仕掛けを解いた先、大広間の、一番奥にあった、淡い紫色の光に照らされた扉の先。

中に入った途端、双樹さんを見つけた。

「やはり、来てしまったのね」

立っている姿は、いつもと殆ど変わりない。

(でも)

雰囲気が全然違う。

遺跡の中は薄暗くて、それはここもあまり変わらないはずなのに、双樹さんの髪はまぶしいくらい赤くキラキラ輝いている。

綺麗だな。

そう思った。

双樹さんは、生徒会役員で、書記で、こんな場所であたしを待ち構えていたのは、阿門君のことが好きだから、なんだ。

好きな人のために、こんな似合わない場所で、あたしの事を待っていた。

何だか少し寂しくて、羨ましい。

(あたしも好きな人のために、ここまで出来るのかな)

あたしにニッコリ笑いかけて、双樹さんの視線が、ゆっくり皆守に移っていく。

「貴方も一緒ね」

「双樹」

「ウフフ、慌てないで、その前に」

コツ、と足音が響く。

部屋の隅の暗闇から歩いてきた姿に、あたしは驚いて息を呑んだ。

燃えるような赤毛、グリーンの瞳、背の高い、その姿は―――

Ciao patata

Vento rosso

ぽつん、と呟いた。

双樹さんの隣に立った、彼は、見間違えるはずなんてない。

(どうして?)

ロゼッタ所属ハンターのフィルが、どうして墓守の双樹さんと一緒にいるの?

フィルは、普段の優しい笑顔じゃなくて、厳しい表情であたしをじっと見ていた。

何を言おう、何から訊こうって、ぐるぐる考えている間に、先に口を開いたのはフィルだった。

Berry、こんなことになってしまい、残念だよ」

「―――何の事?」

「僕がこの学園を訪れたのは、君の素行調査及び審査のためだ」

ずっと聞きたかった話、それが、フィルが天香に来た理由だったんだ。

(でも、素行調査及び審査って)

どういうことなんだろう?

怪訝になるあたしに、フィルは益々眉間の皺を深くする。

「君が依頼を引き受けて、すでに二ヶ月以上もの時間が経過している、それなのに上がってくる調書では未だ秘宝に到達した気配が無い、果たして君に調査を遂行する意思と能力があるのか?」

「なッ」

思わずカチンと来て、身を乗り出した。

「あたし、いい加減な仕事なんて、してないよ!」

酷い侮辱だ。

そりゃ、確かにちょっと―――いや、かなり、時間はかかっているけれど、でも必要な事だったんだもん。

ここの扉はどうやら番人の心と鍵が連動しているらしくて、彼等が動き出すまで、あたしは待つことしか出来なかったわけだし、言い方を変えれば、たった二ヶ月でここまで解放する事が出来た。

(まあ、実力不足は認めるけど)

天香で過ごす時間を楽しんでいたっていうのも、確かにあるけれど、でも。

「教会の規律にのっとって、探索報告書も上げてるし、それなりに成果だって出しています」

隠蔽工作や、まして手抜きなんて絶対にしていない。

あたしはフィルを睨みつける。

「しかし、僕の元に依頼は来た」

フィルはどんな表情も浮かべていない。

「この数日間、君自身や、君の協力者を対象に調査をおこなって、結果僕なりに結論を出した」

(結論?)

「―――君を、強制送還することに決めたよ」

きょ!

(強制送還?!)

思わず唖然とする。

冗談でしょう、まさかってフィルを見詰め返すけれど、冗談や嘘の類を話している顔じゃない。

きょうせいそうかん。

言葉が、ぐるぐるとあたしの中で回る。

意味をどうしても飲み込めなくて、頭の中が真っ白だった。

(そんな)

大きな仕事を任されて、自分なりに頑張ってきたつもりだったのに。

これでも、身を削って、歯を食いしばって、必死でやってきたつもりだったのに。

(何で?)

今日までの時間がグワーッとあたしの中を通り過ぎていく。

執行委員だった皆との戦い、常に死と隣りあわせだった探索、化人との死闘、この遺跡に秘められた真実の解明や、その他諸々の調査に費やした日々。

それだけじゃない、ここで繋いだ、皆との絆や、それに、それに―――

(皆守)

すぐ後ろにある気配。

胸の奥がギュウウッて痛くなる。

(頑張ってきたんだもん)

それなのに、今更強制送還だなんて。

(そんなの)

あたしはキッとフィルを睨みつける。

「何故?」

声が硬い、体も、強張ってる。

「私が何故、強制送還されなければならないの?」

「君はこの任務に不適切だからだ」

「その理由は何?」

「説明する必要はない、教会規律要綱にある守秘義務だ」

「調査対象自身が情報公開要求をしても?」

「無論」

―――あたしたちは今、イタリア語で会話している。

「君が、君なりの誠意と情熱を持ってこの仕事にあたっている事は、僕も理解しているけれどね」

フィルがフウッとため息を漏らした。

「僕も仕事なんだ、理解して欲しいな」

「貴方の事情と、私の意志は、関係ない」

「つれないことを言わないでくれ、穏便に済ませようじゃないか」

「フィル」

「なんだい?」

「貴方はどうして、双樹さんの隣にいるの?」

「ああ」

グリーンの瞳がチラッと双樹さんを窺う。

Miss双樹と僕は利害が一致しているからね、彼女は君にこれ以上遺跡の探索をして欲しくない、そして、僕は君を連れ帰ろうとしている、だから、一時的に手を組んだんだ」

(そんな)

双樹さんは、多分、会話内容はわかっていないと思うんだけど、それとなく察した様子で髪をかき上げた。

あたしを見詰めて、ウフフと笑う。

Miss双樹に、君を洗脳して仕事をやりやすくしてもらおうとしたんだが」

―――まさか、さっきの。

「思わぬ邪魔が入った、だから、ここでけりをつけるつもりで、君を待っていたんだよ」

白岐さんの事は、多分、阿門君の指示だろう。

フィルがそこまで気を回す理由が無いから。

でも、時計台の前であたしに何かしようとした、アレは、フィルが双樹さんに頼んでした事だったんだ。

あたしは喉をゴクンと鳴らす。

フィルは本気だ。

本当に、あたしを連れて帰るつもりなんだ。

汗をかいてヌルヌルした掌を握り締めて、あたしはいつの間にか身構えていた。

協会からの指示なら、そこに所属するハンターは原則として従わなくちゃならない。

強制執行力は無いから最終判断は個人に委ねられているけれど、でも、ここでごねたり揉めたりするのは、今後を考えればうまくないやり方だ。

(でも)

理性と真逆な事を、心は考えている。

本当にバカだなって、自分でも思うんだけど。

「あたしは」

日本語で喋った。

―――それでも、どうしても、譲れないよ!

「従えない」

「ワガママを言わないで欲しいな、僕は君に乱暴な事をしたくないんだ」

「嫌なものは嫌なの、あたしは自分の仕事を途中で投げ出したりなんて出来ない」

「君の誠実さや責任感は美徳だと思うけれどね」

「そんな理由じゃないんだよ、フィル」

あたしは、あたしのために、拒絶しているんだ。

まだ天香を離れたくない。

遺跡に秘められた宝物の正体が知りたいし、それをこの手でちゃんと掴み取りたい。

皆とだって、中途半端にお別れなんて、寂しすぎる。

それに、あたし―――

(離れたく、ないよ)

皆守と離れたくない。

唐突にわかった。

それは、ホント弾けるみたいに、ぱっと胸の内側で浮かび上がって広がった。

自分でもあまりに意外で、凄くビックリしたけれど。

 

あたし、皆守と一緒に居たい。

まだ傍にいたいんだ、最低で、最悪で、情けない奴だけど、それでも。

 

指先で探り当てたハンドガンを、するりと引き抜いた。

背後で身構える気配がする。

皆守も同じ様に思っていてくれたら嬉しいな。

じっとこちらを見ていたフィルが、ため息交じりにジャケットの内側に手を差し込んでいた。

「怪我をさせたくないんだ、分かってもらえないのかな」

「それならフィルがひいて、あたしは、ひかない」

「やれやれ、君の気性は、きっと母親譲りだね」

(迦奈?)

フィルは、迦奈のこと知ってるの?

取り出した銃口を、それでもためらい無くあたしに向けてくる。

あたしも、ハンドガンの銃口を、フィルに向けた。

「命までは奪わないよ、君は将来のある身だ、少し手荒な手法だけれど、逆らうのであれば、仕方ない」

「あたしは容赦しない」

「どうぞ、可愛い人、お手並み拝見と参りましょうか」

トリガーを引いて、同時に撃ち出す。

そして同時に走り出した。

フィルは双樹さんと。

あたしは皆守と。

連携しながらの戦闘が、火花を散らすように始まった。

 

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