏会なんだから、名前を言うのはルール違反よ?」

シルクの手袋を嵌めた片手で口元を押さえた、あたしのもう片方の腕にスベスベした腕が絡みついて、そのままエスコートされる。

ふらり、よろりと歩いていたあたしは、最後には覚悟を決めて、パーティー会場に踏み込んでいった。

―――うわ!

(広い)

天井に大小合わせて五つのシャンデリア、立食形式のテーブルには色とりどりのオードブル、デザート、果物。

それと、足元は、埋もれちゃいそうなくらい毛足の長い真紅のじゅうたんが敷き詰められていて、全体的な室内の様式はアールデコ調、緩やかな曲線を描く壁や桟の模様が綺麗だ。

窓には薄いカーテンがかかっていて、ガラスにぼんやり光が反射してきらめいている。

辺りには結構な数の制服姿。

その、恐らくここにいる全員の目が、真っ赤なドレス姿の双樹さんと―――真っ白なドレス姿のあたしに向けられていた。

えーと、紅白まんじゅう?おめでたい?

(うわーん、おめでたい奴はあたしだよッ)

そうなのだ。

双樹さんに連行されたあたしは、ボロボロの天香学園男子制服を半ば強引に剥かれて、何故か用意されてあったこのドレスに着替えさせられたのだった。

色々と気を利かせてくれたデザインになっていて、ふんわりしたシルエットの割には、肌の露出がほとんどない。

アクセサリーの類もほとんどなくて、唯一、首元を隠すチョーカータイプの首飾りだけ。

顔には、鼻のうえから頭の天辺まで、スワロフスキーをちりばめた猫の顔みたいな形の仮面で覆い隠していて、サイドをリボンで結んで留めてる。

耳の辺りにふわふわした羽毛が球状に取り付けられてあって、それがちょっとだけくすぐったかった。

あたしって、今、激しく目立ちまくってる。

(ま、まあ、双樹さんとあたし以外にドレスを着てる子っていないもんね)

ささ、流石に、正体を明かさない仮面舞踏会とはいえ、これは、ちょっと、その。

硬直してたら、さりげなく腕を引かれて、あたしは双樹さんと一緒に歩き出した。

皆が何だかヒソヒソ話してる。

男の子達の変に浮かれて興奮している様子とか、女の子達のびっくりしている表情とか、とにかく視線が、痛い!痛い!

(ひいーッ)

「さあ」

気付いたら、目の前にマントを羽織った正装の、背の高い男の人が立っていた。

(これって)

もしかして。

「ご挨拶して」

双樹さんに言われて、思わずドレスの裾をつまんで、丁寧にお辞儀。

これでもママにみっちり礼儀作法を仕込まれているから、体が勝手に反応しちゃうんだ。

マントの彼もお辞儀を返してくれて、隣で双樹さんがニッコリと笑う。

あたしは、またボケッとしていたんだけど。

「踊りましょう?」

誘われて、広間の真ん中に連れ出されていた。

いつの間にか流れ出していた、綺麗なピアノの曲。

グランドピアノの前に座る、腕の長い、色の白い彼って、やっぱり―――だよねえ?

「どの程度踊れるのかしら?」

「え、えーと」

一応、何でも。

ダンスはパパに教わった。

「素敵ね」

それじゃあ、ワルツは如何?

「うん、大丈夫」

双樹さんとあたしは、踊りだす。

ピアノの曲にあわせて身体を動かしていると、段々気分が高揚してくるのがわかる。

あたしは、いつの間にかダンスに夢中になって、双樹さんと二人きりの世界に浸りきっていた。

キラキラまわる光の中で、優しくて綺麗な双樹さんの笑顔。

ドレスなんか着ちゃって、いい匂いの香水までつけてもらって、今日一日、嫌な出来事全部、消えてなくなっていくみたい。

(不思議)

今日は衝撃的な事実が判明したり、墓地で危うい場面だったり、本当に大変な一日だったけど。

(夜会に来て、よかったな)

とりあえず、今だけは心の底からそう思う。

踊り終わると、もうあんまり周りの目は気にならなくなっていた。

双樹さんが髪を撫でてくれる。

「上手ね、私も楽しかったわ」

「エヘヘ」

笑い返すと、あちこちから拍手が上がった。

どうやら、パーティーの余興だと思われたみたい。

次の曲が始まる前に、ちょっと飲み物を取ってくるわって、双樹さんは向こうに歩いて行っちゃった。

あたしはそのままぼうっと立っているのもなんだから、反対側の窓辺に向かう。

まだ体があっついや。

シャワーを浴びてから、ずっと何だかあったかい。

カーテンを少し開いて、ガラス越しに見上げた夜空が綺麗だった。

ここは日本でも有数の繁華街で、人も車も建物も満載されているけれど、学園敷地内まで人工の照明は届かないから、ちゃんと星が見える。

気配がして、振り返ったら、何だか知ってるみたいな人が立っていた。

一瞬疑問符を浮かべて、直後に「あーッ」て叫びそうになった口元を、無造作に掌で塞がれた。

「騒ぐなッ」

「み、みな!」

「ったく、いなくなったと思ったら、こんなことになっていたのか?」

あたしは、ようやく落ち着いたところで解放されて、それから皆守に、渋々、双樹さんとの関係を説明するハメになった。

だって、流石にこの状況で、彼女はただの友達ですなんて、言えないでしょう?

「ふうん」

でも、全部聞いても、皆守は大して興味のないそぶりでアロマをふかしただけだった。

髪の毛を後ろに撫で付けて、仮面をつけて、制服の前をちゃんと閉じた姿は、一見すると誰だかサッパリわからない。

ちょっと格好良くまで見えちゃって、改めて人間って視覚効果に依存している事を思い知らされる。

(いや、そうじゃなくて)

こんな所までひねくれたって意味ないじゃない。

あたしは、改めて素直に、皆守に向き直る。

「み、あ、ううん、あのさ」

「何だ」

「そういう風にしてると、ちょっと格好いいね、知らない人みたい」

ブッ

いきなり噴出して、咽こんで、身体をかがめてまだ悶え続けるもんだから、あたしはあっけに取られてその様子を見ていた。

何か変なこと言ったかな?

皆守は起き上がりながら、仮面越しに目尻に浮かんだ涙を拭う。

「お、お、お前な!」

うわー、顔が真っ赤だ。

酸欠するまで咽こむなんて、褒められたのがそんなに意外だったのかな。

(でも格好いいもん)

首を傾げたあたしの背後で、短い電子音が聞こえた。

どうやらメールの着信音みたい。

何か話し声が聞こえるんだけど、内容まではわからなくて、それよりあたしは目の前で呻いている皆守の背中を、仕方ないからポンポン叩いてやっていた。

まだ苦しそうにしてる。

よっぽどビックリしたんだな。

(仕方の無い奴)

目の据わってる皆守に、お水持ってきてあげようかって顔を覗き込んだ直後。

「きゃああああッ」

―――な、何事?

「あ、ああ、あああッ」

すぐ傍で女の子が座り込む。

彼女の視線の、その先には。

「うわあああ!な、何だ、アレッ」

女の子が、浮いてる?!

(違うッ)

そうじゃなくて―――髪の毛がシャンデリアに張り付いているんだ!

「うそッ」

呆然としていたら、窓の外で何かの気配がした。

とっさに振り返った、夜の暗闇の向こう側。

(トト君?)

見覚えのある姿が広間を覗いている。

パーティーの参加者たちはすっかりどよめいて、混乱したまませわしなく交わされる会話の合間に、また別の場所から携帯電話の着信音が響いてきた。

直後に、真っ青になって広間から飛び出して行く男の子の姿。

まさか!

「やばいッ」

あたしはとっさに駆け出していた。

理由なんて判らないけれど、とにかくヤバイ。

なんだか良くない事が起こりそうな気がする!

背後から、同じくらいの速度で足音がついてくる。

(皆守だ)

見なくてもわかった、あたしたちはエントランスを抜けて、そのまま邸宅を飛び出すと、周囲を急いで見回した。

男の子が駆けていった方角は―――

「ぎゃああッ」

「あきら、こっちだ!」

皆守が指差す方に、一緒に駆けていく。

こっちって、丁度、広間から見えた庭の辺りだ。

「見ろ!」

―――道の途中で、さっきの男の子が倒れていた。

 

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